マンガ売上ランキングからBL、ホラーまで。TikTokフォロワー14万人「書店員はな」が語る、TikTokで本を売る方法

文芸・カルチャー

更新日:2021/11/26

「TikTokで話題」という帯が本を売り、書店にはTikTok特集コーナーが設けられるなど、TikTokのクリエイターが紹介した小説やマンガが話題だ。10代や20代などの若い年代が読みたい本を探す場所として、TikTokはメインストリームとなりつつある。そんな中、多くの支持を得ているTikTokクリエイターのひとりが、14万人のフォロワーを持つマンガ紹介クリエイターの「書店員はな」氏だ。彼は10店舗での店長を経験し、今は書店の本部に勤める現役書店員。月間マンガ売上ランキングなど書店員らしいストレートなアプローチだけでなく、ホラーやBLなど王道以外の隠れた名作の魅力を伝える動画で、フォロワーからの信頼を集めている。そんなはな氏に、自身の考え方に影響を与えた書籍や、書店員としてマンガ紹介を行う理由、そして出版業界の未来への思いを聞いた。

(取材・文=川辺美希)

書店員はな


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書店員はな氏が選んだ、「自身の考え方に影響を与えた書籍」5選

こちら葛飾区亀有公園前派出所

①『こちら葛飾区亀有公園前派出所』秋本治 著
小学生の頃、家に来たおじさんが忘れていった漫画。それが初めて読んだ漫画「こち亀の96巻」。面白くてめちゃくちゃ興奮した。自分の漫画人生が始まった1冊。

カードキャプターさくら

②『カードキャプターさくら』CLAMP 著
もう後戻りできないぐらい漫画・アニメの世界にどっぷりつかることになるきっかけの作品。さくらちゃんのためなら何でもできた笑。今思うと魔法少女に転生・萌え百合BLと、圧倒的時代の先駆け。

史記

③『史記』横山光輝 著
何回読んでも新しい発見がある! 漫画キングダムの前後の中国の物語。同じ時代に生まれど違う志を持つ漢達の群像劇は、共感できるものから全く納得できないものまで様々。好きなエピソードは「李斯感鼠」。

学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)

④『学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)』福沢諭吉 著
研修時に課題本として読んだ本。正直よく分からなかったけどそれっぽい感想文を提出した。周りも一緒だったが、ただ一人「こんな生きづらい世界は嫌だ」と感想文を書いてた。これからは正直に生きていこうと思った瞬間。

伝えることから始めよう

⑤『伝えることから始めよう』高田明 著
TikTokを始める前に何十回と読み返した本。媒体は違えど画面越しに見て下さっている方に「何かを伝える事」の本質や気構えを教えてくれた。自分の情報発信活動の原点の1冊。

書店はまだ本の魅力を伝えきれていない

――はなさんは書店の本部に勤めていらっしゃいますが、TikTokで本やマンガの魅力を伝えてこの業界を盛り上げたいという思いがあったのでしょうか?

書店員はな(以下、はな):はい、そうですね。以前、勤めている会社のグループ全体の研修を受けたんです。グループ全体ですから書店以外の業種の社員も含めて、1年で2泊3日の研修を何度もやる、がっつりした研修でした。そのとき講師の方々が皆さん、本を読みなさいと言っていたんですね。この課題にはこういう本がいいと紹介してもらったり、課題図書の感想文を書いたりして。研修が始まった頃は週に1~2冊でも本を読む人ってあまりいなかったんですけど、1年後には7、8割くらいが読むようになったんです。そのとき、本の魅力というものがまだ伝わりきっていないのかなって思ったんですよね。出版不況で本が売れないっていうけど、この研修のように本の魅力をちゃんと伝えれば、読む人が増えるのに、書店としてそれを伝えきれていない感じがずっとしていて。どうしたら本が売れるのかと考えてきて、その手段のひとつとしてTikTokを始めました。

――なぜ、紹介する場としてTikTokを選ばれたのでしょうか?

はな:最初はYouTubeでマンガを紹介したいと思ったんですけど、5分や10分の動画を編集できる技術がなくて(笑)。まずは、30秒のTikTokから始めてみようと思いました。

――「自身の考え方に影響を与えた書籍」のアンケートによると、小学校のときに『こち亀』を読んで漫画の面白さに目覚めたそうですが、10代や今に至るまで、本やマンガでご自身の考え方が形成されたと思うところはありますか?

はな:あるんですかね(笑)。マンガを読むのが当たり前すぎてわからないんですけど、純粋に好きっていう感じです。今となっては、書店での仕事やTikTokでの発信につながっているから、その頃からいろいろなことが始まってるのかなと思いますけどね。

――10代から今に至るまで、特にどういうジャンルを読んでこられたんですか?

はな:歴史ものは昔からよく読みましたし、高校生くらいからはギャンブルをテーマにした作品が好きで、今も読んでいることが多いです。歴史ものだと、いろいろめぐりめぐって横山光輝さんの『三国志』とか『史記』を好きになって、ギャンブル系は、福本伸之さんの『カイジ』シリーズや『銀と金』が特に好きです。

――TikTokを始める前に、高田明さんの『伝えることから始めよう』を何十回も読んだそうですが、この本からどんなことを学んだんですか?

はな:この本には、ビジネス本でよくあるようなテクニック的なことは全然書かれていなくて。高田さんが書かれている「何かを伝えること」についての心構えは、発信の原点になっています。今も読み返すことが多いですね。再生数が伸びないときとか(笑)。

――具体的に、この本から学んだどういう部分を動画での発信に活かしているのでしょうか。

はな:高田さんも最初は、何かを売るとき、機能を重視して伝えていたそうなんです。でも、それだと見ている人には刺さらなかった。だから方法を変えて、たとえばカメラを売るときは「お孫さんの写真がきれいに撮れますよ」とか、その商品で得られる体験を伝えるようにしたんですね。ものを売るのではなくて、ことを売るというか。だから僕もマンガを紹介するときは、内容も必要ですけど、それだけではなくて、これを読むとわくわくするとか、こういうところが楽しいよって、動画を見た人が得られるものを重視するようにしています。

――確かに、はなさんの動画を見るとワクワクしたいからその本を手に取りたいという気持ちになります。ほかに、伝え方で意識していることはありますか?

はな:TikTokを観ている人は若い人も多いので、言葉が固くならないように、崩すようにはしていますね。「〇〇って思うっしょ」みたいに、難しい言葉は使わずにあえて簡単な話し言葉で伝えるようにしています。観る人によってはひょっとしたら不快に思うかもしれないけど、それはいつも大切にしていますね。

本当に面白いと思った作品以外は、見ている人に伝わらない

――はなさんが、紹介するコミックを選ぶ最大の基準は何ですか?

はな:純粋に自分が面白いと思った作品を紹介しています。昔は正直、人気だけど自分にはあまりささらなかったマンガも、「とりあえず人気だしやってみるか」って紹介していたんですけど、僕の表情や言葉から感じ取るものがあるのか、ぜんぜん再生数が伸びない(笑)。マンガの内容もしっかり伝わっていない感じがして。だから今は、自分が読んで本当に「面白い」と思った作品だけですね。

――はなさんが面白いコミックを探すときの目利きポイントとして、どういうところをチェックしているんですか?

はな:ほぼ毎日のように本屋に行っていて、本屋で手に取ることが多いんですけど、僕は絵から入ることが多いです。ぱっと見で絵が気に入って、そのあと裏表紙のあらすじを見て買うことが多いですね。絵が気に入るか気に入らないかが、自分の中でかなり大きくて、内容がよくわからないマンガでも、絵が好みだったらとりあえず買っちゃうところがあります(笑)。

――自分が好きだったりフォロワーの反応がよかったりして、よく動画で紹介する作品はこういうマンガになるなっていう傾向はあるんですか?

はな:僕が好きっていうのもあるんですけど、動画を見てくれる人は若い人が多いからか、ホラーを紹介することが多いし、再生数も伸びますね。気付いたら1週間に3本も4本もホラー系を紹介していることがあったりします(笑)。

――反響が大きかった動画はたくさんあると思うんですが、特に、動画がきっかけで重版が決まったとか、印象的な出来事はありましたか?

はな:BL漫画を紹介したときに重版が決まりましたって連絡をいただいて、これはバズったんだなと思いました。BLとかニッチな作品のほうが、重版とか、反響が大きいイメージがあって。もともと人気がある作品を紹介しても、そもそも知られているから「面白いよね!」みたいな感じで再生数は伸びても、実際の売上にはつながりにくいんですよね。

TikTokの話題は瞬間風速。熱があるうちに書店で買える仕掛けを作りたい

――マンガ紹介を始めたきっかけに本を読んでない人にも読んでもらいたいという思いがあったとお聞きしましたが、本と距離がある人に、「本を読むとこんなことがあるよ」と伝えるとしたら、いかがですか?

はな:僕は10歳くらいからずっと本を読んできて、もはや生活の一部なので、そういうことを深く考えたことがないんです(笑)。でも、本がなくても生きていけるかもしれないけど、なかったらすごく寂しい人生だろうなって思います。プラスアルファくらいだと思うんですよね。100点の人生が、本やマンガがあると110点になるというか。あればより楽しいよ、というものだと思っているので、僕が伝えるとしたら、生きていて物足りないと感じたら、本を読んでみたらどう?ということですね。

――ダ・ヴィンチニュースの読者には、ビジネスマンや主婦の方も含まれていたりしますが、そういった世代の日々頑張っている人におすすめしたいコミックはありますか?

はな:最近読んだ中では『海が走るエンドロール』がすごく良かったです。主人公の65歳のおばあちゃんが映画を撮り始めるお話なんですけど、すごく心を打つものがありました。旦那さんはもう亡くなっていて、映画を観るのがずっと好きだったんですけど、美大で映像を専攻している学生とひょんなことから出会って。その学生から「映画を観るよりも、撮りたい側の人間でしょ」って言われるんです。いろいろな葛藤がありつつ、映画の学校に通い始めるんですね。やりたい事や好きなことは何歳になっても始められるんだ、という勇気をもらえる作品です。海がひとつのモチーフになっていて、おばあちゃんの激情の表現も印象的で。「映画を撮る側」って言われたときに波に襲われるような衝撃を受けるシーンとか、海にどっぷり浸かったように呼吸もしないで没頭している瞬間の描写が素敵で、今、思い出しただけでも鳥肌が立ってきました(笑)。1巻が出たばかりで、忙しい人でも追いつけるので、ぜひ読んでいただきたいですね。

――面白そうですね! すぐに読みます。最後に、TikTokクリエイターとしての野望や、近い将来実現したいことを教えてください。

はな:TikTokでマンガ紹介をしているのは自分やもつもつさんなど、何人かいるので、彼らと一緒に「TikTokマンガ大賞」みたいな形で、しっかり本の売上につながる流れを作りたいなと思っています。少し前に、けんごさん(けんご@小説紹介)が紹介した『残像に口紅を』がどかーんって話題になりましたけど、1週間くらいで本屋の在庫はなくなったと思うんですよね。重版がかかったとしても、本屋に並ぶには1ヵ月くらいはかかります。TikTokでは瞬間風速が強いですけど、そのブームが長続きしなくて。動画を見た瞬間に「明日買いに行こう」とは思っても、1ヵ月経つと忘れ去られちゃうんです。

――書店に勤めているはなさんならではの課題意識ですね。TikTokのスピード感や、特性に合った仕掛けが必要だと。

はな:そうですね。芥川賞や直木賞の受賞作だったら重版が未定でもしばらく話題性は続くし、YouTubeで紹介された本がロングセラーになったりするイメージはあるんですけど、TikTokはその熱がなかなか続かないので。事前の根回しも含めて、熱があるうちにしっかり店頭で買えるような流れを作りたいなとは思っていますね。

書店員はなさんTikTok
https://www.tiktok.com/@shotenhana

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