『閃光のハサウェイ』を大ヒットへと導いた、映像の力とは――監督・村瀬修功インタビュー(前編)

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更新日:2021/12/3

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』 ©創通・サンライズ

『機動戦士ガンダム』40周年記念作品として制作されたシリーズ最新作『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』。本作は『機動戦士ガンダム』の生みの親、富野由悠季さんが1989~1990年に執筆した小説『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』全3巻(上・中・下)を映像化した作品だ。本作の主人公はガンダムシリーズで活躍してきたかつての英雄ブライト・ノアの息子ハサウェイ・ノア。彼はマフティー・ナビーユ・エリンと名乗り、反地球連邦政府運動に身を投じている。なぜ彼はマフティーを名乗るようになったのか。そのドラマが緻密に描かれている。

 本作の映画化を果たしたのは村瀬修功監督。美意識に裏打ちされた緻密な作画で知られるアニメーター/キャラクターデザイナーでもあり、監督としては『虐殺器官』などで実写的なアプローチをすることで高い評価を集めているクリエイターだ。映画『閃光のハサウェイ』においても、いわゆる映画的なダイナミズムあふれる画面作りで、新しい「ガンダム」像を作り上げている。

 はたして村瀬修功監督はどんな思いで、この作品を作り上げたのか。この作品にかけた想いを、2本立てのロング・インタビューで語っていただいた。前編では、小説をどのように映像化したのかを聞く。

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富野小説に込められた味を映像化したかった

――『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の公開から約6ヵ月が経ちました。興行収入22億円、観客108万人を記録し(※2021年11月21日時点)、大きなヒットとなっています。村瀬監督はこの結果をどのように受け止められていますか?

村瀬:ガンダムシリーズという知名度の高い作品であったので、興行収入や見てくださった観客の数字がどれくらいの大きさなのか、正直、自分にはわからないです。みなさんが「成功だ」と言ってくださったことで、現場としては、ある基準はなんとかクリアできたのかなと。それが正直な印象ですね。

――ファンの声などは、村瀬監督のもとに届いていらっしゃいますか?

村瀬:直接伺うことはないのですが、アニメ業界内で仕事をされている方々が会いに来てくださるという、これまでにあまりなかったことが起きています(笑)。そういうことがあると、刺さる人には、刺さっているのかなと。そういう感覚はあります。

――あらためて本作の制作の過程を伺いたいのですが、本作は『機動戦士ガンダム』を手掛けた富野由悠季監督が執筆された同名小説がベースとなっています。今回の映画化にあたり、その富野監督のテイストをどのように描こうとお考えでしたか。

村瀬:小説を読ませていただいて、富野さんの映像作品には観られないテイストがあると思ったんです。富野さんが映像化するときに、おそらく「これは映像にはふさわしくないだろう」と判断されて、削っているようなところが小説にはある。そういう部分を削らずに、小説の味のようなものを映像化したいなと。

――富野アニメ作品にはない、富野小説の味を活かそうとしたわけですね。

村瀬:僕は富野さんとずいぶん前に仕事をしていて(『機動戦士Vガンダム』『機動戦士ガンダムF91』『機動戦士Zガンダム A New Translation -星を継ぐ者-』『機動戦士ZガンダムⅢ A New Translation -星の鼓動は愛-』など)、そのときに富野さんの「ガンダム」に求めている映像イメージは、僕が感じていたものとは違うのだな、とわかったんです。「ガンダム」は他作品に比べて、ビジュアル的にリアリティがより重視されて作られている作品だと思っていました。でも、富野さんは世界観や説明、リアリティよりも、アニメとしての気持ちよさを大事にされていて。場合によっては、世界観や説明をカットしても、気持ちよさを優先するような演出をされていたんです。

――小説には、アニメではカットされるような部分……いわゆる世界観や説明が書かれていたわけですね。

村瀬:そうですね。地球環境、地球の人口、そしてその人たちがどんな暮らしをしているのか。小説には世界観がリアリティをもって、言葉になっているんです。その小説を読んだときの読後感は以前、僕が「ガンダム」に感じていたものとしっくりきた。そのしっくり感を映像化できたら面白いのかなと。小説に書いてあったものは、なるべくすくい上げていきたいと思いました。

――『閃光のハサウェイ』について、富野監督ご本人と直接お話しする機会はあったのですか?

村瀬:今回『閃光のハサウェイ』を制作するにあたり、最初に富野さんとお会いしたのですが、そのときに「聞くな!」と言われたんです。昔のことだから覚えていない、と。「ニュータイプ(※)の話なんかにするな」とも言われました。「そんなものはどうでもいいから青春を描け」と。それから、映画の話をしていただきました。

※ニュータイプ
ガンダムシリーズに登場する、新しい感覚を持った人類のこと。

――かなり直接的なヒントになりそうです。

村瀬:その映画は女性ひとりに男性二人という構図の映画で、『閃光のハサウェイ』の構図とシンクロしていたんですよ。「こういうスタイルのものを作れ」という富野さんからのメッセージだと僕は感じました。でも、実際にその映画を観ると、『閃光のハサウェイ』との接点が全然見つからない。最初は、なんとかその映画のニュアンスやスタイルを『閃光のハサウェイ』のシナリオに落とし込もうとしていたのですが、どうにも合わない。それでサンライズの小形尚弘プロデューサーから、あらためて富野さんに聞いてもらったら、富野さんは小説の『閃光のハサウェイ』の内容をほとんど忘れていて、単純に、僕と会った日の朝に観た映画を「この映画いいね」という話をしてくださったようなんです。

――謎解きのような話ですね(笑)。

村瀬:それから半年くらい経って、別件で富野さんとお会いすることがあり、そのときも映画を一本紹介してくださったんです。今度こそ「こういう映画を作ってくれ!」というメッセージだろうと思って、ビデオを探してみたのですが……。その映画には、主人公ハサウェイの気持ちに寄り添えそうなところがあったんですが、やっぱりそのまま重ねることはできない。今回も、その映画のテイストをシナリオに落とそうとしたのですけど、やっぱり上手くいかなかったんですね。そこでまた富野さんに伺ってみたら、富野さんはその映画を全部ご覧になっていたわけではなくて、たまたま観たシーンの印象が良かったから、僕に話をしてくださったことがわかりました。もしかしたら、キャラクターの肌触りや映画としてのバランスやスタイルのことを言っていたのかなとも思ったのですが、基本的には雰囲気なんだなと(笑)。映画はどちらも面白いものだったのですが、富野さんの真意はいまだにわかりませんね。

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

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機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

有意義だった、フィリピン・ダバオへのロケハン

――先ほど、小説のディテールを映像化しようとされた、というお話がありましたが、制作にあたっては作品の舞台となるフィリピン・ダバオへロケハンにも行かれていますね。

村瀬:富野さんは小説を書いたときは、ダバオへ行ったことがなかったそうです。だから、この小説は資料だけで書かれているんですよね。それはそれですごいことなのですが……。

――たしかに、すごいことです。

村瀬:昨今は、ネット環境が良くなって、ウェブ上でもロケハンがかなりできます。でも、やはり海外は現場にいってわかることがあります。それは前作『虐殺器官』でヨーロッパをロケハンしたときに、そういうことがたくさんありました。今回も1日半くらいと限られた時間でしたが、ダバオに足を運ぶことができて、とても参考になりました。

――実際に足を運ばれた、ダバオはどんな場所でしたか。

村瀬:僕は東南アジアを全然知らなくて、ダバオという場所がけっこう物騒だと聞いていました。でも、ダバオは、それまでイメージしていたフィリピンや東南アジアのイメージとは全然違っていましたね。東南アジアってじめじめしていて暑いイメージがあったんですが、ダバオはわりとカラッとした住みやすい空気感があって、ハワイみたいな、今後リゾートとして発展していくんじゃないかなという気分があったんです。写真もたくさん撮りましたし、作中に出てくる植物公園のモデルになる施設にも行きました。ダバオに行く途中でマニラにもトランジットで数時間いましたが、そことの違いも参考になりましたね。ロケハンはかなり有意義なものになったと思います。

――『閃光のハサウェイ』本編で描かれたダバオの空、浜辺、海の美しさはとても印象的でした。このあたりはロケハンの成果と言えるのでしょうか。

村瀬:そうですね。ダバオの空は晴れていても、雲が多いんです。そういったところは今回、かなり画面に反映できたと思います。ロケハン中は雨が降ったりもしたのですが、日本の雨とは違って、すぐに晴れてカラッとした空気になります。基本的に常夏で一日中雨が降ることは滅多にないそうですし、台風も来ないそうです。そういう空気感は本編にも出したいと思っていました。

――ロケハン中は、たくさん写真を撮られたそうですが、主にどんなところの写真をお撮りになったのでしょうか?

村瀬:シナリオができてからロケハンに行っているので、シーンに合わせて資料になりそうなところを考えてはいたのですが、強行軍だったこともあって、そのときはとにかくシャッターを切り続けようと、どんどん撮っていました。帰ってきてから、その写真を見ながら、全体に並べ直していくという感じです。

――背景を描くうえで写真参考にしたり、絵コンテやレイアウトを描くうえで参考にしたのでしょうか。

村瀬:ダバオの街はロケハンしたのですが、そのときは現地の場所をそのまま使うつもりはなくて。帰国してから、ネットで検索して「ここがいいかな」とモデルを決めていきました。街並みを作るためには、ロケハンはあくまで足がかりであって、資料を集めて肉付けしていった感じがあります。

――ハサウェイはダバオ市内の町で「誰でも買うようなみやげ物(小説)」を購入します。また、派手なタクシーに乗って移動するシーンもありました。こういった小物や乗り物はどのように作っていったのでしょうか。

村瀬:あのあたりはロケハンではなくて、デザイナーさんのアイデアで出てきたものです。たとえば、あの派手なタクシーは、タクシーの運転手のキャラクターデザインを進めていくときに資料の写真にああいうカラフルなタクシーがあり、最初はちょっと強すぎるかなと言っていたのですけど、面白いなと思って、タクシーのデザインをカラフルにしました。ハサウェイの土産物は、デザイナーさんが描いてきてくれたものです。そのあたりは、スタッフみんなのアイデアを上手く配置できたんじゃないかと思っています。

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

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「覚悟をした男」を目指しているハサウェイの人物像

――映画『閃光のハサウェイ』では、主人公ハサウェイが反地球連邦政府運動のリーダーであるマフティー・ナビーユ・エリンと名乗りながらも、苛烈な手段や、理念に迷える心を丁寧に描いています。村瀬監督はハサウェイをどのような人物として捉えていたのでしょうか。

村瀬:小説を何度も繰り返し読んでいくと、最初に読んだときと、だんだん違う部分が見えてきて、ハサウェイは実は覚悟のようなものがまだできていない男なんじゃないかと思ったんです。読めば読むほど、そう見えてくる。「“覚悟をした男”にならなければならないと思いつめてはいるけど、自分がなれないこともわかっている男の話」なんじゃないかなと。ダメなハサウェイが、なんとかアムロ・レイやシャア・アズナブル(どちらもガンダムシリーズに登場する主要キャラクター)みたいな立派な男にならなきゃいけないとあがいている。それが『閃光のハサウェイ』という話なんじゃないかなと。そういう人物がガンダムシリーズの主人公としてどうなのかとは思いましたが、富野さんが書いているのはそれだったんです。ゲームだと完全にマフティ―になりきっているハサウェイもいますが、映画では「なりきれていない」。それを揺さぶるギギという存在にフォーカスしたほうが面白いのかなと。

――ハサウェイはガンダムシリーズのシャアという存在を意識してマフティーになろうとします。彼にとってシャアとはどんな存在だったと考えていますか。

村瀬:ハサウェイとシャアって基本的に関係ないんですよね。接点もほぼない。本編の中で描き直した、あの瞬間(『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』で描かれた、スペースコロニーのロンデニオンでシャアとハサウェイが出会い、一緒にいた少女クェス・パラヤがシャアのもとへ出奔するシーン)しか、シャアとは接触していない。しかも、そのときにクェスを奪われているので、基本はシャアに憧れるはずがない。だけど、ハサウェイはシャアと同じ思想に染まっていく。その過程は小説には書かれていないので、ならば、それを描くのが今回の映画なのではないかと思いまして。第2部以降で描いていくところだと考えています。アムロやシャアは第2部、第3部でハサウェイの内面のカギになる存在になるでしょうね。

後編は12月3日公開予定です

取材・文=志田英邦

村瀬修功(むらせ・しゅうこう)
アニメーション監督、演出家。監督としての代表作に『虐殺器官』『Witch Hunter ROBIN』『Ergo Proxy』『GANGSTA.』、キャラクターデザイナーとしての代表作に『新機動戦記ガンダムW』『ガサラキ』『アルジェントソーマ』、ゲーム『ファイナルファンタジーIX』がある。

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