BookTokerけんごが「就活前に読んでほしい」と推薦! 池井戸潤 の『民王』を読んだほうがいい理由

文芸・カルチャー

更新日:2021/12/12

けんごさん

TikTokで小説紹介動画をあげる「Book Toker」であり、自らは「小説紹介クリエイター」と名乗るけんごさん。紹介する小説が中高生らの間で話題になり、重版される作品が続出している。もともと池井戸潤ファンだというけんごさんに、最新刊『民王 シベリアの陰謀』の魅力を語ってもらった。

(取材・文=門倉紫麻 撮影=冨永智子)

これから世に出る人にはぜひ読んでほしい

“もし、この世から「あ」という言葉が消えてしまったら――どんなことが起きると思いますか?”

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 こんなフレーズから始まる31秒のTikTokの動画が、30年以上も前の筒井康隆の名作『残像に口紅を』を再びベストセラーに導いた。動画を作成したのは、小説紹介クリエイターのけんごさん。 

 現在23歳のけんごさんが小説を読み始めたのは数年前、大学に入ってからだ。書店で「分厚さ」に惹かれ手に取った東野圭吾『白夜行』で小説のおもしろさに触れた。

 約1年前から、小説を読むことのフレッシュな喜びを、TikTokで中高生を中心とした若い世代に伝え始め、就職後もその活動を続けている。

 池井戸作品に出会ったのは、大学2年生の時だという。

「ドラマの『陸王』を観て、原作を読んだのが最初です。そこから『七つの会議』や『ルーズヴェルト・ゲーム』も読んで……経済や政治のような、僕からすれば難しいはずのテーマを、キャッチーに伝えてくれて、エンタメとして楽しんでいるなかに、いつも学びがある。『民王』は、1作目を読んだ時、政治の話なのに笑えるのがすごい!と思いました。それまでの池井戸さんの作品のように政治にがっつり踏み込んでいくのかなと思ったら、エンタメ要素がいつもよりさらに強くて。でも現実離れし過ぎず『あってもおかしくない』ことが描かれているのは、やっぱり池井戸さんだなと思いました」

『民王 シベリアの陰謀』は、前作に続き、総理大臣・武藤泰山とその息子・翔が力を合わせて難事件に立ち向かうというストーリー。本作で彼らを悩ませるのは、人を凶暴化させる謎のウイルスだ。

「前作より、リアルですよね。特に前半は新型コロナウイルスが流行している今の社会や世界経済と重ねて読みました。でも後半に進むにつれて『おおっ!?』という意外な、一種の“トリック”ともいえる展開になっていくので、エンタメとして純粋におもしろかった」

『民王』シリーズは、ぜひ大学生に読んでほしい、とけんごさん。

「これから世に出る人にはぜひ読んでほしいし、学ぶべきことがたくさん書いてあります。『七つの会議』を読んだ時もそう思ったんですが、池井戸作品で社会の怖さを知っておくと、就活に生かせると思います。大学生って……というか僕がなんですが、世の中をなめているところがあるんですよ。『いやいや、いけるっしょ!』みたいな(笑)。でも『民王』シリーズを読んでいると、自分一人の力なんてちっぽけなものだし、社会で活躍するのは学生時代の何十倍も難しいんだな、相当の努力が必要なんだなと感じるんですよね。1作目には面接の場面もありますし……就活前に読みたかった!」

 では、『民王 シベリアの陰謀』を中高生に薦めるとしたら?

「まずは『勉強になるよ!』ですね。『総理大臣が』『ウイルスが』というところを先に言っちゃうと難しいと思われかねない。自分が中高生の頃にそれを聞いても難しそうだなと思って、読みたくはならない。まあ当時の僕は勉強もしていなかったので、どちらにしても読まなかったかもしれないですが(笑)。でも池井戸さんの作品をたくさん読むと、知識がどんどんついていくのは間違いないです!」

けんごさん

紹介するときに「なくていい情報」は入れない

 こんなふうに、けんごさんは常に「ふだん小説を読まない人」のほうを向いている。そのため、紹介する際に使う言葉も制限している。

「例えば『100万部売れてます』『●●さんの新作』『本屋大賞受賞』は使いません。すごく失礼な言い方になるんですが、小説に興味がない人にとっては『なくていい情報』なんです。その数字がどれだけすごいのか、その作家さんのことも、賞の存在も知らなかったりする。僕自身が本当に本を読まなかったのでわかるんですよ(笑)。でもきっかけがあれば読むし、おもしろいと思うはずで……映画やドラマなどほかのエンタメに比べて、小説は触れるきっかけが圧倒的に少ないと思います」

 そのきっかけを作る役割を、けんごさんが今、担っている。けんごさんがすごいのは、小説紹介動画が広く観られているだけでなく、冒頭で触れた『残像に口紅を』のように多くの人が「買って読む」段階までつなげてしまうところだろう。

「先ほど話した『なくていい情報』に気をつける以外に、続きがより気になるようなものにすること、1ユーザーである僕の感情的な部分を入れることを意識しています。それと、長さも重要で。何かを買いたいと思うきっかけって、テレビのCMとか映画の予告くらいの短いものだと思うんです。なので、現状のプラットフォームで小説紹介と最も相性がいいのはTikTokだと僕は思っています。ショートムービー専用だからというだけじゃなくて“偶然の出会い”があるところもいい。YouTubeは自分で選んで動画をスタートさせますが、TikTokはおすすめが勝手に流れてくる」

しんどくなったら、やめればいい

 紹介作品の相次ぐ重版により、出版業界から注目され、テレビ出演なども多いけんごさん。だが話す姿からは気負いは感じられない。

「ずっとふわふわしてはいます。でも変な話ですが『しんどくなったらやめりゃいいや!』と思っているので(笑)。プレッシャーを避ける意味でもTikTokでのお仕事は断っていて。別の形で書店さんや出版社さんのPRをお引き受けすることはありますが、TikTokは純粋に自分の好きなものだけを紹介する場所にしています」

 自分の感情が動く本の紹介に注力しながら、けんごさんは今、中高生に向けた初小説を執筆中だ。

「全く小説を書いたことがなかった素人ですが、唯一ここは僕にしかない武器だろう!と思うところがありまして。SNSをやっていることで中高生と頻繁にやりとりしているので、その世代の感性や、今彼らが何を求めているのか、どんなものを読みたいのか、なんとなく理解できるんです。今までSNSで積み上げてきたものを小説に生かせているんじゃないかなと。時々行き詰まることもありますが、中高生には響いてくれると信じて書いています!」

けんごさん

けんご●1998年生まれ。幼少期から野球に取り組み、大学まで野球部に所属。大学4年時に始めた小説紹介のTikTokが人気を集め、ベンチャー企業に就職後も活動を続けている。「兄が選手なので、池井戸さんの『ルーズヴェルト・ゲーム』で社会人野球がとりあげられて嬉しかったです!」(けんごさん)。現在、自身初となる小説を執筆中。

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