生き方も仕事観も、大切なことは本が教えてくれた――TikTokで読書の魅力を伝える現役書店員「ほんやのなす@小説紹介」インタビュー

文芸・カルチャー

更新日:2021/12/3

ほんやのなす

 若い世代がトレンドをキャッチするショートムービープラットフォーム・TikTokは今、書籍の売れ行きを左右するプラットフォームとして出版社からも注目されている。TikTokで若い世代が読書の魅力を知り、TikTokで紹介された書籍が重版につながるなど、この新たなムーブメントを生み出したのが、短い動画で本の面白さを伝えるTikTokクリエイターたちだ。ミステリなどを中心に小説を紹介する「ほんやのなす@小説紹介」さんも、そのひとり。音声ソフトによる解説と音楽を効果的に使ってユーザーを作品世界へと引き込む動画は、書籍紹介クリエイターの中でも異彩を放っている。現役の書店員でもあるなす氏に、自身の考え方に影響を与えた書籍や、小説や自らが身を置く出版業界に対する思いを聞いた。

(取材・文=川辺美希)


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ほんやのなす氏が選んだ、「自身の考え方に影響を与えた書籍」5選

疾走

①『疾走』重松清 著
ものすごく重い内容の本なのですが、友達と話を合わせたり同調したり、嫌われることを怖がって周りに気を遣っていた私に「1人でいること」という選択肢をくれた本です。この本読まなかったらずっと息苦しかったと思います。

神様からひと言

②『神様からひと言』萩原浩 著
仕事をしている上で感じてしまっていた過剰な責任感、自分がやらなきゃ、自分が休んだらみんな困る、という考えを根底から覆した本です。この本を読んでなかったら、いらないストレスで潰れていたと思います。

もはや僕は人間じゃない

③『もはや僕は人間じゃない』爪切男 著
失恋して病んでいた時、読書自体が全然楽しくなかった時に読めた唯一の本。心の処方箋です。

儚い羊たちの沈黙

④『儚い羊たちの沈黙』米澤穂信 著
私に読書の楽しさを教えてくれた本。この本を読んだ時に「私はこういう本を読むのが好きなんだ!」と。私の読書の好みはこの本に出会ったことで決まりました。

山月記

⑤『山月記』中島敦 著
高校の授業で読んだ本ですが、「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」という言葉がずっと心に残っています。虎になった李徴が他人と思えず、初めてまともに先生の授業聞きました。それから国語だけは真面目に受けるようなりました。

書店員はなさんに「やりなよ」って言われてTikTokを始めました

――本格的に小説を読み始めたのはいつ頃だったんですか?

なす:家族みんなが本を読むので、本はずっと家にあって、周りにも本読む人が多かったので、子どもの頃から本に触れてきました。ずっと日常の一部で、ご飯と一緒くらいの感覚です。

――書店に勤務されているそうですが、読書が好きだったから書店で働こうと思ったんですか?

なす:それが、全然違うんです(笑)。今の会社にはアルバイトで入ったんですけど、その前に、アニメショップのバイトの面接を受けて落ちたんですね。同じ本関係のお店で働いて見返そうと思って、すぐ近くにあるうちの会社の書店を受けたという、不純な動機でした(笑)。そこから8年、ずっと書店員です。

――その後、実際に無事見返せすことはできたんですか?

なす:見返せました! ディスプレイコンテストでそのアニメショップさんより高い順位取れたことがあったんです。そういう形で勝てたので、すごくすっきりしました(笑)。

――TikTokでの小説紹介を始めたが2021年の1月頃、とのことですが、始めたきっかけはあったんですか?

なす:はなさん(TikTokクリエイターの書店員はなさん)に「やりなよ」って言われて(笑)。はなさんはずっと書籍系のTikTokクリエイターを増やしたいと言っていて、Twitterではなさんが「書店員さん、TikTokを始めたらどう?」ってツイートをしていたのを、私は毎回リツイートしていたんです。そのうち、はなさんに「いつやるの?」って言われて、「え?」と思って(笑)。それでやってみようかなと思って、始めてみました。

――そうだったんですね! 最初から音声ソフトで紹介するスタイルで発信されていたんですか?

なす:そうですね。顔と声を出さないで紹介できるのかなと思って、あんな感じで始めてみました。けっこう、好き嫌いはあると思うんですけどね。

――でも、NHK『あさイチ』の読書特集でも、並みいる人気のTikTokクリエイターさんの中から、なすさんの動画が紹介されていましたよね。

なす:ありがたいことに、使っていただけて。でも、朝に流す音声じゃないなと思いました(笑)。

 

書店で本の魅力を伝える仕事がTikTokの発信につながっているのかも

――紹介する本はどんな基準で選ばれているんですか?

なす:単純に、読んで面白かった本を紹介しています。あとは、私は好きだけど埋もれてしまいそうな本とか、本屋さんでは注目されていない本を手に取ってもらえたらいいな、と思って、紹介しています。

――なすさんのTwitterも見ていると、書店でのお仕事もしつつたくさん本を読んでいるようなのですが、月に何冊くらいのペースで小説を読まれているんですか?

なす:数えたことがないのでわからないですけど、1日300ページくらい読んでいます。朝の通勤時間に100ページ、お昼休憩で100ページ、夜寝る前に100ページ、みたいな感じで、ページ数を目安にしていますね。私は続けて同じ本を読めないので、10~20冊くらいの中から読みたい本を50ページ読んで、また別の本を50ページ、という感じです。新刊は月に10~13冊くらいは読んでると思います。

――書店員として働く中で、短い時間で小説の面白さを伝えるスキルは培われたのでしょうか?

なす:書店で紙やポップを使って本をおすすめする方法と、動画では違いがあるので、あまり書店での経験は役に立っていないかもしれないです。私、普通の書店員さんみたいにしっかりしたポップが書けなくて。どちらかというと、ヴィレッジヴァンガードのポップに近いというか、短い言葉で伝えることが多いですね。一言、「面白い!」って書いたりするので。そういう経験が、短い動画で魅力をぎゅっと伝えることにつながっているかもしれないです。

――TikTokで発信した動画で重版につながったとか、特に手応えを感じた作品はありますか?

なす:最初の頃に紹介した乙野四方字さんの『君を愛したひとりの僕へ』と『僕が愛したすべての君へ』ですね。2冊のどちらからも読める小説なんですけど、早川書房さんからあの動画のおかげで重版しましたって連絡をいただいて。動画を上げたときにはバズるなんて思っていなかったので、本当にビックリしました。書店で本を売っていても自分の力で重版がかかる経験はなかったので、短い動画1本で重版にまでつなげることができるなんて、TikTokの力はすごいなって思いました。

――その作品がバズったのは、動画のどんなところが良かったんだと思いますか?

なす:どちらから読んでもいい、読む順番で話が変わるところを面白そう、と感じてもらえたのかなと思います。本自体に工夫がしてある作品は、本を読まない人にも興味を持ってもらいやすいですね。少し前に発売された道尾秀介さんの『N』も、さかさまでも読めて、6つの章がどの順番でも読める小説で、これはTikTokで伝えたら楽しそうだなと思って紹介したら、やはり再生数が伸びました。その時も、本に興味を持つ人をちょっと増やせたかな、と思いましたね。

――今回アンケートで答えていただいた自身の考えに影響を与えた書籍や、ふだん紹介されている書籍を見ても、人間の本質をえぐるようなディープな作品がお好きなのかなと思いました。

なす:ははは。そうですね、ちょっと毒のある本が好きです。読書を始めた頃は、『ハリー・ポッター』だったり、普通の児童書を読んでいたんですけど、いつの間にか暗い感じの本ばかり読むようになっていて。そのせいか、TikTokでも、明るい本よりちょっと闇が深い本のほうが、再生数が伸びる気がします。

 

「本ってどこに売ってるんですか?」TikTokのコメントを書店の売り場作りに活用

――事前になすさんにお聞きした「自身に影響を与えた書籍」のコメントからも、なすさんがこれまで人生で迷ったときに、モヤモヤした気持ちを本が晴らしてくれた経験が多いのかなと感じました。

なす:あぁ、今、そう言われて、すごく納得しました(笑)。私、自分の気持ちを言葉にしたり、人に話したりするのが苦手なんですね。だから小説を読んでその内容が自分の感情にはまると、すごくしっくりきちゃって、あ~、この本を読んで良かったって思いますね。

――重松清さんの『疾走』は重い内容ですが、なすさんは前向きな気持ちを抱いたんですね。

なす:そうですね。私の性格を決めてくれた本です。それまでずっと、輪から外れないようにとか、自分の意見より多数の意見を大事にしたりして、周りに嫌われるのを怖がっていたんですけど、この小説は、ひとりでいるのは全然悪いことじゃないんだって思わせてくれたし、「人に嫌われてもいいや」と思えるようになったので、すごく生きやすくなりました。

――『神様からひと言』も、仕事への向き合い方を変えた1冊だったんですね。

なす:私の仕事へのスタンスに、そのままこの本が影響しています。本屋の前にちょっと労働環境がブラックなところで働いていたんですけど、私がいなきゃ回らないって勝手に思って、要らない責任を感じて、しんどかったんですよね。でも、この本を読んでから、自分がいなくても仕事って回るんだ、そんなに責任を感じなくてもいいんだって思えて、仕事をするのがラクになりました。めちゃくちゃ大事な1冊ですね。

――本が売れないと言われ続けていますが、書店員として出版業界のそんな状況をどうご覧になっていますか?

なす:私自身、本を読むのが当たり前だったので、TikTokを始めて驚いたんですけど、本屋さんの存在を知らない人もいるんですよね。「本ってどこに売ってるんですか?」っていうコメントをいただくこともあって。スマホで情報を見られるようになったので、よけいに本屋さんで本を買う習慣がなくなっているみたいです。そういう人にどうやったら本を読んでもらえるかなっていうことはけっこう考えています。文庫と単行本と新書の違いを知らなかったり、ほしい本があって本屋さんに行っても、どう探せばいいかわからないこともあるみたいです。

――TikTokで得られるそういう意見が、本屋で働く上で参考になることもあるんですか?

なす:活用させてもらってます。本の並びを出版社ごとじゃなくて作家ごとにまとめたり、漫画やライトノベルの横に攻略本を持ってきたりして、本を探しやすい売り場作りを、より考えるようになりましたね。とはいえ、一気に並べ方を変えたら、もともと来ていたお客さんが探しにくくなるので、棚はそのままにして東野圭吾さんの小説だけまとめて違うところに置いてみるとか、試行錯誤して売り場を作っています。TikTokで話題の本コーナーができたりして、書店も流行に柔軟に対応して変わっていますね。TikTokフェアの中に私が紹介した本が入っているときもあって、そういうときは、「ちょっとは出版業界に貢献できているのかな」って思います(笑)。

――TikTokクリエイターとして、なすさんが今後、挑戦したいことはありますか?

なす:スマホで動画を作っているので、表現としてなかなかその限界を超えることができないですが(笑)、もっと本をバズらせて重版させたいですね。面白い本っていっぱいあるんだよ、読書のハードルって高くないんだよ、と伝えていきたいです。マンガを紹介するクリエイターさんはけっこういるんですけど、小説紹介で人気の方ってほぼほぼ、けんごさん(けんご@小説紹介)しかいなくて。私ももっと貢献して、気付いてもらえるようにがんばります。フォロワー数もけんごさんの足元にも及ばないので、おこがましいですが(笑)。本が好きな人たちと交流したり、そういう企画もやりたいと思っていまね。私のTikTokを使ってもいいので、本好きが気軽に本のことを話せる場を作ったりして、業界を盛り上げていきたいです。

ほんやのなすさんTikTok
https://www.tiktok.com/@nas_nasnass

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