少女マンガとは思えない容赦ない展開が続く…『偽りのフレイヤ』の7巻が発売された今、作者・石原ケイコさんが語れること

マンガ

公開日:2021/12/2

*本記事には一部ネタバレが含まれます。ご了承の上、お読みください。

『偽りのフレイヤ』 7(石原ケイコ/白泉社)

 壮大な世界観と予測不可能な展開に美しい描写が魅力の少女マンガ『偽りのフレイヤ』(白泉社)。本作は、領土と民を強国に奪われつつあるテュールという小さな国の片隅の村に暮らしている少女・フレイヤが、思わぬきっかけで“偽りの王子”となることを余儀なくされ、王国の過酷な運命に翻弄されていくというファンタジー。手に汗を握るようなスリリングな展開に原泰久氏の『キングダム』を連想する読者もいるという。連載当初から、書店員の強い支持を集め、コミックスが大重版になるなど人気が高い本作は、10月に7巻が発売されたばかり。そこで、ダ・ヴィンチニュースは、漫画家・石原ケイコ氏に『偽りのフレイヤ』創作の裏側を聞いた!

(取材・文=立花もも)

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――泣き虫の少女・フレイヤが、自分と瓜二つだった亡き王子の身代わりとして、シグルズ帝国の脅威から小国テュールを守っていく……。物語が始まって早々に、フレイヤにとって誰よりも大切な人が無残に殺されるなど、かなり容赦ない展開を見せる『偽りのフレイヤ』ですが、最初は「次はふつうの恋愛マンガを描こう」と思っていたんですよね?

石原ケイコ(以下、石原さん):そうですね。流血の多いファンタジー作品が続いていたので、次は明るいものを、と思っていたんですけど、担当さんから提案されたのは「戦もの」で(笑)。いつかは壮大なファンタジーを描いてみたいという想いがありましたし、せっかくなのでぜひ、と。

――ということは、以前から構想をあたためていたんですか?

石原さん:この物語自体は、お話をいただいて担当さんと一緒につくりあげました。女の子が大きな敵に立ち向かって世界を救う、という話はデビューする前からずっと描きたかったものです。もともとRPG(ロールプレイングゲーム)がすごく好きで、私が10代のころって、女の子が主人公の作品が少なかったんですよね。コバルト文庫とか、少女小説には戦う女の子の物語もあったんですが、世界を相手どるものはなかなか見つからなくて。最近はずいぶん増えましたが、当時は、女の子が主人公のRPGを体感するには自分で描くしかない……という感じだったんです。とはいえ、世界観の大きな作品って、そう簡単にできるものではなく。

――巻数を重ねるのが前提になってしまいますもんね。

石原さん:そうなんです。だから、いつか……というぼんやりとした夢だったんですけど、今回、『偽りのフレイヤ』でその機会をいただけて、すごく嬉しいです。

――フレイヤは、どんなふうに生まれたんですか?

石原さん:最初は、もっと天真爛漫な性格にするつもりだったんですよね。バレー部の主将みたいな、背が高くてしゅっとした感じの女の子をイメージしていました。ですが、成長譚を描くなら、最初はそれほど強くないタイプがいいんじゃないかと当時の編集長からアドバイスをいただいて。だったら、泣き虫という設定はどうだろう、でも野山をかけて育っているから猿のようにすばしっこく、運動神経は意外といい……というふうに考えていきました。あとは、王子の身代わりになるからといって、男装の麗人っぽいタイプにはしたくなくて。王子のほうをむしろ少女と見まごう容貌にすることで、フレイヤの女の子らしさを残すことにしました。

フレイヤの初期ビジュアル(石原先生の当時の資料)

――フレイヤも王子も、ビジュアルが先に決まったんですね。

石原さん:そうですね。あと、王子は幼いながらに周囲を惹きつける存在として描きたかったので、性格は小悪魔っぽいほうがいいかなあと(笑)。見た目だけだと侮られやすいけど、実は頭がよくて、計算高い。そして、自分よりずっと年上の騎士たちを魅了するカリスマ性がある。という私の好みも入れています。物語については、担当さんからさまざまな提案をいただいていたので、それに対し「もっとこうすると面白いんじゃないか」と私が肉付けしていく形で、つくっていきました。

偽りのフレイヤ

担当編集者:もともと私自身、白泉社に入社したからには、骨太なファンタジーを立ちあげたいという野望があって。誰なら描けるだろうと考えたとき、真っ先に思い浮かんだのが石原さんだったんです。それで「一話から人がばんばん死んじゃうようなお話、描きませんか?」と……(笑)。

――でもまさか、アーロンが真っ先に死ぬとは思わなかったです。フレイヤの幼なじみで、初恋の人。黒騎士と呼ばれる王子の側近で、テュール国にとってもなくてはならない人物だったはずなのに。

担当編集者:死ぬことは聞いていたものの、ネームがあがってきたら、思いのほか残酷な展開になっていたので驚きました(笑)。

石原さん:アーロンは、フレイヤが戦ういちばん大きな動機となる人物なので、鮮烈に舞台から降りてほしかったんですよね。いきなり王子の身代わりになって戦えなんて、怖くて不安で仕方がないことを背負わざるを得なくなるには、やっぱり、簡単には忘れることのできない衝撃が必要だと思ったのと……死、って、多くの場合、唐突に理不尽な形で訪れるものじゃないですか。最期の言葉を吐いて美しく死ぬ、なんて余裕は、とくにこの世界観ではないんじゃないかなあと思いました。ただ、今もなお傷ついている読者さんがいらっしゃるので、それは申し訳なかったです。

担当編集者:アーロンの死は、フレイヤにとって戦う動機となると同時に、読者の皆さんにとっては作品を読み続ける動機になるとも思ったので、可能な限り丁寧に、感情移入をしていただける形で描きましょうと、石原さんとは何度も相談していたんですけど……予想以上にアーロンを好きになってくださって、いまだに「推しです」とおっしゃってくださる読者の方もいらっしゃるので、ありがたいと同時に、ごめんなさいという気持ちにはなりますね。

――その死に必然性があるから、余計につらいんですよね。物語のために殺されたわけではないのが伝わってきて……。個人的には『銀河英雄伝説』の初期に受けたのと同じ衝撃をくらいました。でもそれって、物語に対する期待の高さにもつながっていて。この著者はかなり容赦がないぞ、どんな展開をもってくるかわからないぞ、というハラハラを味わい続けることになる。

石原さん:ありがとうございます。少女マンガって残虐な描写と相性がいいと思っているので、描くことにためらいはないんですが、決してそれを売りにしたいわけではなくて。読者の期待している場所に着地させたほうがいい場合もあるので、そのつど悩みながら描いています。おっしゃるとおり、予想もしないところからブスリと刺されることもあるぞ、という緊張感は、物語にとっても必要かなと思います。

――2~3巻で描かれる、レレン砦の戦いでも、予想外の展開が続きましたね。テュールにとっての要である砦を、仲間の兵士たちとともに守ることで、フレイヤにも“王子”としての自覚が芽生えていきます。

石原さん:フレイヤの覚醒につながるあのエピソードまでは、絶対に描こうと連載を始めたときから決めていました。とりあえず3巻までは描いていい、と言われていたものの、やっぱり、いつまで続けられるかわからなかったので……。ありがたいことに1巻が重版し、その後も描いていいとなって初めて、アレクの設定を深めていくこともできました。

偽りのフレイヤ

――アーロンの弟で、フレイヤを想い続ける幼なじみですね。アーロンには敵わない、と最初からフレイヤに対しては諦めの気持ちを抱いていたものの、兄の死をきっかけに覚醒し、フレイヤを守るため、白騎士・ユリウスの従騎士にまで上り詰める……。

石原さん:レレン砦で、彼は思わぬものを背負いこむことになってしまうんですが、あれは、3巻で物語を終えることになっていたら思いつかなかった展開です。アレクは、ポテンシャルはあるんだけれど、いろんな意味でお兄ちゃんの陰に隠れて生きてきたので、あんまり目立たないというか、まだまだこれからって感じの男の子だったんですよね。フレイヤを守りたいという気持ちはアーロンにだって負けていないけれど、アーロンは死んだことでより完璧な存在になってしまい、アレクのコンプレックスもよりいっそう強くなってしまった。そんな彼をどうしたら魅力的に表現できるだろう、と思ったとき、陰の部分をむりになくそうとするよりは、背負わせたまま誠実さを丁寧に描いたほうがいいかもしれない、と思いました。

――森の民と誓約をかわしてしまったらしい、そしてそれは何か取り返しのつかないものであるらしい……ということくらいしか現段階ではわかっていませんが、最終的に悲劇の予感がして、やっぱりハラハラします……。

石原さん:アレクのことは大事に描いていきたいと思っているので、明かされるまで、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

――アレクはもう一人の主人公でもあるというか、フレイヤの対として描かれていますよね。フレイヤは、カリスマ性が飛びぬけていた王子を、アレクは、騎士として名高くフレイヤの想い人でもあった兄を、それぞれ完璧な姿のまま死んでしまった理想として追い続けている。拭い難いコンプレックスを抱えながら、それでも自分にできることを模索して戦おうとする姿が、2人はよく似ている気がします。

石原さん:そうですね。似ているからこそ2人には、慰めあうのではなく高めあう存在でいてほしいなあ、と思いながら描いています。コンプレックスを手放すのではなく、どう上手に自分のなかに取り込んで、前に進んでいくかというのも、『偽りのフレイヤ』で描いていることの一つだと思うんですが、フレイヤが弱さを乗り越えていく姿を見て、アレクには「そんな彼女を守るために自分はどうすればいいか」を考えられる人であってほしい。フレイヤも、そんなアレクを見て「私も、もっと頑張らなきゃ」と思っていてほしい。そうしていつしか支えあえる2人になる……というのが、理想ですね。

――ただ、あまりに似ていて、近しい存在だから、フレイヤにとってのアレクはずっと“家族”だったじゃないですか。報われない恋として切なく描かれていくのかな、と思いながら読んでいたんですけど、最近、意外とアレクが頑張っていて……。

石原さん:(笑)。

偽りのフレイヤ

――一方で、白騎士のユリウスもかなり存在感を増していますよね。王子に心酔していた彼は、最初、フレイヤのことが煩わしかったはずなのに、王子とはまた違う強さで障害を乗り越えていく彼女に、どんどん惹かれていっている。石原さんご自身も、ユリウスがこれほどフレイヤを好きになるなんて、予想外だったのでは?

石原さん:すごい、読まれている(笑)。いやもう、本当に、恋愛模様をふくめ、人間関係については予想していなかったところに転がり始めているので、うまく手綱を握らなければなあと思っているところです。ただ、ユリウスもアレクも「俺が、俺が」というタイプではなく、相手が幸せなら自分の想いは報われなくてもかまわない、っていうタイプなんですよ。だから、互いを牽制しつつも、「お前には負けないぞ」みたいな闘志はないし、抜け駆けするような行動にも出ない。白と黒、性格は対照的ながらも、自分を抑えすぎてしまうところはとても似ているので、そこから零れ落ちる感情を丁寧に掬いとっていければなと思っています。

――騎士、なんですよね。2人とも。フレイヤは、偽者ではあるけれど、仕える対象だからその線引きがしっかりしている。個人的に、マンガであってもちゃんと仕事はしてほしいと思うタイプなので、公私混同しないように普段はめちゃくちゃ抑制している2人が、ときどき我慢しきれなくなり言動に感情が滲んでしまう、という描写が大好きです。

石原さん:ありがとうございます。私も、そのほうが、純度の高い本気が溢れている感じがして素敵だなと思うところはあります。

――最新刊で、ユリウスは自分の気持ちをだいぶ自覚し始めましたけど、往生際わるく戸惑っている感じもいいですよね……。

石原さん:王子に救われて生きる意味を見出した彼には、いつまでも王子を一番に想う人であってほしい、という願いが私のなかにあって。フレイヤを好きになったからといって王子への忠誠心が消えるわけではないけれど、それでも、それなりの葛藤をしてくれなきゃ納得がいかないなと思っているんです。だから、読者さんには「もう、それ好きじゃん!」って明らかだったとしても、本人にはもう少しあがいてほしいな、と。立場やしがらみなんて気にせず、壁を突き破って想いを伝えてくれる人も素敵だと思いますが、ユリウスに関してはもうしばらく、じりじり描くと思います。

――突き破ってきそうなのがディミトリ。シグルズ帝国の若き王ですね。周辺国をのきなみ手の内におさめていく冷徹で切れ者の王が、まさかあんなチャラい兄ちゃんだとは思いませんでした……(笑)。

石原さん:代替わりしたばかりなので、まあ、勢いのある新社長みたいな感じですよね(笑)。

――4巻以降、フレイヤはシグルズ帝国に対抗すべく、すでにシグルズ帝国の支配下に置かれた国々と同盟を結ぼうと考えますが、その旅の途中、正体を隠した少女の姿で、ディミトリと出会います。ユリウスとアレクがじりじりしている隙に、ディミトリが強引に迫ってかっさらっていきそうな雰囲気もありますが……。

石原さん:陽の人もいてくれないと、物語が進みにくいというのもありますが(笑)、ディミトリはフレイヤにとって唯一、対等な立場で話ができる人なんです。偽者とはいえ、王子という立場にいることの重責を、どうしたって従者であるアレクやユリウスには理解することができない。ディミトリは敵だし、考え方も全然違うんだけど、どこか通じあえる部分のある相手として描いていきたいなと思っています。

――楽しみです……。ナハト国編で、フレイヤはエッダとゾフィという、2人の対照的な女性に出会うじゃないですか。どうしても男主体とならざるをえない社会のなかで、政治・権力に翻弄されながら女性がどう強く生きる道を見出していくのか、というテーマが4巻以降、強くなった気がするんです。少女の身でありながら、肉体的にも王子同様の強さを求められるフレイヤが、心身ともにどんな強さを身につけていくのか、よりいっそう今後の期待が高まるエピソードでした。

石原さん:ナハト国編は、最初は単なる下克上というか、イヤな奴が失墜してスカッとするエピソードにしようと思っていたんです。でも、どんなに美しくてすべてを持っているように見える人でも、さまざまな我慢をしいられて今の場所に立っているのかもしれない。どんな女性も、それぞれの立場で必死に戦っているのかもしれない……と思ったら、どんどんお話が想定とは違う方向に転がっていきました。その出会いに感化されてフレイヤはどんなふうに成長していくのか、キャラクターひとりひとりが戦う姿を通じて、描いていけたらいいなと思っています。

――今後の展開でいうと、いちばん気になるのはやっぱり、フレイヤの母・スカディのことですよね。どうやら彼女は王宮に関わりのある人物らしい、ということは初期から匂わされていましたが、最新刊では「そっち!?」とかなり驚く新情報も。そもそも、王子と瓜二つのフレイヤが存在することを、どうして王宮の人々に知られていたのか、という謎も明かされていません……。

石原さん:読者の皆さんに驚いていただけるよう、少しずつ小出しにしながら描いていきたいと思っています。できるだけキャラクター全員を大事にしながら描いていきたいので、どうしても進みはゆっくりになってしまいますが、停滞しているわけではなく、物語はちゃんと進んでいるので、ご安心ください。

――ちなみに、RPGがお好きだということでしたが、影響を受けたファンタジー小説ってあるんでしょうか?

石原さん:荻原規子さんの作品ですね。最初に読んだ『白鳥異伝』がとくに好きなんですけど。あれも旅をしながら勾玉を集め、世界を救おうとする話ですから、かなり影響を受けていると思います。

――ああ……ものすごく腑に落ちた気がします。荻原さんの小説で描かれる主人公もみんな、最初は“普通の女の子”なんですよね。とくべつ強くも、弱くもない。でも、泣いたり絶望したりしながらも、周囲に支えら一歩ずつ自分の足で前に進み、強くなっていく。

石原さん:わりと、できないことも多いんですよね。でも、逃げない。逃げたとしても、ちゃんと引き返して、もう一度頑張る。男の子の脆い部分が描かれているところもすごく好きです。肉体的には男の子のほうが強いんだけど、いざというとき、女の子のほうがメンタルはしぶとかったりするじゃないですか。

――フレイヤも、ユリウスやアレクを「守ってあげたい」と思っていますもんね。そのための力を、自分で手に入れようとするところも、すごく好きです。

石原さん:そうなんです。よかった、伝わって……。氷室冴子さんの『銀の海 金の大地』も好きなんですが、恋愛を描きながらも、それだけじゃない、理不尽に立ち向かって成長していく姿が描かれている作品が好きなので、『偽りのフレイヤ』もそうあってくれたらいいなと思っています。最後まで、どうぞお付き合いいただければ、嬉しいです。

*2022年2月4日に『偽りのフレイヤ』8巻の発売が決定!

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