上白石萌音さんが大人になって読んでボロ泣き! 妹にも薦めた思い入れの絵本とは?

文芸・カルチャー

更新日:2021/12/24

 現在放送中のNHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』で初代のヒロイン役をつとめる上白石萌音さんは、自身初のエッセイ『いろいろ』(NHK出版)を上梓するなど、本好きとしても知られている。上白石さんが幼少期をふりかえって思い出すのは、家にあったたくさんの絵本。「読んで読んで」と親御さんに絵本の読み聞かせをねだっていたという上白石さんは、大人が読むからこその「絵本の魅力」にも気づいたそう。妹の萌歌さんとの本にまつわるエピソードも話してくれた上白石さんが「クリスマスに贈りたい絵本」とは?

(取材・文=立花もも)

――ふだんから、小説だけでなく絵本も読まれるんでしょうか?

上白石萌音(以下、上白石さん):最近、読むようになりました。子どものころは、家に絵本がたくさんあったんですが、だんだん縁遠くなっていって。いつかお母さんになったらまた出会うのかなあ、なんて思っていたんですが、去年から今年にかけて読書イベントや重症心身しょう害の子どもたちとの交流を通じて、絵本の読み聞かせをする機会を何度かいただいたんです。そうしたら、絵本には大人が読むからこそ響くものもたくさん描かれているんだなということに気づいて……。どんな子どもにも理解できるよう、伝わりやすい言葉が選び抜かれているし、基本的にお話はどれもピュア。読んでいるだけで童心にかえることもできるし、浄化されていくような心地も味わえる。優しいタッチの絵が多いので、アートとしても楽しめるのもいいですよね。自分が思っていた以上に奥深い世界なんだと気づいてからは、本屋さんの絵本コーナーにも立ち寄るようになりました。

――今回、おすすめしていただいた『ぼく モグラ キツネ 馬』も、本屋さんで見つけたんですか?

上白石さん:これは、お仕事を始めた当初からずっとお世話になっている方から、贈っていただいたんです。素晴らしい絵本だったので読んでください、って。それでさっそく読んだんですけど……深夜に読んじゃ、だめですね。ボロ泣きしちゃいました。ひとりの男の子がモグラやキツネ、馬と出会って旅をしていくお話なんですが、物語に入る前のまえがきから、すごくよくて。〈こんにちは。本の頭から読みはじめるなんて、すごいね。〉〈読むのさえ苦手な私が本をつくったなんて、自分でもおどろくよ。〉って語りかけるように始まって、〈いつでもどこでも、どこから読んでもかまわない〉って優しく寄り添うような文章に、すっかり引き込まれてしまいました。

ぼく モグラ キツネ 馬
『ぼく モグラ キツネ 馬』
(チャーリー・マッケジー:著、川村元気:訳/飛鳥新社)

――男の子と動物たちとの出会いは、わりと淡々とした会話とともに進んでいきますよね。でも、〈こわがるなよ〉〈かんがえてみて。おそれるこころがなければ、どこまでやれるのか〉というモグラのセリフなど、哲学書みたいな雰囲気もありました。

上白石さん:不思議な絵本ですよね。今、この物語を必要としている人がいっぱいいるんじゃないかな、と思います。生きていれば、誰だって一つくらいは心に傷をもつじゃないですか。その傷跡に沁みて効く言葉に満ちているんです。押しつけがましさや気取ったところが一切ないから、すとんと胸に入ってくるんだろうと。大人になった今、出会うことができてよかったですが……小さい子どもには難しすぎるかというとそんなことは全然なくて、何歳だって、読めばきっと何かしら感じるものはあるはず。物語やセリフの意味を説明しすぎていないところもいいんでしょうね。読む人はみんな、自分の経験に照らし合わせながら、自由に物語を補っていけるから、自分に必要な言葉を見つけ出せるんだと思います。

――全部を語らない、って大事ですよね。相手にわかってもらいたいと思うと、どうしても細かい説明までしたくなってしまいますが。

いろいろ

上白石さん:私も、『いろいろ』というエッセイ集を出したときは、伝えたいこと、思っていることの全部を書いちゃいました(笑)。ただ、自分のなかで出した結論を、読者に押しつけるような書き方だけはしないようにしよう、って決めていました。私はこう思う、って差し出すことはできるけれど、だからあなたもこう感じてください、って態度をとるのはちょっと違うかな、って。それよりも、あなたはどう思いますか、って聞くほうがいい気がする。絵本も、そうですよね。「えっ、ここで終わり?」って驚くような唐突なラストを迎えることもあるけれど、それも含めて、「あとはお好きにどうぞ」って託されているものが多い。そういう余韻のある作品のほうが、何度も読み返してしまいます。

advertisement

――子どものころ、何度も読み返した絵本はありますか?

上白石さん:林明子さんの、とくに『こんとあき』という絵本が大好きで。「こん」という名前のキツネのぬいぐるみを、おばあちゃんに直してもらうため、あきという女の子がひとりで電車に乗って出かけるんですけど、とにかく絵にあたたかみがあって……。見ているだけで質感が伝わってくる色と表現で、しっぽとか手先とか触りたくなっちゃうんです。添えられている文章も、静かできれい。最近、読み返してみてもやっぱり素敵で、子どものころに大好きだった気持ちってずっと変わらないんだなって思いました。ただ……あのころは、あきの目線で読んでいたけど、今はどちらかというと親目線。無事におばあちゃんちに辿りつけるかな、と見守る目線のほうが強くて、私も大人になったんだなあと思いました(笑)。あと、『ロバのシルベスターとまほうの小石』という絵本も大好きでしたね。

――魔法の小石を拾ったロバのシルベスターは、「岩になりたい」と願って、実際、岩になってしまう……。ちょっと変わった物語ですね。

上白石さん:あ、そんなお話でしたか? (情報を見ながら)……わあ、『シュレック』の原作者が描いた絵本なんですね。知らなかった。実をいうと、大好きだったという記憶だけが強く残っていて、内容はあんまり覚えていないんです(笑)。『こんとあき』を読み返したときも「こんな話だったっけ?」ってびっくりしたくらい。覚えているのは、こんの丸い手だとか、シルベスターが拾った小石が赤くておいしそうだったこととか、そんな些細なワンシーン。『ぐりとぐら』も細部は覚えていないけど、大きなカステラを焼いたあの場面だけはしっかり覚えている。そういう断片的な、画面の記憶って実はすごく大事なのかもしれないな、と思います。なんていうか、余裕がありますよね。だからどうした、ってことがなくても大事にしておける、って。

――大人になるとどうしても、どんな意味があるのかとか、オチはどうなんだとか、気にしてしまいますが……。

上白石さん:そんなふうに私たちが結論を急いじゃいがちなところを、ゆっくり和ませてくれるのが絵本の効用なのかもしれません。結果がすべてじゃない、というか。さっきも言いましたけど、大冒険をしたわりにあっさり終わっちゃう物語も多い。『ぼく モグラ キツネ 馬』も、哲学的な優しい言葉がずっと続いていたのに、ふっと消えゆくように終わりを迎えてしまう。いい意味で、放りだされた感じがありました。そのなんともいえないドライさがクセになって、もう一度最初から読みたくなってしまうのかも。あまりに胸をつかまれたから、読み終えてすぐ、翻訳をした川村元気さんに連絡しちゃいました。連絡をとるのは4年ぶりくらいだったけど、翻訳もすごく好きだったので、お伝えせずにはいられなかったんです。

――どんなところがお好きだったんですか?

上白石さん:この絵本、文章が印字ではなくすべて手書きなんですけれど、その味わいを活かす文体で……語順がちょっと独特だったり、「~なのさ」っていう気障な言い回しのリズムがよかったり。絵本の翻訳がいちばん難しいって聞いたことがあるんですけど、短い文章で、子どもにも伝わる言葉で、韻も踏みながら訳せるってすごいなあ、と思いました。今、NHKラジオ英会話の冊子で、翻訳にまつわる連載をさせてもらっているので、なおさらかもしれません。この絵本に限らず、原文と比較すると驚かされることがたくさんあるんですよ。「この言葉を選ぶのか!」って。

――上白石さんの訳した絵本も読んでみたいですね。

上白石さん:やってみたいですね。まだ全然勉強が足りないけれど……。あと、友人とは、いつかオリジナルで絵本を作ってみたいねとも話しているんですが、私も友達も本当に絵が描けなくて。へたうま、とかじゃなくて、いちばん中途半端でコメントに困る絵しか描けないから、まずは絵画教室に行くところから始めなきゃいけないかもしれません(笑)。でもいつか……お話というものがわかりはじめる、幼稚園くらいの子たちに向けて、優しい絵本を作れたらうれしいですね。私もあの時期、すばらしい絵本に出会ったことが、今の読書体験に大きな影響を与えていると思うので。

――ぜひ読んでみたいです。

上白石さん:いちばん難しいんでしょうけどね……! もちろん普通の小説だって文章は練られていますが、絵本は文字数が少ないぶん、本当に選び抜かれているのを感じるし、てにをはだけでなく「、」や「。」の位置も、声に出して読むことを前提に計算されているはずなので。

――それは、読み聞かせをするときにも感じたことですか?

上白石さん:そうですね。調べたら、読み聞かせにはいろいろ流派があって。キャラクターごとに声を変えて、お芝居するみたいに情感豊かに読む派もいれば、なるべく感情を入れずに淡々と読むことで子どもたちに想像させる派もいる。だけど、どの流派の教えにも一貫して「書かれている文章を絶対に変えてはいけない」と書かれているんです。やっぱり、合いの手を入れたくなっちゃうじゃないですか。「ほら、かわいいねえ」とか「これからどうなるんだろうね?」とか、子どもと一緒に楽しみたくなっちゃうけれど、それは絵本を読み終えた最後にやったほうがいい、完成された文章を大事にしてください、って。めくるスピードや言葉の速度は、子どもの年齢や興味の度合いにあわせて、つどつど変えても大丈夫みたいですけどね。それもまた、愛だなあと思いました。読むだけじゃない、聞かせるためには、相手のことをちゃんと見守っていなきゃいけない。そんなふうに読み聞かせて育ててくれたであろう親や先生に、改めて感謝の気持ちも湧きました。

――読み聞かせてもらった思い出って、ありますか?

上白石さん:あんまり覚えていないんですけれど……「読んで」ってよくせがんではいたみたいです。とにかく、うちにはたくさん絵本があったんですよね。小学校低学年のとき、一軒家に引っ越したんですが、階段をのぼったところにちっちゃいスペースがあって、棚に絵本がずらりと並んでいたんです。その冷たい床にぺたんと座って、窓から差し込む自然光で、夢中になって絵本を読んでいたのが、私にとって読書の原風景です。年齢があがるにつれて『ナルニア国物語』などの小説も棚に入り混じるようになってきて、蔵書がどんどん育っていくのも好きだったな。両親は、仕事柄、学術書や専門書ばかり読む人たちなので、小説を薦められたことはないんですけど、たくさんの絵本に囲まれて育ててくれたからこそ、小説を読むのが好きになったんだと思います。

――姉妹で、本を薦め合ったりはするんですか?

上白石さん:大人になってからは、しょっちゅう。10代までの2歳差って大きいから、なかなか共有できなかったんですが、今は趣味が少しずつ違うのもおもしろくて。いい本は、読み終わるとすぐに薦めたくなっちゃうんですよね……。そうそう、友達に薦められて読んだ『しろ』という絵本もすごくよかったです!

――「色」とめぐりあう旅に出た「しろ」が、いろんな色をもつ仲間と出会い、自分の形状を変えていく。でも白い色だけは決して変わらない……そんななか、真っ黒な犬と出会うんですね。

上白石さん:表現の仕事をする上で、私が理想としているのが「白」であることなんです。自分のベースを白にしておけば、いろんな色に染まることができる。でも「黒」は……強くて素敵なんだけれど、染まってしまうと強すぎる。そんなことが描かれていて、これも読んでいて涙が出ました。絵本の言葉って、やっぱり、絵に添えられることで不思議な力を発揮すると思うんです。マンガと違って、1ページに1シーンだけが描かれることが多いですし、情景の強さが、よりその人の想像力を喚起させる……人が生まれて最初に出会う文学でありアートなんだと思います。これからも、たくさんの素敵な作品に出会っていきたいですね。

上白石萌音(かみしらいし・もね)●1998年、鹿児島県生まれ。俳優のほか、歌手、ナレーター、声優など幅広く活躍。ドラマ『ホクサイと飯さえあれば』『恋はつづくよどこまでも』、映画『舞妓はレディ』『君の名は。』、舞台『組曲虐殺』『ナイツ・テイル―騎士物語―』など出演作多数。11/1より放送の連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』では初代ヒロイン・安子を演じている。22年には、舞台『千と千尋の神隠し』に千尋役で出演する。

あわせて読みたい

【特集】上白石萌音『いろいろ』