「初恋は普遍的なもの」35年間の画業のなかで、変わることなく込め続ける思いとは――窪之内英策インタビュー

マンガ

更新日:2021/12/15

窪之内英策

 2017年に放送されたカップヌードルのテレビCM「HUNGRY DAYS」シリーズでは、『魔女の宅急便』や『アルプスの少女ハイジ』など、誰もが知っているキャラクターが「現代で青春時代を送っている」様子を描き、2021年9月に発表された人気アーティスト・YOASOBIの楽曲MVではアニメーションのキャラクターデザインを手掛けたのが、マンガ家・イラストレーターとして知られる窪之内英策さんである。

 マンガ家としてのデビュー作となった『ツルモク独身寮』(小学館)は累計発行部数1000万部を突破し、実写映画化もされた。そして現在では上述の通りCMやアニメ、MVなどでのキャラクターデザインを担当し、第一線をひた走っている。

 しかし実は、自身のキャリアに悩みや葛藤を抱いた瞬間もあったそう。今年、デビュー35周年を迎えた窪之内さんに、これまでの人生を振り返ってもらいつつ、今後の展望についてうかがった。

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■デビュー作が自身の「最大の敵」になった

――デビュー35周年、おめでとうございます! いま、どんなお気持ちですか?

窪之内英策さん(以下、窪之内):ありがとうございます! ぼくはデビュー作『ツルモク独身寮』が幸運にもヒットしました。そこから紆余曲折あり、辛酸を舐めるようなつらい時期も経験したんですが、それでも画業を35年も続けられたこと、必要とされていることを幸せだと思っています。

――決して良い時期だけではなかったということですね。振り返ってみて、何が一番つらかったのでしょうか?

窪之内:デビュー作のヒットによって、ぼくの作品に対するイメージが早々に固まってしまったんです。それから何を描いても、比較されてしまう。もちろん、恵まれた形でのデビューだったとは思う一方で、『ツルモク独身寮』はぼくにとっての大きな壁、まるで「最大の敵」のような存在にもなっていきました。

 一時期はマンガを描くことに疲れてしまって、ほとんど仕事をしませんでした。毎日飲み歩いて、無職も同然の状態で。そのときに感じていたのが、「マンガと少し距離を取る必要性」でした。自分の中にあるマンガへの呪縛から解き放たれるためには、一度違うことをしなければいけない、と思いました。

――それでも、画業からは離れなかったわけですよね。

窪之内:それは、これしかなかったからです。ぼくはすごくポンコツな人間ですし、何をやっても駄目で。唯一、周りから褒めてもらえるのが絵を描くこと。だからマンガから離れるとはいえ、絵を描くことだけは手放しちゃいけないと思っていました。

 ちょうどその頃、時代の変化もあったんです。マンガに専念していた頃は、絵を描く仕事といえばマンガに凝縮されていました。でも、少しずつ絵を活用できる場所が増えていった。ぼくは時代にすごく助けられた作家だと思います。

――マンガ以外のお仕事でいうと、やはりカップヌードルのテレビCM「HUNGRY DAYS」シリーズは世間にインパクトを与えたと思います。そのときの反響はいかがでしたか?

窪之内:いまだに覚えているのは、あのCMが発表された瞬間のことです。Twitterのアカウントにあまりにも多くのリアクションが寄せられたみたいで、Twitterを開こうとするとホワイトアウトしちゃって。ものすごい反響だ……と思いました。

 ただ、原作には熱烈なファンが沢山いるので、その人達に認めてもらえるのか不安はありました。でも幸いなことに好意的な声が多くて、とてもありがたかったですね。

――あのCMで描かれたifの世界はとても面白かったです。ただ、仰る通り、ファンが非常に多い作品を扱うのはとても難しいことだっただろうな、とも想像します。

窪之内:意識したのは、「一目ですぐに判別できること」です。たとえば『魔女の宅急便』のキキが成長した姿を描いたときには、トレードマークの赤いリボンを大切にしました。とはいえ、高校生になったキキが大きなリボンを頭に乗せるような形でそのまま付けているかというと、それはちょっと違うかなと。そこで実際には、リボンを斜めに付けることにしました。それはつまり、思春期を迎えたキキのオシャレ心の表れです。

 そんな風に原作の特徴をきちんと踏まえつつも、みんなが納得できる「ifの姿」になるように気を配りました。じゃないと、「これ、誰?」になってしまいますし、それでは意味がないですから。

■描きたいのはマネキンではなく、あくまでも“人”

――最近では音楽ユニット・YOASOBIの楽曲「大正浪漫」のMVに登場するキャラクターデザインも手掛けられています。若い人たちから絶大な支持を集めるアーティストの仕事に携わる経験は、いかがでしたか?

窪之内:かなり年上のぼくが関わってもいいのだろうか、という気持ちはありました。でも、ぼくの作品を若い世代に知ってもらうきっかけにもなると感じていたので、喜んでお受けしました。

 絵というものは、世代を超えて届くと信じていて。そのために何か媚びる必要はない。あくまでも普遍的なものを押さえて描けば、どの世代にも響く良いものができると思っています。だから、江戸時代の浮世絵を見ても心を揺さぶられるものがあったりするわけじゃないですか。

――たしかに、絵には時代を超える力があると思います。そう考えたとき、窪之内先生が押さえるポイントとは何でしょうか?

窪之内:例えば『初恋』という要素があります。おじいさん、おばあさんにも必ず10代の頃があって、大抵は初恋を経験している。そして、当時のことを思い浮かべると、誰もがちょっと照れくさいような笑顔を浮かべます。それはぼく自身にも言えることで、何歳になっても初恋のことを思い出すと、甘酸っぱい気持ちが蘇ってくるんですよ。そういった気持ちをとても大切にしていて、作品にも込めています。

 仮にぼくの作品が幅広い世代に受け入れてもらえているとすれば、そう言った普遍的なものが絵に散りばめられてるからかもしれません。もしかしたら、100年後、あるいは1000年後の人がぼくの作品を見ても、懐かしい気持ちを思い出してくれるかもしれない。そんなことをイメージしながら描いていますね。

窪之内英策

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――窪之内先生の絵を見ているとノルタルジックな気持ちになる秘密は、そこにあったのですね。他に意識していることはありますか?

窪之内:キャラクターの表面だけをなぞるのではなく、しっかり奥行きまで考えることです。一枚絵というのは、ファッショナブルにして今っぽい感じを入れちゃえば「それなり」のものにできます。でもそれは、ただのマネキン人形に近い。オシャレだけど、誰の心にも響かないんです。そうではなくて、ぼくはひとりの「人物」を描きたいと思っています。

 ただ「可愛い子を描いてください」と言われても、それだけでは描けないんです。その子はどんな性格で、普段何を食べて、どんな人がタイプで、何をするのが好きで……。そういうことを突き詰めて考えないと、ビジュアルが浮かんでこないんですよ。そこはやはり、マンガ家としてデビューしたことがベースになっているからだと思います。マンガでも一枚絵でも同じで、ぼく自身がキャラクターに憑依することがスタート地点なんです。

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■「生涯現役」を貫き通したい

――オンライン作品講評会を企画されているそうですが、窪之内先生のような画業を志す人たちからすれば非常にありがたい機会だと思います。

窪之内:もちろん、なかにはプロを志しているわけではない、趣味として描いているだけの人もいると思います。今回の講評会では、プロになりたい人もそうではない人も歓迎しますが、そこで伝えたいのは、「絵を通してどうやって人とつながるか」なんです。

 ワガママな絵を描く人は、やはり人との付き合い方もワガママになってしまう。これは絵を描いている方はわかると思うのですが、ときに「これ面倒だな」とか「こんなの描きたくないな」という状況があるんです。でも、その絵を見た人たちに楽しんでもらうことを念頭に置いて、面倒くさがらずに描くことが大事。そうやって丁寧に描いた絵を通して、人とのつながりが生まれるのですから。

 そこには絵の巧拙は関係ありません。上手な絵を描く人がみんな売れているわけではないですし、そういう絵がすべて魅力的なわけでもないですから。大切なのは「何を伝えるのか」というメッセージ性と、そこに自分なりの絵を乗せられること。それを描き切ることを応援したいと思っています。

窪之内英策

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――では最後に、35周年を迎えたいま思う、今後の展望や目標をお聞かせください。

窪之内:「生涯現役」でいたいな、と思っています。自分の作品を必要とされること、そんな状況を維持し続けることは難しいですし、それを口にするのはある種の覚悟です。そういう意味でも、覚悟を持って、生涯現役を貫き通したいと思っています。

 ただ、10年後、20年後に自分が何をしているのかはわかりません。だって、10年前の自分は、カップヌードルのテレビCMに携わっているなんて想像もしていませんでしたから。人生ってなるようになるんですよね。その代わり、誰かに必要とされたときにちゃんと準備ができていないといけない。未来はどんな仕事をしたいかより、どんな絵が描けるのか、が大切。これからもより魅力的な絵を描く為の努力を続けたいと思っています。

取材・文=五十嵐 大

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