どんな悲惨な状況でも愛があるし、希望はある。これは愛の物語──『takt op.Destiny』原作・広井王子インタビュー

アニメ

公開日:2021/12/17

takt op.Destiny
TVアニメ『takt op.Destiny』テレビ東京系6局ネット・BSテレビ東京にて、毎週火曜24時より放送中 (C)DeNA/タクトオーパスフィルハーモニック

『takt op.(タクトオーパス)』は、DeNAとバンダイナムコアーツによる新規メディアミックスプロジェクト。クラシック楽曲をモチーフに、その力を宿して戦う少女「ムジカート」と彼女たちを率いる指揮者「コンダクター」の物語が描かれていく。現在、TVアニメ『takt op.Destiny』が放送中で、今後はスマートフォンゲーム化も予定されている。

原作は、「サクラ大戦」シリーズで知られる広井王子氏。キャラクターデザインにLAM氏を起用するなど、豪華クリエイターの参加も話題を呼んでいる。アニメは、MAPPAとMADHOUSEの共同制作だ。

そんな一大プロジェクトを、クリエイターやキャストへのインタビューを通して深掘りしていく同特集。今回は、原作者である広井王子氏が登場。アニメを担当するDeNA・堀田将市氏とともに、広井氏の原作からどのようにアニメが生まれたのか、エンターテインメントにおける音楽の重要性など、原作者の思いを語っていただいた。

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僕と音楽は切っても切れない関係。ゲームを作る前に、まず音楽を考えるんです(広井)

──広井さんは『takt op.』プロジェクトの原作者です。そもそもこのプロジェクトは、どのようなところからスタートしたのでしょう。

広井:僕と音楽は切っても切れないものでね。最初に作った『天外魔境』(1989年/PCエンジン CD-ROM²用ソフト)は、ファミコンと違うことを強調してほしいと言われました。当時のCD-ROMの容量は540MBで、生音を70分収録できたんだよね。「え、生音が入るのか」って知ったのがスタートなわけ。でも、今までのピコピコ音から生音に変わることを、文字で説明するのは難しい。それで「わかった、坂本龍一さんだ!」となって、音楽プロデュースをお願いしたんです。坂本龍一の名前を出せば、みんな「あ、音楽が入るんだ」となるから。ゲームの中で音楽を使うというのは、このときは、ゲームを大きく見せるためだったんだよね。

堀田:30年前に『takt op.』の伏線が張られていたんですね!

広井:そう。僕はゲームを作る前に、まず音楽を考えるんですよ。『takt op.』は、その究極。なにしろクラシックだから。クラシックの曲を一人ひとりキャラクターにするというアイデアにも、伏線があるんだよ。モノを擬人化するアイデアは珍しくないかもしれないけれど、クラシックの場合、誰が聴いても「運命」は「運命」なんだよね。クラシックは音楽にストーリーがあるから、聴いた瞬間、明確なイメージが浮かぶわけ。そこに絵をつけて、「『運命』と言ったらこのキャラ」となったらいいかなと。世界中の人が「『運命』と言えばこのキャラ」とあのキャラを思い浮かべてくれたら、世界的なコンテンツになれるから。これが発想の原点。以上(笑)!

堀田:実は僕、「クラシック音楽を擬人化する」って言われて、最初は「え?」と思ったんですよ。

広井:思うよね(笑)。

堀田:でも、僕はコントラバスを弾いていたので、ベートーベン、チャイコフスキー、マーラーなどの曲が身近だったんですね。それが女の子になるって言われて、「なるほど、確かに愛着が湧くな」と思いました。この発想は、なかなか狙えないですよ。

広井:10年に一度、20年に一度降りてくるようなアイデアだからね。ちょうど僕がプラプラしていた時に、元社員が「一緒になにかやりましょうよ」って言い出して、DeNAに連れていかれて(笑)。「音楽をモチーフにしたゲームはどう?」と言ったら「企画書にしてくれませんか?」って。それが4年前かな?

堀田:確かに、広井さんと音楽って、切っても切り離せませんよね。しかも今回は、音楽史としてはプリミティブな音楽であるクラシックに原点回帰していった。でも、これまでの集大成というより、あらためて最先端を行こうとしているんですよね。それがすごいなと思いました。

広井:僕はフリーランスだからスタッフを抱えていないし、ゲームを作るならどこかのチームに入れてもらうしかないんですよ。DeNAさんが「うちで作りますか?」って言ってくれてありがたかったね。「60すぎの俺がチームに入って大丈夫?」って聞いたら、「全然大丈夫です」って。すごく若いチームに入って、そこから「魔の水曜日」が3年続いて。意外と手こずったね。

──「毎週会議を行う水曜日」が3年続いたそうですね。会議では、どんな話をしていたのでしょうか。

広井:世界観の設定づくりですね。クラシック音楽の擬人化キャラが戦うのはわかるけど、どういう世界でどういう戦いをするのか。なぜムジカートはクラシックを宿すのか、とか。流星群の後、黒い隕石「黒夜隕鉄」が降って、それによって地球の調和が変わる。その調和を戻そうとするところから、スタートするんだよね。そうこうするうちに、現実世界では新型コロナウイルスが流行り始めた。倫理観も変わるし、人間の考え方、人との距離感も変わったわけじゃないですか。そういう現状をどうやってシナリオに埋め込もうかという話も含めて、行ったり来たりしながら原案を作っていきました。

堀田:僕は途中から参加したんですけど、本当に長い期間をかけていましたよね。

広井:運命のあのキャラクターデザインを作るのにも、長い時間をかけて。作曲家がどういう思いでその曲を作ったか調べて、できるだけその背景も取り入れたんだよね。

堀田:キャラクターの造形だけでなく、裏側のストーリーも緻密に作り込まれていますよね。「ゲームってここまでやるのか!」と思いました。

広井:普通はやらないですよ。でも、僕が入るとそうなる(笑)。でも、そこまでやって初めて、ゲームがエンタメになるんです。マンガだって小説だって、そういう作業をするでしょう? ゲームはときどきそれをすっ飛ばすことがあるの。というのも、ゲームって工業製品の部分があるから。

──どういう意味でしょう。

広井:作品じゃないんです。ゲームは、量産化できる工業製品。そもそもゲーム業界には、編集者がいないでしょう? シナリオのチェックが甘いと思うんです。僕が関わると、僕もみんなも編集をするけど。

堀田:確かに。今回のプロジェクトでは、みんなでアイデアを出し合って、みんなで削りましたよね。みんなが編集者のポジションにもなっていました。

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自分の子どもに対して「これは私の作品です」と堂々と言えるものを作り、規範になってほしい。そう願っています(広井)

──アニメに関しては、プロジェクト発足時から並行して動いていたのでしょうか。

広井:プロジェクトが始まって、約1年後にアニメ化が決まったんです。もう「どうしよう」って感じですよ。ゲームのシナリオを、ただアニメにしてもしょうがないじゃない? そんなのちっとも面白くない。だから「アニメはアニメで独立させたらいいんじゃないの?」って。僕がタッチすると、思い入れが強すぎて「ここを入れよう」「これは削れない」となって、結局つまらないものになるから。そうではなくて「ここだけは守ってほしい」という設定は伝えて、あとはアニメとゲームがつながるように作ってもらいました。アニメで面白い設定ができたら、ゲームにも活かせるしね。

堀田:僕が加わったのは、DeNAに入った2018年10月頃でした。急に呼び出されて「こういうプロジェクトがあります」って。最初は「そうなんですか」って他人事みたいに聞いていたら、「だからスタジオ見つけてきて」って。気づいたら担当することになっていました(笑)。企画に加わってまず感銘を受けたのは、全員がものすごい熱量でこのタイトルに向き合っていたことです。

広井:いいチームだったよね。意見交換でぶつかることはあっても、それ以外に衝突することもなくて。こんなに4年間仲よくできたチームって、『天外魔境』以来じゃないかな。

堀田:そこも原点回帰ですね。

──どのようなやりとりを経て、アニメができていったのでしょう。

広井:今回、僕は原作というポジションだったんですよ。だから、チェックだけはしたけど、プロデュースについては全然タッチしていなくて。ゲーム側の原作を考える時、いつ獅子座流星群が降って、ムジカートがいつ頃誕生して、どういう事件が起きて……という年表を作ったんだよね。そのうえで、アニメでは何を中心に描くのかを考えてもらって。

堀田:設定だけいただいて、アニメのメインスタッフが中心となってストーリーを起こしてくれました。

広井:原作があるものは、普通オリジナルとは言わないよね。ところが『takt op.』の場合、ゲームの原作はあったけど、設定しか渡さなかったからオリジナルアニメになった。MAPPAやMADHOUSEと一緒にオリジナルのアニメを作っているところが、僕は面白いと思いますね。変わった形のコラボレーションだったね。

堀田:実際、「オリジナルアニメをつくるぞ!」ということで、監督(伊藤祐毅氏)中心にMAPPAさん・MADHOUSEさんが本気で取り組んでくれました。ゲームありきのアニメでは珍しいつくり方かもしれません。

広井:これが進化形だと思うんですよ。これまでは原作ゲームの内容を押し付けすぎてて、アニメ側が窮屈そうだったじゃない? 「そんなにうるさいことを言うなら、もうやりたくない」となっていたところを、「任せちゃおうよ。お互いクリエイターなんだからさ」ってやったらうまくいった。そうやって仕切れたのは、クラシックのおかげだと思うね。クラシックの楽曲を聴けば同じようなイメージが湧くから。「月光」を聴いて、キャピキャピしたキャラは作れないでしょう(笑)? 音楽という縛りがあるから、アニメもゲームもキャラクターの動線が一致する。クラシックがキャラクターを作っているし、ドラマを作ってるんだと思う。

堀田:他に印象に残っているのは、作品のコンセプトを話していた時に、広井さんが「これは愛の話なんだ」って言ってくださったこと。それがものすごく記憶に残ったんですよ。そこで、ヒロインと主人公がどういう決断をしていくか、彼らを取り巻く人々が最後の瞬間まで彼らをどう導くか、その連続を見せる物語になるんだなと思いました。

広井:平成の失われた30年って、みんなが得体の知れない恐怖に慄いた時代だったでしょう? 壁の向こう側に何かがやってくるかもしれない。みんなが閉塞的になっていたよね。それが令和になって変わるんじゃないかと。これからは愛の物語。どんな悲惨な状況の中でも愛があるし、希望はある。だから『takt op.Destiny』も、タクトとあの子たちの愛の物語であってほしかったんだよ。

堀田:そもそも、日本人は愛を語るのが苦手ですからね。僕もそうなんですが……。

広井:「言わなくてもわかってくれるはず」って言うけど、言わないとダメだよね。

堀田:映画史で言うと、ハリウッドがフィロソフィーで物語を作っていた『スター・ウォーズ』からの時代を、『ダークナイト』が終わらせたと思っているんです。その監督のクリストファー・ノーランは、『インターステラー』で「なんだかんだあっても最後は愛」というメッセージを伝えているんですよね。

広井:愛を否定したり、ダークサイドに落ちたりする側にスポットを当てると確かに面白いかもしれない。でも、それが現実社会に悪影響を与えることもあるじゃない? 次の子どもたちに渡すものがこれでいいのか、僕らはそろそろ考えないといけないんじゃないかな。

堀田:世界の裏側がどうなっているのかの議論って、もう古いですよね。それよりもシンプルに勇気や愛を伝えたい。今、人を愛することが難しい時代じゃないですか。だからもう一度、人を好きになるとはどういう構造なのか、挑戦するんだなと思いました。

広井:これからは、そういう作品がたくさん出てくる時代になってほしいよね。クリエイターとして心のどこかに置いてほしいのは、その作品は次の世代に向けて正々堂々と「自分が作ったものです。観てください」と言えるかどうか、という問いかけ。自分の子どもに対して「これは私の作品です」と堂々と言えるものを作り、規範になってほしい。そう願っています。

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ゲームが文化になり得るとしたら、音楽が入っているからだと思う(広井)

──そもそも広井さんは、以前からクラシックがお好きだったのでしょうか。

広井:クラシックを聴きだしたのは、20代の中盤ですね。もともとは大嫌いだったけど(笑)。もともとはレッド・ツェッペリンを聴くロック小僧だったから。その果てに「やっぱブルースじゃね?」って。そこからジャズに行って、ジョン・コルトレーンを聴き倒して、ステレオマニアになっていくんだよ。そうしたら、「そこまでやるならクラシックじゃない?」って言われて、聴きに行って。真空管アンプとJBLのスピーカーで「火の鳥」を聴いたら、もう火の鳥が目の前にブワッ!と出てくるわけよ。

堀田:ストラヴィンスキーの「火の鳥」ですか?

広井:そう。驚いたね、あれは。で、その次に「モルダウ」を聴いて。フルトヴェングラーが指揮するベルリン復帰公演を聴いて。すぐにそのレコードを買ったね。

堀田:広井さんは、民族の匂い、人の匂いのする音楽に惹かれる傾向があるのかもしれません。それもドラマを感じるからでしょうね。

広井:そう、ドラマ。ピアノもいっぱい聴いたけど、結局ケンプ(ヴィルヘルム・ケンプ)のピアノソナタが好きなのよ。チェロのヨーヨー・マも追っかけてた。その頃は、実演よりもレコードのほうが、より純度の高いものを引き出せるって考えられていたんだよね。レコード芸術ってやつだね。ステレオの装置を替えることで、自分好みの音を鳴らして、目の前に音楽家を立たせられる。凝りすぎて、オーディオの本まで出したんだから。でも、子どもにステレオのレバーを折られて、針もなくされちゃって。「俺はもうオーディオを辞める」って全部売り飛ばしちゃった(笑)。そこからはラジカセだね。もう、オーディオは僕がやれる限界点までやったから。

堀田:本当に、音楽に寄り添って生きてこられたんですね。

広井:子どもの頃、うちの1階はダンスホールだったんですよ。ミラーボールが回って、美空ひばりさんや江利チエミさんがかかって、みんながダンスしてさ。ずっと家に音楽が流れていて、音楽が普通にあるものだと思っていたから。仕事をしている時も、何か鳴っているしね。今はスマホで聴けるから便利だよね。

「サクラ大戦」以降はポップスに目覚めたので、昭和歌謡を聴き直して歌謡ショウを開催して。それが、2.5次元に繋がってるのかもね。そのうち、歌舞伎が『風の谷のナウシカ』や『ワンピース』をやって、劇団四季や東宝もアニメを題材にしたミュージカルや舞台をやることになった。保守本流がこっちに寄り添ってきたわけですよ。これが、日本が世界に発信できるオリジナルミュージカルになっていく。もしかしたら、その入り口にやっと来たのかもしれない。ゲームも音楽を入れることで世界共通言語になったからね。音楽はやっぱり大事なんですよ。

堀田:オリンピックの開会式でも、ゲーム音楽が取り上げられましたしね。

広井:そういうこと。ゲームが文化になり得るとしたら、音楽が入っているからだと思う。

堀田:『takt op.』もアニメやゲームからスタートして、やがて人の息遣いが感じられるメディアに発展すると、作品が大きくなっていくんでしょうね。

広井:世界の注目を集めるなら、渋谷のど真ん中にオーケストラ持ってきて生演奏をしてやればいいんだよ。で、500インチのモニターに『takt op.』の映像を映し出せばいい。それが難しくても、『takt op.』でコンサートはやりたいよね。

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ゲーム制作って、言ってみればチームで旅をしているような感じなんです(広井)

──現在、アニメが放送中ですが、手ごたえをどのように感じていますか?

堀田:今年3月の情報解禁から約半年、ようやく『takt op.Destiny』が世に知られはじめたなのかな、と思います。それまでは苦しい時代でしたけど(笑)。アニメ側の担当としては、よかったなと思います。

広井:いろんなところで「広井さん、観ました」って言われると、「ああ、ヒットしてるんだな」と思いますね。なじみの喫茶店に行ったら、「うちの娘がアニメを観ていたら、広井王子って名前がクレジットに出ていたそうで騒いでました。おめでとうございます」って(笑)。久しぶりの感覚ですよ。

堀田:アニメ担当としてのミッションは、作品をみなさんに知ってもらうこと。それと同時に、ゲームのプロジェクトに的確につなげていくことです。グッズなどの展開もさらに狙っていきたいのですが……。

広井:グッズで言えば、キャラクターアプリも売りたいんだよね。コゼットと話したり、LINEしたり、僕が動くと目で僕を追いかけてきたり。そういうアプリをキャラ別に作ったら面白いんじゃないかと思って。

堀田:そうやって広がる作品になるといいですよね。

広井:キャラクターの人気が出れば、いけるんじゃないかな。僕のまわりでアニメを観た人は、みんな「コゼットがいい」って言うんだよ。確かに素晴らしいキャラクターだと思う。

──最後に、『takt op.』プロジェクトの今後の展望をお聞かせください。

広井:ゲーム制作って、言ってみればチームで旅をしているような感じなんです。だから、最初はテーマなんてないの。テーマって、旅をする中で見つかっていくものでしょう? 作っているうちに、みんなの中に同じテーマが浮かんでくるんだよね。逆に言うと、浮かばないものはヒットしない(笑)。今は「これがテーマだね、ここにたどりついたね」って感覚。やっとみんなが『takt op.』を捕まえたって感じかな。ここからゲームがスタートして、お客さんが増えていくと、またチームの意識も変わって「こっちのほうがいいんじゃないの?」ってぶつかり合いが起きる。そこでまた旅が続いていくんだよね。

堀田:ゲームはずっと旅が続く可能性が高いですけど、アニメの場合はどこかで終わりを迎えます。明確なゴールがある分、たどり着きやすさはあるのですが。

広井:ゲームは2、3年旅が続いて、ヒットすると「もう一度旅の支度をしなきゃ」となる。これが何回も続くんだけど、10年くらいやると、旅に飽きちゃうんだよ。だから僕はフリーなの。新しいメンバーと、常に新しいことをやっていたいから。

堀田:アニメはまだ旅の途中ですし、チームも頑張ってくれているので、まずは最後までたどりつきたいですね。

広井:最初は僕の妄想でしかなかったものが、だんだん具体化して、オリジナルアニメにもしてもらって、それが放送されて。そのうえ、まわりの人から「よかったね、広井さん」と言ってもらえるのは、すごく幸せなこと。「仲間に入れてくれてありがとう」という気持ちでいっぱいです(笑)。

取材・文=野本由起


『takt op.』公式ポータルサイト
TVアニメ『takt op.Destiny』公式サイト


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