ひとりは怖いことじゃない――自身の経験を乗り越える新作コミックエッセイ『あの頃世界のすべてだった学校と自分への呪いにさよならするまで』著者・もつおさんインタビュー

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更新日:2022/8/8

あの頃世界のすべてだった学校と自分への呪いにさよならするまで
『あの頃世界のすべてだった学校と自分への呪いにさよならするまで』(もつお/KADOKAWA)

ダ・ヴィンチニュースの連載でも人気を博したコミックエッセイ、『高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とさよならするまで』の著者・もつおさんが、新作『あの頃世界のすべてだった学校と自分への呪いにさよならするまで』(KADOKAWA)を12月22日に発売しました。もつおさん自身の学生時代の経験を織り込みながら、日々の人間関係の悩みを描いた本作は、リアルタイムで学生生活を送る方はもちろん、さまざまな世代の共感を呼び、気づきを与えてくれる1冊です。長い執筆期間を経て、作品を完成させたもつおさんに、新作への想いを語っていただきました。


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――新刊『あの頃世界のすべてだった学校と自分への呪いにさよならするまで』の執筆お疲れさまでした。できあがった本を手にして、まずは今の気持ちを教えてください。

もつお 前作よりページ数が増えたので、手に取った瞬間「重い…!」と思いました(笑)。今年1年はこの作品のことをずっと考えてきたので、こうして形になって嬉しいし、最近まで作画作業をしていたので「よく頑張ったな」と達成感でいっぱいです。

――デビュー作である前作『高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とさよならするまで』は、もつおさんが高校時代に経験した凄絶な日々を描いたコミックエッセイでした。反響も大きかったと思いますが、読者からの感想はいかがでしたか?

もつお 前作は私にとって初めての出版だったこともあり、発売する前からずっと不安で仕方なかったのですが、読んでくださった方からたくさん温かい言葉をいただけてとても励まされました。特に「描いてくれてありがとう」と言ってくださる方が本当に多くて……。読者の方に感謝の気持ちでいっぱいです。私が経験した病気の症状に共感してくださる方も多くて、悩んでいるのは自分ひとりじゃなかったんだと安心したり……。改めて本を出すことができて良かったと心から思います。

あの頃世界のすべてだった学校と自分への呪いにさよならするまで

――前作が自身の経験を描いたコミックエッセイなのに対して、2作目となる『あの頃世界のすべてだった学校と自分への呪いにさよならするまで』は、ご自身の経験をもとにしつつも、架空の高校生たちの人間模様を描いたセミフィクションになります。どのような流れでこの作品を描かれることになったのでしょうか?

もつお 前作を出版した後、ありがたいことに読者の方からお手紙をいただきました。そのほとんどが学生の方で、なかには当時の私よりも年齢が若い方からの手紙もありました。現在、学校での人間関係に悩んでいるという内容の手紙が多くて……。「どうしたら少しでも助けてあげられるんだろう」と考えた結果、私ができることは作品を描いて本にすることだと思い、描くことを決めました。

あの頃世界のすべてだった学校と自分への呪いにさよならするまで

――学生時代の「いじめ」というテーマの作品を描き始めるにあたっては、どういう気持ちで臨みましたか?

もつお 主人公のユイと同じように、私も学生の頃の嫌だった記憶を現在でも引き摺っている部分があります。振り返ることに少し怖い気持ちもありましたが、自分の過去をちゃんと昇華しようと思い描き始めました。

――今作はフィクションですが、もつおさんの学生時代の経験がモデルになっている部分も多いと聞いています。もつおさんにとって、高校生時代の人間関係というのはどういうものでしたか?

もつお 主人公ユイのいるグループと似ていて、クラスの中でも目立つ、明るい子たちとよく一緒にいました。楽しいんだけど、いつもどこか無理をしているというか。「嫌われたくない」という想いがあって、常に気を張っていました。実は、同じグループの子たちから中学生の時に無視された経験があって……。トラウマになっていたんだと思います。毎朝「何も嫌なことが起きませんように」と願っていました。良い人間関係だったとは言えないですね……。

あの頃世界のすべてだった学校と自分への呪いにさよならするまで

――作品のなかでは、SNSを使ったいじめが描かれていて印象的でした。もつおさんの高校時代も、SNSで似たようなことが日常的にあったのでしょうか?

もつお SNSでのいじめは多かったです。中学の時はブログやHPの文化が流行っていたので、そこで特定の人の悪口を書いたり、嫌な写真を載せたりとか。「自分のことが書かれていないかな」って不安で何度も見にいってました。足跡機能があったので、見にいきすぎて悪口書かれたり……(苦笑)。

――もつおさんにとって、SNSを通じたコミュニケーションならではの楽しさや難しさ、大変さはどういう点でしょうか?

もつお 私の本もSNSでの宣伝から気になって読んでくれた方もたくさんいるし、SNSでは読者の方の感想を直接見ることができるので、そういう点では楽しいな、なくてはならないものだなと思います。ただ、直接会って会話するのに対して、SNSでの発言は同じ意味を持つ言葉でも誤解が生まれてしまうことが多いと感じます。言葉の受け取り方は本当に人それぞれなので……。「このツイートは人を不快にさせないか?」とか色々考えちゃって、あまり気軽にツイートできないことが私の悩みです(笑)

あの頃世界のすべてだった学校と自分への呪いにさよならするまで

――小さな頃からスマホやタブレットを持ってインターネットに触れている世代ならではのコミュニケーションですが、悪い方向にいってしまうと当事者は本当につらいですよね。中学時代は比較的地味な学校生活を送っていたユイが、高校に入学してクラスの中心的な存在であるミレイに憧れる……というところから物語が始まります。実際の高校生活では、どんなタイプの生徒がクラスの中心になっていたのでしょうか?

もつお 私の周りではリーダーシップのとれる頼れる子というよりは末っ子タイプの甘え上手な子がグループの中心にいることが多かったと思います。明るくてやんちゃで、思ったことはズバッとすぐ言っちゃう……みたいな。

――そうした生徒のことを、もつおさんはどう思っていましたか?

もつお 私も末っ子ですが、人に甘えることがうまくできないタイプだったので羨ましいなって思っていました。

――そういう甘え上手でグループの中心にいる子の言動がきっかけで、いじめが起きていったんでしょうか? グループのなかでいじめが起きてしまうきっかけというのは、たとえばどういうものなのでしょう?

もつお 私の通っていた高校の場合は、中心にいる子の一声からいつもいじめが始まっていました。作品内のユイのグループのいじめと同じで、容姿についてからかわれたことに怒ったり泣いたりすると次の日から無視が始まったり、「何となくウザいから」みたいなきっかけというきっかけもないような些細なことから始まるいじめがほとんどでした。

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――作品内の描写はかなりリアルということですね。一度標的になってしまうと、もう耐えるしか仕方がないという感じなのでしょうか?

もつお とにかく時が過ぎるのを待って、他の誰かにターゲットが移るまで耐えていました。今考えるとひどいことですが……。他のグループに入れてもらいたくても、いじめられている自分が声をかけると、その子たちにも迷惑がかかるかもしれないと思ってしまって。

――当時はそれどころではなかったと思いますが、今振り返って「あの時こうしていればよかったな」と思うことはありますか?

もつお 無視やSNSに悪口を書くような子たちと無理して仲良くせずに、ひとりで気楽に過ごしてたらよかったのにと今は思います。だけどあの頃は本当にそんなふうには思えなくて、「学校でひとりでいる」ということ自体をすごく恥ずかしく思っていました。ちなみに現在はひとり行動大好きです(笑)

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――作品では高校時代だけでなく、いじめをしたり、されたりした彼女たちが社会に出た後の姿も描かれています。もつおさんにとって、当時の経験が今の自分を形作っていると実感する経験はありますか?

もつお 学生の頃は人にどう見られるかをすごく怖がっていて、正直、社会人になってからもその癖は変わっていませんでした。ですが、私のそういう癖を前向きにとらえてくれる上司の方がいて、「もつおさんは周りの人をよく見ているね」と褒められたことがあったんです。きっと学生時代のいじめの経験がなかったら、この言葉はかけてもらえなかったと思います。子どもの頃は周りが見えていなくて、友達や家族と喧嘩することも多かったので……。このことをきっかけに自分のことを少しポジティブに思えるようになりました。

――いじめに限らず、過去の経験にとらわれずに生きたいと思っている人に、何かヒントになるようなご自身の経験や考えはありますか?

もつお 過去の嫌な経験を忘れることはできないし、変えることもできないけど、これからの未来は変えることができます。「変わりたい」と思えてる時点で、大きな一歩が踏み出せていると思います。まずは今の自分を肯定することが大切だと私は考えています。

あの頃世界のすべてだった学校と自分への呪いにさよならするまで

――「変わりたいと思えてる時点で大きな一歩」は勇気がわく考え方ですね。精神科病棟への入院経験を綴ったデビュー作の時も、もつおさんは「同じような経験をした人の役に少しでも立てたら」という思いで描かれたとおっしゃっていました。今作ではどんな読者を想像しながら、その人たちにどんなことを伝えようと思って描かれましたか?

もつお まずは現在、人間関係で悩んでいる学生の方や、そのご家族、そして今なお過去の傷と苦しみを引き摺っている方に向けて描きました。「見えない苦しみがある」ということへの共感と理解、過去にとらわれず少しでも前に進んでほしいということを伝えたかったです。また、さまざまな立場の登場人物が出てくるのですが、それぞれにバックグラウンドがあるつもりです。「いじめ」と聞いて、あまり自分には関係ないかも……と思っている方にも、ぜひ読んでいただきたいと思っています。

――ありがとうございます。最後に、作品を描き終えて、もつおさんがご自身で「少し成長したな」「何かを乗り越えたかもしれないな」と思うことがあれば教えてください。

もつお デビュー作では、描いている時も描き終わった後も「こんなことを描いて大丈夫かな、変に思われないかな」と人の目を気にしてしまい、ずっと不安が付きまとっていました。今回の作品を描き始める時も不安はあったのですが、誰かの目を気にする気持ち以上に「誰かのために描かなければ」という想いが強かったので、不安を打ち消すことができました。この作品を通して、以前よりも自分の意思を強く持てるようになったと思います。私も過去にとらわれないように、少しずつ前に進んでいきます。

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