ハサウェイ、ギギ、ケネス……『閃光のハサウェイ』の登場人物は、なぜ魅力的なのか?――恩田尚之(総作画監督・キャラクターデザイン)インタビュー

アニメ

公開日:2022/1/21

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』 ©創通・サンライズ

『機動戦士ガンダム』40周年記念作品として制作されたシリーズ最新作『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』。本作は『機動戦士ガンダム』の生みの親、富野由悠季さんが1989~1990年に執筆した小説『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』全3巻(上・中・下)を映像化する作品だ。本作の主人公はガンダムシリーズで活躍してきたかつての英雄ブライト・ノアの息子、ハサウェイ・ノア。彼はマフティー・ナビーユ・エリンと名乗り、反地球連邦政府運動に身を投じている。なぜ彼はマフティーを名乗るようになったのか。そのドラマが緻密に描かれている。

 ハサウェイの戸惑い、ギギ・アンダルシアの誘惑、そしてマフティーを探すケネス・スレッグの鋭さ。登場人物たちの微妙な感情表現を見事に描いているのは、総作画監督・キャラクターデザインの恩田尚之氏だ。恩田氏は数々のアニメに関わってきて、『閃光のハサウェイ』監督の村瀬修功氏の作品にも、数多く参加している。精密な人物デッサンと独特な色気を感じさせる表情描写は、この作品に実在感とリアリティをもたらせている。

 恩田氏は、ハサウェイやギギをどのように描いていったのか。キャラクターのデザインと作画に込めた想いを伺った。

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村瀬監督は、クールで正確なデッサンをされる方。かなり努力して、村瀬さんの求めている画に合わせています

――『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の公開から6ヵ月以上が経ちました。Blu-ray&DVD、4K ULTRA HD Blu-rayも販売され、累計で18万本を販売するという実績をあげています。この結果をどのように受け止めていらっしゃいますか。

恩田:全然予想外です。すごいですね! Twitterのほうでもいろいろと反響があったみたいで、僕自身はあまり覗いていないのですけど。良いことだなと思います。

――恩田さんは以前よりガンダムシリーズに関わられています。それぞれ印象に残っているお仕事をお聞かせいただけますか。

恩田:TVシリーズの作品には『機動戦士Zガンダム』の後半から『機動戦士ガンダムZZ』以降は、お手伝い程度に関わっただけです。どちらかというと劇場版『機動戦士Zガンダム』のほうが印象深いですね。

――今回、『閃光のハサウェイ』に参加することになった経緯をお聞かせください。村瀬修功監督とは、これまでも『Ergo Proxy』『Witch Hunter ROBIN』『虐殺器官』など数多くの作品でご一緒されていると思います。恩田さんにとって、村瀬監督とはどんな監督さんという印象がありますか。

恩田:今回は、たしか小形(尚弘)エグゼクティブプロデューサーからお声がけいただいたと思います。村瀬監督とはあまりくだけた話をしたことがないので、ご本人をよく知らないのですが、クリエイティブなところに高い意識があって、監督やアニメーターというよりアーティストという印象です。クールで正確なデッサンをされる方なので、なかなかそれを再現するのは難しいのですが、かなり努力して、村瀬さんの求めている画に合わせています。

――本作では恩田さんもキャラクターデザインを担当されています。どのキャラクターをご担当されていたのでしょうか。また、そのデザインをするうえで、村瀬監督とどんなやりとりがあったのでしょうか。

恩田:ギギとハサウェイ、ケネス、あとは連邦軍を主に担当しています。主人公3人は村瀬さんからいろいろと注文がありました。監督自身が書いたラフもあったりして、pablo uchidaさんの描いたキャラクター原案を見ながら、僕なりの答えを出していく作業でした。連邦軍の面々は、基本的にはpablo uchidaさんのデザイン原案を意識しています。アニメーションのキャラクターデザインは、多くのアニメーターが描きやすいようにデザインするという役割もあるのですが、自分の絵は、他の人(アニメーター)から「描くのが難しい」と言われがちなんです。そこは悩みましたね。あまりpablo uchidaさんのデザイン原案から外れたデザインにすると、リテイクが出ることもあったので。なるべくデザイン原案のままになるようにしています。

――pablo uchidaさんのデザインは、恩田さんからご覧になって、どんな印象がありますか?

恩田:デッサンもキャラクターも、骨格がしっかりしている印象です。それをアニメーションのデザインに取り入れると、描くのは難しいだろうなと思いました。ただ、それだけでなくて記号的な描き方も丁寧なので、デザインをするときは正確な部分と記号的な部分を選びながらデザインしていきました。

――マフティー側のデザインは関わっていないんですか。

恩田:そうですね。マフティー側は個性的な人が多いので良いなあ、と思っていました(笑)。キャラクターの造詣に特徴があるから描きやすいんですよね(マフティー側のキャラクターは工原しげきさんが担当)。僕が担当したキャラクターで特に個性的なのは……タクシー運転手でしょうか。

――タクシー運転手! ハサウェイがダバオの街で乗るタクシーの運転手ですね。派手なタクシーを運転している、とても印象に残るキャラクターです。

恩田:ハサウェイにグサッと刺さるセリフを言う(笑)。あのキャラクターは描いていて楽しかったです。

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

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機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

美形に描かないように心掛けたハサウェイ

――最初にデザイン作業で取り掛かったのは、どのキャラクターからになりますか。

恩田:僕の中ではハサウェイを軸にしていこうと思っていました。ハサウェイを描いてから、他のキャラクターに取り掛かった感じです。

――今回、ハサウェイ・ノアの表情集や設定を描くうえでポイントにしたところはどんなところですか?

恩田:ハサウェイは難しいキャラクターで、「美形に描かない」のがポイントでした。村瀬さんが描いたラフではカッコいい男でしたが、それよりはブライトさん(ブライト・ノア。ハサウェイの父)に近づけた形にしています。若干、良い男という感じではなくなりましたが、ブライトさんの子どもだということを、見ている人に感じてもらえたら嬉しいです。

――本編の総作画監督の作業において、ハサウェイの表情でこだわられたところはどこですか?

恩田:ハサウェイの表情は最初、弱々しく描いてしまっていたんです。途中から調整して、強い表情も描いていくようにしました。ハサウェイは目が小さいんです。ブライトさん譲りの目の小ささになれば良いなと思って意図した部分なのですが、もしかしたら小さすぎたのかもしれません。

――ヒロインのギギ・アンダルシアのデザインについてはいかがでしたか。

恩田:ギギも難しいキャラクターでした。最後まで悩んでいましたね。設定の時はしっかり描こうと考えていたので、つじつまを重視して描いていました。デザインをするときは、いつもそこにとらわれて作業をしてしまうんです。でも、アニメーション作業では、表情のほうが重要なんですよね。設定で描いたものはOKが出ているのですが、時間が経つと、もうちょっとやわらかい感じに描き方を変えたいなと思う部分もあり。そのあたりを、本編作業の中で調整していきました。

――今回、ギギ・アンダルシアはスタイリッシュな印象だけでなく、あくびする姿やふてくされた姿など、とても印象的な表情がたくさんありました。本編の総作画監督の作業において、ギギを描くときに気を付けていたことは?

恩田:本編におけるギギは、設定にとらわれすぎないように描いていました。設定にとらわれると難しい絵になってしまうので、なるべく本編のカットの方向性に沿って、見ている人が解釈しやすいように描いていきましたね。なので……全部のカットが大変でした。いまは、だいぶ描きやすくなりましたけど。よく描けているかどうかは自信がないですが、後半のパートのほうが描きやすさはありました。

――描きづらいギギのカットはどんなカットでしたか。

恩田:ギギは表情が豊かなので、設定にもないような顔になるんです。微妙な表情があって、記号化しづらい。カットというより全体的に、表情だけでなく髪の毛のニュアンスや目の表現にもこだわりました。

――ギギのロングヘアはなびきますし、瞳の虹彩も特徴的です。

恩田:あの瞳の虹彩にオレンジ色を入れるのはpablo uchidaさんのアイデアなのですが、面白いなと思いました。個人的にはニュータイプ的なニュアンスが加わると良いかなと思っていました。もっと勘で言葉を言っているような感じとか、人の心を完全に読んでいるような感じ(笑)。まあ、そういうことはあまり本編ではやっていないのですが、『超人ロック』ファンの人間としては、そういう表現をやってみたかったなと思います。

――ケネス・スレッグのデザインはいかがでしたか。

恩田:デザインを起こすときは楽しく描くことができました。ただ、本編でのケネスの表情は作画の皆さんも難しかったようですね。実際、僕も難しかったです。ケネスは軍人のトップですから、目の奥にある怖い部分を意識するように心がけました。様々な表情の中でそれを表現することが大変でしたね。

――『閃光のハサウェイ』Blu-ray&DVD&4K UHD発売記念で恩田さんが描き下ろされた特別イラストでは、ハサウェイもギギもケネスもくだけた表情をしていますが、本編では観られない表情になっていますね。

恩田:そうですね。あのイラストは、役者さんたちが打ち上げをしているイメージです。本編ではみんなシリアスな表情しかしていなかったので、僕も息が抜けなくて。ようやくゆったりと描けたような気分があります。

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

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完全燃焼できる第2部、第3部へ向けて

――恩田さんの筆が乗った、描きやすいキャラクターはどなたでしたか。

恩田:(ハンドリー・)ヨクサン(刑事警察機構の長官)は、立体がはっきりした顔なので描いていて楽しかったですね。おじさんキャラのほうが描きやすいというのも多少あるかもしれない。毎回、美形キャラは苦労していますから。

――逆に、苦労されたキャラクターはどなたでしたか。

恩田:うーん……レーン(・エイム)とか……。レーンは本当に難しかった。軍人だけど、小生意気な少年っぽさを消さないように描くのが難しかったですね。ケネスやギギよりはわかりやすいけれど、大変でした。

――『閃光のハサウェイ』で印象に残っているカットをお聞かせください。

恩田:僕はBパート(地球に降りてきてから)のホテルのプールのシーンが、とても印象に残っているんです。ギギとハサウェイのシーンですね。ここを担当してくれた作画監督の方が良い表情を描いてくださって、すごく好きなシーンになっています。よりギギらしさを出すために、主に髪のボリュームなどに手を入れさせてもらいました。

――今後、第2部、第3部の制作に向かわれると思いますが、どんな思いで臨まれるおつもりでしょうか。抱負などあればお聞かせください。

恩田:今回、コロナ禍での制作だったのもあり、スタジオには入らずに作業を進めました。その為、映画が完成する直前の現場の熱を感じられず、不完全燃焼だった気がします。やっぱり、現場のガーッと盛り上がっている熱を感じたいんですよね。そういう意味では第2部、第3部ではスタジオに入って、みんなと一緒に作っていきたいですね。

――サンライズの社屋もホワイトベース(新社屋)になったことですし(笑)。

恩田:そうですね。ぜひそちらにお邪魔して(笑)、第2部は、より作品に集中して作っていきたいと思っています。

取材・文=志田英邦

恩田尚之(おんだ・なおゆき)
アニメーター、キャラクターデザイナー。キャラクターデザインを担当した作品に、『神撃のバハムート GENESIS』『PSYCHO-PASS サイコパス3』『Ergo Proxy』『ベルセルク』などがある。

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