働きママが子宮頸がんに――放送作家・たむらようこさんがコミックエッセイ『がんで死にかけて12年、元気に働いてます』を出版した理由

マンガ

公開日:2022/2/3

たむらようこ

もし、10年後に生きていられたら、自分の体験を必要としている誰かに共有しよう――。「慎吾ママ」『祝女』『サラメシ』など数々の人気キャラクターや番組を世に送り出してきた放送作家のたむらようこさんは、2009年に子宮頸がんを発症。治療を受けるなかで静かにこう心に決めました。なぜなら当時、「自分と同じ子宮頸がんのステージⅢBで10年後も元気に生きている人」を検索しても、なかなか見つけられなかったから。

壮絶な治療と後遺症を乗り越えて10年間一度も再発しなかったたむらさんは、コミックエッセイ『がんで死にかけて12年、元気に働いてます』(日経BP)を2021年末に上梓。誓いを結実させました。患者さんはもちろん、健康な人の心にも深く刺さる本書。どんな想いを届けたかったのか、お話を伺いました。

(取材・文=城リユア)


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――がん患者さんの視点から綴られたコンテンツ自体が少ないので、とても貴重な作品だと感じました。まずは出版の感想を教えていただけますか?

たむらようこさん(以下たむら):10年間構想していたのでやっぱり「すごく嬉しい」の一言ですね。私が子宮頸がんを告知された2009年当時はいまほどSNSが一般的ではなく、患者さん同士のオンライングループもなくて、私自身がほしかった情報にたどり着けませんでした。ブログを発見しても途中で途絶えていたり……。だから発病から10年たって元気で働けている私が、伝えられることは伝えなければ。本の出版は「自分の使命」なのだと想いを温めてきました。私の体験を洗いざらい描いたので、病中の方になにかひとつでも役に立てれば本当にありがたいです。

――発病から10年たち、真っ先に向かったのがコミックエッセイ講座だったとか?

たむら:そうなんですよ。治療中は細かい文字を目で追うのがしんどくて、でも漫画「おぼっちゃまくん」シリーズだけは読めたんですね。だから「患者さんに届けるならコミックエッセイだ! 時は満ちた!」と講座に飛び込んだわけですが、私には恐ろしく絵の素養がないことが発覚しまして(笑)。いとこの漫画家・八谷美幸先生に作画をお願いして、二人三脚でつくることになりました。

「がん患者は辛いばかりじゃない。喜怒哀楽を書きたかった」

――発売から約1カ月。「届けたい人に届いた」という手応えは感じていますか?

たむら:がん患者さんは世間から「辛い、苦しい、かわいそう」と思われがちですが、実際はそればかりじゃないんですね。治療中には楽しい出来事や発見だってたくさんある。患者さんにしかわからない喜怒哀楽の実体験を細かく盛り込むことで、「これ、子宮頸がん治療のあるあるだよね〜」なんてクスリと笑ったり、辛いのは自分だけじゃないのかもと励みになればと考えました。読者からは「がん患者も普通に生活を送る感情がある一人の人間なんだってことをちゃんと伝えてくれて、ありがとう」と感想をいただき、想いが届いた気がしました。

――「がんと闘わない」と心に決めた描写も印象的でした。

たむら:「闘病」や「がんに打ち勝つ」という表現には最初から違和感がありましたね。もともとがんは正常な自分の細胞。新陳代謝でコピーされるときにミスコピーされてできる、といわれています。自分自身に対して「倒してやる」という気持ちにはどうしてもなれなくて……その代わり、「無理させてごめんね」「仕事ばかりで寝てなくてごめんね」「お酒を飲みすぎてごめんね」と体の隅々をさすってお詫びをしました。

――医師から患者への無神経な対応の場面に遭遇するなど、ショッキングな実体験も盛り込まれています。入院経験がない人には見えづらい“医療現場の負の部分”を描くことで、訴えたかったことは何でしょうか?

たむら:「あなたの状態のがんで3カ月以上生きた人は世界に一人もいない」。あるお医者さんが患者さんにそう言い放つのを、カーテン一枚で隔てた隣のベッドから聞いたときは、あまりに衝撃的でした。先生たちに悪気はないんだろうし、忙しいから言葉足らずになっているのかもしれません。そして、実際には言葉を丁寧に選んでくれるお医者さんの方が多いのだとは思います。身も心もボロボロになっている患者さんとのコミュニケーションにはもっと慎重になってもらえたら。そう願わずにはいられません。

――「生きている人も、死んでいる人も紙一重」と感じるようになった入院中の“死生観の変化”も印象的でした。

たむら:抗がん剤の副作用がひどくてトイレの床に頬をつけて吐き続ける状態に陥ったとき「自分は死ぬかもしれない」とリアルに感じたことが、私の死生観を大きく変えました。

同室の患者さんたちとは、“アドベンチャー映画で生きるか死ぬかの船に同乗する仲間”のような絆が生まれるんですね。誰が死ぬかわからないし、私が生きてるのもたまたまとしか思えなくなった。人生ホントに、“生きているだけで丸儲け”という境地です。

チャラすぎる医者“ミスター伊藤”がチャラかった理由

――患者さんならではの喜怒哀楽を描写したかったとおっしゃっていました。誤解を恐れずに言えば、放送作家さんの作品ということもあり、純粋にコミックエッセイとしてとても“おもしろかった”です。特にチャラすぎる泌尿器科医こと“ミスター伊藤”氏の存在は強烈ですよね。いま改めて、彼はどんな存在でしょう?

たむら:出会った当初は宿敵でしたが、やがて私の救世主となる“ミスター伊藤”。あんなに風変わりなお医者さんが担当じゃなかったら、私は絶対、ずっと拒み続けた手術に踏み切れていませんでした。命も危なかったかもしれません。だからやっぱり彼はヒーローなんだと思います。恋愛映画のヒーローみたいに、最初はチャラくて距離感がおかしくて苦手だったけど、次第にかけがえのない存在に変わっていきました。

マンガ がんで死にかけて12年、元気に働いてます P130

つい先日、刷り上がった本を病院でお世話になった方たちに届けに行ってきたんですよ。“ミスター伊藤”とは約10年ぶりに再会しましたけど、開口一番「もっと早く来てくれると思ったのに~」と相変わらずチャラかった(笑)。『日経xwoman』で一部公開されている本書の冒頭連載を読んでくれていたようで「ミスター伊藤、全然出てこないじゃ~ん」とぶうたれていましたけど、その後、影の主役といっていいほど活躍してくれます(笑)

――もしかして彼のあのチャラさは、あえての作戦だったりするのかも?と深読みしてしまいました。

たむら:最近、ミスター伊藤が開業した病院のHPに書かれた「医者になった理由」を読んで、すべてに合点がいった気がしているんです。ざっくり話すとこんな内容でした。多くの医師と同じように成績がよいという理由で医学部を選ぼうとした彼は、「人の命を預かるなんて大役、自分にはできないんじゃないか」と悩み学校の相談員に打ち明けたそうなんです。すると「おこがましい。お前が治せると思うな。患者さんが自分で治るんだ。その力を引き出すのが医師の仕事なんだから、患者さんを励ますお医者さんになりなさい」と助言をもらったそう。あの突飛なキャラクターは、どこまでも頑なな私の気持ちを緩めるための彼なりの優しさだったのだと、いまでは思います。まぁ若干、励まし方が独特な気もするけど(笑)。

「気持ちをわかってもらえるだけで、半分くらいは楽になる」

――旦那さんや当時1歳だった息子さんとのエピソードも多く描かれていました。

たむら:幼い息子と離れて入院するのは、ちょっと言葉にできないくらい辛かったです。と同時に、治療中は夫が寄り添ってくれたことが骨身に染みて心強かった。「どうせ当人の苦しさや辛さはわからないから」と遠ざかるのではなく、「そうなんだね、辛いんだね」と気持ちをわかってもらえるだけで、大げさではなく、半分くらいは楽になるんですよ。

マンガ がんで死にかけて12年、元気に働いてます P79

病院の外に一切出られない私が「オリーブパンを買ってきて」と、夫に頼んだところ、カレーパンを買って来られて激怒した“オリーブパン事件”も描きました。あれは本当にオリーブパンが食べたかったわけじゃなくて、「外のものが食べられない」しんどい状況を“わかってもらえなかったこと”がすごく辛かった。高価なお見舞いの品よりも、究極的には心のやりとりが一番嬉しいのです。

がんが末期になると家族に当たり散らす患者さんも珍しくありません。でもそれは甘えているのであって、甘えられる人が家族しかいないっていう状況なんです。そこを理解してもらえたら随分救われるケースもあるかと思います。

――上司や同僚からの「待ってるよ」の一言も大きな力を持つのですね?

たむら:がんは長期化することで経済的に困窮しやすい病気です。だから治療に専念することで「もう会社には戻れないんじゃないか、今後どうやって暮らしていけばいいのか」不安になりがち。なかには迷惑をかけたくないと自ら会社を辞める人もいるくらいです。だから社長や上司が「復帰したら戻る席があるよ」と身の保証をして、金銭的なストレスを一つでも減らしてあげることが治療の支援につながります。決定権はなくともたくさんの同僚が「待ってるよ」と応援すれば、会社もおいそれとは辞めさせられないでしょう。

命を守る「子宮頸がん検診」への疑問をクリアにしたかった

――治療費についてですが、たむらさん自身の体験を経て、がん保険は必要と考えますか?

たむら:命を守るため、お金は絶対必要になります。私はがんになる直前に保険会社に勤める妹の勧めでたまたまがん保険に加入していて随分と経済的に助けられました。本を読んでくれた知り合いの保険外交員は、「自分の営業成績のためじゃなく、本当に相手のことを思ってがん保険をお勧めしていることが本から伝わる」と喜んでくれて、これは予期せぬリアクションでしたね。

――子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス感染を防ぐ子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)への素朴な疑問がクリアになっていて、スッキリしました。

マンガ がんで死にかけて12年、元気に働いてます p141

たむら:子宮頸がんワクチンが話題になりはじめた頃から「そんないいものがあるなら」と、担当するテレビ番組で特集したいと考えていたんですね。ただ、ワクチンで健康被害にあわれた方の情報も耳に入ってきます。私が1対1で責任をもって勧められるのならまだしも、テレビで不特定多数の視聴者に「絶対打った方がいいです」とプッシュすることはできませんでした。でも子宮頸がんワクチンを広めたい気持ちはあって、ずっとモヤモヤ悩んでいました。

で、本書をつくるにあたり「そんなことじゃいかん!」と奮起。私が疑問に思っていることを100%解決して、この1冊を読めばがん予防のための行動がすぐにわかるようにするべく、本書を監修してくれた医師の稲葉可奈子先生にインタビューを申し込みました。

たむらようこ

――野球のピッチャーとバッターに見立てて、稲葉先生に疑問という名のボールを直球でぶつける構成が明快でした。

たむら:見事に稲葉先生がカキーンと疑問を打ち返してくれましたね。「がん治療ってこんなにも苦しい思いをするし、赤ちゃんを産めなくなってしまう可能性もあるのなら、先手で子宮頸がんワクチンを打っておこうかな」と“しくじり先生”的に感じてもらえたら本望です。うん、“人のふりみて我がふり直せ”ですよ。ぜひ、多くの女子学生や娘をもつ親御さんに届いて!という気持ちで、どうしたら全国の学校の図書館に置いてもらえるのか、すごく知りたいです(笑)

いまは「みんなの力でがんを治せる病気にする」を目標に掲げた活動「deleteC」などのお手伝いもしています。私の経験が役に立つ場所があるのなら、テレビ番組の構成でもイベントでも、社会支援活動でも、なんだってやっていきたいです。

プロフィール:
たむらようこ●1970年福岡市出身。放送作家、ベイビープラネット代表取締役社長。「慎吾ママ」のキャラクターを世に送り出すほか、『サザエさん』『祝女』『サラメシ』『世界の日本人妻は見た!』『シナぷしゅ』などバラエティ、情報番組を中心に多数の構成や脚本を手掛ける。共著書に『ざんねんな努力』(アスコム)。日本放送作家協会理事も務める。

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