恩田陸が、14年かけて編み上げた吸血鬼SF『愚かな薔薇』――萩尾望都描き下ろし期間限定カバーも!

小説・エッセイ

公開日:2022/2/5

恩田陸さん

「14年の連載を経て紡いだ 美しくもおぞましい吸血鬼SF」──そんなキャッチコピーとともに届けられたのは、時の重みがずっしり伝わる580ページ超の大作。舞台となるのは、山間の小さな町・磐座。この地に集められた少年少女は、星々の世界へ旅立つ“虚ろ舟乗り”になるため、ひと夏を過ごすことに。他人の血を飲み、歳を取らない体に変質する彼らは、永遠に枯れない“愚かな薔薇”にたとえられていた。

(取材・文=野本由起 撮影=山口宏之)

「磐座のモデルは、旅エッセイの取材で訪れた岐阜県の郡上八幡です。谷間に貼りつくように集落があって、『ここに空飛ぶ円盤が降りてきたら面白いだろうな』と思って。私は違う時期に訪れたのですが、夏には郡上おどりという静かなお祭りもあるんですね。広場に山車が出て、みんなで踊る祭りが30夜以上続き、お盆になれば徹夜おどりも始まって。祭りの時期に飾られる提灯も、ベツレヘムの星を思わせる形で超新星爆発のよう。この土地のイメージが、作品全体のトーンを作っています」

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 そこに加わったのが、吸血鬼というアイデア。

「私の世代だと、萩尾望都先生の『ポーの一族』は避けて通れませんし、石ノ森章太郎先生もかつて吸血鬼マンガを描いていました。いつか自分なりの吸血鬼ものを書いてみたいと思っていたので、郡上八幡のイメージと吸血鬼を組み合わせて、この話を書くことに。うんと狭いところでうんと大きな話を描きたいという思いもありました」

 吸血鬼というと西欧のイメージだが、世界観が和風で統一されているのも面白い。他人の血を最初に飲む行為は“血切り”、腕を傷つける器具は“通い路”。夜ごと異性の家に通い、簾ごしに血を飲むあたり、平安時代の通い婚を想起させる。

「和風SF、とでも言うんでしょうか。それこそ民話のように、クラシカルな雰囲気を出したくて。それも場所から得たイメージですね」

吸血鬼に託して描く思春期の体と心の変化

 磐座では、夏の2カ月間、虚ろ舟乗りの適性を見定めるためのキャンプが行われる。14歳の高田奈智も、キャンプに参加するためこの地へ向かう。だが、彼女は虚ろ舟乗りのことも、キャンプで何が起きるのかも知らされていない。不安と戸惑いの中、翌日から奈智の体は急激に“変質”していく。喉の奥から吐き出される、どろりと赤い塊。自分の中の何かが爆発しそうな焦燥感。血を前にした時の、狂おしいまでに強烈な渇き。虚ろ舟乗りは、他人の血を飲むことで永遠の命を得ると知り、奈智は自身の変化に抗おうとする。

「吸血鬼って、いろいろなもののメタファーですよね。人が吸血鬼になる過程は、自分がどうやって世界を受容するか、あるいは世界に受け入れられるかという思春期の通過儀礼のよう。吸血鬼ものの作者に女の人が多いのも、成長にともない女性の体が劇的に変わり、自分がモンスターになるような感覚があるからではないかと思います。そういった思春期的なものを、この主人公に託してみました」

 親戚の美影深志から「奈智の血切りは、俺の役じゃ」と腕を差し出されても、頑なに拒む奈智。だが、同じキャンプには変質を受け入れ、血を飲む行為に官能的な悦びさえ感じている少年少女も少なくない。その対比も印象的だ。

「思春期の頃って、メインストリームを嫌悪する気持ちがあるじゃないですか。自分は他人と違うと思いたいんですよね。あらためて『世界を受け入れていくっていうのはこういうことなんだな』と感じました」

 変化していく体に、怯えと困惑を抑えきれない奈智。そんな彼女に、さらなる衝撃が襲い掛かる。奈智の両親は、彼女が幼い頃に交通事故で亡くなったと聞いていたが、実は母親は磐座で殺されていたことが判明。しかも事件を境に、奈智の父親は行方不明になっており、町では「奈智の父が母を殺して逃げた」と信じられているというのだ。さらに、変質の過程で表れるという残虐な別人格“木霊”が町を荒らすという事件も起き、奈智の身辺はにわかに慌ただしくなっていく。だが、それでもこの地で何が起きているのか、奈智はなかなか教えてもらえない。

〈子供というのは、世界の外側にいる。〉
〈自分の話は、いつも自分のいないところでされている。〉

 作中では、そんな子供の疎外感についても言及されている。

「私自身、親が転勤族だったから引っ越しが多くて、共同体の中心に入れない子供時代を過ごしてきました。私には周りのみんなが共有している記憶がないし、どこへ行ってもよそ者。でも、自分の存在に違和感、異物感を覚えるのは、私に限らず子供の普遍的な感覚だと思うんです。世界には『あなたはまだ子供だから』と、大人が隠している部分がいっぱいある。そういう思いを入れました」

 さらに、自分の変化に馴染めず、不安を抱える少年少女へのメッセージも込められている。

「中学校って、そもそも無理があると思うんです。ようやく集団生活を覚えた野生動物が、そろって第二次性徴を迎えるなんて考えただけで鬱陶しいじゃないですか(笑)。心も体も変化が大きいし、どうしたって殺気立つわけです。急激な変化に戸惑って、自分をモンスターのように感じる時期は誰にでもある。『あなただけじゃない』と伝えたいし、『つらいけど生き延びてね』と切に願っています。とにかく生き延びて、と」

人類が地球を脱出する準備は始まっている

 中盤に差し掛かるあたりから、物語の航路図は宇宙へと大きく広がっていく。なぜ虚ろ舟乗りが存在するのか。なぜ彼らは変質するのか。人類の進化や星々の未来をはるかに見渡す壮大な絵図が描き出される。

「子供の頃から、吸血鬼ってなんなんだろうとずっと考えていたんですよね。伝説上の生き物でも狼男やなんかとはちょっと違う。これは、人類の進化における何らかの記憶なんじゃないかと思っていて」

 こうした思索を深めるうえで、恩田さんに影響を与えたのは大阪大学の石黒浩教授の講演だったという。

「石黒先生は『なぜ今、AIが人間の知能を超えるシンギュラリティを迎えるのか。それは人類が無機質な生命体を目指しているからだ』とおっしゃっていて。『人間の肉体は有機物なので、脆弱で寿命も短い。だから人類は無機物を目指し、体を機械に置き換えようとしている。そして地球脱出を目指そうとしているのではないか』というんです。同時期に読んだ山田正紀さんの小説『ここから先は何もない』も、アプローチは違えど石黒先生と同じような発想だったので、面白いなと思いました。その話を聞いて、ふと考えたのが宇宙空間の大部分を占めるダークマターについて。ダークマターって、いまだに何のために存在するのかわかっていないんですよね。でも、人類が地球の脱出を想定して昔から準備を進めていたのなら、ダークマターも何らかの用途のために神のような存在が用意したものかもしれない。そんな発想から、こういう話になっていきました」

 長い航海の果てに、人類はどこへたどりつくのか。悠久の旅はこれからも続くが、物語の幕はひとまず下りた。恩田さんは、この14年の旅をどう受け止めているのだろう。

「『吸血鬼ものを書いた!』という達成感はありますし、自分でも満足しています。今は宿題をひとつ片づけたような気持ち。萩尾望都先生が描いてくださった3月末までの期間限定カバーとともに、楽しんでいただけたらうれしいです」

 

恩田陸
おんだ・りく●1964年、宮城県出身。92年『六番目の小夜子』でデビュー。『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞と本屋大賞、『ユージニア』で日本推理作家協会賞、『中庭の出来事』で山本周五郎賞、『蜜蜂と遠雷』で直木賞と本屋大賞を受賞。『木洩れ日に泳ぐ魚』『日曜日は青い蜥蜴』『灰の劇場』『薔薇のなかの蛇』など著書多数。

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