『鬼の子』ながしまひろみ新連載は、眠れない時にさっと読める新感覚マンガ『わたしの夢が覚めるまで』

マンガ

更新日:2022/5/5

ながしまひろみ

 自身の著書『やさしく、つよく、おもしろく。』や『そらいろのてがみ』『鬼の子』の他に、作家・原田ひ香さんの『三千円の使いかた』(中央公論新社)や小野寺史宜さんの『ライフ』(ポプラ社)の文庫版カバーイラストを手掛けるなど活躍中のイラストレーターながしまひろみさん。彼女の新連載『わたしの夢が覚めるまで』が2月14日(月)よりダ・ヴィンチWebでスタートした。

 本作は、38歳の主人公「その」が、不眠がちになり、さまざまな夢を見るようになっては夢と現実が混ざり合っていく。次第に夢の中の登場人物と対話することでまた眠れるようになっていく――。「その」と同じように、心身の不調や不安から不眠ぎみに悩まされる女性に寄り添い、眠れない時にさっと読めて心がちょっぴり軽くなるような作品だ。そこで、連載開始にあたって、ながしまさんにこれまでを振り返ってもらいながら、新連載に込める思いを伺った。

(取材・文=立花もも)


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――ながしまさんがマンガを描き始めたのは、「ほぼ日の塾」に参加したのがきっかけなんですよね。

ながしまひろみ(以下、ながしまさん) はい。当時は会社員だったんですけど、デザイン業を担当していたので、ほぼ日の塾でコンテンツ作りを学ぶことは、この先のキャリアに役立つかもしれないと思って、申し込んだんです。でも通っているうちに、だんだん、我が出てきたんでしょうね。ふと、最後の課題はマンガを描いて提出しよう、と思い立った。そこでどうしてマンガを選んだのかは、自分でもいまだによくわからないんですけど……その少し前にプライベートでつらいことがあって落ち込んでいたのが、描いているうちにどんどん元気を取り戻していったのは覚えています。

――マンガを描くのは、楽しかった?

ながしまさん そうですね。マンガを描くのは初めてというわけじゃなくて、会社勤めをしていたとき、社内のグループ展に参加するときに「たまごちゃん」という作品を描いたことがあったんですよ。それがわりと評判がよかったのと、自分でも描いていて楽しかった記憶があったから、もう一度描いてみようと思えたのかもしれません。

――ふたたび描いたその作品はWEBサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で連載されることが決まり、『やさしく、つよく、おもしろく。』というタイトルで単行本化されました。ながしまさんの、マンガ家としてのデビュー作です。

ながしまさん 『羊どろぼう。』とか『小さいことばを歌う場所』とか、糸井(重里)さんの発言をまとめた本がいくつかあるんですけど、その言葉をいくつかお借りしながら、ゆきちゃんという小さな女の子の物語を描きました。本に掲載されている糸井さんの言葉は、前後の文脈が書かれていないから、どういう意図で発せられたものなのか、私にはわからない。でもどんな人の心にも「ああ、なんかわかる」と沁みていく不思議な引力のあるものばかりだと思ったので……。本当に、好き勝手に使わせていただいたにもかかわらず、ひとつのNGも出さず受け入れてくださった糸井さん、編集の永田さんには感謝しかありません。きっと、「これはちょっと違う」と思うところもたくさんあったはずなのに。

ながしまひろみ

――「やさしく、つよく、おもしろく。」も、ほぼ日の理念を示した言葉ですが、ほぼ日に同化するのではなく、ながしまさんの絵があるからこそできる形で、読者のさみしさや疲れた心にそっと寄り添うマンガになっていると思いました。

ながしまさん ありがとうございます。言葉に触発されてよみがえってきた、自分が過去に味わったことのある感情を、別の感情とつなぎあわせてみたり、どうしてそう感じるのだろうということを自分なりに考えて、分解して、再構築してみたり……楽しかったですし、すごく勉強にもなりました。

――そしてその後、刊行された『鬼の子』も注目を集めました。おとぎ話から抜け出してきたような鬼の子ども・オニくんが、母親と2人で暮らす中学生・みのるに拾われ、一緒に暮らし始めるお話です。

ながしまさん 鬼の子どもに豆をぶつけるんじゃなくて、家に招き入れて一緒にお鍋を食べるという絵をSNSで発表したとき、わりとみなさんの反応がよくて。この、鬼の子を主人公にした物語をつくれないだろうかと考えたのが、きっかけです。

ながしまひろみ

 おとぎ話で退治されてしまった鬼の子どもが、絵本の世界から家出して現実の子どもと出会うということだけを決めて描き始めました。

――みのるの父親は失踪中、母親はグラビアデビューして働き始めるという、なかなか特殊な家庭が舞台ですしね。

ながしまさん しかもお父さん、妙に渋くて武骨なので、もうちょっと愛嬌のあるキャラのほうが描きやすかったかも、とか。自分にも長編マンガが描けるだろうかという勢いだけで始めてしまったので大変でした。いまだに読み返すと、もっとこうすれば良かった、ばかりが浮かんできます。キャラクターは、みんな気に入っているんですけどね。

――逆に、描けて良かったと思うところはありますか?

ながしまさん オニくん(鬼の子)が鏡に映った自分を見ながら「僕のこと許してくれる?」って言う場面があるんですけど……“誰かを許せない”という気持ちは、実は自分自身を許せずにいることの裏返しだってことは、結構あるよなと思ったんです。そして執着を手放せずにいる苦しさもあれば、それを手放してしまうさみしさもあり……。それもまた、描きながら過去の体感がふわっとよみがえってきて、私自身がマンガに「ああ、そうかもしれないな」と思わされるような、不思議な心地を味わいました。

ながしまひろみ

 ときどき、読んで救われたみたいな声をいただくんですけれど、もしかしたら、私自身が感情を分解し、整理しながら、ひとつひとつ探るように描いていることが、読者のみなさまにも共感として伝わっているのかもしれないなと思います。決して、私自身のことを描いているわけではないのですが、キャラクターの言葉や行動に私の実感をのせて描くと、より伝わりやすくなるような気もするので。

――『やさしく、つよく、おもしろく。』も『鬼の子』も、明確な答えを出さないところがすごく素敵だなと思います。『鬼の子』のほうが、お父さん探しやオニくんとの交流という起承転結がありますが、それでも、わかりやすくドラマティックな展開で、人の感情を決してごまかさない繊細さがあるというか……。そのあたりは意識していますか?

ながしまさん 私の表現はちょっとわかりにくいところも多いので、編集さんに指摘されてずいぶん直しましたし、『鬼の子』ではエンタメというか物語作りの作法も学ばせてはもらったんですが……。私自身が、あんまり物事を断定するのが得意でない性格というか、せいぜい「なんかわかるような気がする」程度で、「わかった!」とはなかなか言えないんですよね。もうちょっと自信をもって描けたらいいのかなあとも思いますが……。

――わかったような顔をしない、というのがながしまさんの魅力なので、そのままでいていただきたいです。

ながしまさん ありがとうございます。

――ちなみに、みのるくんの同級生のゆきちゃんは、『やさしく、つよく、おもしろく。』の主人公と同じ……?

ながしまさん そうですね。性格はだいぶ違っていますけど、自分のなかでは、なんとなく繋がりがあるつもりで描いています。『そらいろのてがみ』という絵本で描いたのも、同じゆきちゃんです。『やさしく、つよく、おもしろく。』では、自分のなかの子どもの部分を描いたような感覚があって。個人的に思い入れが強いんですが、三作を通じて描き切ったような気もしているので、しばらくは出てこないんじゃないかと思います。

――絵本に、本の挿絵に、ながしまさんの活動は多岐にわたっていますよね。最近では原田ひ香さんの小説『三千円の使いかた』が話題になり、あわせてながしまさんへの注目度がますます高まりました。

ながしまさん イラストのお仕事はしたことがなかったので、専門の学校に通って勉強もしたんですけど、まだまだ勉強中です。でもそのとき、先生から「物語の言葉に対する理解度を高めることは大事だけれど、言葉に近づきすぎてもいけない」と言われて、『やさしく、つよく、おもしろく。』で無意識に実践していたことと、通じるものを感じました。

ながしまひろみ
ながしまひろみ

 以前、山下澄人さんの小説『小鳥、来る』の挿画依頼が来たとき、山下さんにはハードボイルドなイメージがあったので「私で大丈夫ですか!?」と驚いたんですが(笑)、だからこそ、私の描く絵と物語の距離をどうすればチューニングしていけるか、勉強になりました。本のデザイナーさんによっては、最初から構図が指定されていることもあるのですが、『小鳥、来る』の場合は、私から提案できるものだったので、なおさら。絵本も、もっと描いてみたいと思って勉強しているところですが……イラスト以上に、難しいですね。

――どんなところが?

ながしまさん 言葉のリズムとか、どの程度、大人の自分の目線が入り込んでも大丈夫なのかとか……。あと、『そらいろのてがみ』は、生まれ育った北海道の田舎で目にしてきた四季のうつりかわりを描きたいなと思って描いた作品で。ご依頼をいただいたのが『やさしく、つよく、おもしろく。』の直後だったので、主人公を同一にすることでの描きやすさもありました。

ながしまひろみ

 でも……マンガも同じですが、最初は、何も知らないから無謀に挑戦できるんですよね。仕事をいくつかやらせていただいているうちに、だんだんとまわりの景色が見えるようになってきて、自分がいかに勢いだけで突っ走ってきたかがわかると、怖くなってきてしまった。今は、それを乗り越えるのが、課題ですね。

――そんななか、新しくはじまる連載は、不眠がちの38歳の女性・その。彼女が深夜にふと見る夢をモチーフに物語を描こうと思ったのはなぜなのでしょう。

ながしまさん 私自身、昨年の初めごろに不眠がちになってしまったんです。おそらく、コロナ禍での情勢や、仕事が潮目を迎えているのに次の作品が全然思いつかないことで、不安が膨れ上がっていたのだと思うのですが……いっそ、この不安定な気持ちをそのまま描いてみればどうかと思ったんです。かといって、暗くなりすぎてしまうと、読む人の心がますます落ち込んでしまう。夢と現実の境目をただようような、眠れない夜に読むとほんの少し気持ちがラクになるような、そんな作品を描けないかな、と。

――描くにあたって、不眠外来を取材されたんですよね。

ながしまさん コロナ禍で特別増えたということはなく、よくなった方もいれば悪くなった方もいるということなんですが……。いちばん多いのは20代・30代の女性。でも若い方……10代にも不眠症の方がとても多いと聞いて驚きました。人にはそれぞれ、その人に合った睡眠時間や一日のサイクルがあって、学校や会社に通わなくてはいけない生活と合わない場合は、とても苦しくなってしまうそうなんです。日本は、朝が始まるのがはやすぎるとおっしゃっていましたね。

――しかも夜遅くまで働いたり、塾に通ったりもしますしね……。

ながしまさん 大半の方は、カフェインを減らすとか、寝る前のスマホをやめるとか、あとはビタミンや亜鉛を摂取することで改善されることが多いらしいんですが、もちろん投薬治療をすることもあるようです。眠れないけどうつらうつら浅い眠りが訪れたときに悪夢を見てしまうというケースも結構あるらしいので、そういう方に寄り添えるようなものになれたらな、と思います。

――最初の数話、ネームを読ませていただきましたが、とても楽しみです。「その」が夢で出会う、自分と同じ38歳で亡くなってしまったおばとの交流が、どんなふうに彼女の現実に作用していくのか……も、もちろんですが「夢ってこういうわけわかんないことあるよねー!」という感じのおもしろさもあって。

ながしまさん よかったです。私にとっては、大人の女性を主人公に据えるのがほとんど初めてなので。以前、イラスト学校の先生に「あなたの絵は『私のことを見ないで』って言っている気がする」って言われたことがあるんですよ。自分と同世代の女性を描かないということは、自分を隠しているからなんじゃないか、と。「え、そうなの!?」と結構なショックを受けまして。自分のなかにいる、子どもの部分に向けて描いているつもりだったけど、もしかして、等身大の自分の不安や葛藤を無視しているのかもしれないなあ……と。だから今回、大人の女性を主人公にすることで、また何か新しく触れられるものがあるといいなあと思っています。

――最後に読者のみなさんにメッセージをお願いします。

ながしまさん 眠れない夜にさっと読んで、気分転換してもらえるようなお話になればなと思っています。最後までがんばりますので、どうぞよろしくお願いします。

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