今うちは「避難所」じゃないのかもしれない…。コロナ禍で考えた女性間風俗の役割 【橘みつ・インタビュー】

社会

公開日:2022/2/19

橘みつ

 対話型の女性間風俗店「Relieve(リリーヴ)」を経営し、自らもキャストとして働く橘みつさんが出した著書『レズ風俗で働くわたしが、他人の人生に本気でぶつかってきた話』(河出書房新社)では、一流大学を卒業してから憧れの企業に新卒入社したものの、体調不良で解雇。その後、女性間風俗の世界に足を踏み入れるようになった経緯を、半生を振り返りながら書いています。

 著書に書かれているのは女性間風俗のルポ漫画が流行し、一気に女性間風俗が注目を浴びた時代。しかし、コロナ禍でまたその状況は一変していると橘さんは言います。この2年間での女性間風俗の変化や今の状況についてお話を聞きました。

(取材・文=園田もなか)

※女性同士で触れ合う風俗店は一般に「レズ風俗」と呼称されていますが、本記事では書名・店名を除き「女性間風俗」という語で示します。

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心の整頓ができるような場所としての女性間風俗

–––『レズ風俗で働くわたしが、他人の人生に本気でぶつかってきた話』はかなり赤裸々にご自身の半生を書かれていますが、出版当時の周囲の反響はいかがでしたか。

橘みつ(以下、橘):出版されたのがちょうど1回目の緊急事態宣言の頃だったので、あまり反響らしい反響は実感として得られなかったんですよね。ただ、インターネットのレビューには、自分が本に込めた思いをきちんと汲んでくれたんだなと感じられるような感想が多くあって嬉しかったです。あの本はセクシュアリティについてではなくて、社会からこぼれ落ちてしまうような、理解されづらい“普通じゃない”自分について葛藤するような部分に深く刺していきたいと思っていたので、そこがきちんと伝わったような手応えはありました。

–––普通じゃない自分、ですか。

:私が普通と言っているのは、他人に対して敏感になりすぎず、周辺の環境や雰囲気に左右されずに言葉の内容からやりとりができるような、そういう精神が病みにくいようなタイプの人ですね。正直、今でも自分がもっと普通だったらよかったのに、と思うことがあります。こういう話をしているときに頭に思い浮かべるのは、過去にバリバリ働いていた同期です。かけられた期待をちゃんと打ち返すことができる。理想の社会人像だったんです。私も彼と同じだと思っていたのに、なんか違うぞ、という違和感が大きかった。会社を解雇されたときに、自分の感覚はちょっとズレてるんだと思い知りました。

–––ただ、著書を読んでいると、そういう“普通じゃない”感覚が夜の仕事では活かされていたのかなとも感じましたが。

:他人の、特にネガティブな面での心の状態を感じ取れるというか、今この人はこういうことを隠しているな、とか、本当はこっちに行きたいのかな、とか、そういう何で葛藤しているのかという部分の解像度は高いかもしれません。

–––それが結果的にお店のコンセプトである”対話型”というところにつながるんですよね。お客さんと話しているとき、橘さんは頭の中でどういうことを考えているんですか。

:今この人が話していることが、その人の心の中でどういう位置付けなのか、というところは結構考えているかもしれません。例えば、私だったら自分の家庭の話は自分のルーツとして位置付けられていて、整頓されているからスラスラ話すことができる。一方で、プライベートや仕事の人間関係において現在進行形で悩んでいることは、まだこじれているから話し方も濁ったりどもったりしてしまう。相手に対してそういうのを感じ取ると、この人はこういうことを考えたいのかな、それともまだ横に置いておきたいのかな、とか考える。

–––言語化されていない部分を一緒に考えていく、という感じですか?

:これは結構いろんな人に誤解されているんですけど、必ずしも言語化する必要はないと思っていて。どちらかというと、その話題がお客様の中でどんな風になっているのか自覚するお手伝いをしている、という感覚が強いです。横に置いておこうと考えて置いておくのと、ただ頭の中をぐるぐる回っているような状態とでは、振り回され具合が違いますよね。そういう整頓が自然とできる、という感じです。ただ、そこまでのことを求めてくるのは2回目とか3回目のお客様で、初めて来るような人たちはそこまでのことを期待していないと思いますね。

二極化する客層……コロナ禍の女性間風俗の現状

–––女性間風俗では、男性向けの風俗と違って、そういった心のケアを求めるお客さんが多いのでしょうか。

:2年前であれば、間違いなくそうですねと答えていたかもしれません。本を出した当時と今だと状況が変わってしまっているので、そうも言い切れないというか。当時は、女性間風俗を娯楽目的で使うのは遊び慣れている人の中のごく一部で、最近流行っているからとか特に理由は決めずにとか、あとは何か悩みを抱えていて、という人が大部分だったというのが私の肌感覚です。

–––コロナ禍でどう変化したのですか。

:当時は女性向け風俗が黎明期で、誰の中でも落とし所が決まっていないような時代だったんですね。女性はそれまでずっと客体化されてきた。欲情されるものとして扱われ、欲情されなければ価値がないとされるような、対象としか扱われてこなかったので、自分が主体として選ぶということにそもそも慣れていなかったように思います。自分が今までされてきたことを、今度は自分が女性にやるのか、という嫌悪感もあったと思いますし。ただ、それがここ数年で従来の娯楽的な風俗の流れに落ち着いてしまった。コロナ禍って、楽しいこととリスクを天秤にかけないといけなくて、多くの人がリスクを考えて飲み会や外出を控えるようになり、もともと利用を躊躇してきた女性なら風俗なんてより一層行かなくなる。それでも、遊び慣れている人からしたら、そもそも昔から感染症のリスクと隣り合わせで状況は変わらないということで、他の人たちよりも抵抗感は少ない。だから、コロナ禍でも風俗に来るお客さんというのは、遊び慣れている人たちか、リスクを補って余りあるほど切実な理由のある人に二極化したんじゃないかなと。

–––なるほど。

:ただ、うちのお店がいま逆境に立たされているのが、感染症リスクで敬遠されているせいなのか、業界の需要そのものが娯楽に偏ったからなのか、それはまだコロナ禍が明けていないので言い切れないところではあるんですけど。もしこの二極化しているという私の感覚が間違っていない場合、リリーヴを利用するような多くの方にとって、今は、リスクをとってまで自分の内面のことを考えるというフェーズじゃないんだと思います。

–––自分の内面を考えるよりももっと切実な問題があるんですね。

:一方で、女性向け風俗の中でも男性が派遣されるタイプはこのコロナ禍でもすごく盛り上がっているようなんです。従来の水商売ではよくある話ですが、疑似恋愛ができるような、固定のお客さんをつかみやすい業態になっている。自分の心の中を大きく占めているのはキャストだから、リスクを天秤にかけても会いたいと思う。恋人に会う感覚と変わらないですよね。

–––推しに会いたい、みたいな。

:それも例えば舞台俳優とかであれば、会場とかで観客同士、鑑賞マナーチェックがされたり、観客の態度も含めて成功させようねみたいな、一体感が生まれたりするけど、それが届かないのが風俗なんですよね。一対一でしか会わないし、部屋の中で遊んでいればいい。コロナ禍でも収入は変わらずあって、でも飲み会とか遊びに行く機会が減ってしまった人たちが、そういう遊び方に行くのは自然な流れだなと思います。

また「避難所」としての役割を取り戻すことができるように

橘みつ

–––著書の中で女性間風俗を「避難所」と表現しているのが印象的でした。女性間風俗をそういう風に考えるようになった経緯を伺いたいです。

:当時ずっと過去に自分が欲しかったものを考えていて、言えることがないなりの励ましで「大丈夫だよ」と言ってくれる人はたくさんいたんですけど、私は「こういう風な理由があるから大丈夫だよ」と言ってくれる人が欲しかったんですね。自分の話をちゃんと聞いてくれた上で、理由や感情も含めてはぐらかさずに、素直に伝えて欲しい。でもそれって友達相手だとなかなか難しい。関係が連綿とできているせいで、こちらも本当は深く悩んでいるのに、軽い雑談のような普段どおりの喋り方をしてしまう。どこに行けばこの話を本気でできるんだろう、という話題がいくつも自分の中にあって、そこから作ったものだったから、自分のペースで話したいことを話したいだけ、というコンセプトにつながりました。

–––橘さんにはそういう場所がそれまでなかったということですか?

:なかったです。自分のことを話すというのは、ここ数年でやっと少しずつできるようになってきましたが、当時はできなかったですね。

–––自分の欲しかった場所が今のお店につながったんですね。女性間風俗だからこそできることについてはどう考えていますか。

:泣き出した人に対して、大丈夫だよとハグをしてあげられることって、この業界だからこそかな、と思っているんです。特に日本では、スキンシップが一般的な習慣になっていないから、いきなりされたらびっくりしてしまう。

–––風俗であればサービスの前提としてスキンシップが含まれるから自然にできるんですね。

:言葉では触れられない部分に、物理的に触れることで、慰めたり落ち着かたりする効果はあるのかなと思っています。

–––書籍を出された頃と今では女性間風俗の状況が変わったということで、「避難所」としての役割もまた変わってくるところがあるのかなと思うんですけど。

:災害とも言えるこのコロナ禍で苦しめられている今は正直、まだ社会全体が家の瓦礫を拾っては、家財道具をかき集めて、としているように感じます。最近やっとワクチンや治療方法が広まってきて、これからどう生活しようかという話ができるフェーズに行けそう、という状況ですよね。これまでは「他人との関わりの中の自分」ってわりと大きな悩みのタネだったのに、今はそれどころじゃないというか。人との関わり方以前に、変化の大きい時代をどう生き抜いていくのかが問われているのが現状かなと思っています。だから今まで提供してきた「避難所」としての役割がこれからどうなっていくのか、まだ見えていないです。仕事や生活が落ち着いて、「改めて自分はどうしたいのか」みたいなところにみんなの意識が向いてきたらまた、うちみたいな自己対話に誰かが寄り添ってくれる場に「避難所」としての価値が見出される気がします。今はどちらかというと、しんどさを忘れられるタイプの「避難所」が求められている気がしますね。現実と向き合うのが辛いから。だからそういう意味では今うちは「避難所」ではないんでしょうね。さびしいけど。

–––考えるのも疲れちゃったみたいな。

:そうだと思います。私も疲れてますから(笑)。

–––また考える余力が生まれたときに、女性間風俗が役割を取り戻すのでしょうか。

:業界的には、どうでしょうね。もともと大手の男性向け風俗が片手間にやっているようなお店も多かったので、そっちにとってはコロナが追い風だったと思います。コロナ禍で女性間風俗の意義とか役割を考える必要がなくなってしまった。従来どおり、日常を忘れられる娯楽型で人が来るから。私は業界のために働いているという意識はあまり強くないので、女性とか、「自分は”普通”じゃない」と思ってしまう人に何があったらいいのかなというところを突き詰めて仕事をした方がいいんだろうなと思っています。

–––最後に、お店として今後の展望についても伺いたいです。

:今年は、2年間止めていた採用を再開しようと思っています。今いるのは私の他に初期採用の2人だけなんですけど、年始の面談時に言われたのが「私達ってマフィア的なファミリーですよね」という言葉で、それがミソだと感じたんですよね。

–––マフィア的なファミリーですか。

:初期のメンバーは、私が対話的なものをやりたいと言ったときに最初に集まってきてくれたふたりだから、対話というものとして何を提供するのかをちゃんとわかっていて、どれだけ尊いものなのかも接客の場を通じて知っているんです。でも、今のような対話が「避難所」となっていないこの時代、新しく来た人にそれをインストールするのは難しい。そこで、ファミリーとはまた別に、うちのお店が気になっているけどハードルが上がっていて利用に至らない人達を受けとめてくれる人達を採用したらいいのではないかと思ったんですよね。

–––お店のハードルを下げるんですね。

:特に接客業では、自分の強みで勝負してきた人って、ファンを作りながら働いてきたはずです。でも、時短だ閉店だとなってしまった中で、そんな人達がいろんなところに漂ってしまっている気がします。それに、お金がないから副業するってなると、水商売や風俗をやる人はすごく増えていくんですよね。副業禁止であればなおさら給与形態が曖昧なところから受け皿になっていきますし。リリーヴの世界観に共鳴しつつも、そういう「身の振り方を考えている人達」が自分の魅力を発揮する場としてお店を使ってくれたら、私も働き手もお客様も、みんな面白いのかなと思います。「対話」を今後も軸にしてやっていきたいからこそ、お店を盛り上げてくれる人が欲しいですね。もちろん、どんなお客様も最終的には「対話」を体感してほしいけど(笑)。

 

▼橘みつプロフィール
1993年生。対話型レズ風俗「Relieve」オーナー兼キャスト。新卒で就職するも3ヶ月で職を失い、銀座のクラブ、百貨店の販売員など転々とした後、レズ風俗店で働き始める。18年2月に独立し現店舗を開業。著書に『レズ風俗で働く私が、他人の人生に本気でぶつかってきた話』(河出書房新社)。21年11月よりニコニコチャンネル「橘みっちゃんねる」をスタート。

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