なぜ1stアルバムで、全力で「さらけ出す」ことを選んだのか――高野麻里佳『ひとつ』インタビュー

アニメ

公開日:2022/2/26

高野麻里佳

『ウマ娘 プリティーダービー』のサイレンススズカ役など、数多くのアニメ作品で活躍し、2022年5月公開予定の実写映画『ハケンアニメ!』にも出演する声優・高野麻里佳。去る1月には自身の1stライブを開催しており、音楽活動も精力的に繰り広げている。2月23日にリリースされた1stアルバム『ひとつ』は、そんな「表現者・高野麻里佳」の、受け手に対してどこまでも一生懸命なパーソナリティや、演技者としての矜持などが詰まった、1stにして名盤と呼ぶべき完成度を誇る1枚に仕上がっている。『ひとつ』が生まれるまでのエピソードと、表現者としての歩みと現在について、話を聞かせてもらった。

advertisement

今までと同じことを繰り返していたら、自分の成長もないかな、と思った

──1stアルバムの完成、おめでとうございます。これは、「ド」がつく名盤だと思います。

高野:ありがとうございます(笑)。

──高野さん自身、完成したアルバムを通して聴いてみて、どんな手応えを感じていますか。

高野:完走したときは、すごく達成感を覚えています。「何を歌ったらいいのか」もわからないまま飛び込んだアルバムだったので、たくさん歌わせていただけたことが本当にありがたくて。今は皆さんの反応が楽しみだなって、そわそわしている状態です。舞台というか、長い公演を終えた後のような感じがありますね。エチュードを繰り返していたような。

──即興な感じがあった、と。

高野:はい、即興劇って感じでした。その場その場で、自分が出せる引き出しを全部開けて、何ができるのかを1曲1曲練り込んでいって。やり終えたあとは、ほっとする気持ちが強かったです。

──逆に言うと、開けられる引き出しがそれだけあったわけですね。

高野:そう、です、ねえ……ちゃんと深掘りできたかはまだわからないです。もしかしたら数年後、「もっとカッコよく歌えたかも」と振り返ることはあるかもしれないけど、今のわたしが、声優として培ってきた表現の幅の中でできることは、やれたのかなって思います。1曲1曲、あえてジャンルが違う曲に挑戦したのも、わたしが表現者として、ただ「歌う人」ではなくて、いろんな表現を自分で学んでいきたいと思ったから、でもあるんです。声優としては7年目だけど、アーティストは1年生というところで、これからどんどん伸びていく部分を、1stアルバムで全力を出し切ることにより、次へのステップアップにしたいと思いました。

──このアルバムを待っている人はたくさんいると思いますけど、その人たちの期待に応えるためにも、ステップアップするきっかけの1枚にできたら、という。

高野:はい。わたしはけっこう、人間がクールにできているタイプなので、手の内を見せ尽くしたくないんです。もともとは「浅はかな人間だと思われるのが悔しい!」とか、「自分の限界を見せてしまうことが怖い」という気持ちがあったんですが、あえて限界まで見せることで、「次は何を見せられるのか」となると、もう進化するしかないじゃないですか。そうやって、自分をちょっと追い込んで、今回は出し尽くした感じです。

──なるほど。限界を見せてしまうと、どうなると思っているんですか?

高野:浅い人間だなと思われるのが怖い、という感じですかね。

──そういう体験をしたことがある?

高野:というよりは、ずーっと昔からこういう人間なんです。クールでいたいというか。自分の手の内を知られたくないというか。人見知りもあって、あまり自分を深掘りされる機会が人生の中でなかった人種なんです。

──人種(笑)。

高野:そういうジャンルの人です(笑)。こういう業界にいても、表現を出し尽くす怖さは役者として感じていたので、それを1回全部出してしまおう、という気持ちがありました。

──といいつつ、話していると自身のことを語る言葉を持っている人、という印象がありますが。

高野:もしかしたら、聞いてもらえるのが嬉しいのかもしれません。ただ自分のことをずーっとしゃべるというよりは、興味を持ってくれる人がいて、初めて自分をさらけ出せます。

──今まさに、なワードを出してもらいましたけど、このアルバムでは完全にさらけ出してますよね。

高野:確かに、そうですね。

──普段はさらけ出すことをあまりよしとはしていないですよね、たぶん。

高野:普段は絶対に出したくないですね。だから苦手を克服、ではないですけど、自分のコンプレックスである声――もともと声優になろうとしていたときも、自分の声ってあまり聞いたことがなかったんですよ。「変な声だよね」「しゃべり方がぶりっ子だよね」とか言われてきたので。

──ほんとですか?

高野:言われてました(笑)。だから、あまり人としゃべりたくなくなっちゃったりして。でも、演技って自分自身じゃなくていいし、自分を捨てて表現ができるので、声優はわたしの中で素敵な職業だなと思っています。でもアーティストとしては、偽りのない高野麻里佳として曲を出さなければいけないので、今までと同じことを繰り返していたら、自分の成長もないかな、と思ったんです。思い切ってやることで、自分の糧にもなるんじゃないかって。

──今回のアルバムの中で、高野さん自身がクリエイティブ面でこだわりたいと主張した部分について教えてもらえますか。

高野:新曲が8曲あるんですが、この8曲はわたしが全部ジャンルを提案させていただきました。“Ready to Go!”はさわやかなロック系で、“ひとつ”はエバーグリーン。“Sweet Voice”はしゃべるように歌うような、ASMRみたいな優しい楽曲で、“Oh my future”が王道ポップソング。“カリソメアワー”は、お祭り騒ぎになれる感じの和ロックですね。“Hide & Seek”はホラーをイメージして作っていただきました。“夜更かして、午前2時”は日常ロック系で、“Flavored hug”はポエトリーリーディングです。これが、高野が歌いたい、歌ってみたいとお伝えした8種類です。自分で歌えそうな曲というよりは、聴いてくれた人に「この曲好き」って思ってもらえるような、いま流行りのものだったり、みんなが最近どんな曲を聴いてるのかをけっこう調べて(笑)、わたしもそれを歌えるようになりたいという憧れから、提案しました。

──特に、ホラーを提案した、というのは面白いですね。確かに“Hide & Seek”にはちょっと怖い感じ、ヒヤッとする感じがありますけど。

高野:そうなんですよ。昔から、『ひぐらしのなく頃に』というアニメの中で流れる、ロックなんだけど、どこか怖くて引きずり込まれそうな音楽、最近だとビリー・アイリッシュさんのような、ぞわぞわっとする、だけど聴いてしまう、みたいな音楽を作りたくて、ホラーを提案しました。ちょっと話が変わっちゃいますが、わたしはゲームが好きで。ゲームの業界で、定期的に絶対に流行るジャンルがホラーなんですよ。やっぱり、人はおっかなびっくりみたいな作品に、夏が来ると触れたくなるみたいで。だからホラーはある意味色褪せない、みんなが好きなジャンルだから、挑戦したいと思いました。“Hide & Seek”は、ビリー・アイリッシュさんとかの曲を聴いて、パッと音がなくなる瞬間の恐怖とか、曲の中だけで聴いたら不快に聴こえる音をあえて入れてもらったり、演出面でも口出しをさせていただきました(笑)。

──(笑)初のアルバムなのに、曲や音に対するビジョンがしっかりあったんですね。

高野:案外、素人目線だからかもしれません。憧れが強くて、そこからが多かったです。

──これだけ幅広い表現をすると、自分自身の歌について新しい発見もあったんじゃないですか。

高野:自分では、表現をしている瞬間のことってあまり覚えてないことのほうが多いので、実感はしていないですが、スタッフさんからは、“Sweet Voice”を歌ったときに、「ウィスパーの歌、得意なんだね」って言われて。得意な認識ではなかったんですけど、得意技がひとつでも客観的にあるのならば、それをちゃんと武器にしていきたい、という気持ちは生まれました。

──なるほど。では主観で言うと、高野さんの得意技はなんでしょう?

高野:わたしとしては、うるさい声だと思ってたんですよ。どちらかというと響く声というか――わたしの主観ですけど、地声がちょっと不快じゃないですか?(笑)。

──(笑)いやいや、むしろ何万という人が心地よいと感じていると思いますけど。

高野:わたし自身は自分の声がちょっと不快で、でも通る声だなと思っていて。それをプラスに変えるにはどういう楽曲がいいんだろう?と考えましたね。

──その中でもリード曲の“ひとつ”は、アルバムの冒頭ということもあってポイントになるのかなと感じました。歌詞にしても高野さん自身の気持ちを解放できるというか、表現活動全般に通じる、自分の気持ちを歌に込めることができたんじゃないですか。

高野:わたしは基本的に平和主義で、誰とも仲良くしていたいし、優しい気持ちで毎日過ごしたいです。けれど、近年なかなかみんなにも会えないし、思ったように前に進まないこともあるし、だけど時間が過ぎていっちゃって、変化していく世の中についていけなかったりもする。そんな不安感を全部取り除いて、いつか一緒にみんなで歌いたいね、という、とてもあったかい曲になっているので。変化を恐れない勇気をもらえる曲かなって、思っています。

──《遠回りして 見つけたもの》というフレーズが印象的でした。

高野:わたし自身、遠回りしている人だと思うんです。映像系のエキストラのお仕事や、声優に直結するというより、幅広いお仕事をさせていただきながら、本業に打ち込む時間も作ってもらっていました。王道な声優ではない道を歩いてきた感覚はあって、たとえばすごく売れたタイトルの主役をやって声優になりました、というキャリアとは全然違う人生だと思うんです。そこが、《遠回りして 見つけたもの》というフレーズにつながるのかな、と思います。鶴﨑輝一さんも、わたしのことを考えて作詞しましたって言ってくださったので、「きっとこの曲はわたし自身の曲なんだな」って思います。

──遠回りしたけど、ここにしかない素敵なものを見つけることができた、というところがポイントですよね。

高野:そうですね。わたしは本当に人に恵まれているな、と思っていて。こんなに蛇行した道を走っているのに、曲がった先で絶対ひとりはいい人と出会って、そういう方とまた巡り会ったりしながら、一期一会、合縁奇縁というか、縁という言葉はわたしにとっては切り離せないです。まっすぐ歩いてきたらたぶん出会えなかった人たちと、今お仕事している感覚があります。

──結果、蛇行してきたことについて、今はよかったと思えていますか。

高野:はい。本当はまっすぐ歩きたかったけど、そうじゃない人生もあるんだって割り切ってからは、そのお仕事自体を楽しむことが、わたしが表現者として今やるべきことなんだって、思うことができました。たとえばアルバイトひとつ取っても、そのバイトで得られる経験は、してない人には絶対に得られないものなので、そういう人生経験もすべて肥やしになるのが、役者のいいところだな、と思います。

──その割り切りには、たとえばどういう経験を経てたどりついたんですか。

高野:2014年に事務所に所属をして声優のお仕事を始めたんですけど、その2014年の1年間で、最も番組に出た声優になったんです。動画番組に出た声優として、第1位の称号をいただいたんですよね。2015年に結果が出たんですけど、まる1年出続けて、120本くらいに出ていたんです。マネージャーからも「ネットニュースになってたよ」と聞いて。がむしゃらに進んだ道だけれど、どこかで誰かがまとめてくれている、記事を作ってくれているということは、誰かが観てくれてたんだ、自分が知らないところで結果が出ているんだって思ったら、ちょっとだけ安心できたし、やってきたことは無駄じゃなかったんだって思えたので、「もしかしたらこれはわたしにしかできない経験なのかも」って思いました。NGや断ったことがなくて、いただいたお仕事をずーっとやり続けた結果ですけど、自分でも「新しいことをいっぱいやっていたな」って思います。

高野麻里佳

誰かが笑ってくれる場所にいつもいたいなって思うし、それが自分の作り出した笑顔だったら最高

──前回“New story”のインタビューで、「自分がやりたいことよりも誰かが求めてくれることが嬉しい」と高野さんが話してくれたんですが、今回のアルバム制作でもその気持ちは表現できていると思いますか。

高野:そうですね。ただ、「アーティスト・高野麻里佳」に求めてくれるものは、未確定なことが多いので、「このアルバムに多ジャンルの曲を入れてみたから、ここからみんな好きなものを見つけてね!」という気持ちです。そこで需要の高かったものを、これからどんどん学んでいきたいと思いますし、自分ができることやみんなが求めてくれることを、皆さんの反響からしっかり受け止めたいです。

──「求めてもらうことが嬉しい」が基本ではありつつ、高野さん自身がやりたいこともたくさん実現できたアルバム、という側面もあると思います。

高野:はい。わたし、皆さんのことを失望させたくないんです。応援してくれてるからには、毎日驚きや発見を与えたいですから。「わたしも何かしなきゃ、したい!」という気持ちは強かったです。それに、応援してくれてる方は、「高野が挑戦すること」を望んでくれてると思うんです。実際に、挑戦続きの人生だったので。

──年間120本、動画に出た実績もあるし。

高野:そうなんです。そういう人間についてくる人が、安定を求めているわけがないじゃないかと、個人的には思っています(笑)。わたしが挑戦し続けることが、みんなにとって楽しいエンタメにつながるんじゃないかと思っています。

──もうひとつ、“New story”のときに、「自分自身は自分を認めてあげたくない人。自分を疑ってかかる視野をずっと持ち続けていたい」という言葉も出ていて、ストイックな人だなあと思ったんですが、今回のアルバムに関しては、自分を認めてあげてもいいと感じる瞬間もあったんじゃないですか。

高野:今回は、チームの皆さんがすごく美しく、力作に仕上げてくれたイメージがあります。“Flavored hug”を最後に収録したんですけど、収録したものを全部聴いてみようってなって、スタッフさんと一緒に聴いたんですよね。そうしたら、こう言うのも変なんですけど、まるでわたしの曲ではないみたいで(笑)。本当に素敵に、魅力的に仕上げてくださったなあって思ったので、わたしが頑張ったというよりは、「チーム・高野麻里佳」の力を感じました。すごく支えていただいたなあ、と感じています。

──初のアルバムを出す2022年は、どんな1年にしたいと考えていますか。

高野:どんどん進化した自分を見せたいです、ひとりではできないことが、きっとたくさんあると思うんです。なので、チームの力を借りることはもちろん、ご時世が許すなら、他アーティストさんとのコラボとか、フェスに出て皆さんと歌う経験もさせてもらいたいなって思いますし、そのことが絶対に今後のわたしのアーティスト活動には必要だなって思います。

──「求められることが嬉しい」という高野さんの考え方からすると、今まさにそういう状況なんじゃないと思うんですけど、求められる局面が増えたことで、高野さん自身の表現者としてのモチベーションについて聞かせてください。

高野:アーティスト活動から離れちゃっても大丈夫ですか?

──もちろん。表現活動全般について聞かせてください。

高野:今年、『ハケンアニメ!』という実写映画に出演させていただけることになっています。吉岡里帆さんが演じる主人公がアニメの監督で、「覇権アニメを作るんだ!」ってスタッフさんたちが奮闘していく物語です。声優やアニメ業界のスタッフさんの仕事を、表立って知っていただけるようなきっかけって少なかったと思うので、そういう作品に関わるきっかけがあったのは、すごく嬉しかったです。マネージャーさんが「高野さんにぜひこの役を受けてほしいんです」って持ってきてくださったのが、この『ハケンアニメ!』の群野葵ちゃんという役で、作品の中で声優さんなんですけど、「アイドル的人気で主役に起用された」という言葉がついている声優さんなんですね。そう言われている人の気持ちがわかる人って、ひと握りなんじゃないかとわたしは思っていて、その中で「わたしはこの子の気持ちがわかるかもしれない」って思ったんです。わたしは別にアイドル的人気があるわけじゃないですけれども、今までいろんな仕事をしてきて、声優とは言われてこなかった時期もありましたし(笑)。

 声優のお仕事をしていても、表に立っている時間が長いと、なかなか声優だと受け入れてもらえない時期がありました。自分がやりたいことと世間からの認識のギャップがあった思い出があるので、そういう人の悔しい気持ちや、みんなの前では笑顔でいたいというプロフェッショナルな気持ちを、きっとわたしなら演じてあげられるかもしれない、って思いました。オーディションに受かって、わたしがこのキャラクターを演じていいんだって求められた瞬間は、運命的でもあり、転機のような気持ちもあります。

──では最後に、『ひとつ』という1stアルバムが、高野さんにとって将来どんな存在になっていくと感じているか、を聞かせてください。

高野:わたしはあまり立ち止まるタイプではないので、この先もずっと走り続けちゃうと思うんですけど。たまにこのアルバムを聴いたときに、やっとそこで振り返ることができると思います。振り返った瞬間に、自分が少しでも成長してるかどうかがわかる、基準となる1枚だと思います。

──なるほど。立ち止まらずに進んでいって、その先に見たいものはなんですか?

高野:みんなの笑顔しか、思い浮かばないですね。いつも笑ってくれる人なんて、なかなかいないと思うんですけど――でも、誰かが笑ってくれる場所にいつもいたいなって思うし、それが自分の作り出した笑顔だったら最高です。そういうステージや楽曲を、これからも作っていきたいです。

取材・文=清水大輔


あわせて読みたい