宇垣美里さんの心を動かした安住紳一郎アナの言葉

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更新日:2022/3/2

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 マンガを語らせたらこの人! というくらいマンガ通で知られる宇垣美里さん。週刊文春の連載をまとめた書籍『今日もマンガを読んでいる』(文藝春秋)を上梓し、その文章の熱量と密度は圧倒されるし、ずっと一人で戦い続けてきた方なんだとも感じる。宇垣さんにとって「書く」とは――?

(取材・文=立花もも)

『1122』『チ』… 宇垣美里さんが選んだ傑作マンガ集&エッセイ『今日もマンガを読んでいる』に込めた思いとは?

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――2017年に、宇垣さんが『Quick Japan』に寄せるエッセイで書かれた〈災難や理不尽を全部受け止めるには人生は長すぎる。そんな時『私はマイメロだよ~☆ 難しいことはよくわかんないしイチゴ食べたいでーす』って思えば、大抵のことはどうでもよくなる〉という文章はかなり反響を呼び、今も語り継がれていますよね。

宇垣美里(以下、宇垣さん):1500字ぐらいで何か書いてくださいと言われ、つらっと書いたものが、まさかこんなにも読んでもらえるとは思わなくてびっくりしました(笑)。ただまあ……“書く”というのは、エッセイに限らず、自分の何かを曝け出す作業じゃないかと思うんですよ。たとえばマンガ評を書くとき、そのマンガのどこに心を動かされたのかを真摯に書こうとすると、どうしても自分の傷にも向きあわざるを得なくなってくる。だから書くお仕事をするときは、自分の傷をぺっと見せるようにはしています。

『今日もマンガを読んでいる』(宇垣美里/文藝春秋)

――そのエッセイを序文として、TBSアナウンサー時代にフィクションまじりのエッセイを書かれていますが(『今日もマンガを読んでいる』収録)、読むとなんというか……怒りがほとばしっていますよね。

宇垣さん:そうなんですよ。私も最近、久しぶりに読み返して「ぶち切れてるじゃん」って思いました(笑)。でもまあ、高校生の頃を思い出してもわけもわからずイライラしていたし、何かにつけ怒るのが若さなんだろうなと思います。今の私に、あのほとばしるような怒りは出せないから、それはそれで尊いものだなと思いつつ……たぶん私は未だに、根底に怒りをずっと抱え続けている人間なんです。理不尽な目に遭ったとき、落ち込むのではなく、怒りをぐーっとため込んで「よし頑張るぞ!」と動力にできるから、きっといいことなんだろうとも思いますけど。

――今は、マンガ評や映画評をはじめ、書くお仕事もたくさんされていますが、言語化することによって怒りが解消されるということもありますか?

宇垣さん:無性にイライラしていたことの正体が、言語化することによって朧気ながらに見えてくることで、ちょっと気持ちが落ち着くということはあります。ただ甘いものが足りていなかっただけ、ということもあれば、「あの人のことが嫌いだったんだ」「あの言葉に腹が立っていたんだ」と気づかされることもある。後者は、把握したところで状況が改善するわけじゃないけれど「嫌いなものはしょうがない」とか「できるだけ接触を避けるようにしよう」と対策をとることはできるし、わけもわからずイライラしていたときよりはスッキリしますよね。あと、マンガを読むことで怒りに気づかされること、同じ怒りを作者も共有していると知れたことで、救われたような気持ちになることもあります。

――たとえば?

宇垣さん:そうですね。ヤマシタトモコさんの『違国日記』が私は大好きなんですけれど、大学の医学部入試で女性が一律減点されてる問題が発覚したとき、いちはやく作品にとりこんで、そのどうしようもできない怒りを描いてくださったんですよ。小説と違って、週刊や月刊で連載されているマンガは、より素早く時事問題を作品に溶け込ませて読者に届けることができる。自分たちの生活に密接したものとして読むことのできる生きているメディアだなあ、と感じますし、「今、読めてよかった……!」と心を揺さぶられた作品は他にもたくさんあります。

――宇垣さんの文章を読んでいると、ああ、一人で戦い続けてきた方なんだな、という印象を強く受けます。周りの人たちのことをとても愛していらっしゃるので、ひとりぼっちという感じはしないのですが、いろんな意味で、ひとりで立とうとされている方なんだな、と。

宇垣さん:そうですね。基本的に、ひとりで立っていたいですし、誰かに幸せにしてもらいたいとも、気持ちをわかってほしいなんてことも、思いません。ただそれは、妹や高校時代の友人、仕事仲間といった絶対的に肯定してくれる人がいてくれるからだとも思います。「誰も私のことをわかってくれない!」と腐らずにいられるのはとても幸せなことだなあ、と。

――エッセイに書かれていた〈もう私は、惚れた腫れたじゃ満たされない。仕事でしか落とし前はつけられない。(略)私は結婚も仕事も手に入れてみせる〉という文章は、ものすごくカッコよかったです。

宇垣さん:それは安住(紳一郎)さんの言葉がもとになっているんですよ。いつだったか「あなたは結婚して引退します、なんてことにはたぶんならない、というか満足できないと思う。あなたの渇望したものは仕事でしか満たされないと思うよ」と言われ、本当にそうだなって思ったことがあったので。

――宇垣さんにとっての渇望、とは?

宇垣さん:自分の足で立つ、ということだと思います。自分で生きる、みたいな。もちろんそれは誰もが成したいと思っていることでしょうが、若い頃に言われすぎたんですよね。「あなたは綺麗なんだから、お金持ちと結婚すればいいじゃない」とか「大学なんて行く必要ないでしょう?」みたいなことを。絶対許さない、絶対自分ひとりで生きていけるだけは稼いで、自分の足で立ってやる、って思いました。お人形さんになってたまるか、って。あと、容姿というのは生まれつき備わっているもので、私の努力で手に入れたものでもありませんしね。もちろん、褒めていただくことが多かったから、アナウンサーという仕事を選んだというのもあるので、切り離して語ることもできないのですが……。

――でも容姿さえよければアナウンサーになれるわけではないですしね。マンガ評の連載を読んだ人に「あなたの写真がもっと掲載されているといいのに」と言われた話を知ったときは、他人事ながらめちゃくちゃ腹が立ちました……。

宇垣さん:言われたときに「絶対、このことを書いてやるからな」って思いました(笑)。「読んでるんでしょう? あなたのことだよ?」って。関西人だから……かどうかはわかりませんが、私だけでなく親しい人たちも、何かあったときに「これはネタになるぞ」「笑い話にして昇華せねば」みたいに考えることが多いんですよね。お焚き上げじゃ! って。そういう意味では、書くことが怒りの解消にはつながっているかもしれません。スッキリして、しかもお金がもらえるなら、やるしかないなって。

――それでも解消しきれない感情は、どんなふうに処理されているんですか?

宇垣さん:フリーになってからは、あんまりそういうこともないんですよね。アナウンサー時代は、単身で現場に乗り込んで、ボロボロになって帰ってきて、アナウンス部のみんなに慰めてもらうみたいなことが多かったんですよ。でも今は、どこへ行くにもマネージャーさんが一緒だし、メイクさんやスタイリストさんはいつもお馴染みの方々に頼んでいるから、どんな現場でもひとりぼっちだと思わずに済む。以前よりも味方が増えたと感じられるようになったことで、心にゆとりを持つことができるようになりました。そうしたら、他者からのジャッジに呑み込まれて、不安定に揺れることもなくなったんですよね。

そして何より「書く」という仕事を続けられているのも、大きいと思います。もちろん、書くことの素地も、両親がお金をかけて教育してくれて、本をたくさん読める環境を用意してくれたおかげだから、容姿同様、私ひとりの努力で手に入れられたものじゃないけれど……それでも、自分で積み重ねてきたものの結果がちゃんと表れているのを感じるから、誇りを失わずにいられるんです。

――きっと、たくさんの物語を通じて、多様な価値観に触れていることも、芯を強く持つ土台になっていますよね。

宇垣さん:そうなんです! 私にとって本……というか「物語」は、世の中には多様な価値観が存在していて、誰もが自由なんだということを教えてくれる存在。かわいらしいお姫様が、守られることに嫌気がさして籠から抜け出し、カッコよく成長していく姿を見せてくれたり、容姿が美しいことももちろん素敵なことだけど、そうじゃない美しさもあるんだよと教えてくれたり。いろんな作品に触れながら「私は間違ってない! だってここにはこう書かれているから!」と本を抱きしめ、生きてきた感じはしています。

 それはもう本当に、読書家の両親のおかげですね。昔から家中に本が溢れかえっていましたし、小さい頃から絵本をこれでもかというほど買い与えてくれて。小学校にあがり、この子は人並み以上に本が好きらしいと気づいてからは、毎週のように図書館に連れて行ってくれて……。私が本を読みたいと思ったときに読むものが何もないという状況を、一度たりとも作らせなかったその気概はすごいと思います。

――なにか印象に残っている絵本はありますか?

宇垣さん:『おおきな木』という絵本が大好きでした。主人公の少年が成長するにつれて、木が一緒にどんどん大きくなっていくのを見守っていく感じの話なんですが……子供向けとは思えないほど抽象的な内容で。未だに、何度読み返しても「わけわかんないな」って思います(笑)。でも、なんか、いいんですよ。パキッとした色みも、村上春樹さんの訳した言葉も、美しくて。ものすごく古い絵本ですけど、ぜひ読んでみてください。

――昨年30歳を迎えた宇垣さんですが、新しい年も迎えて、どんな30代を送っていきたいですか?

宇垣さん:そうなんですね。30歳になったんですよね。あんまり自覚がなくて(笑)。31歳になっても何も変わらないんじゃないかと思います。だからこのまま、大きく何かを変えることなく、ご機嫌に生きていけたらなと思います。常にやりたいことがあって、楽しいことがたくさんあって、ああ暇がないよ~って言いながらいつもわくわくしてる、私の周りにいる先輩たちみたいな、魅力的な大人になっていきたいですね。

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