YOASOBIが、直木賞作家・島本理生の短編をもとに楽曲制作! 歌詞に取り入れようと思った、原作のキーワードは?

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/7

島本理生さん、YOASOBIのお二人

 4人の直木賞作家が執筆した短編をもとにYOASOBIが楽曲を制作し、映像へと作品世界を広げていく新プロジェクトがスタート。2月には、4編を1冊にまとめた書籍『はじめての』が発売に。島本理生さんの短編「私だけの所有者」を原作とした楽曲『ミスター』も、配信開始となった。リリースを記念して、島本さんとYOASOBIの鼎談をお届けしよう。

(取材・文=野本由起 撮影=干川 修)


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――島本さんとYOASOBIは、今日が初対面だそうですね。お互いにどんな印象をお持ちでしたか?

島本 私は、もうYOASOBIが大好きで。特に2020年4月に緊急事態宣言が発令された頃は、外に出られないので、家でずっと音楽を聴いていたんです。『夜に駆ける』を歌えるようになりたくて、100回以上聴きました。

Ayase え、本当ですか!? ありがとうございます!

島本 結局、難しくて歌えるようにはならなかったけど(笑)。でも、唯一無二の世界観を感じる、素晴らしい曲だなと思っていました。

Ayase うれしいです。僕は島本さんの作品を読んで、リアルを描かれる方だなという印象を抱いていました。

ikura 私は、島本さんが作られるひとつひとつの言葉が好きなんです。ご一緒できて、夢のようにうれしいです。

島本 編集さんから今回のご依頼をいただいた時はびっくりしました。音楽って、街の中や、テレビやラジオをつけた瞬間などに突然出会えますよね。それが小説にはないから、うらやましいなと常々思っていたんです。でも、うれしさと同時にプレッシャーも感じました。

――〝はじめての〟というテーマは、編集者から提示されたのでしょうか。

島本 いえ、打ち合わせでお話しする中で浮かんできたテーマです。その後編集さんが、アンソロジー全体のテーマにされたんですね。

――執筆にも改稿にも、時間がかかったとうかがっています。

島本 お話をいただいた時、「SFにしよう」とパッとひらめいたんです。非日常的で、大きな世界の話にしたいなと思って。でも、そもそもSFを書くこと自体が初めて。細かい設定を作るのに苦労しました。あと大変だったのは、執筆中に音楽を聴けないこと。普段は、邦楽を聴きながら書いているんです。音楽に世界観を合わせておくと、執筆が途切れても、曲を流せばその世界にパッと戻れるので。でも、今回は小説から曲ができるので、他のイメージを付けたくなくて。無音での執筆は本当に久しぶりでした。

Ayase ルーティンが崩されますよね。なんかすみません(笑)。

各々のクリエイティブがぶつかり合う面白さ

――YOASOBIのおふたりが島本さんの短編を読んだ感想は?

Ayase 僕は小説を楽曲にする時、一度クリエイティブの脳みそを捨てて、一読者として目の前の作品を読むんです。この作品は、短い物語なのに感じるものが多くて、本当に感動しました。読み終えたあとスッとテーブルに置いて、拍手したほどです。

ikura 読み終えた時、しばらく物語の中から抜け出せなくなってしまいました。この作品で描かれるアンドロイドの気持ちは、感情なのか、感情に似た何かなのか明確ではないんですけど。その子のことを思うほど、なぜ人は感情を持つんだろう、感情って何によって成り立っているんだろうと、逆に人間の心理について考えさせられました。

――Ayaseさんはどんな工程で曲を作っていくのでしょう。ikuraさんとのやり取りは?

Ayase 一切ないです。曲も歌詞も僕が完成させます。

島本 おふたりで、やり取りしながら作っているのかと思っていました。

Ayase お互いに対する信頼がありますし、各々のクリエイティブがバンッ!とぶつかった時に生まれる化学反応が面白いのかなと思っていて。小説の作者さんと打ち合わせをしないのも同じ理由です。それをやっちゃうと、僕は曲を作りやすくするために何か言ってしまうかもしれないし、原作者の方も「歌詞にこの言葉を入れてほしい」と言うかもしれない。お互いのエゴが混ざって、純粋な作品が生まれないような気がして。

ikura このやり方でないと、原作があって、作曲して、歌を乗せて、ミュージックビデオができてという4段階の意味がなくなってしまう気がします。原作の余白を埋めることも含めて、YOASOBIの音楽なのかなと思っています。

Ayase その分、こうして原作者の方とお話しするのはめっちゃ怖いですけどね(笑)。「解釈が全然違っていたら、どうしよう」って。

――音楽にしていく作業は、どのような流れで行うのでしょうか。

Ayase まず色ですね。感覚的な話ですけど、音楽にするうえでなんとなくテーマカラーをイメージします。この作品の場合は白。ちょっとくすんだ、無機質な白のイメージでした。なおかつ、小説を読んだ時に、少し懐かしくて色褪せた雰囲気を感じたんです。懐かしくて、でも当時の最先端が感じられるような音にしたいと思い、「80年代シティポップにしよう!」となりました。

島本 そうなんですね。実際、私の小説は読者から白や青、水色に例えられることが多いんです。今回は特に、自分の初期作品の雰囲気に近い短編を、また新しい形で書きたいなと思って。デビュー当時の、それこそ10代のまっさらな感覚を思い出して書いたので、白というイメージは私もしっくりきます。

Ayase 的外れじゃなくてよかった(笑)。そこからメロディを作っていって、音が完成してから最後に歌詞を乗せました。

――歌詞に取り入れようと思った、原作のキーワードは?

Ayase この小説は、主人公が〝先生〟に送った手紙で構成されています。完成前の原稿も事前に読んでいたのですが、完成稿ではそれまでなかった7通目の手紙が突然増えていたんです。

島本 私、ギリギリまで入れ替えたり、削ったり、戻したりするんです。途中でけっこう変わったので、大丈夫かなと思っていました。

Ayase 「おおっ!?」と思って読んだら、この7通目が素晴らしくて。歌詞も、7通目の手紙から、心を突き刺すような、印象的な言葉を持ってきたいと思いました。それで「私のこと叱ってよミスター」という最後のフレーズが生まれ、そこに向かって歌詞を作っていきました。他にこだわったのは、一人称ですね。途中までは一人称を使わず、最後にだけ「私」を使いました。あとは「あれは二人最後の思い出」という歌詞で、「二人」という言葉を使うべきか最後まで悩みました。アンドロイドは人でありつつ、物でもあるので。でも、原作のあるシーンで、アンドロイドが人になる瞬間を感じたんです。そこで「二人」という言葉を使いました。

島本 設定が特殊な小説でしたが、より普遍的に気持ちを重ねられる歌詞になっていますよね。聴くたびに、いろいろな関係性やシチュエーションが浮かびます。聴く人によって、具体的に思い浮かべる相手は違うだろうし、その相手との関係性は必ずしも恋愛に限らないかもしれない。いくつもの受け取り方ができる歌詞だと感じました。たくさんの人の胸に眠る、切なくて優しくて懐かしい物語を思い出させてくれる曲だと思いました。

Ayase そこは僕も意識したところなので、うれしいです。でも、普遍性を求めすぎると、この小説を楽曲化することの意味がなくなってしまいます。かといって、ストーリーを説明するだけの曲にはしたくない。小説を読まずに聴いた時と小説を読んだあとに聴いた時で、捉え方がまったく変わる曲にしたいと思って。音楽と小説の相乗効果を狙った結果、こういうバランスになりました。

――歌詞と小説では、言葉の選び方も違うのでしょうか。

島本 私は全然違うと思います。歌詞は音に乗せるので、その制約だったり面白さがあるだろうな、と。あと私の場合、なにか説明するにも、字数が少ないと誤解されるんじゃないか、伝えきれないんじゃないかと不安で。だから、歌詞の表現に触れると「こんなに短い言葉でたくさんのことを伝えられるんだ」とびっくりします。

Ayase 字数の縛りがあるうえ、母音も選ばないといけないんです。母音によって、同じメロディでも聴こえ方が全然違うので、「このメロディは頭に〝あ〟の母音を持ってこないとダメ」みたいなことも多くて。逆に〝い〟の母音じゃないとダメなのに、どうしても「愛してる」という言葉を使いたい時もあります。ただ、歌詞が短い言葉で伝えられるのは、音の力があるからなんですよね。バックのピアノで雨を表現したり、いろんなことを音で補足できるので。小説は文字のみですべてを伝えますし、小説ならではの没入感があります。どちらにもいいところがあると思います。

島本理生さん、YOASOBIのお二人

戸惑いと偶発から生まれた最高のテイク

――こうしてできた楽曲に、歌を乗せるのがikuraさんです。曲と歌詞を受け取った時の感想は?

ikura 主人公はアンドロイドで、でも人に近い存在なので、どう歌うべきかすごく悩みました。この1曲の中にも、感情的になる部分もあれば、アンドロイドの無力さを感じる部分もあって。でも、どんなに感情的になっても、その感情すらも人に作られたものであるという哀しさ、儚さをはらんでいなければなりません。どの瞬間にも、陰や闇を感じるような声色を選びたいなと思って、慎重に表現を作っていきました。

Ayase 落ちサビ(終盤に入る前、楽器の音量を落としてボーカルを際立たせたサビ)を収録した時、早い段階ですごく良いテイクが録れたんです。ikuraも正解がわからないまま歌って、僕も正解なのかわからないディレクションをして。その戸惑いと偶発が重なって最高のテイクになりました。

ikura 物語の世界を思い出して、アンドロイドの気持ちを考えて、フーッと息を吐いて「行きます」って歌い出した時に、自分という感じがしなかったんです。憑依する感覚をここまで味わったのは初めてでした。アンドロイドだけど、かすかな感情があるかないかという絶妙なテイクが録れたと思います。

島本 ikuraさんの歌声に、ストレートで生っぽい感じがあったのがとても新鮮でした。激しい歌い方ではないのに、感情の奥の振れ幅が感じられて、しかもそれをあえて抑えて歌われていて。本当に素晴らしい曲ですよね。初めて聴いた時は、もう会えない人との記憶が呼び起こされました。書き終えてほっとした後に、最高のプレゼントをいただいたような気持ちです。

Ayase こちらこそ、ありがとうございます。YOASOBIが〝小説を音楽にするユニット〟だと知っている人は、まだごくわずかです。このプロジェクトを通じて、小説と音楽を行き来する体験がいかに新鮮で面白いか、より多くの人に知っていただきたいですね。

ikura 原作を読んで、音楽を聴いて、ミュージックビデオを観て……と、物語の世界観が広がっていく楽しさを、味わっていただけたらうれしいです。

島本理生
しまもと・りお●1983年、東京都生まれ。2001年「シルエット」で群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。03年『リトル・バイ・リトル』で野間文芸新人賞、15年『Red』で島清恋愛文学賞、18年『ファーストラヴ』で直木三十五賞を受賞。著書に『ナラタージュ』『星のように離れて雨のように散った』など。

YOASOBI
よあそび●コンポーザーのAyase、ボーカルのikuraからなる“小説を音楽にするユニット”。2019年11月、投稿サイト「monogatary.com」の小説を原作にしたデビュー曲『夜に駆ける』を公開し、大ヒット。翌年のNHK紅白歌合戦に出場した。2月16日、『はじめての』プロジェクト第一弾楽曲『ミスター』を配信リリース、3月23日、初のライブ映像作品集『THE FILM』を発売予定。

ヘアメイク:YOUCA(YOASOBI) スタイリング:藤本大輔(tas)(YOASOBI
衣装協力:シャツ3万1900円、ベスト1万7600円、パンツ3万3000円/すべてJUHA(TEL03-6659-9915)、ネックレス 2万4200円/HARIM(STUDIO FABWORK/TEL 03-6438-9575)[Ayaseさん]シャツ袖付きニットワンピース 7万7000円、インナー2万2000円、パンツ8万300円/すべてY’s(ワイズ プレスルームTEL03-5463-1540)、ピアス2万4000円/critical:lab(PR01.TOKYOTEL03-5774-1408)、リング1万9800円/e.m.(e.m.PRESS ROOMTEL03-6712-6798)[ikuraさん] *すべて税込

プロジェクトの仕掛け人に聞く!

篠原一朗さん(水鈴社代表/編集者)

このプロジェクトで「小説」の読者を増やしたい

篠原一朗さん
篠原一朗さん

 僕が独立して水鈴社を立ち上げたのが2020年で、自分がやるべき仕事は何かをあらためて考えていました。もともと勤めていた出版社にいた頃からミュージシャンの方とお仕事をさせて頂くことが多かったのですが、ちょうどその頃、YOASOBIの『夜に駆ける』が大ヒットしていて。“小説を音楽にする”というコンセプトに惹かれたんです。そこで、音楽の最前線にいるYOASOBIと国内最高峰の作家がコラボレーションしたらどんな化学反応が起こるだろうと考え、YOASOBIのスタッフの方々と相談しながら企画を進めました。結果、現代の小説シーンの最前線で活躍する方々にお受けいただけて、最高の4人がそろいました。

『はじめての』は、これまで小説を読んだことがない方にも届けたいんです。今、残念ながら小説の読者は減っていて、優れた作品は必ず読者に届くと信じつつも、「良い小説」というだけでは手に取っていただきにくい状況です。小説好きという限られたπを奪い合うのではなく、これまで小説を読まなかった層にも読書が楽しいということを伝えたい。YOASOBIの音楽を聴いている人の数%であっても、この本を手にしてくれたら、小説の面白さに気づくはずです。そうしたらきっと他の小説も読んでくれる。そうやって小説ジャンルの読者自体を増やすのが野望なんです。なので、大人向けの作品ではありますが、小中学生の読者にも読みやすいよう、文字を大きくしてルビも多めに振りました。この本で“はじめての読書”を体感していただきたいですね。

 もちろん普段から小説に親しんでいる方にとっても、とても魅力的なアンソロジーになったと自負しています。バリエーション豊かな短編がそろっているので、贅沢な食べ比べのように、最高の作家たちの最高の物語をご堪能いただければと思います。音楽だけで終わらず、小説だけでも終わらない。そんな新しい体験を味わってもらえたらうれしいです。

篠原一朗
しのはら・いちろう●過去に、村上龍『新13歳のハローワーク』、宮下奈都『羊と鋼の森』、藤崎彩織『ふたご』、瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』などの編集を担当。2020年、水鈴社を創設。

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[あらすじ]とある島の保護施設から、“先生”に送られた7通の手紙。人型アンドロイドが書いたその手紙には、かつて所有者だったMr.ナルセとの日々が綴られていた。不器用で厳しいMr.ナルセの過去、最初で最後の小旅行で起きた出来事。胸を切なく締め付ける、“はじめて人を好きになったときに読む物語”。