天童荒太「私を見てくださいという言葉は究極のアイ・ラブ・ユーでもある」『包帯クラブ ルック・アット・ミー!The Bandage Club Look At Me!』インタビュー

小説・エッセイ

公開日:2022/3/19

天童荒太さん

 傷ついた人の、傷ついた場所に、包帯を巻きにいこう――。ワラ、ディノ、タンシオ、ギモ、リスキ、テンポ。関東の小さな町に暮らす6人の高校生が始めた〈包帯クラブ〉。それから16年。本書は、成長した彼らとクラブのその後を綴った、待望の〈途中報告書〉(続編!)となる。

(取材・文=藤原理加 撮影=川口宗道)

「前回の〈途中報告書〉の発表以後、その後のクラブのことを知りたいというリクエストを多くの読者の方からいただきました。もちろんメンバーたちも伝えたいと思っていたし、何度も筆を執ろうとしたけれど、どこをどう切り取れば自分たちの活動が世界にまで広がっていったことが伝えられるのか、わからないまま時を過ごしていた間に、人と人が共に生きていく世界が急速に失われていった。当時よりさらに経済優先社会になり、格差が広がり、自己責任という言葉が普通に語られることになった。例えば、児童虐待は毎年相談件数が増加しているし、自殺対策白書では15〜39歳の死因の第1位が自殺。このままでは、さらに孤立化、分断化した世界が進んでいく。それはきっと新型コロナウイルスが蔓延した世界よりも恐ろしいものになるに違いない。けれど一方で、多くの人の心の中には困っている人がいれば助けたいと思う心がいまも息づいていると包帯クラブのメンバーは信じていた。必要なのは、ほんのちょっとのお節介だと。だからきっかけは一つではなくて、社会全体がもたらしたもの。包帯を巻くという行為がそんなささやかなお節介の端緒となるものだと感じて、今回やっとワラとギモの筆が進んだんだと思います」

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 というわけで、前回の報告者であるワラと、メンバーの見守り役であるギモの二人が交互に綴った新たな報告書は、まさに胸躍るもの。地球全体が包帯で包まれる。前回6人の初期メンバーと読者が描いたイメージが地球の各地で世界中の人たちの手によって次々と実現されていく様は、壮大な冒険小説のようでもある。

「ワラを中心に包帯クラブの活動が世界に広がっていくというのは、すごくナチュラルな感覚でした。むしろ特別支援学校の生徒たちとのパフォーマンスや一緒の活動がワクワクした楽しいものであったり、カッコ良かったりカッコ悪かったり、でも美しいというものであって、そこに多くの人が心の底で望んでいるものが輝いているということをきちんと伝えられるかどうかに、ギモたちも苦心したと思います。関東の小さな町で始めたドメスティックな活動がどうして世界にまで広がっていったのか、その橋渡しをするためには、ドメスティックななかで、世界に共通の問題を彼らが全員揃ってクリアーしていったということを具体的に見せることが必要でした」

 だから今回、包帯クラブのメンバーが結成する「ザ・バンデイジ・クラブ・バンド」のオリジナル曲をはじめ、音楽の表現には、これまでになく苦心したのだという。

「たぶん、この報告書一冊の重みと、彼らが表現した歌詞やラップは同等のものがある。そこでもし文章で誤魔化したり、今を生きている彼らの言葉でないものが入ってきたとしたら、この報告書全体が死んでしまいかねない。特別支援学校の生徒たちが作った詞、包帯クラブのメンバーが懸命に自分たちの想いをなんとか詞にしようとあがいたり、そのあがいた跡まで見えてこないと、この物語全体が生きてこないだろうと。だからギモたちも、とくにパレード・コンテストには、すごく報告書の枚数を割いて、パレードをまるまる見せたわけなんですね」

“歌詞を読んで終わるのではなく、読み手のリズム感が触発されてメロディやラップのリズムが聴こえてくるように”“彼らの願いや祈りがリアルな詞となりリズムとなって、強く響いてくるように”――。だからこそパレード・コンテストのクライマックスは心震え、そこで起こったさざ波が世界中に夢のような奇跡を起こしていくことが実感できるのだ。

人が生きていくというのは人を愛し、人を想うこと

 それにしても、本当にこの世界に包帯クラブの活動が広がればどんなにいいだろう。読み進むうちにそう思えてやまない本書はまた、美しい“愛の物語”でもある。

「今回、報告者たちにすごく願っていたことの一つに、メンバーたちのラブストーリーを語ってよ、ということがありました。ワラとディノもそうだし他のメンバーも、恋の話があるのなら、やっぱりそれは知りたい。人が生きていくというのは、人を愛することであったり、人を想うことであるので、そこは絶対に語ってもらわなければ困る、と。そして、ある人が心に傷を負った場所に包帯を巻くという行為もまた、ささやかだけれど愛の行為だと思うんです。愛するというのは、あえて伝えやすい言葉で表現すれば、“その人のためなら自分が損をすることを厭わない”ということ。そして、この報告書全体が、ある人のために損をすることを厭わない者たちの行動で貫かれている。ですからこの報告書は、“愛の報告書”でもあるんですよね」

自分のつらさを伝えるその権利は誰にでもある

 天童作品に通底する“その人となって生きる”姿勢から紡ぎだされるリアルな表現。世界中の多くの人が抱えているであろう悲しみや傷に寄り添い、救いや希望を与えてくれる心震える言葉の数々。仲間たちの成長した姿に胸躍り、読み進むうちに世界や人を優しく見ることができたり、救われた気持ちになって涙が止まらなくなってしまう愛の報告書。そして、その一番のキーワードは、タイトルでもある〈ルック・アット・ミー!〉だと、天童さんはいう。

「あなたが本当につらい時、つらいと人に言ってもいい、自分の痛みやつらさを伝える権利があなたにはあるということ。それは、それぞれの人が命を与えられた時に同時に与えられた権利だと思います。なぜなら、いざという時に、その言葉を使わなければ生き延びられない場合があるからです。でも、それがとても言いづらい時代になっている。つらいのに、痛いのに、家族や友だちや世間の人に迷惑をかけるから、あるいは嫌な顔をされそうだからと、我慢してしまう、黙ってしまう。そして、もっとつらい状態を招いてしまう。優しい人ほどそうしてしまいがちだし、優しい人って、すごく多いと思います。だからこそ、あなたには、この言葉を使う権利があって、いつ使ってもいいし、誰に使ってもいいし、助けられたり、選ばれたりする前に、助けられるし、声を上げられるし、あなたはその主体なんだよと伝えたい。それが、〈ルック・アット・ミー わたしはここ ここで生きている〉という言葉に込められたメンバーたちの思いです。加えて、ダ・ヴィンチの読者にメッセージをお届けするとすれば、〈ルック・アット・ミー!〉と人に伝えることは、あなたがたの命と幸福を守る権利であるし、また、この報告書を最後まで読んでくだされば、この言葉は、究極の“アイ・ラブ・ユー”と同義語でもあると理解してもらえるはずだと思っています」

 

天童荒太
てんどう・あらた●1960年、愛媛県生まれ。86年『白の家族』で第13回野性時代新人文学賞。96年『家族狩り』で第9回山本周五郎賞。2000年ベストセラーとなった『永遠の仔』で第53回日本推理作家協会賞。09年『悼む人』で第140回直木賞受賞。他の著作に『歓喜の仔』『あふれた愛』『ムーンナイト・ダイバー』『ペインレス』などがある。

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