日本各地の美術館で花開いた、「富野由悠季のクリエイション」――『富野由悠季の世界展』レビュー②【島根・富山・青森編】

アニメ

公開日:2022/3/5

富野由悠季の世界
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 日本を代表するアニメーション作品『機動戦士ガンダム』。そのシリーズは放送後42年を数えても続いており、アニメのみならず、様々な分野に大きな影響を与えている。その生みの親である富野由悠季監督は御年80歳。今もなお意気軒昂に、新作である劇場版『Gのレコンギスタ』を制作中(現在第3部となる劇場版『Gのレコンギスタ III』「宇宙からの遺産」までを公開)。新たな表現と次世代に伝える作品を作るべく、現場で奮闘している。

 そんな富野監督の歩みを振り返る展覧会『富野由悠季の世界』の模様を収録した映像作品が、『富野由悠季の世界 ~Film works entrusted to the future~』というタイトルで発売されることになった。2019年6月に福岡市美術館からスタートした巡回展は、2022年2月の時点で、8会場で開催された。今回は、展覧会で富野作品を展示し、それぞれの解釈で「富野由悠季のクリエイション」を来場者に伝えた学芸員の方々に、アンケートを実施。第2弾は、島根県立石見美術館・富山県美術館・青森県立美術館の展示の模様とともにお届けする。

展覧会は終了しております

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島根県立石見美術館(2020年1月11日~3月23日)

富野由悠季の世界

富野由悠季の世界

富野由悠季の世界

回答者
島根県立石見美術館・川西由里さん

――『富野由悠季の世界』展を担当し、最も楽しかったこと/難しさを感じたことを、それぞれ教えてください。

楽しかったこと:なんといっても富野監督と直接お話ができたこと。当館からお帰りになる際に「悪い女だ!」というお言葉をいただきました(意味はご想像にお任せします……笑)。

難しかったこと:普段扱っている絵画や彫刻の場合は目の前にあるモノを飾ればいいのですが、今回はアニメの映像を上映しておしまい、というわけにいかないため、その背後や周囲にある何を展示すれば作家「富野由悠季」を紹介することになるのかに悩みました。

――ご自身が手掛けた展示で手応えを感じた部分、来場者からの反応で印象的だったことを教えてください。

メカは苦手だったのですが、コックピットやノーマルスーツも含めて設定資料を読み込むと『Zガンダム』第1話の演出に結実していることが分かり、監督の意図を理解することができました。また、ガンダムMk-Ⅱのメカ設定への修正指示にあった「ガンダムは好男子!」との言葉から、ガンダムという概念が個々のシリーズや機体を越えたヒーローであることを実感しました。一方、唯一の女性学芸員であり、Zガンダムの女性キャラ論を執筆したため、取材でいただく質問がそちら方面に偏ってしまったのが少し残念にも思っています。

――他の美術館と差別化をするために配慮・工夫したことについて教えてください。

島根在住の山根公利さんから、当館のみ追加で設定画やプラモデルをお借りし、富野監督とのトークにも登壇いただいたこと。劇場との複合施設ということでライブイベント「井荻麟の世界」を企画し、歌詞の原稿も島根限定で展示したこと。小さい町なので地域全体で盛りあげようと、模型店や飲食店と連携して街中にガンプラを飾ったり、プレゼント企画をしたこと。劇場の照明スタッフによるロビー天井へのメカの切り絵の投影、などです。

――展示を経て感じた「富野由悠季の思想」とはどういうものでしたか。

時間的にも空間的に非常に広い視野で世界をとらえ、様々な問題を作品に落とし込んでいるので、30年、40年経っても物語が古びていないことを改めて感じました。環境やエネルギーの問題はいうまでもなく、『イデオン』で描かれた異文化に対する敵対心や和解の模索、『ザブングル』で描かれた社会規範への抗い、そして『Gのレコンギスタ』に描かれた人物の多様性などは、現代においても重要な視点だと思います。

富山県美術館(2020年11月28日~2021年1月24日)

富野由悠季の世界

富野由悠季の世界

富野由悠季の世界

回答者
富山県美術館・若松基さん(現所属・富山県水墨美術館)

――『富野由悠季の世界』展を担当し、最も楽しかったこと/難しさを感じたことを、それぞれ教えてください。

富野アニメの面白さを多くの人に紹介し、特にガンダムしか知らない人にも、富野監督はこんなに魅力的な作品をたくさん作ってきた凄いクリエイターだと知ってもらうことができたのは、うれしいことでした。監督の長いキャリアは日本のアニメ史の重要な一部となっていますが、この間に制作技術も進歩して資料もデジタル化していく中で、多量のアイテムからわかりやすく効果的に、監督のディレクションのポイントを選び出して展示することは、容易ではありませんでした。

――ご自身が手掛けた展示で手応えを感じた部分、来場者からの反応で印象的だったことを教えてください。

『逆襲のシャア』の絵コンテは熱心に見てくれる人が多く、やりがいがありました。『ブレンパワード』はガンダムシリーズほど有名な作品ではないのですが、ネットの富野展感想などでも好意的な意見が多く、「同志」を見出した気がして、うれしくて仕方がありませんでした。全体的に、驚くほど資料の数が多いので、観客の皆さんの反応が心配だったのですが、何時間もかけて見る価値があると思ってくれた人が多かったようなので安心しました。

――他の美術館と差別化をするために配慮・工夫したことについて教えてください。

オリジナル6会場ラストの青森展は「変化球」で来るのがわかっていましたから、富山展はある意味「集大成」として、テーマ別の展示という展覧会のストーリーが観た人にスッキリと伝わるよう、鑑賞リズムの途切れない配列に整えることを心がけました。私のアイデアではないのですが、会場の最後に監督の笑顔のバナーを配置したのが効果的で、さまざまな資料があった中でも、この展覧会の主役は監督自身だったことが伝わったと思います。

――あなたにとって富野作品は何を教えてくれる存在ですか。

富野監督は、長いキャリアを通じて、決して理想的とは言えない環境の中でも常に向上心を失わずに、観た人に「考えるきっかけ」を与える作品を創り続けてきた人です。富野作品は、「性急に目の前の答えに飛びつくのではなく、自分なりに粘り強く考え続ける」ことこそが、複雑化し続ける現代社会の中で誰にとっても大切なことだという、時代を生き抜くための示唆にあふれる稀有なフィルモグラフィーだと思います。

青森県立美術館(2021年3月6日~2021年5月9日)

富野由悠季の世界

富野由悠季の世界

富野由悠季の世界

回答者
青森県立美術館・工藤健志さん

――『富野由悠季の世界』展を担当し、最も楽しかったこと/難しさを感じたことを、それぞれ教えてください。

学芸員からの提案で富野展を実現できたこと、今でもちょっと信じられません。偶然富野監督に会えたチャンスを逃さず、厚かましくも「展覧会やらせてください!」と直訴してよかったと思っています。富野監督の仕事を「展覧会」という形でまとめることができたのは学芸員冥利に尽きるの一言! いわゆる美術業界の「常識」が通じない点でいろいろ難しさも感じるところもありましたが、むしろその分、学芸員としての経験値はぐんと上がったような気がしています。

――ご自身が手掛けた展示で手応えを感じた部分、来場者からの反応で印象的だったことを教えてください。

通常の三倍、とまではいきませんでしたが、展示スペースを1.5倍くらいに増やして、作品・資料の1点1点にきちんと目がいくような展示を心がけました。アニメをテーマにした展覧会ですが、スタティックな空間を作ることができたんじゃないかと思っています。青森展は感染症のいわゆる第4波が直撃し、感染症対策や関連イベントの調整など、こちらは通常の三倍手間がかかり、積極的な来館を促す広報もできなかったので、今回のドキュメント映像で青森展を堪能していただければ幸いです。

――他の美術館と差別化をするために配慮・工夫したことについて教えてください。

青森ではオリジナルの展示をいくつか追加しました。まず『イデオン』の展示を拡充し、これまで未陳だった資料を多数公開。『∀ガンダム』のためにデザインされたシド・ミードによるモビルスーツのスケッチ群の特別展示や、メーカーやプロモデラーに協力を得て、玩具やプラモデルなどの立体物も多数紹介。さらに展示室の天井の高さを活かして『逆襲のシャア』に登場したMS「リ・ガズィ」のダミーバルーンを実寸大の胸像として設置(制作は美術家の青秀祐さん)。そして映像作家の伊藤隆介さん、JAXAに協力いただいて、展示の最後に「エピローグ」のコーナーを追加。展示室という3次元空間ならではのアニメ体験が提供できるよう展示を構成しました。

――展示を経て感じた「富野由悠季の思想」とはどういうものでしたか。

富野作品は遠い未来や異世界を舞台にしつつも、いずれの作品も広く、深く、現代の社会と結びついているということを今回の展示を通して感じました。しかもある特定の思想に導くものではなく、作品は常に解釈や価値の多様性を内包しています。俯瞰的視点から人間の所業を捉えるという態度が富野監督の一貫した「思想」なのではないでしょうか。展覧会における作品と作品、作品と空間、展示空間と観客という何層もの「関係性」が、そのまま「世界」の縮図となっている。そんな展覧会であったように思います。



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