『ダンダダン』『SPY×FAMILY』『ルックバック』――マンガ誌アプリ「少年ジャンプ+」からヒット作が生まれ続ける理由とは【編集者・林士平インタビュー】

マンガ

更新日:2023/2/10

 マンガ誌アプリ「少年ジャンプ+」の快進撃がとまらない。

 「次にくるマンガ大賞 2021」のWebマンガ部門で第1位となった『怪獣8号』。「全国書店員が選んだおすすめコミック2022」第1位に選ばれた『ダンダダン』。2022年4月からアニメ化が決定している『SPY×FAMILY』。これらの連載作品は、単行本以外はすべて「少年ジャンプ+」でしか読めないものだ。

 また、「週刊少年ジャンプ」で連載された『チェンソーマン』の第2部は「少年ジャンプ+」に移動して連載予定であることがアナウンスされている。

 本記事では、「少年ジャンプ+」を支える編集者のひとり、集英社の林士平さんにインタビューを実施した。林さんは「少年ジャンプ+」の副編集長として『ダンダダン』『SPY×FAMILY』『ルックバック』といった人気作を担当している。人気作の舞台裏から、編集者としての仕事にかける想い、デジタル化するマンガ業界の未来についても、たっぷりと伺った。

(取材・文=金沢俊吾)


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「少年ジャンプ+」躍進の経緯

―――本日は「少年ジャンプ+」のことや、林さんの編集者としてのお仕事について、いろいろ伺えればと思います。

林士平(以下、林):よろしくお願いします。「少年ジャンプ+」は、いまでこそ多くの人に読んでいただいていますが、最初の頃は作品数も少ない状態でほんとうに大変だったんです。「少年ジャンプ+」立ち上げ当時、僕は「ジャンプSQ.」編集部にいたので、横で見ていただけでしたが。

 立ち上げから2年後ぐらいに、僕が「ジャンプSQ.」用に作った企画を「ジャンプ+」に回したんです。それが後に『チェンソーマン』を描かれる藤本タツキさんの『ファイアパンチ』です。この作品がヒットした頃から、連載マンガの力で読者さんを呼べるようになりました。また、アニメ化が決定している賀来ゆうじさんの『地獄楽』も、「ジャンプSQ.」から持ち込んだ作品ですね。

ファイアパンチ
『ファイアパンチ』 (C)藤本タツキ/集英社
地獄楽
『地獄楽』(C)賀来ゆうじ/集英社

―――どうして月刊誌の企画を「ジャンプ+」に回されたのですか?

:どちらも月刊誌の編集部では企画が通らなかったんですよ。それを「ジャンプ+」に回したらOKが出たんです。結果として、たくさんの人に読んでもらえて「ジャンプ+」に人気のある連載が生まれました。そうして、作家さんや社内の編集者も「ジャンプ+は、新作を出せばちゃんと売れる場所なんだ」と徐々に認識していったように思います。それからは、どんどん安定して新作が掲載されるようになっていきました。

『チェンソーマン』第1部直後に練り始めた『ルックバック』

―――『ジャンプ+』が2021年に大きく注目を集めたのは、藤本タツキ先生の読み切り『ルックバック』が掲載されたことだと思います。直前まで「週刊少年ジャンプ」で連載していた『チェンソーマン』とのギャップも衝撃でしたが、掲載の経緯を教えてください。

:作家さんって、連載していると別の作品を描きたくなる方が多いんですよ。藤本タツキさんも『チェンソーマン』の連載が終わって、すぐに第2部を始めるという選択肢もあったんです。でも「他のものを描きたい」とずっと言っていたから、せっかくなので読み切り作品を提案しました。『チェンソーマン』の連載が終わった翌週ぐらいにはもう『ルックバック』の打ち合わせを始めましたね。

 ネームを丁寧に丁寧に練り込んで頂いて、改めてページ数を数えたら、143P。前後編で載せるか、切りどころはあるか、等少しだけ考えたのですが、やはり一気に読んでいただきたい作品だったので、「ジャンプ+」はページ数の制限もないからポンっと出したという流れです。

―――公開初日に250万PVを達成し、SNSでも大きな話題になりましたが、ここまでの反響は予想されていましたか?

:いい作品なので、たくさんの方に読んでいただけるだろうとは思っていましたが、まさかここまでとは思いませんでした。ほんとうに大量の反応をいただけて、ありがたさを通り越して怖いぐらいでしたね。たくさんの読者さんがこの作品をいろいろな形で語ってくださって、もう「うれしかった!」の一言です。

ルックバック
『ルックバック』(C)藤本タツキ/集英社

―――藤本先生は、『チェンソーマン』を「週刊少年ジャンプ」で連載していましたが、『ルックバック』は「ジャンプ+」で掲載されたのですね。

:『ルックバック』に関しては、143ページという異例のボリュームを一挙掲載できる媒体は他になかったという理由がありますね。「ジャンプ+」の編集者が「週刊少年ジャンプ」に企画を出せるし、もちろん逆もOKという仕組みなんです。作家さんと編集者で「どっちのジャンプに出す?」なんて相談をする場合もあります。

『ダンダダン』『SPY×FAMILY』がアプリで連載されたのは必然

ダンダダン
『ダンダダン』(C)龍幸伸/集英社

―――現在「ジャンプ+」で連載中の『ダンダダン』、『SPY×FAMILY』も林さんが担当編集です。これらの作品の人気も凄まじいことになっています。

:『ダンダダン』に関しては、龍幸伸先生が「週刊少年ジャンプ」「ジャンプSQ.」で企画を出しても落ち続けてきたんです。編集部が龍先生の才能をしっかり評価して、試してみようと言ってくれたので、『ダンダダン』が世に出ることになりました。

 龍先生は「マンガを描くことを全身全霊で楽しんでいます!」という画面を仕上げてきてくれるんです。原稿を受け取るたびに、僕は「歴史的瞬間に立ち会ってるんだな」と感じています。たぶん、あんな作家さんはなかなかいないんじゃないですかね。ちょっと常軌を逸していると思います。

―――常軌を逸してる、というのは。

:絵が上手すぎるんですよ。朝から晩まで楽しく描いていないと、あれほどの画面は作れないはずです。先生にお会いするたびに「いま楽しいです」とおっしゃっていますしね。「これはちょっとすごいことだな」と思いながら、僕は一緒に走らせてもらっています。

ダンダダン
『ダンダダン』(C)龍幸伸/集英社

―――『SPY×FAMILY』はどういった経緯で連載が決まったのでしょうか?

:『SPY×FAMILY』の遠藤達哉先生は、前作から7年間連載作品は描いていなかったんです。僕が「ジャンプ+」に異動するときに「僕あっち行くんですけど、そろそろ一緒に連載マンガ作りませんか?」ってお誘いしたら「やります」と。7年待ちましたし、もう描いてくださったことが奇跡というか、「ありがとう」と心から言いたいです。

SPY X FAMILY
『SPY X FAMILY』(C)遠藤達哉/集英社

―――『ダンダダン』『SPY×FAMILY』ともに、林さんが「ジャンプ+」に来たことで必然的にそこで連載が始まったということですね。

:偶然と幸運が重なって、とは思っています。僕は副編集長になったことで「週刊少年ジャンプ」だと担当作品を持てないので、一緒にやるとなったら「ジャンプ+」しか選択肢がないということもありました。

―――「週刊少年ジャンプ」と「ジャンプ+」それぞれの特性って、林さんはどのように考えられていますか?もちろん紙とデジタルの違いは大きいと思いますが。

:同じ「ジャンプ」として、根本的な哲学は同じだと思っています。若い作家と若い編集者が二人三脚でブラッシュアップして「古きを倒して新しいものを作る」という美学は、紙でもデジタルでも変わりません。

 大きな違いとしては、「週刊少年ジャンプ」は連載会議のたびに生き残りがかかったサバイバルがあるのに対して、「ジャンプ+」はオンラインでページ制限もないので、無限に作品が増やせるんです。もう、面白い作品は全部連載するようにしています。もちろん「ジャンプ+」にも打ち切りはありますけど、「週刊少年ジャンプ」ほどキツキツではありません。そういった「作品の生き残り」という意味で、環境はちょっと違いますね。

―――ちなみに、林さんは「月刊少年ジャンプ」「ジャンプSQ.」と歴任してきましたが、なぜ「ジャンプ+」編集部に移ったのでしょうか?

:僕が「ジャンプ+」への異動を望んだ理由はすごく明確で、現場の編集者を長くやりたかったからなんです。「週刊少年ジャンプ」で副編集長に上がると担当作品を持てないことはわかっていました。自分の年齢とキャリアを考えて、現場でマンガ編集をもう少し続けたいと思って「ジャンプ+」を希望したんです。

―――管理職ではなく、現場の編集者でいたいということですね。

:そうですね、やっぱりそれが楽しくて仕事しているので。あと、いま育てている若い作家さんたちを、最後までちゃんと見届けたいという気持ちがあります。

 集英社に入社してからずっと現場をやってきて、編集者として工夫して改善して、やっと関わっている作家さんの力になれてきたような気がしているんです。せっかく力になれたのに「もうおしまいよ」と言われるのが早過ぎるんじゃないかと思って、なるべく長く現場を続けられる場所を探した結果、「ジャンプ+」に行き着きました。

誰もが気軽にマンガを描ければ、世の中がもっと面白くなる

―――林さんは、昨年リリースされた、セリフを入れるだけでマンガのネームが作れるアプリ「World Maker」を企画されました。マンガ制作の入り口をすごく広げるツールだと思うのですが、企画意図を教えてください。

:遊びの延長線上で「マンガを作るのが楽しくて、気がついたらプロになっちゃった」みたいな人が増えたらうれしいなと思って作りました。現状の「World Maker」はまだβ版で4ページ分しか作れないのですが、いまアップデートの準備をしていて、40~50ページぐらいの長いネームが作れるようになる予定です。

World maker
(C)集英社

―――気づいたらプロになっちゃう人を増やす。

:でも、別にプロにならなくてもいいんです。いろんなジャンルの人が気軽にマンガを描いてくれると、面白いものがたくさん出てくると思うんですよね。たとえば外科医さんが日々の仕事をマンガにしてくれたら、僕はぜひ読んでみたいです。面白いマンガを描いてくれる人が増えたら、僕の老後が楽しいじゃないですか。面白いマンガが世の中に増えた分だけ、自分の人生が楽しくなると思っているんです。

―――なるほど、人生が楽しくなる。林さんご自身にとって価値のあるツールだということですね。

:そうですね。僕個人にとっては、見たことがないようなマンガに出会う可能性があるので、それだけで作った意味があると思っています。会社的にも、その中でプロになってくれて、ひとりでも天才がいてくれたら、このツールを作った価値があるじゃないですか。

 「マンガを描きたいけど、やり方がわからない」という人はたくさんいると思うので、そういったユーザー様にとってマンガ作りのチャンスになる。そうやって「World Maker」に関わる人みんながウィンウィンになるといいなと思っています。

―――かなり開発コストがかかっているアプリだと思うのですが、集英社としては「新人を発掘して回収していこう」という発想なのでしょうか。

:いえ、会社からは「そんなにお金の回収を考えなくてもいいので、価値があるものを作れるといいね」って言われているんです。もちろん、株式会社としてやっていることなので、ビジネス的にも意味があるものにはしたい。でも儲けるためにやっているわけではないので、ちょうどいいバランスで、とにかくマンガ作りの裾野が広がるといいなと思っています。

―――会社としても、林さんと同じようにマンガ業界全体が盛りあがってほしいという想いが強いのですね。

:そうだと思います。うちの会社はどこまでもピュアに、マンガを描く人や読む人に対して、なるべく良い状況を作っていこうという気持ちでみんな働いているんです。マンガ業界を良くする取り組みに関しては障害がまったくありませんし、いい会社だなあと思いますね。

World Maker
(C)集英社

World Maker
(C)集英社

編集者が作家に「選んでもらう」時代

―――「ジャンプ+」の存在感が強まりつつ、世の中には他にも多くのマンガアプリやデジタルメディアが誕生しています。今後、マンガ業界はどのように変化していくと思いますか?

:それは全然わからないですねえ。ヒット作が10本でも出たら、その媒体が業界の中心地に変わってしまう世界です。なにかの拍子で、無名な会社やメディアが、とんでもないヒット作を大量に生み出したら、業界図も変わります。「ジャンプ」が安泰だともまったく思っていません。

 やっぱり僕らは、新しいマンガを読者に提供するために、常に才能に選ばれ続けないといけないんです。作家さんたちが作ってくれたものを全身全霊でお届けし続けないと、「ジャンプ」もすぐにダメになることはわかっています。まあ、僕らは全身全霊でやっているつもりなので、なんとか時代の荒波を乗り越えていきたいですね。

―――林さんがこのインタビューを受けてくださっていることもそうですが、「作家が作ったものを全身全霊でお届けする」ということには、編集者が前に出て発信することも含まれているのでしょうか?

:そうですね、僕ら編集者も頑張ってサービスしなきゃいけないと思っています。ひと昔前まで、マンガは出版流通に乗せないと読んでもらえないもので、出版社はコンテンツのゲートキーパーでした。でもいまは、誰でも全世界に自分の作品を発信できる時代です。だから、才能がある人ほど「別に自分でやるから出版社に頼る必要はない」ってなりがちです。

 そんななかで「僕らと組むとこんなメリットがあるよ」とか「あなたの作品をより多くの人に届けられるよ」というのを工夫してアピールしないと、出版社の価値なんてなくなっちゃうと思うんです。だから、相手が新人さんであれ売れている作家さんであれ、最大限協力を惜しみませんし、そういった動きを外側にアナウンスすることは大事だと思っています。

―――林さんに限らず、自分自身で発信されているマンガ編集者さんが増えてきた印象があるのですが、みなさんそういう感覚があるんでしょうか。

:それはあるんじゃないですかね。結局、選んでもらわなきゃいけないので。昔の編集者は「たくさんいる作家から選んでやるぜ」という立場でしたが、いまは逆なんですよ。

 やっぱり作り手に選んでもらうためには、ちゃんと自分のことを見せていかなきゃいけない気がするんですよね。作家さんと編集者の相性も大事なので「自分はこの編集者に担当してほしい」と思ってもらえるといいなと思います。

―――最後の質問なのですが、できるだけ長く現場でやりたいとおっしゃっていましたが、最終的にどんな編集者でありたいと考えていらっしゃいますか?

:そうですねえ……まだまだ、一緒に作品を作りたい作家さんがたくさんいらっしゃるんです。いままでと変わらず、作家さんと一緒に校了したものが世に出る前にドキドキする日々を送り続けられたらいいなと。それだけですね。「楽しんでいただけるかドキドキする」ということは、本気で頑張って作ったからこそだと思うんです。本気で仕事して、反響にドキドキする回数が少しでも増えるといいなと思っています。

 あとは、やっぱり若い作家さんをなるべくたくさん育てたいという気持ちも強いです。

 とにかく、作家さんや作品に尽くし続けられるような編集者でありたいですね。

―――これからも面白い作品がたくさん読めることを楽しみにしています。本日はありがとうございました。

:ありがとうございました! これからもがんばります!

林士平さんプロフィール
2006年、株式会社集英社に入社。「月刊少年ジャンプ」「ジャンプSQ.」の編集者を歴任し、現在は「少年ジャンプ+」副編集長。連載中の担当作品は『SPY×FAMILY』『HEART GEAR』『ダンダダン』『神のまにまに』『全部ぶっ壊す』『彼岸此岸のものどもよ』『アンテン様の腹の中』ほか。

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