『バガボンド』や『Sunny』の影響も!? 台湾で大ヒットした漫画『用九商店』が日本人の心に響く、その魅力とは?

マンガ

公開日:2022/3/8

用九商店
『用九商店』(ルアン・グアンミン:著、沢井メグ:訳/トゥーヴァージンズ)

「だったら、オレが明かりをともそう。そう決めた」

 台北(タイペイ)で働くビジネスマンだった主人公は、祖父の入院をきっかけに出身地の田舎に戻り、「よろず屋」を営むことを決意する。ほろ苦い思い出もある故郷は変わったところも、変わらないところもあって……。

『用九商店』(ルアン・グアンミン:著、沢井メグ:訳/トゥーヴァージンズ)は、台湾で最も権威ある漫画賞の「金漫獎(きんまんしょう)」において、2017年に「年度漫画賞」と「青年漫画賞」をダブル受賞。2年後に実写化されました。こちらのドラマは『いつでも君を待っている』というタイトルで日本でも放送されたので、ご存じの方もいらっしゃるのでは? 2019年に完結しているのにもかかわらず、翌年に「金漫獎」に新設された「インターネット人気賞」(読者投票)で第1位を受賞した今なお愛される作品です。

 そんな『用九商店』邦訳版が1・2巻同時発売! 台湾の漫画が邦訳されるのは少し珍しくもあり、出版社トゥーヴァージンズ担当編集・佐藤杏奈さんにお話を伺いました。

(取材・文=宇野なおみ)

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魅力いっぱいのキャラクターが多数登場!『用九商店』邦訳出版のきっかけ

――出版に至るまでの経緯をお聞かせください。

佐藤杏奈さん(以下、佐藤):弊社は今まで、主に一般書籍を刊行している出版社でしたが、2021年7月に「路草(みちくさ)」というWEBコミックメディアをスタートしています。台湾に関連する書籍もいくつか刊行している繋がりがご縁となり、『用九商店』の原作となる『用九柑仔店』をご紹介いただきました。

――コンビニともスーパーとも少し違う、「よろず屋」が舞台の作品ですが、魅力はどんなところだと思われますか。

佐藤:なんといっても、登場人物一人ひとりの繊細な心理描写ですね! 本書は「用九商店」という場を通じて、主人公の俊龍(ジュンロン)をはじめとして多くのキャラクターの日常が描かれます。

――俊龍(ジュンロン)は祖父の入院をきっかけに台北から地元に戻ってきます。若者と老人たち、さまざまなキャラクターが登場しますね。

用九商店
台北で働く俊龍の姿。表紙とは別人が現れたのでは?と一瞬びっくりするほど
©︎Guang-min Ruan

佐藤:キャラクターが各々抱える事情や悩みが丁寧に描かれています。個人的には心を閉ざしていたヒロイン・昭君が、俊龍をはじめとした用九商店の人々と関わることによって「運命」だと受け入れていた母親との確執を乗り越えていく姿に、特に勇気をもらっています。

止められない発展の中で、主人公が故郷で過ごす日々の温かさ

――主人公は第1巻冒頭では中心都市・台北(タイペイ)でエリートとして仕事をしています。それが地方のよろず屋に……。最初は表紙と雰囲気がまったく違う人物が出てきて驚きました。日本と同じで、都会と地方は違うものなのでしょうか。

佐藤:日本と似た感じだと思います。俊龍は第1話で帰郷しますが、それまでは中学卒業から帰っていません。登場人物の一人である鳳玉(フォンユー)は2巻で仕事のチャンスをつかみ、台北へ引っ越しをします。その際も、環境の変化への不安からとても悩む描写がありますね。

――登場する風景は、どこか懐かしいようなのどかさに満ちあふれています。こうした風景は、台湾にまだ残っているんですか?

佐藤:どこも都市化は進みつつあります。ただ、今も作品で描かれる台湾の風景は残っていますね。3巻では教会が登場しますが、こちらも、実在しているそうです。

用九商店
昔ながらの方法で畑を作ることを教わる様子。まるで自分たちが教わっているように感じる繊細で丁寧な描写©︎Guang-min Ruan

――懐かしい風景が失われていく一方、便利になることはありがたい……というジレンマは何度も登場しますね。

佐藤:生産性や効率化がなによりも重要視される今の時代ですが、それだけでは見落としてしまうものが、どこにでもきっとあると思います。『用九商店』は村の発展の否定はしません。そのなかで、なくなってしまいがちな他者との繋がりを再度結ぼうとする物語です。

台湾の文化や風習も盛りだくさん! 注釈と翻訳がわかりやすい

――台湾の風習や食事など、日本と似ていて違う文化が多数登場します。注釈が細かくて、台湾を訪れてみたくなります! 翻訳した上でのこだわりをお聞かせください。

佐藤:『用九商店』の原作『用九柑仔店』を手に取ったときに、その絵柄や物語から「台湾をよく知らない、普段海外翻訳作品に手を伸ばさない読者にも読んでもらいたい」と強く感じました。日本の漫画を読むのと同じくらいの気持ちで、「台湾」を身近に感じてもらえたら、と。

用九商店
占いをする様子の背景が注釈で丁寧に説明されている©︎Guang-min Ruan

――文化の違いを知ることは翻訳作品の楽しみでもありますが、正直ハードルにもなってしまいますよね。

佐藤:正直に言いますと、私も本作をきっかけにじっくりと触れるようになった台湾ビギナーです(笑)。丁寧に注釈を入れてくださった翻訳者の沢井メグさんの多大なるご尽力のおかげで、出版できたようなものですね。特に台湾の伝統的な醤油の作り方に関しては、かなりのリサーチをお願いしました。

翻訳の舞台裏をnoteに書いていただいています。
https://note.com/twovirgins/n/nfe48265f9266

――こちら拝見しましたが、中国語で描かれた地名が主人公の出身地のネタばらしになっているなど、コマの意味合いをより感じられました。仕込み方がすごい!

佐藤:原作の漫画としての完成度が高い分、効果音もこだわって再現しています。デザイナーの浦川彰太さんに全て手書きで書いていただきました。

――読みやすさと、原作のエッセンスを伝えるためにこだわられた作品づくりだったのですね。絵の描き方など、日本の漫画家さんの影響を感じました。

佐藤:その通りで、作者のルアン・グアンミン先生は日本の漫画には大きな影響を受けたとおっしゃっています。井上雄彦先生の『バガボンド』や松本大洋先生の『Sunny』、池上遼一先生『サンクチュアリ』が特に好きな作品だと教えてくださいました。日本の漫画のような読みやすさがあると思いますよ。気軽に手にとっていただけたら、と願っています。

――『用九商店』はどんな読者に届いてほしいと思いますか?

佐藤:今は、さまざまなコミュニケーションで人と繋がれる一方、周りにたくさん人はいるのに孤独を感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。『用九商店』を読んで人との本質的な繋がりの大切さを感じていただけたら嬉しく思います。忙しい毎日と思いますが、読めば読むほど味の出る作品です。

 読むたびに発見があるはずなので、ぜひ「ゆっくり」読んでいただきたいですね。

穏やかで精緻なストーリーに心揺さぶられる! よろず屋をぜひ訪れてみて

用九商店
1巻・2巻ともにカラーページが。台湾ののどかな風景 ©︎Guang-min Ruan

「おじいちゃん、どうしてお店の名前は用九なの?」
「ここには人の生活に必要なもの10個のうち9個が揃っているからね」
「どうして『用十』にしなかったの?」
「何事もほどほどがちょうどいいからだよ」

「目次」にある主人公・俊龍とよろず屋を営む祖父との会話です。俊龍の変化、彼を取り巻く人々の喜び、哀しみ、そして人との繋がりの温かさ。死や家族間のトラブルなども扱いながら、作者の眼差しはどこかいつも柔らかです。精緻で穏やかな作風なのに、驚くほど心揺さぶられる瞬間が訪れる『用九商店』。私は2巻にある「キャベツ畑」のシーンでとても泣いてしまいました。3月に3巻の発売も控えているこの作品。またそれぞれの関係が大きく変わります。気がつけばふと立ち寄りたくなるよろず屋『用九商店』、ぜひ訪ねてみてください!

路草 用九商店ページ
https://michikusacomics.jp/youkyushoten1

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