「歴史に残るようなトリックを書いて褒められたい」──『このミス』文庫グランプリ受賞『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』鴨崎暖炉インタビュー

文芸・カルチャー

更新日:2022/3/24

鴨崎暖炉

 現場が密室である限り、罪には問われない──。裁判によって「密室=無罪」との判決が下されたことから、密室殺人が急増する日本。そんな中、山奥のホテルを訪れた高校生が、相次ぐ密室殺人事件に巻き込まれることになる。

 第20回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリを受賞した『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』(鴨崎暖炉/宝島社)は、タイトルどおり密室づくしの本格ミステリー。トリックを惜しみなく詰め込んだ、実に贅沢な一冊に仕上がっている。果たして、著者はどのようにして密室トリックを考案しているのか。これが初インタビューだという鴨崎暖炉さんに、創作の裏側を語っていただいた。ひょうひょうとしているのに、どこかおかしみが漂う鴨崎さんの語りから、その愛すべき人柄も感じてほしい。

密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック
『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』(鴨崎暖炉/宝島社)

取材・文=野本由起 撮影=奥西淳二

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初めての小説で、執筆の楽しさに開眼

──鴨崎さんは東京理科大学理工学部をご卒業後、システム開発会社に入社されたそうです。理系のご出身なんですね。

鴨崎暖炉さん(以下、鴨崎):大学は理系ですが、頭は文系なんです。英語と古文が苦手で、文系の大学は入れないなと思って……。

──いや、東京理科大学もそう簡単に入れないと思います……。そもそも小説は、いつから書いているのでしょうか。

鴨崎:大学卒業後、就職してまもなく書き始めたので確か23歳だったと思います。たまたま会社の同期が小説を書いていて、僕にもなぜか「書いたら?」と言ってきて。なんでそんなに勧めてくるのかわからなかったんですけど、僕も興味はあったので「じゃ、書いてみようかな」と思って。で、書き始めてみたら「世の中にこんなに楽しいことがあるのか」ってくらい楽しかったんですね。それで夢中になっていきました。

──当時からミステリーを書いていたのでしょうか。

鴨崎:最初はミステリーでした。書き上げて、ある賞に応募したんですけど、一次選考で落とされてショックを受けましたね。最初の頃ってみんなそうだと思うんですけど、「こんなにあっさり書けちゃうなんて、自分は天才だな」なんて思ってたんです。なのに一次で落ちるし、他の応募者には「次も楽しみにしてます」って選考委員のコメントがついているのに僕だけそれもないし。今でもちょっと恨んでます(笑)。

──最初に書いた作品を、きちんと完結させるだけでも難しいと思います。

鴨崎:そうですね、中途半端に能力があったんだと思います。ただ、完結はしているけれど、読み返すとやっぱりひどい出来でした。

──読者としては、どういったミステリーがお好きだったのでしょうか。

鴨崎:一番好きなのは、有栖川有栖さんの『月光ゲーム Yの悲劇’88』です。15年以上前、大学生の時に読んだんですけど、今でも当時の衝撃を覚えていますし、一生忘れないだろうなと思います。犯人当てのロジックが素晴らしくて、もうびっくりしちゃって。自分は2、3年すると読んだ本の詳細を忘れちゃうほうなんですけど、あの作品ははっきり覚えていますね。

──最初の作品を文学賞に応募したのがきっかけで、投稿生活が始まっていくのでしょうか。

鴨崎:そうですね。ちょっとサボってた時期もあるんですけど、年に1、2作は書いて賞に応募していました。一時は、ファンタジーやSFなどいろんなジャンルのライトノベルを書いていて。むしろミステリーじゃないほうが、多かったかもしれません。

最初は3つのトリックを入れるつもりが、徐々に増えて……

──そんな中、直球の本格ミステリーで『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』で『このミステリーがすごい!』文庫グランプリを受賞します。こちらの作品が生まれた経緯をお聞かせください。

鴨崎:最初に「密室が解かれなければ無罪になる」という設定を思いつきました。なぜ密室になったのかという理由を考えている時に、ふと「裁判でそういう判例があったら面白いんじゃないか」と思いついて、そのアイデアをメモ帳に残していたんです。で、ある時「次は何を書こうかな」とメモを見返して、「これにしようかな」と選んで。最初のアイデアを思いついてから、この小説を書くまで2、3年かかっていると思います。

──密室殺人づくしにしようと思ったのは、なぜでしょう。

鴨崎:アリバイトリックのような他の要素を入れるより、どうせなら密室殺人事件がたくさん起きたほうが面白くなるかなと思ったので。

──6つの密室殺人が起きるミステリー小説を書くために、「密室=無罪」というアイデアを持ち出したのでしょうか。

鴨崎:最初からトリックを6つ入れようと思っていたわけではないんです。この世界観でミステリーを書こうと思った当初は、トリックを3つ入れるつもりでした。でも、4つ思いついたので、「じゃあキリよく5つにしよう」と思って。さらにひとつ足して、結局トリックが6つになりました。足し算みたいな感じで増えていったんですよね。

──出し惜しみしたくなりませんでしたか?

鴨崎:まぁ、いっぱい入ってるほうが面白いかなと。応募する賞の規定枚数内に収まるようにしつつ、そのうえでたくさん事件が起きたら、スピード感があって楽しいんじゃないかと思ったんです。

──最初に考えていた3つのトリックは、以前からネタとしてストックされていたのでしょうか。

鴨崎:ネタはちょいちょいストックしていますが、この小説に関しては書き始めてから思いついたトリックのほうが多いですね。最初の密室トリックだけは、高校時代に考えたものですけど。

──高校時代と言ったら、まだ小説を書き始める前ですよね?

鴨崎:ええ。でも、トリックだけは考えていて、メモ帳に走り書きを残していたんです。で、今回最初に4つのトリックは思いついたんですけど、それ以上は浮かばなくて。昔のメモ帳を見返してたら使えそうなのがあったので、そこから引っ張ってきました。メモ帳の字が汚すぎて他のは解読できなかったんですけど、唯一それだけはヘタクソな図が描いてあったので「これなら解読できるな」と思って。

──密室トリックは、どうやって考えるのでしょう。

鴨崎:ソファに寝っ転がりながら……って、そういうことじゃないですよね。作中でも、最後のほうで密室を15パターンに分類していますけど、僕が考える時もそこからの派生で「このパターンを発展させられないか」「逆に、これに属さないパターンはないかな」と考えていきます。基本的には、既存のパターンを発展させるか、既存のパターンに当てはまらないものを作るかのどちらかだと思っているので、「こういうトリックが作りたい」と考えて、あとはひたすらアイデアをひねり続けていきます。

──6つの密室トリックの中で、鴨崎さんの会心作はどれでしょう。

鴨崎:やっぱり6番目のメイントリックは、自信がありました。もうひとつ、扉の自動施錠トリックがすごく気に入っているんですけど、誰も褒めてくれないんですよ。自分としては、かなり高度なことをやってるつもりだったんですが……。細かいところに着目して、「これを密室トリックに使うのか」というものになっていると思うんですけど、なぜか褒めてくれる人がいなくて。

──個人的には、死体がドミノで囲まれている密室殺人トリックが好きでした。

鴨崎:Twitterでエゴサしていると、ドミノが好評なんですよね。それが本当に意外なんですよ。個人的にはそんなに人気が出ると思っていなかったので。自動施錠よりドミノのほうがみんな好きなんだな……と。

──先ほど「寝っ転がりながらトリックを考えている」という話が出ましたが、普段どういうスタイルで新しいトリックを考えているんでしょう。

鴨崎:基本、転がってます。転がってるんで、気が付いたら寝てますね。まぁ、寝てもいいやと思いながら考えてるんで。

──寝転がって「ああでもない」「こうでもない」と考えていると、突然アイデアがひらめくんですか?

鴨崎:自分の場合、頭を考える状態にしておかないと降りてこないみたいなんです。例えば土日を使ってトリックを考えても何も出てこなかったのに、次の日に会社でふと思いつくこともあります。その場合、おそらく土日に考えていたことがヒントになっているんですよね。突然降ってくるみたいなことはなくて、前段階としていろいろ考えていることが大事なんだと思います。

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