あなたのお子さんは「いやです」と言えますか? 連れ去り事件から身を守る“安全基礎体力”は、就学前に身につけるのがベスト

出産・子育て

公開日:2022/4/8

あぶないときは いやです、だめです、いきません 子どもの身をまもるための本
『あぶないときは いやです、だめです、いきません 子どもの身をまもるための本』(清永奈穂:文、石塚ワカメ:絵/岩崎書店)

 入学シーズンに差し掛かり、子どもをひとりで小学校に登校させることにヒヤヒヤしている保護者は多いはず。「知らない人についていかないで」と子どもに伝え、防犯ブザーを持たせる人も多いと思いますが、それだけでは不十分かもしれません。

 2022年2月に発売され、重版となった絵本『あぶないときは いやです、だめです、いきません 子どもの身をまもるための本』(清永奈穂:文、石塚ワカメ:絵/岩崎書店)では、“安全基礎体力”を高めることが防犯につながるのだと教えてくれます。著者は、犯罪、いじめ、災害などから命を守るための研究に取り組み、各地の自治体や幼稚園、保育園、小学校などで独自の体験型安全教育を行っている清永奈穂先生。

 ところで、“安全基礎体力”とは何でしょうか。どうすれば身につくのでしょうか。清永先生にお話を聞きました。

(取材・文=吉田あき)

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犯罪者は「抵抗しなそう」な子どもを狙っている

清永奈穂先生
清永奈穂先生 写真/HARUKI

――この絵本では、実際に起きている事件からわかった「あぶない人」「あぶない場所」などの特徴を伝えた上で、もしあぶない目にあった時の対処法をイラストを交えてわかりやすく教えてくれます。実際の事件では、どんな状況で子どもが襲われているのでしょうか。

あぶないときは いやです、だめです、いきません 子どもの身をまもるための本
『あぶないときは いやです、だめです、いきません 子どもの身をまもるための本』より

清永奈穂先生(以下、清永) 犯罪者は、近づきやすく、すぐに逃げられる状況を下見した上で、「好みの子がいる」「周囲の大人が見ていない」などの状況があわさった時に子どもに接近します。どうしても、子どもがひとりになっている時に狙われやすいですね。

――本書によれば、「図書館に行きたいから一緒についてきてくれない?」などと巧妙な声がけで近づいてくるとか。

清永 子どもに「今すぐに行かないといけない」と思わせるような、断りにくい言葉で声を掛けてきます。子どもの様子をうかがいながら巧みに言葉を重ねてくるので、人生経験の少ない子どもがきっぱりと断るのはとても難しい。でも、そこで「いやです、だめです、いきません」と断ることで、千葉県警の調査では7割、愛知県の調査では8割の犯罪者が逃亡することがわかっています。

――犯罪者はなぜ子どもから「いやです」と言われて逃亡するのですか?

清永 まさか子どもが断ってくるとは思っていないんですね。去年(2021年)の9月にも、小学校高学年の子がマンションの敷地内で胸をさわられる事件が起きたのですが、捕まった犯人が子どもを狙った理由は「大人の女性より抵抗しないと思った」というものでした。

 その女の子がすごくて、叫んで、防犯ブザーを鳴らし、道路に出て「助けて」と叫び、通行人に助けてもらって助かったのですが、犯人は大声を出されて驚いて逃げたようです。

 大きな声で叫ぶ、犯罪者が追いかけられないところまで20m走るなど、脆弱に見える子どもにも「こんなに力があるんだ」と犯人にわからせることはとても重要。この、犯罪者を断ち切る力を、私は“安全基礎体力”と呼んでいます。

これまでの安全教育だけでは不十分

――防犯といえば、これまでにも警察庁が推奨する「いかのおすし」という標語もありましたが…。

清永 「いかない、のらない、大声をあげる、すぐに逃げる、知らせる」というものですね。たしかにそうですが、ただ走れとか、ただ叫べと繰り返し伝えるだけでは、子どもの力につながりません。どのくらい走って逃げればよいのか、どのくらいの大きさの声だと犯罪者は諦めるのか、といった具体的な指導が必要ですし、さらには大人も同じですが、「なぜ自分が狙われるのか」「犯罪者はどうやって近づいてくるのか」といった根拠やメカニズムを知ることで、「どういう人に、どうやって気をつければいいのか」という思考が育っていきます。

あぶないときは いやです、だめです、いきません 子どもの身をまもるための本
『あぶないときは いやです、だめです、いきません 子どもの身をまもるための本』より

――絵本の中にも、“道を歩いている子猫を連れ去ったら、連れ去り事件の犯罪者と同じ”という、犯罪者のメカニズムを伝えてくれるような描写があります。

清永 犯罪者の視点になってメカニズムを伝える、というのはイラストレーターの石塚ワカメさんのアイデアです。頭ごなしに「こういう人があぶない」と伝えるのではなく、「なぜ犯罪者が子どもに目をつけたのか」という根拠を子ども目線で伝えることで、子どもは物語の中に入っていき、登場人物とともに安全教育を学んでいけると思います。

就学前から学ぶと、危険を乗り越える力がつきやすい

――本書では、実際に通学路を歩いてあぶないところをチェックできるようなマップや、実際に走って逃げる練習をしたくなるようなページなど、体験できるハウツーも多いですね。

清永 就学前は特に、体験しながら学ぶことが大切ですから。年齢が若ければ若いほど、走る、叫ぶなど、遊びのような体験を積み重ねることで自然と体が動くようになっていきます。

――安全基礎体力を子どもに身につけさせるために適した年齢はありますか?

清永 どの年齢でも遅くはありませんが、一番のおすすめは小学校にあがる直前の時期。安全基礎体力は座学と体験の両方をとおして身についていきますが、その両方をフル装備で身につけられるのが、この時期だからです。

 もっと小さい4歳や5歳なら「はちみつじまん」(あぶない人の特徴となる「はなしかける」「ちかづく」「みつめる」「ついてくる」「じっと、まつ」の頭文字をあわせた標語)という言葉は知っているだけでも良くて、それよりも一生懸命走ることなどを練習する。たとえ中学生、高校生でもこの体験は遅くはありません。ただ、年齢があがるにつれて、頭ではわかるけど体を動かせないことが増えていくので、徐々に座学の質を濃くしていくことと、そして体験も交えることも必要です。大人でも危機を疑似体験しておくことでいざという時体が動くようになります。

 座学と体験の両方で学ぶことはどんな年齢でも必要で、発達段階にあわせて変化させていくことが大切。その両方をバランスよく学べるのが年長さん。さらに就学前から学んでおくと、危機を乗り越える力がつきやすいです。

楽しく繰り返し読むうちに安全の知識が身についていく

――清永先生は子どもたちに直接教えていらっしゃるそうですが、反応はいかがでしょうか?

あぶないときは いやです、だめです、いきません 子どもの身をまもるための本
『あぶないときは いやです、だめです、いきません 子どもの身をまもるための本』より

清永 あぶない人は「はちみつじまん」、あぶない場所は「ひまわり」(「ひとりだけになるところ」「まわりからみえにくいところ」「わかれみち、わきみちやうらみちのおおいところ」「りようされてないみち、あきちや、こうえんなどひとがだれもいないところ」の頭文字をあわせた標語)のなどの標語をまじえて教えていますが、子どもはスラスラと素直に受け止めてくれますよ。大人は「こんなこと覚えてもしょうがない」と懐疑的な人や、「こんな標語は覚えられない」という人も少なくないのですが。4〜5歳から始めてもいいですし、年長さんになったら信じられないくらい飲み込んでいくと思います。標語を覚えることが重要ではなく、まずは野生の勘を育てること、そして感覚的にでよいので「へんだな、おかしいな、そしてあんぜんだな」という感じを体で覚えることが大切です。

――幼稚園や保育園、小学校でも教えてくれるのでしょうか。

清永 文科省は2018年から安全教育を幼稚園から順に義務化し、今では小中学校でも安全教育は実施されていますが、「発達段階にあわせて教える」という大切なことが抜けているような気がします。たとえば、小学校では1年生から6年生までが同じ場所に集められて、同じことを教えられるのが一般的ですが、国語や算数ではそんなこと有り得ませんよね。

――かといって、親である自分たちにも十分に教えられる自信はありません…。

清永 学校の先生たちも私たち親世代も、学んできていないことなので当然だと思います。私にも子どもはいますが、母親として考えた時に「人を疑う」ことや「人を信じる」こととの違いをどうやって教えたらいいのかが難しいところで、先生方に研修をすることもあります。

――その学びがこの絵本で学べるのですね。読者からは「探し絵をしながら楽しく読めた」「子どもが食い入るように眺めていた」などのメッセージが届いているとか。

清永 「あぶない人がどんな人なのか」を伝える場面では、「はちみつじまん」という標語とともに、絵を見ながら親子であぶない人を探せるような工夫をしています。物陰から覗いている人がいる…という絵は、怖いけど面白さもあります。防犯の本というより、楽しく何度も繰り返し読んでいるうちに、さまざまな発見をして、いつのまにか安全の知識が身についているような本に仕上がっています。

親子で共助関係に

――絵本の終盤では、親が子どもに「あぶないめにあったらお母さんに言ってね。あなたは悪くないから」と声がけをするページが印象に残りました。

清永 怖いことばかりではなく、助けてくれる人もいるという安心感は「助けて!」と周りの大人に飛び込む勇気につながります。子どもの話を聞いてくれる大人がいるという温かさも大事に描きたいと思いました。

――ぜひ子どもに声がけをしてみたいです。親が学べることもたくさんありました。

清永 「お父さんも知らないんだね。じゃああぶないところを一緒に見つけに行こう」などと、親子で同等に学び合うのがいいのではないでしょうか。お互いにゼロから始めて一緒に伸ばしていける、ともに学び合う親子の共助関係ですね。いっぽうで、親は社会経験がある分、情報のアンテナを伝える役目でもあります。半歩くらい前を歩いていけるといいですね。

――清永先生の前著『いやです、だめです、いきません 親が教える 子どもを守る安全教育』(岩崎書店)を読めば、もっと知識を深められそうです。

危機にふれても乗り越える力をつけて、加害者にもならず生きていく

――昨今は、親が先回りしすぎて子どもの力がつきにくい子育てが問題になることもありますが、この絵本では、子ども自身に力をつけさせることの良さも感じました。

清永 そうですね。他国では送り迎えもすべて親が管理するような地域もありますが、子ども自身が自分で考えて判断する力を身につけなければ、大人になってから、自分で安全な社会を作っていけるような人にはなれません。子どもは必ず親のもとから巣立っていきますから、今から、自分で歩いていける力を少しずつでもつけていくことが大切です。

――安全教育をとおして、子どもが自立する力も備わっていくのですね。

あぶないときは いやです、だめです、いきません 子どもの身をまもるための本
1990年代後半から続く空洞の世代が呼び起こした少年非行とコロナ禍

清永 自立する力はもちろん、自己感覚や他者感覚、社会的規範も身につきます。最近、中高生が大きな事件を起こしている根底には、それらの喪失があると考えています。1990年代後半から続く空洞の世代が少年非行を呼び起こし、今またコロナ禍のような危機が訪れて、底辺にあったものが一気に吹き出してくることも。

 受験や環境の変化など根底にあるものは人それぞれですが、そうした危機にふれた時、魔がさしてナイフを持ち出すのではなく、ふんばって乗り越える力が安全教育をとおして身につくはずです。

――被害者にも加害者にもならず生きていくことにつながると。

清永 そうですね。そういった力が、じつは、毎日のお散歩や親子の会話のような幼少時の行動から育っているのです。同時に、大人になってから経験しやすいSNSのトラブルなどでも危険を断ち切る力にもつながります。SNSはまさに、犯罪者にとって近づきやすく逃げやすい場所ですから。あやしいと感じたら断ってもいいことを小さな頃から学び、少しずつ意識改革をしていくことが大事です。

子どもの頃から助け合える経験を積み重ねることで、当然のように安心安全に暮らせる社会になれば

――この絵本が、安心安全にまつわるあらゆる力を子どもに身につけさせてくれるのですね。あらためて、文字や計算などの学びと同じように、小さい頃から安全基礎体力を身につけることの大切さが伝わってきました。

清永 あぶない人、あぶない場所、あぶない目にあった時の行動について、子どもの頃から知っておくことは大事なことですね。私が子どもの頃、ニューヨークを訪れたのですが、危険だと言われるハーレム地区でも高校生や女性たちが平気な顔をして歩いていて、「どこがあぶないところか、どうすれば安全なのかを学んでいるから危険な場所でも歩くことができるんだ」と教わったことがあります。情報化社会の中で、日本もまた、誰もが安心安全を学ぶ時代になってきたように思います。

 本書の中で、あぶない目にあった時の行動を「ハサミとカミはお友だち」という標語で紹介していますが、ここに「お友だち」と入れたのは、助け合う社会を作りたいからです。どこで犯罪被害にあうかわからない社会だからこそ、助け合える経験を子どもの頃から積み重ねることで、やがて当然のように安心安全に暮らせる社会になればと感じます。

「いやだ」とひとこと言えるだけでもずいぶん違います。無理をしなくても、お散歩など、体を動かして遊ぶだけで子どもの学びにつながります。絵本の読み聞かせも、じつは、人のお話を聞くという安全教育の基本のキ。最初は失敗してもいいですから、親子で楽しみながら安全基礎体力を身につけることを目指していけるといいですね。

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