「いい世界も悪い世界も自分の発想で作り上げられる」GANG PARADEのユイ・ガ・ドクソン、小説初挑戦で感じた手応え

文芸・カルチャー

公開日:2022/4/27

ユイ・ガ・ドクソン

 WACK所属のアイドルグループ、GANG PARADEのユイ・ガ・ドクソンが小説家デビューを果たす。声優・徳井青空やボカロP・すりぃ、文芸投稿サイト「monogatary.com」の連動コンテスト応募者らが寄稿した「チョコレート」がテーマの恋愛アンソロジー『にがくてあまい』(ひよこ文庫)に収録される彼女の処女作『チョコレート・ブレイク』は、ほんのり心が温まる作品だ。

 2人の姉と育った物語の主人公“僕”にとって、バレンタインデーは「大切な人へチョコレートを渡す日」だった。バレンタインデー当日、チョコレートを渡すため大好きな彼女と待ち合わせしていた“僕”。しかし、彼女から「普通のバレンタインデーがずっと羨ましかったの」と言われ、別れを告げられてしまう。

 落ち込みながら街中を歩いていた“僕”が見かけたのは、架空のアイドルグループ「メルティー・キッス」の新曲リリースイベントの告知。やがて、生まれて初めてのアイドルイベントに参加した“僕”に転機が訪れる――。

 アイドルも要素に盛り込んだ作品では、ユイ・ガ・ドクソンならではの発想や繊細さも光る。処女作に詰め込んだ思い、執筆の裏にあった苦労とは。本人に話を聞いた。

(取材・文=カネコシュウヘイ 写真=竹花聖美)

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■アイドルの描写では現実に“あること”と“ないこと”の両方を描けた

――日頃、アイドルとして活躍しているユイ・ガ・ドクソンさん。新たなチャレンジとして「小説を書いてほしい」とお願いされた当初は、どんな感想を持ちましたか?

ユイ・ガ・ドクソン(以下、ドクソン):初めは信じられなくて、驚きました。でも、うれしかったですね。幼い頃から読書は好きでしたし、クリスマスプレゼントも本だったんです。本にハマったきっかけは、伊坂幸太郎さんの『重力ピエロ』(新潮社)で。初めて読んだときに衝撃を受けて、小説にものめり込んでいきました。

――「好き」をテーマにしたコラムサイト「SCRAMBLE」で、趣味を生かしたラーメンのコラムも書いていますよね。文章を作るのは得意だったんですか?

ドクソン:じつは、苦手なんですよ(笑)。ふだんは日記ぐらいしか書かないし、ラーメンのコラムも苦手を克服するためにやらせていただいたんです。

――なるほど。処女作『チョコレート・ブレイク』は創作ですし、勝手がまた違ったのかなとも思います。

ドクソン:物語を書いた経験はなかったので。でも、小学校時代に一度だけ創作したことはあるんです。お出かけの思い出を書いて提出する課題があって、行ってもない場所について書きました。家族で山登りに行く機会が多かったんですけど、当時はオシャレだと思わなかったので「遊園地に行きました」と書いて。人生で初めて書いたファンタジー作品でした(笑)。

――その作品もいつか見てみたいですね(笑)。処女作ではテーマが「チョコレート」と決まっていましたが、主人公の男の子が“チョコレートを渡す側”であるのは、ユニークな発想だと思いました。

ドクソン:最初に「チョコレート」と聞いて、物語のアイデアが3つ浮かんで。初めはどのお話も、女の子の主人公を思い浮かべていました。でも、担当の編集者さんから「男の子がチョコレートを渡す側になったら面白いんじゃない?」とアドバイスをいただいてから、たしかに面白そうと思ったんですよ。じゃあ、男の子が渡す側ならば「姉に囲まれて育った設定はどうだろう?」と考えて、そこから発想をふくらませていきました。

ユイ・ガ・ドクソン

――主人公“僕”が足を運ぶアイドルのリリースイベントでの描写は、日々の活動を通した経験も生きたのかなと思います。

ドクソン:最初に3つのアイデアが浮かんだ段階から、アイドルの要素は盛り込みたいと考えていたんですよね。経験してきたことだから、細かな描写もできるかなと思って。小説であれば、実際の活動で“あること”と“ないこと”の両方を書けるのも面白いと思ったんです。

――実際に“あること”は、作品にどう反映させたんでしょう?

ドクソン:物語の中で、主人公にリリースイベントの参加方法を教えてくれた「全身ピンクずくめの服装をした同じ年頃の男性」には、モデルの方がいます(笑)。グループを熱心に応援してくださっている方で、人柄がすごくいいんです。ただ、実際の年齢は主人公よりずっと上の方ですけど、同じ年頃の設定に変えて。初めは“脳内再生”が余裕なぐらいリアルに描きましたが、表現は小説向けにデフォルメしました(笑)。

――ご本人はきっと、読んだらうれしいでしょうね(笑)。反対に、実際に“ないこと”では何を描いたんですか?

ドクソン:ファンとアイドルが直接つながりを持つことです。世間的にはタブーとされているし、私のいるグループでも現実的にはないけど、描いてみたかったんですよ。物語では、アイドルグループ「メルティー・キッス」のメンバーであるナコが主人公と距離を縮める場面もありますが、願望というか、本来やってはいけないことへの葛藤を描きました。駄目だと言われていることであっても、突っ走ってしまうのは人の性でもあると思っているんです。創作だからと割り切って、想像の範囲で暴走させていくのも面白かったし、かえってリアリティーが出たかなと思います。

――ファン側から見てドキドキする展開はみどころかと思います。そうした場面もありながら、物語の結末は人それぞれに“ハッピーエンド”か否か、評価が分かれる展開と感じられましたが、ねらいはあったんですか?

ドクソン:恋愛アンソロジー自体のテーマが「にがくてあまい」なので、どちらにも取れるようにしたかったんです。今回の作品では、ナコが最後に“ある決断”をしますが、どんな物語であっても登場人物たちの世界は続いていくじゃないですか。私は、読み終わったあとに「この続きはどうなるんだろう」と思える作品が好きなので、読者の方々に「また読みたくなる」と感じてもらえるような余韻を残しておきたかったんです。ハッピーエンドと考えるかどうかも人それぞれですし、色々な解釈を楽しんでもらいたいなと思います。

ユイ・ガ・ドクソン

■次回作のチャンスがあるなら物語が終わったあとも「憎まれる人物」を描きたい

――作品の魅力を掘り下げてきましたが、処女作執筆時の様子も伺えれば。正直、一番苦労したのはどういった部分でしたか?

ドクソン:書き出しを決めるまではだいぶ悩みました。テーマを決めてから、自分で書いた1行目の文章に納得するまですごく時間がかかったんですよ。いったん書いてみても、翌日に見返すといまいちだったので“書いては消して”を繰り返して。でも、頭の中で物語の展開は浮かんでいたので、書き出しが決まってからはアイデアをどんどん形にしていくことができました。

――1行目の文章は読者の心をグッと引きつける意味でも大事です。では、書き出しを突破してからの苦労はありましたか。

ドクソン::自分の作品が「本当に面白いのかな」と悩みました。アイデアの段階でも、メンバーに聞いたんですよ。ふだん文学にふれていない子からのフラットな意見をもらいたくて、最近では、可愛いハリネズミの写真集しか読んだことがないほどのココ・パーティン・ココ(GANG PARADEメンバー)に聞いて(笑)。文字の世界に対する先入観のない意見は、ありがたかったです。作品が完成してからも周りの方に感想を求めました。皆さんの感想を聞きながら、最後は「読み物には好みもあるから」と言い聞かせて、自分を信じることにしました。

ユイ・ガ・ドクソン

――評価には正解がないですし、迷っていたのは共感できる気がします。さまざまな苦労も抱えながら無事に作品を完成させましたが、成長を実感できた部分はありましたか?

ドクソン:頭の中に思い浮かんだものを、目で見える形にしていく感覚は新鮮だったし自分にとっての学びでした。作詞やコラムの執筆は現実の自分を反映させていく感覚ですけど、物語を作るのは、違う世界にいる別の誰かを描くから“神様”になったような気持ちで。小説以外の表現でも、今回の経験を役立てられるかなと思いました。

――新たな刺激を受けて、創作の楽しさにも目覚めたのかなと思います。

ドクソン:自分で世界を作っていくのが、すごく楽しかったです。登場人物が辛い目に遭ったあとでいい経験をさせてあげることもできるし、嫌いになったら、とことん辛い思いをさせることもできるなと思って(笑)。いい世界も悪い世界も自分の発想で作り上げられるのは、創作ならではの楽しさだなと思いました。作品と向き合う中での苦労もありますけど、また味わってみたいです。

――次回作にも期待したいです! 今、考えているアイデアはありますか?

ドクソン:今回の作品では登場人物がみんないい人だったので、悪い人たちばかりの物語も書いてみたいですね。悪魔のような主人公が立ち回る、みたいな(笑)。私の場合ですけど、どんな悪役であっても読み終えると好きになっちゃうんですよ。伊坂幸太郎さんの『グラスホッパー』(KADOKAWA)に出てくる殺し屋のように、どれほど血も涙もないことをしていても、登場人物の人間性や理由を知ってしまうと惹かれてしまって。物語が終わっても憎まれる人物が描けるかどうか気になるので、次回作のチャンスがあるなら、予想を裏切る展開にしてみたいです。

ユイ・ガ・ドクソン

プロフィール
ユイ・ガ・ドクソン●アイドルグループ・GANG PARADEのメンバー。10月21日生まれ。滋賀県出身。BiS公式ライバル・グループSiSのメンバーとして活動を始めるが、お披露目ライブ直後にグループは活動休止に。2016年10月にGANG PARADEへ加入し、20年3月よりGO TO THE BEDSとPARADISESの2グループに分裂し活動開始。精力的にライブを行い、21年には両グループ合わせて270本ものライブを敢行した。22年1月1日には満を持しての再結成。ラーメン好きが高じて「CHEEZ for スゴ得」「SCRAMBLE」の両サイトにてラーメンコラムを連載中。『恋愛アンソロジー にがくてあまい』に書き下ろした「チョコレート・ブレイク」が初めての小説執筆作品。

GANGPARADE公式サイト:https://www.gangparade.com/

monogatary.com:https://monogatary.com/
ひよこ文庫:https://hiyoko-bunko.com/

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