生きづらさを感じている女性たちよ、女子プロレスを観よう!『女の答えはリングにある』著者・尾崎ムギ子インタビュー

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更新日:2022/4/14

『女の答えはリングにある 女子プロレスラー10人に話を聞きに行って考えた「強さ」のこと』(尾崎ムギ子/イースト・プレス)

「女子プロレスと出会って、ライターとしても人間としても本当に変われたと思う」。そう語るのは、女子プロレスラーへのインタビュー集『女の答えはリングにある』(イースト・プレス)の著者・尾崎ムギ子さん。ガールクラッシュ、女性の生きづらさ、女の強さ……プロレスに興味はなくとも、そんな言葉が気になる人にぜひ読んでほしい熱いインタビュー。

(取材・文=門倉紫麻)

とにかく「女子プロレスがめちゃくちゃおもしろい」ということを書こうと思った

――『女の答えはリングにある』は、3年前に尾崎さんが出された男子プロレスラーへのインタビュー集『最強レスラー数珠つなぎ』(※参考レビュー:https://ddnavi.com/review/528227/a/)と同様、取材を通して著者の尾崎さんご自身が変化していく様子を追う物語でもあります。前作から1年半、文章が書けなくなっていた尾崎さんに、「また文章を書いてください!」と編集さんからお声がかかったそうですね。

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尾崎ムギ子さん(以下、尾崎):そうですね。『最強レスラー数珠つなぎ』ですべて出し切って、燃え尽きた状態だったのですが……編集者の黒田さんから連絡をいただいて。

尾崎ムギ子さん

――黒田さんにもご同席いただきました。どういうものを書いてほしいとおっしゃったのでしょう。

編集担当・黒田さん(以下、黒田):私自身がそうなのですが、プロレスに自分の人生を重ね合わせて観ている方は多いと思うんです。なのでムギ子さんには前作よりさらにそういった面を強くしたものを書いてほしいと思いました。ただその時はまだ女子プロレスに特化したものをという話にはなっていませんでしたね。

――まずはお2人の間でプロレスの感想を送り合う「往復書簡」が始まります。そのうちお2人とも女子プロレスに惹かれるようになり、「強い女たちに話を聞きに行く」ことが決まる。その過程でお互いの恋愛や仕事、人生についての生々しく切実な対話が行われます。

尾崎:読んでいる人に「私もそうだな」と感じてもらえるところがあればいいな、と思っていました。

黒田:私やムギ子さんのように、「結婚していない」「稼げない」という人は今、とても多いと思うんです。でも「いいじゃないですか、それで」という気持ちもあって……そこに共感していただけるのではないか、と。

――お2人の価値観に違う部分があるのもいいですよね。「とっとと結婚して、“女の幸せ”とやらを掴んだほうがいいのかなあ」という尾崎さんの言葉に黒田さんが編集者としても女性としても憤慨する気持ちもわかるし、「結婚しなくてもいい」という価値観が浸透してきたとはいえ、辛い気持ちの時につい「結婚=女の幸せ」かのように口にしてしまうのもリアルだと思いました。

尾崎:完全に「結婚しなくていい」と思えている人は、多くないと思うんです。私は今、楽しく暮らしているし、強く結婚したいと思っているわけではない。でも「したほうがいいのかな?」と思うこともある。私と黒田さんの間に違いは多々ありますね(笑)。誰かと仲良くなる時って最初はフィーリングで、そのうち相手の価値観を知って、「違うな」と思ったらなんとなく離れていきますよね。でも私たちはケンカをしたんですよ。そのことでさらに強い結びつきが生まれました。

――価値観の違いはそのままに歩み寄るという、仲直りのくだりも素敵でした。登場する10人のレスラーの方たちも、女子プロレスへの向き合い方や女性としての生き方について、それぞれ違う価値観を持っていますよね。でもライバル選手を心底認めていたり、女子プロレスを盛り上げたいという共通の強い思いを持っていたりする……そこにもぐっときます。多くの女性に読んでほしいですし、読めば女子プロレスが観たくなると思います。

尾崎:ありがとうございます! 書いている途中で自分の伝えたいことが「強さとは何か」なのか、女性の生きづらさなのか、わからなくなったことがあったんですが、とにかく「女子プロレスがめちゃくちゃおもしろい」ということを書いて、たくさんの方たちに女子プロレスを観てもらおうと思いました。

黒田:実は、私はプロレスファン以外に、明確に読んでほしいと思っている方たちがいまして。K-POPの女性グループが好きな人たち――「ガールクラッシュ」(※女性が憧れる女性のこと)という言葉に反応する方は、絶対女子プロレスはまる、という理論で本を作っていました。往復書簡でも「ガールクラッシュ」という言葉は出してはいたんですよ。

尾崎:そういう理論があったことは、初めて聞きました(笑)。

黒田:いろんなガールズグループで、女の子同士が支え合ってがんばっていて……女子プロレスラー同士の関係に近いと、私は思っています。

――なるほど……尾崎さんが黒田さんとの関係を「いや、友情なんて生ぬるいもんじゃない。これは真のシスターフッドなのだ!」と言う場面がありますが、「ガールクラッシュ」と合わせて、この本に通底するものが見えてくる感じがしますね。

 

ジュリア選手の取材で腹をくくった。「あとは突き進むだけだ!」

白川未奈選手 ©スターダム

――この本に登場するのは、白川未奈、中野たむ、岩谷麻優、林下詩美、ジュリア、朱里、長与千種、彩羽匠、DASH・チサコ、橋本千紘という10選手です。同性の性的な部分に対して「心のPTAが発動」するお2人が、グラビアアイドルでもある白川選手に、セクシーなコスチュームを着ることについて、「女の幸せ」について話を聞くところから始まります。取材後にお2人の考えが変化していく様子もつづられていますね。お2人同時に体調を崩して休養する場面もありました

尾崎:取材が本当に楽しくて、毎回反省会というか「よかったね!」と言い合う「喜び会」を開くんですが、それが何時間も続いたりして。アドレナリンがずっと出っ放しで、それに2人とも疲れてしまったんですよね。私は精神的に、黒田さんは肉体的に、ガクッと来たのだと思います。

――ずっと選手の気持ちに寄り添って取材をしていらっしゃいました。絶望を抱えてきた中野たむ選手が「この世界に絶望している人」の励みになりたいと号泣するところでは尾崎さんも一緒に涙を流されていましたね。

中野たむ選手 ©スターダム

尾崎:そうですね……毎回すごく感情移入していました。ただ感情移入し過ぎてしまうと続かないな、ということがわかったので、今はそうならないよう気をつけてはいます。

――5人目のジュリア選手への取材の後、女子プロレスを盛り上げるのだという尾崎さんの決意が、さらにはっきりと示されます。「託されたと感じた」と書いておられましたね。

ジュリア選手 ©スターダム

尾崎:はい。取材前にジュリア選手に「女子プロレスをもっと盛り上げたい」という話をしたら、「ぜひ一緒に」と言っていただいて。心の交流が持てた、通じ合えた、と感じました。それまで語っていなかったいじめの話やアイスリボン退団の話もしてくださって……女子プロレスを盛り上げたいという私たちの気持ちを感じ取って話してくれたのだと思います。それまでの取材でも手応えを感じつつあったのが、ジュリア選手の取材で、ポーン! と跳ねたというか、確信に変わった。ジュリア選手ご本人も、取材の感想をTwitterやブログで書いてくださって。

――すごく嬉しいことですね!

尾崎:すごく嬉しかったんですが……妙に冷静でもあったんですよ。腹をくくったというか「あとは突き進むだけだ!」と思いました。

私も今、プロとしてリングに立っている

長与千種さん ©マーベラス

――女子プロレスを盛り上げる、という話から「令和のクラッシュ・ギャルズ現象」を巻き起こす、という言葉も出てきました。クラッシュ・ギャルズは80年代に大女子プロレスブームを巻き起こした全日本女子プロレスの長与千種選手とライオネス飛鳥選手のタッグチームですね。リアルタイムで熱狂していた者としてはその言葉が出たことに「すごい……!」という驚きと興奮がありました。そして、長与さんご本人に取材に行くことになる。長与さんのところは、文章が会話形式になっていますね。

尾崎:「長与さんの言葉には魔力がある!」と思ったんですよね。本当に言葉に力のある方で、そのままの言葉を載せたいという気持ちになりました。それと……私たちがびびっている感じをそのまま書きたかったというのもあります(笑)。

――「(長与)ワールドに引き込みます」「滅びの美学を学べ」「稀代の詐欺師です、自分」などまさに魔力のある言葉が並びます。貪欲に今のエンタメを取り入れていらしたのも印象的でした。長与さんの愛弟子である彩羽選手への取材はいかがでしたか?

尾崎:この取材を通して、私が特に励まされたのが彩羽選手の言葉なんです。「リングの上ではだれも助けてくれない」「勝てないかもしれないけど、リングに上がったら『勝ちます』って言い切る」とおっしゃっていて……自分に置き換えて「本当にそうだな」と思いました。

彩羽匠 ©マーベラス

――ご自分のどういう気持ちにフィットしたのだと思われますか?

尾崎:彩羽選手のインタビューは長与さんの直後だったんですが、長与さんのインタビューで思うように話を引き出せなかったことを引きずっていたんです。

――本の中では「長与千種に負けた」と書いておられましたね。

尾崎:はい。半ば落ち込んだ状態で彩羽選手にインタビューしてしまったのですが、そういう時に「リングに上がったら『勝ちます』って言い切る」と聞いて「ああ、私も今プロとしてリングに立っているんだから、しっかりしなきゃダメだよな」と思いました。私だけではなくて、誰しも人生というリングに立っていると思うので……多くの人に届けたい言葉です。

――誰しも人生というリングに……本当にそうですね。自分に置き換えて考えられる言葉がたくさんありました。橋本千紘選手の「強さの近道は素直になること」「みんな、自分が強いと思って生きてほしい」という言葉も大好きです。

尾崎:すごくいいですよね。レスラーの言葉は、インタビューだけでなく試合中に対戦相手に向けられたものでも、自分が叱咤激励されている気になったりします。男子レスラーの言葉ももちろん刺さるんですが、女子レスラーは同性なのでさらに感情移入しやすいと思います。

橋本千紘選手 ©センダイガールズプロレスリング

女子プロレスも尾崎ムギ子も、まだまだこんなもんじゃねーぞ!と

――10選手への取材が終わった後、橋本千紘選手と彩羽選手の試合の観戦レポートで本が締めくくられますね。この試合で彩羽選手が放った「いまなんだよ! 女子プロレスを作るのは、いま、自分たちなんだよ!」という言葉が印象的です。

尾崎:その言葉は、何回読んでも毎回涙が出ました。あの試合を生で観られて本当に良かったです。今を見なきゃダメですよね、何事も。今連載している『今こそ女子プロレス!』は「今輝いている女子プロレスラーにインタビューをする」というのがコンセプトです。

――先ほど前作を書いた後は「すべて出し切った」、書きたいことがなくなったとおっしゃっていましたが、今回はいかがですか?

尾崎:女子プロレスの魅力を伝え切ったとも思っていないし、自分の力を出し切ったとも思っていません。書きたいことが山のようにある。女子プロレスも尾崎ムギ子も、まだまだこんなもんじゃねーぞ!と思っています(笑)。

――すごく力強くて素敵ですね。

尾崎:女子プロレスに出会ってから、ライターとしても人間としても本当に変われたなあと思います。女子プロレスの企画をバンバン出していますが、幸運なことに企画がすごく通るんですよ。女子プロレス人気が高まっているから、というのが大きいですが、自分の強気な姿勢も影響しているように思います。「自信ないんですけど……」みたいな企画、誰も通してくれないですよね。今は「絶対数字も取れるし、面白い記事を書きます!」と断言しています。

――今の連載も、次にお書きになるものもとても楽しみです。

尾崎:ありがとうございます。これからも女子プロレスラーのみなさんと手を取り合って、女子プロレスを盛り上げていきたいです。

おざき・むぎこ●1982年東京都生まれ。2008年よりフリーライターとしての活動を開始、プロレスに関する記事を中心に執筆。著書に『最強レスラー数珠つなぎ』(イースト・プレス)。現在web Sportivaにて『今こそ女子プロレス!』を連載中。

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