上白石萌歌「枕元のテーブルにはいつもヨシタケシンスケさんの絵本を並べています」

文芸・カルチャー

更新日:2022/4/29

上白石萌歌

 現在放送中の朝ドラ『ちむどんどん』ではヒロイン・暢子の妹役を、ドラマ『金田一少年の事件簿』ではヒロインの七瀬美雪役を演じるほか、名前を見ない日はないというくらい多忙を極める上白石萌歌さん。本好きの彼女は、心を正しい場所にリセットしてくれるというヨシタケシンスケさんの絵本を枕元のテーブルにいつも並べるほど、大のヨシタケさん好き。そこで、萌歌さんに最新刊『かみはこんなに くちゃくちゃだけど』(白泉社)の魅力についてお話を伺いました。

(取材・文=立花もも)


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――上白石さんは、以前ラジオで長濱ねるさんに、ヨシタケシンスケさんの『あつかったら ぬげばいい』を“前向きな気持ちになれる本”として薦めていましたよね。

上白石萌歌さん(以下、上白石) 私も、友達から『あるかしら書店』をクリスマスにプレゼントされたのが、ヨシタケさんと出会うきっかけだったんですよ。以前から、本屋さんで見かけたことはありましたし、その友達がヨシタケさんが描くキャラクターのLINEスタンプを使っていたこともあり、一度見たら忘れられないユニークな絵だなあとは思っていたんです。色合いも素敵で、手書きの文字も妙に脳裏に焼きつくし、これは子どもも夢中になるんだろうなと思って読んでみたら……実は大人向けでは? と思うほどビターなメッセージが詰まっていた。あっという間に夢中になり、他の本も読んでみたいと思っていたところ、姉の本棚に『あつかったら ぬげばいい』があるのを見つけたんです。

あつかったら ぬげばいい
『あつかったら ぬげばいい』(ヨシタケシンスケ/白泉社)

――姉の萌音さんとも、よく本の貸し借りをされるんですよね。

上白石 はい。姉の部屋は、「図書館」って呼んでいるくらい、たくさんの本で溢れているんですけれど、私たち姉妹にとって本は幼いころから共通言語なんです。本を介して、さまざまな感想を言い合うことでお互いの意外な一面に触れることもできるし、同じ哲学を共有することもできる。それは友達とも同じなので、ぜひ、仲良しのねるちゃんとも共有したいなと思いました。

――『あるかしら書店』ではなく『あつかったら ぬげばいい』を薦めたのは?

上白石 もちろん『あるかしら書店』も大好きなんです。とくに、本を読んで寝ていると起こしてくれたり、感想を聞いてくれたりしてくれる、読書のお助けロボットがいたらいいのにと空想するページ。ほかにも「こんなこと、あるかしら……」「あればいいのに……」というたくさんの空想は、みんなの自由研究を読んでいるみたいでわくわくします。ただ『あつかったら ぬげばいい』は、私にとって人生のバイブルなんじゃないかというくらい、大きな存在になっていて。

――人生のバイブル。

上白石 歳を重ねていくにつれて……というほど私は人生経験は多くないですけれど、それでも、大人になればなるほど忘れがちなことや、頭でっかちになってしまっていることに、気づかせてくれる絵本だなと思いました。もちろん、学ぶことは大事。賢くなることも必要。だけど、物事を複雑に考えすぎて身動きがとれなくなってしまったり、心が窮屈になってしまったりする瞬間も、ありますよね。そういうときにこの絵本を読むと、心がリセットされるんです。

あつかったら ぬげばいい
あつかったら ぬげばいい

 とくに好きなのは〈おとなでいるのにつかれたら あしのうらをじめんからはなせばいい〉というページ。大人になると、地に足をつけることが大事だと言われるし、自分でもそう思ってしまうけれど、木登りしたり、ブランコに乗ったり、お風呂に入ったり、ぐっすり眠ったり、地面から足を離している瞬間の感覚も大事にしたいよなあ、と思い出させてくれました。

――最新作の『かみはこんなに くちゃくちゃだけど』はいかがでしたか?

上白石 この本に書かれているたくさんの「○○だけど」は、どちらかというと後ろ向きな内容ばかりなんだけど、だからといって落ちこむことはなく、むしろ背中を押されるような、寄り添ってもらえているような気持ちになりました。

――〈いつか歌手になりたいの、かみはこんなにくちゃくちゃだけど〉〈とってもステキな友達ができたの、その場所でめざしていたことは形にならなかったけれど〉など、希望や喜びの裏側を描いていますもんね。

上白石 でも現実って、そういうことが多いじゃないですか。たとえば「コロナ禍になってよかった!」と心から思えることなんて、ほとんどない。みんなが大変で苦しくて、いつまで続くんだろうという状況が2年以上も続いているなかで「でも、こういういいこともあったよね。コロナ禍だけどさ」みたいな感じで、ちょっぴり後ろ向きなものを抱えながらも朗らかに生きていくこともできるんじゃないか、現実はしんどいこともたくさんあるけどこんなふうに視点を変えられたらいいよね、というメッセージをもらえた気がしました。

――とくに好きなページはありますか?

上白石 〈どうしても味わってみたいものがあるの 大人はわかってくれないけれど〉のところ。赤ちゃんがスリッパを食べようとしてとりあげられているイラストですね。いったいどうしたらこんな視点をもてるんだろうかと、いちばん心をつかまれました。

かみはこんなに くちゃくちゃだけど
かみはこんなに くちゃくちゃだけど

 確かに赤ちゃんってなんでも口に入れたがるし、それを奪われたときは地獄に落とされたみたいに絶望的な表情をする。その瞬間を、たった2枚のイラストで表現できるのがすごいなあ、と。スリッパがよだれでべとべとになった感じもいいですよね(笑)。大人にはわからない、赤ちゃんの“これを味わいたいんだ”という確固たる意志も感じられますし、かわいいけれど切ない、不思議な味わいのある絵だなと思いました。

――〈ほしいものが手に入ったの、第一希望じゃないけれど〉みたいに、大人がふだん口にはできないことを、瞬間的に描きだすのもすごいですよね。手に入ったものを決して否定しているわけじゃない。でも、本音は本音としてあるんだよな、という。

上白石 大人から子どもまで、すべてのページで視点を変えて、そのキャラクターというか立場に寄り添って描かれているのも、いいなあと思います。ヨシタケさんのイラスト集に「自分で決められることなんて枕の位置くらい」みたいなことが書かれていたんですけど、そういうちょっと後ろ向きなところも楽しもうとする、ウィットに富んだヨシタケさんのセンスが、好きですね。

――上白石さんは、後ろ向きな気持ちになったときは、どうするんですか?

上白石 まずは、受け止めます。無理にでも明るくしてなきゃ、みたいな気持ちはあんまりなくて、どうしようもない日はどうしようもない自分を許してやっていこう、という感じで流すようにします。自分にとっていちばんの理解者は自分だし、自分の機嫌は自分でとらなきゃいけない。だったら、自分に無理をさせるよりも、そのままの状態を受け入れて自然に頑張れるようになるのを待つのが、結果的にはいちばんいいんじゃないかなあ、と。

――その姿勢は、ヨシタケさんの絵本とも似ている気がしますね。

上白石 確かに、そうですね。ヨシタケさんの絵本を読んでいると、受け止めて、包んでくれるような心地がします。だから、ふとした瞬間に読みたくなってしまうのかもしれない。実は、枕元のテーブルにはいつもヨシタケさんの絵本を並べているんですよ。たくさんの方に囲まれてお仕事をする職業なので、どうしても人に気を遣いすぎてしまったり、心が萎縮してしまったり、人との距離のとり方を難しく感じてしまう瞬間も多いんですけど、そんなときにヨシタケさんの絵本を読むと、心を正しい場所に戻してもらえる気がするんです。だから、月に1回は必ず読むようにしていますし、眠る前に1ページだけ開いて、心を静めることもあります。ヨシタケさんの絵本って、どこから読んでも、どんなふうに読んでもいいよと言ってもらえている気持ちになれるのも魅力なんですよね。

――とくに『あつかったら ぬげばいい』『かみはこんなに くちゃくちゃだけど』は、明確なストーリーがないぶん、偶発的に開いたページに慰められることもありますよね。

上白石 装丁のデザインもとても素敵なので、眺めているだけで癒されますよね。ちょっとエスニックな香りのする、タイルのような文様も好きです。なんなら全部読みきらなくてもいいんだよ、と言ってくれているような、ヨシタケさんの自由さにほっとしますし、手書きの文字を見ているだけであったかい気持ちにもなれるんですよね。だからLINEスタンプが友達から送られてくるだけでも、うれしくなります。

――『かみはこんなに くちゃくちゃだけど』仕様のLINE着せかえも作成中(※)なんですよ。

上白石 わ、かわいい! これ、いいですね。使ってみたいです。LINE着せかえとか、ふだん目にする景色をほんのちょっと変えるだけで、気分って変わるので。

(※)5月発売予定

――朝ドラ『ちむどんどん』ではヒロイン・暢子の妹役、ドラマ『金田一少年の事件簿』ではヒロインの七瀬美雪役を演じていらっしゃいますが、まるで違うテイストの作品に同時に参加することで、気ぜわしくなることも多いのでは。

上白石 そうですね……。知らないうちに役が混ざっていたらどうしようと考えることもありますけど(笑)、同時に複数の役を見ていただける今だからこそ、みなさんの中にある上白石萌歌像がどんどん曖昧になるよう、どちらの役にも没頭して演じたいなと思っています。そして、複数の役を行ったり来たりする中間にいる素の私は“白”でありたいな、とも。役によって、いろんな色に染まるからこそ、ベースは何色にも染まれる白でありたい。『しろ』という絵本があるのですが、読んだときは、役者としての理想というか、テーマでもあるなと感じました。

――そういう意識でお仕事されているからこそ、ヨシタケさんの絵本を読んで、心をフラットな状態に戻すことも、上白石さんにとっては大事なんですね。

上白石 演技のお仕事って、読書にも似ているんです。脚本を読んで、現場の雰囲気やどこに誰がいてどんなふうに話すのかを思い浮かべながら、自分はどうふるまおうかと考える。それは、本を読みながら頭のなかに世界観を構築していく作業と、とても近い。ヨシタケさんの絵本のように、自由自在に想像力を押し広げてくれるものに出会うと、頭が柔らかくなって、私自身「なんでもあり」の想像力を育てていくことができるんです。それもまた、役者というお仕事の礎になっていくでしょうし、これからも何度も読み返して、ヨシタケさんの世界に触れていきたいと思います。

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