空気を読まない自由さを。今こそ私たちに必要な「ムーミン谷の哲学」

文芸・カルチャー

更新日:2022/5/16

 5月6日(金)発売の雑誌『ダ・ヴィンチ』6月号では、「ムーミン谷の哲学」を特集! 埼玉県飯能市にある「ムーミンバレーパーク」のショーでスノークのおじょうさんの声を演じ、「人生を豊かにするためのすべを、ムーミンたちから学んだ」という声優・花澤香菜さんや、幼少期に見たアニメが「ムーミン」との出会いだったという乃木坂46・山下美月さんのインタビューを掲載。さらに、宇垣美里さんや黒木華さんをはじめ「ムーミン」シリーズを愛する著名人が選ぶ名フレーズ、ムーミン谷をより深く知るためのブックガイドなどを紹介している。

ひとに優しく、しなやかに、空気は読まない。ムーミン谷の哲学

 朝起きて、ふと思い立って会いたい人に会いにいったり、冒険に出かけたり。そんな気まぐれができなくなって、ずいぶん経ちました。こういう生活に慣れてもきたけれど、慣れすぎるのもどうなのか。自由が制限された世界で、心は自由であるためにムーミン谷の知恵に、耳を傾けてみませんか。

 いま「ムーミン」の言葉が、なぜ私たちの胸にこんなにも響くのか。「ムーミン」とトーベ・ヤンソン研究家である森下圭子さんにお話を伺ったインタビューを『ダ・ヴィンチ』より特別転載する。

空気を読まない自由さが読む人に逃げ場を与えてくれる
「ムーミン」&トーベ・ヤンソン研究家・森下圭子

 長引くコロナ禍に加え、不穏な情勢。自分の気持ちがうまく吐けないなか、トーベ・ヤンソンやムーミントロールの言葉に励まされることも多かった、と語るのは、トーベ研究でも知られる翻訳家の森下圭子さん。

「同居のおばの皮肉に、委縮して姿まで見えなくなってしまったニンニという少女にリトルミイが〈たたかうってことをおぼえないかぎり、あんたは自分の顔を持てるわけないわ〉というセリフがあります。わかっていてもどうしたって勇気を振り絞ることができないときもあることを、トーベはよくわかっている。一歩を踏み出すためにはまず、安心していられる場所が必要なのです。ムーミンママをはじめとする一家の優しさや愛情に触れ、少しずつ安心を取り戻していったニンニは、自分の中の怒りや思い切り笑う感情を露わにし、ついに自分の姿を取り戻すことができた。他者との関係に自分の中のさまざまな一面を見せるキャラクターたちの姿、その中でどっしりと構えて安心感を与えてくれるムーミン一家を描いた物語は、私たちの逃げ場にもなってくれるように思います」

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 だからといって、キャラクターたちはただ優しいだけではない。リトルミイに限らず自由な物言いや振舞で、周りの人たちを巻き込むような一面ものぞかせる。

「ムーミントロールも含め、空気を読むということをしないんですよね。心に浮かんだことを自由に言い、なんだか会話の辻褄があっていなくても、心地よさそうにしてるんです。それは全員が互いを尊重し、それぞれの自由を大切にしているからではないでしょうか。でも自由に孤独はつきものです。自由とはなにか。どんなに憧れても、ムーミントロールはスナフキンになれないし、フィリフヨンカもムーミンママにはなれない。その寂しさ。だからこそ自分と絶対的に異なる他者と手をとりあう営みや、自分にしかなれない自分を慈しむことを孤独から学ぶのではないでしょうか。ムーミンの物語は、冒険の最後にムーミン谷に戻るところでハッピーエンドを迎えます。それはまるで私が私に出会い学んでいくことにも似ているような気がします。その時の自分に必要なものが、どこかに潜んでいて、だから私は読むたびに違った些細な場面や言葉に救われるのだと思います」

文=立花もも

もりした・けいこ●1969年生まれ。日本大学藝術学部卒業後、ヘルシンキ大学に進学。ヘルシンキ在住。翻訳や通訳、フィンランド文化の発信などを行う。共同翻訳書に『トーベ・ヤンソン 人生、芸術、言葉』。

本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』6月号からの転載になります。

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