友達ってむずかしい。でも、人と関わらずにはいられない『ミウラさんの友達』益田ミリさんインタビュー

小説・エッセイ

公開日:2022/6/17

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』7月号からの転載になります。

『ミウラさんの友達』より

〈思ってもなかったな~ あたしがさ~ ルームシェアするなんて〉

 ダイニングテーブルを挟んで会話をする、ふたりの女性。ごくありふれた光景に見えるけれど、実は片方がロボットで――。

 益田ミリさんの描き下ろし作品『ミウラさんの友達』は、ロボットと暮らす日々を通して、人との出会いや別れに向き合う物語。このマンガが生まれたきっかけは、ある小説を読んだことだったという。

(取材・文=野本由起)

「カズオ・イシグロさんの『クララとお日さま』を読んで、身動きできなくなるほどの衝撃を受けたんです。ロボットと少女の友情物語なのですが、読み終えたあとも目を閉じていつまでのその世界に浸っていたいような気持ちになって。私も自分のロボットを描きたくなりました」

 だが、益田さんが描くロボットは、『クララとお日さま』と大きく違う点があった。

「いざ描いてみると私のロボットには心がなかったんです。『あ、ないんだ』と、自分でもびっくりしました」

 そう、ミウラさんのロボット“トモダチ”は、人間そっくりだけど心がない。そのうえ、話すのは5つの言葉のみ。アート作品として不動産屋で委託販売されていたこのロボットのことが胸にひっかかり、ミウラさんは悩んだ末に家に迎え入れる。

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「ミウラさんは自分のちょっとした一言がきっかけで友達と疎遠になり落ち込んでいました。いっそ友達の代わりにロボットを買おう。そんなふうに思ったんですね。ロボットには人間の感情を読み取る機能が付いているので、悲しみや迷いを常に察知し寄り添ってくれます。ロボットとの生活は快適ですが、やがて人間の友達とのなにげないおしゃべりの尊さに気づいていくんです」

“トモダチ”が話す5つの言葉のうち、4つはロボットの作者によって設定されている。だが、冒頭で“トモダチ”が話すのは「そうなの?」「うん」「大丈夫」の3フレーズだけ。ロボットの生みの親が選んだ4つめの言葉は何なのか。読者の興味を誘うだけでなく、ミウラさん自身もロボットの作者がどんな人なのか思いを馳せるようになる。

「人間よりロボットといるほうが気楽だと思ったミウラさん。なのに5つの言葉だけを話す不思議なロボットを作った人物のことが気になってしまう。人間に疲れても、人はやっぱり人間に興味を持たずにはいられないんです。ちなみに読者のみなさんは5つの言葉を登場人物たちより先に知ることができます。私自身、その秘密をしばらくの間、読者のみなさんと共有したかったんです。この現実の世界で」

 残るひとつの言葉を設定するのは、ミウラさん自身。5つめの言葉からは、ミウラさんの、ひいては益田さんのまっすぐで柔らかな人柄が感じられる。益田さんによると、話す言葉を5つにしたのにも意味があるそう。

「5つの言葉で会話するロボット。必要な言葉ってそれぞれ。たった5つだからこそ、何を大事にしているのかよくわかる。自分ならなんだろうって考えてもらえたら。ミウラさんが選んだ言葉はわたしも選びます」

友情、恋愛、死……ロボットにない人間らしさ

 作中では、友達という関係の難しさについても語られる。〈大人になると 友達って減るのかな〉というミウラさんの言葉に、共感する人はきっと多いはずだ。

「子どもの頃は、たとえちょっとした言葉で傷つけあっても、クラス替えや進学などで自然と別れられるので、自分を納得させることができました。でも、大人になると区切りがないので、ただ別れがあるだけ。その分、『なんでこんなことになってしまったんだろう』と深い傷になっていくと思うんです」

 だからといって、それまで友達と過ごした時間は無駄ではない。

〈人生のある期間、一緒にいたっていう真実は、残ると思うんだ〉

 楽しかった過去もほんのり苦い今も、まるごと包み込むようなミウラさんの言葉に胸がギュッとなる。

「誰かと真剣に付き合った経験は、次に新しい友達ができた時の糧になる。そう考えられるようになったのも、大人になったからだと思います」

 益田さん自身も、今は“友達”という言葉にとらわれず、自分らしい人間関係を築いているそう。

「昔は、友達って1種類だと思っていたんです。いつも一緒にいて、何でも話し合えるのが友達なんだって。でも今は、年賀状だけやりとりする人、たまにメールする人、地震が来た時に真っ先に『大丈夫?』って連絡する人など、濃淡があるなと思っています。名前のつかない関係だけど、みんな大事。“友達”というくくりをなくすと、人づきあいが少し気楽になるように思います」

 作中で描かれるのは、友達との関係だけではない。会社の同僚・カジさんとの恋の予感も……。

「いちばん人間らしいところなので、恋の話はどうしても入れたいと思いました。恋に落ちるきっかけって、ほんとに小さなこと。『まさか、こんなことで?』と思うような瞬間から、『あ、なんかいいな』って気になりだして。デートでピクニックに行く前に『お菓子は高級なものじゃなくて、ポッキーときのこの山とかにしよう』って考えるのも、ロボットには伝わらない情報ですけど、すごく人間らしい思考ですよね」

 そしてもうひとつ、人間ならではの要素が描かれている。それは、死。

「『もしあの人が生きていたとしたら』と考えるのは人間だけ。決して戻ってこないのに考えられずにはいられないのです。私も『父が生きていたらこのお菓子送ってあげたいな』と思うことが。この物語にはひとりの女の子の死による深い悲しみがあり、けれど、その悲しみの根源は愛情なのです。誰かを愛する。喧嘩する。思いがけず恋をする。漫画冒頭の〈思ってもなかったな〜〉というセリフのように自分の心を思い通りにできないのが人間で、そういうところも描きたいと思いました」

“トモダチ”と束の間の日々を過ごし、ミウラさんはまた歩き出す。ミウラさんにとって、“トモダチ”はどんな存在だったのだろう。

「日記のようなもの、かもしれません。私も小学生の頃から大人になるまで日記をつけていましたが、日々感じたことを自分の言葉で書くと心が落ち着いたんですね。ミウラさんがロボットに日々の出来事や友達とのことを話すのも同じ。自分の気持ちや考えがまとまっていく、大切な時間だったんじゃないかと思います。この本を閉じたあとも、読者の方がそれぞれの物語の続きを思い浮かべてくれたらうれしいです」

SFになったとしても描くのは日々の出来事

 この作品には、益田さんにとって初めてのチャレンジも詰まっている。

「『ザリガニの鳴くところ』という小説を読んで、時間を行ったり来たりしながら物語が波のように現代に向かっていく構成が素敵だなと思って。私も同じような手法に初挑戦してみました。実は、この作品は私にとって初めてのSFなんです。このへなへなした画風ではSFと思っていただけないかもしれませんが(笑)」

 漫画デビュー20周年を迎えてなお、新たな挑戦を続ける益田さん。だが、「立っている世界はずっと変わらない」と話す。

「デビュー作からずっと、日々のことを淡々と描いてきました。これからも、それはずっと変わらないでしょうね。新型コロナウイルスによっていつもの世界が変わってしまっても、私たちは今を生きている。この世界で描けることが、これからもあるんじゃないかなと思っています」

 

益田ミリ
ますだ・みり●1969年、大阪府生まれ。イラストレーター。主な著書に、マンガ『スナック キズツキ』『僕の姉ちゃん』『すーちゃん』『今日の人生』『沢村さん家のこんな毎日』『こはる日記』『お茶の時間』、エッセイ『小さいコトが気になります』『永遠のおでかけ』など。

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