「安彦良和のDNA」をビジュアルに反映した、絶妙なデザインの背景――『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』キャラクターデザイン・総作画監督:田村篤インタビュー

アニメ

公開日:2022/6/17

機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島
機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島
全国の劇場にて公開中
© 創通・サンライズ

 名作は色褪せない――1980年代に一世を風靡し、いまもなおシリーズ新作が作りつづけられているガンダムシリーズ。その原点ともいうべきTVアニメ『機動戦士ガンダム』の1エピソードが、当時のメインスタッフ・安彦良和の手によって翻案され、劇場版アニメ化された。

 翻案されたエピソードは第15話「ククルス・ドアンの島」。シリーズの前半にオンエアされた1話完結型のエピソードであり、一年戦争を描く『機動戦士ガンダム』のストーリーとは一線を画すような脱走兵と戦災孤児の人間ドラマが、当時から語り草になっていた。この物語を現在のアニメーション技術と、劇場版というスケール感で描いたのが、本作『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』となる。

 本作でキャラクターデザイン、総作画監督を務めたのは田村篤。彼は安彦良和総監督作品『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』でもアニメーターとして活躍。安彦監督が作り出したキャラクターをいきいきと描いていた。本作においても、『機動戦士ガンダム』の主人公アムロ・レイや20人の子どもたち、ホワイトベースのクルーたちを丁寧に描き、本作の魅力を存分に引き出している。その田村氏に、本作の作画に込めた情熱を語っていただいた。

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安彦さんの絵が、僕の根本にはあるんです

――本作は初代『機動戦士ガンダム』の第15話を翻案した劇場作品です。田村さんは『機動戦士ガンダム』にどんな思いをお持ちでしたか。

田村:もちろん『機動戦士ガンダム』は幼い頃に見ていました。その後も、いわゆる「宇宙世紀」のシリーズはひと通り、今に至るまで見ています。なので『機動戦士ガンダム』の世界観もわかっているつもりでした。

――田村さんにとって、安彦良和というクリエイターはどんな存在ですか。

田村:僕らの世代から言ったら、伝説のアニメーターであり、漫画家です。僕が子どものころに最初に好きになったアニメの絵柄は、安彦さんの絵だったんですね。その後、アニメが好きになって、いろいろな作品を見ていくんですが、やはり安彦さんの絵が僕の根本にはある。僕の世代のアニメーターはそういう人が多いと思います。今回のお話をいただいたときに、影響を受けた方と作品づくりをご一緒できるというのは光栄でした。アニメ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』や映画『ククルス・ドアンの島』の作業では、自分の中にあるものを自然と外に出せる、という感覚がありました。

――今回は初代『機動戦士ガンダム』の第15話「ククルス・ドアンの島」を翻案した作品です。そのことについてはどんな印象がありましたか。

田村:最初は「なんで?」と思いましたね。でも、今回の脚本を読ませていただいて、これこそが安彦さんが今作りたい題材なんだろうなと感じました。安彦さんは『機動戦士ガンダム』という作品や、アムロ・レイという主人公を、すごく愛していらっしゃるんです。その『機動戦士ガンダム』の中で、今の安彦さんの考えていることに近いものを出せるのが、「ククルス・ドアンの島」という題材だったのではないかと思いました。

――今回、田村さんはキャラクターデザイン、総作画監督として活躍されています。『ククルス・ドアンの島』で起用されたときは、どんなお気持ちでしたか。

田村:嬉しいですよね。自分の好きなキャラクターを描けることが、シンプルに嬉しかったです。安彦さんのもとでお仕事ができることも光栄でしたが、同時に責任も大きいなと感じていました。ただ、僕も長年アニメーションの仕事をしてきて、こういうチャンスはなかなかないと思ったので、チャレンジすべきだろうと。精一杯やらせていただこうと思って、お引き受けしました。

機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島

機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島

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『機動戦士ガンダム』のいちファンとして、当時の気分を入れ込んだ

――キャラクターデザインの作業では、どのキャラクターを担当されていたのでしょうか。

田村:ドアンの島で暮らす子どもたちのデザインを担当しました。安彦さんがデザインされた子どもも数人いたので、20人全員じゃないんですけど。あと、サザンクロス隊のメンバーも担当しています。サザンクロス隊のメンバーも安彦さんのラフ画があったんですが、それを整えさせていただきました。あとはホワイトベースのクルーの脇役ですね。

――キャラクターデザインをするときは、安彦監督が描くキャラクターや筆のタッチをどのように再現しようとお考えでしたか。

田村:そこは一番難しいところでしたね。何度も練習をして、安彦さんのタッチを取り入れようとしたんですが、安彦さんの絵は、時代に合わせてずいぶん変わっているんですよ。最初にデザイン作業へ取りかかったときは、アニメ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』のときに西村博之さんが描かれたキャラクター設定があったので、今回はそれらをベースに作っていくことになっていたんです。でも、本作は約40年前の『機動戦士ガンダム』の翻案作品ですし、当時の安彦さんのタッチが好きな人も多い。僕自身も『機動戦士ガンダム』のいちファンとして、当時の気分を入れたいと思ったんです。そこで『THE ORIGIN』の表現を活かしながら、当時の安彦さんの絵を混ぜられないかなと、いろいろ工夫していきました。

――劇中(映画『ククルス・ドアンの島』)のカイ・シデンの崩し顔(ギャグ調の顔)などは、安彦さんの漫画が動いているような痛快さがありました。

田村:なるべく安彦さんの印象が画面に出るように努力したつもりではあるんですけど、難しかったですね。

――どのような難しさがあるんでしょうか。その難しさを言葉にするのは大変かと思いますが、ご説明いただけますか?

田村:うーん、安彦さんの絵は時代によって変わるんですけど、どの時代も安彦さんの絵なんです。だから、基準となる絵がないんですよ。たとえば、顔つきを描こうと思っても、目、鼻、口のバランスが定規で測って決まっているような顔つきではないんです。毎回、少しずつ変わっている。ただし、僕は子どものころから安彦さんの絵柄を描いてきたので、自分の中にある理想の安彦さんの絵に近づけるように描いていきました。その作業はつらい部分もあったけど、楽しかったですね。

――ドアンとともに暮らしている子どもは20人もいますよね。子どもをデザインするときに重視されていたポイントは?

田村:子どもたちは楽しそうにしているんですけど、実はつらいから楽しそうにしているという気分は忘れないようにしようと思っていました。夜泣きする子もいるし、それぞれが抱えているものは重い。でも、みんなで支えあっていくことで明るくしている。だからこそ、食事のシーンでは楽しそうにしているんです。おそらくそういう感じを出そうとして、子どもの人数を増やしたんだろうなと思っていました。

――20人の子どもたちを描くうえで、モデルなどはいらしたんですか?

田村:実は、僕の姪っ子をモデルにした子がひとりいます。あまり前には出てこない子なんですが。個人的なことですが、そういう思い入れが強いほうが描きやすくなりますから。

――サザンクロス隊はどのようにデザインしたのでしょうか。

田村:安彦さんから説明があったんですが、サザンクロス隊はドアンが抜けて、バラバラになっているチームなんです。おそらく個々の兵士は優秀なんでしょうけど、チームは上手くいっていない。そこにドアンが抜けてから入ってきたメンバーもいて、さらにギクシャクしている。ドアンの同僚だったメンバーはつらくなっているという状況ですね。

――サザンクロス隊の女性兵士は、ドアンに特別な思いを抱いていたような雰囲気がありますね。

田村:そうですね。キャラクターデザインをしているころは、すでに一部の絵コンテが上がっていたと思うんですが、サザンクロス隊のエピソードはもうちょっと多めに描かれていたんです。でも、その全部を描くと本筋のストーリーが散漫になってしまうということで、カットされることになりました。サザンクロス隊のメンバーそれぞれにはもっといろいろなドラマがあったんです。

機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島

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アムロにとってかけがえのない出会いを描く

――今回、田村さんは『機動戦士ガンダム』の主人公アムロ・レイを描かれています。アムロは国民的なヒーローでもあると思いますが、田村さんは彼をどのように描こうとお考えでしたか。

田村:アムロはナイーブな子ですよね。僕はずっとガンダムシリーズを見てきたので、彼が『機動戦士ガンダム』のあとに大人になったアムロを知っているんです。たとえば『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』に出てきたアムロのことも知っています。そういった作品が、映画『ククルス・ドアンの島』とつながっているかどうかは別として、将来のアムロにとってこの映画『ククルス・ドアンの島』での経験がプラスになっていれば良いなと思っていました。

――アムロという人物にとって、貴重な瞬間を描いているというわけですね。同時に、映画『ククルス・ドアンの島』では、アムロが「人の死」と向き合うところも描かれます。

田村:僕もコンテを最初に読んだときにびっくりしました。安彦さんに「本当にこれでいいんですか」って、イム ガヒさん(副監督、演出)と一緒に聞いたんですけど、安彦さんにはこだわりがあって「あえてああいうシーンを入れた」そうなんですね。

――田村さんはどう思われましたか。

田村:安彦さんに確認したわけではないんですが、おそらくモビルスーツであるガンダムは、この時期のアムロにとって後ろ盾になっていたんだと思うんです。ガンダムに乗っていることで、アムロはホワイトベースのクルーからも認められている。だから、冒頭のシーンでは、アムロがちょっと偉そうにしているんです。でも、島に行って、ガンダムを失ってしまって、アムロはへなへなになってしまう。自分の足で立たなくてはいけない状況になっているんです。

――そこでアムロは子どもたちと触れ合うわけですね。

田村:そうですね。アムロはそこで何かを見出すんでしょうけど、再びガンダムに乗ることになる。そこで彼はガンダムの本当の役割……兵器であることに向かい合うんだと思います。おそらく安彦さんは、ガンダムはカッコいいだけのロボットじゃなくて、兵器なんだと言いたかったんだと思います。まあ、それは僕の推測なんですけど。

――田村さんは、そういう解釈をして、この物語を作っていたということですね。

田村:そうですね。安彦さんがそういう覚悟を持ってやっていらっしゃるなら、こちらも精一杯やります、という感じでした。

――今回、田村さんは総作画監督としての作業以外に、ご自身で原画を描いていらっしゃるんでしょうか。

田村:まさにアムロが人を殺めてしまうシーンを担当していました。地下でアムロがガンダムにたどり着いて、ザクを倒すシーンです。

――じゃあ、あのときのアムロの表情は田村さんの筆によるものだったんですね。話は変わりますが、この作品にはヤギのブランカが出てきます。あのヤギについては、どのような思いで描かれていたんでしょうか。

田村:最初は、ヤギの登場は意外でしたね。安彦さんじゃないと発想できないモチーフだと思いました。安彦さんがヤギを飼われていたことがあって、そのときの記憶から出てきたのだと聞きました。でも、人間ドラマに動物が入ることで、滑稽さが加わるじゃないですか。子どもたちの生活がシリアスになりすぎず、動物がいることで、どこかに楽しいものが混ざっていく。その面白さを表現されたのかなと。ヤギのカットについては、安彦さんががっちり描かれたものもありますし、安彦さんのテイストが存分に発揮されていると思います。

――ラストシーンのアムロとドアンの会話は、『機動戦士ガンダム』第15話と同じやり取りになっています。あの結末については、田村さんはどのように受け止めていましたか。

田村:アムロが最後にする行動が正しいのか、間違っているのか、グレーな結末になっているんですよね。子どもたちの中にはアムロの行動に文句を言っている子もいる。そこが面白いと思うんです。それぞれに事情があって、みんながこのことにいろいろな思いを持っている。どちらも正しくて、どちらも悪い、白黒が付けられない結末だと思います。そういうことに想像力を働かせるということが、この作品のキモなのかなと思っています。

――幼いころからその名をご存じだった安彦監督と今回ご一緒して、どんな印象をお持ちになりましたか。

田村:安彦さんは、品位のある方だなと思います。包み込むような優しさをお持ちなんです。ただ、その中に強い思いが秘められている。アニメーションというものに対しても、漫画というものに対しても、世の中に対しても、しっかりとお考えになったものがある。そういうものが、作品へとにじみ出ていると感じました。もちろん、安彦さんがお作りになっているのは娯楽作品ですし、我々もそう思って作っているのですが、メッセージが無意識に入り込んでいる。皆さんには自由に楽しんでいただきたいですが、そういった安彦さんの作風も楽しんでいただけると嬉しいですね。

――映画の公開後、大ヒットしているわけですが、ここまで本作に関わってこられて、どんなお気持ちですか。

田村:大好きだった『機動戦士ガンダム』にこういう形で関われるということは、アニメーターをやっていてよかったなって思います。今回、安彦さんと直接やり取りしたのは、主にリモートだったのですが、安彦さんはものすごく仕事が早いんですよ。安彦さんに原画をお願いしたカットもあるんですが、とんでもなく早く上げてくださって驚きました。まだまだ現役のアニメーターでもあるんです。僕も、もっともっと頑張らなきゃなと思っています。

――映画『ククルス・ドアンの島』が完成したあと、安彦さんとお話はされましたか?

田村:この取材の前にお話をしました。僕の仕事への評価は怖くて聞けませんでしたが「お疲れさん」と言っていただきました(笑)。あとは、お客さんが楽しんでいただければと願うばかりです。

取材・文=志田英邦

▼プロフィール
田村篤(たむら・あつし)
アニメーター、キャラクターデザイナー。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業後、スタジオジブリに研修生として参加。スタジオジブリで数多くの作品に参加する。TVシリーズ『Gのレコンギスタ』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』に作画監督として参加。『天気の子』ではキャラクターデザイン、作画監督を務めた。

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