夫のやばい性癖、不倫 …ページを脱がせていくたびに増すエロス。 “オトナの性”を書いた文庫3選!【刺激度別】

文芸・カルチャー

2018/9/9

 恋しい人と想いが通じたそのあとに、軽く触れ合うだけのキスで済むはずがない! そんなふうに体をよじる大人の読者におくりたい、エロティックな文庫を3冊セレクト。秋の夜長は、こんな文庫をベッドに引き込み、密やかな愉しみにふけるのもおつなもの。ページを脱がせていくたびに、思いもよらない作品の素肌が見えてくるかも?

【刺激度初級★☆☆】実力派作家が描く恋と官能──『ラヴィアンローズ La Vie en Rose』

単行本『ラヴィアンローズ La Vie en Rose』(村山由佳/集英社)※文庫は9/20(木)発売予定

 言わずと知れた恋愛小説の名手、村山由佳。抑圧から解き放たれた女性の生と性を描き切り、ドラマ化もされた『ダブル・ファンタジー〈上〉〈下〉(文春文庫)』や、2組の夫婦の絆と性癖が絡み合う『花酔ひ(文春文庫)』(ともに文藝春秋)など、官能的な作品においてもさすがの手腕を見せつける。

 そんな村山作品が、また1冊、手に取りやすい文庫になる。現代日本の秘密の花園、そこでひとりの女が目覚める物語――『ラヴィアンローズ La Vie en Rose(集英社文庫)』(集英社)だ。

 主人公の咲季子は、優しい夫の道彦と、薔薇の咲き誇る家で暮らすカリスマ主婦。寛大な夫は、家事の合間に庭にかまけ、薔薇を育ててはおままごとのようなフラワーアレンジメントの教室をひらく咲季子を、彼なりに応援してくれている。

 生長の遅い樹木に比べると、花は、じつのところしばしば嘘をつく。世話する者を裏切りさえする。植え場所の土が合わないのか何年待ってもさっぱり花を付けなかったり、数日後には咲くだろうと楽しみにしていたつぼみがそのまま腐ってしまったりといったことはしょっちゅうで、なかなか計算した通りにはいかない。
 それでも、むしろその意外性があるからこそ、見事に咲き誇る一輪を目にした時の喜びは何ものにも代えがたいのだった。

 ところが、咲季子の2冊目の本の出版をきっかけに、平穏な日常は一変する。咲季子は、出会ってしまったのだ。選択の余地を与えず、逃げる隙を作らず、強引に咲季子を陶酔と充足に導く、年下の美しい男に。

〈咲季子さんの薔薇はみんなきれいだけど、俺はあの出窓まわりのピエール・ドゥ・ロンサールがほんと好き〉
 低くて深い声が耳もとに甦り、思わず手が止まる。
〈あの触れなば落ちんって風情が何とも言えないよね。薄桃色の花びらの重なりがしどけなくて官能的で、それなのに、あたし永遠の処女です、みたいなさ〉

 夫の手は、いつのまにか伸びていた薔薇のつるのように、咲季子の体と心をがんじがらめにしていたのだ。年下の男との運命的な出会いでそのことに気づかされた咲季子は、その檻を抜け出そうとしてもがく。夫の愛情、咲季子の恋、年下の男の慕情。3者の想いの行く末に、ふと背筋が寒くなる。

【刺激度中級★★☆】人の数だけ、愛の形が見えてくる──『深爪』

『深爪(新潮文庫)』(中山可穂/新潮社)

『切った爪がおまえを恋しがる』
 自由律俳句のつもりだが、無理があるかな。少なくともノン気の人にはわからないだろうな。そんなことを思いながら爪を切っていると、また深爪をしてしまった。深爪をする女と、夕立に降られる女とは、どこか似ていると思う。要領が悪くて、融通がきかない。

『深爪(新潮文庫)』(中山可穂/新潮社)のタイトルにつながるこの一節で、主人公・なつめが深爪をするのにはわけがある。

 翻訳家のなつめは、レズビアンのオフ会に顔を出したとき、自宅で音楽教室を開く吹雪に一目ぼれをした。

「その目だけでいきそう…」
 満を持してわたしの中指はカオスの海へと吸い込まれていった。彼女はたちまち絶頂に達し、もう一本欲しがった。人差し指も与えると、スタッカートを刻むように短い呻きを繰り返し、二度続けて達した。

 爪を短く整えるのは、その手で女を愛するため。しかし吹雪は、レズビアン寄りのバイセクシャルだ。彼女には、夫と幼い息子があった。これも不倫というのだろうか、もちろん、不倫には違いない。なつめと吹雪は、宿命的に互いを求め、惑溺に堕ちていくのだが…。

女同士の場合、指を挿入してもそれ自体に性感はなく、射精もしない。それは百パーセント奉仕の営みである。相手が感じているのを見て、自分も濡れる。(中略)本来は互いに奉仕と享楽を捧げあって昇りつめてゆく。
 だから、女同士は体で嘘がつけない。気持ちが入っていないとすぐに相手に伝わってしまう。その気にならないと服も脱がない。生殖を目的としない性愛は純粋で、至上へと向かう。が、これほど壊れやすいものはない。

 愛しているから、求めたくなる。愛するがゆえに、傷つけてしまう。本能が介在しない、混じり気なしの恋情だから、その切実さがなおさら読み手に迫る。

 けれどこの作品は、やるせなく激しい恋の話だけでは終わらない。なつめが離婚を迫っても、幼い息子を捨てられなかった吹雪のその後。妻を女に寝取られたのち、彼なりに再生を遂げる吹雪の夫。恋や愛は、人を舞い上がらせて突き落とし、傷つけ、癒し、罰する一方で赦しを与える。大人たちの恋、その行き着く先を見届けたとき、自分の抱いていた恋愛のイメージが、いかに一義的だったかを思い知らされる。

【刺激度上級★★★】怒涛のように繰り出されるマニアックな愛、その果てに──『日本のセックス』

『日本のセックス(双葉文庫)』(樋口毅宏/双葉社)

 少女のようだった女が男に触れて花開くように、家族や親しいもの同士が、支え合い慈しみ合うように、人は人との関係の中で――言い換えれば、当人たちのあいだだけで、彼ら・彼女ら独自の感情を育んでいる。恋愛というのは、本来的にそういうものだ。ゆえにわたしたちは、他人の恋に耳をそばだて、愛に赤裸々さを期待する。

 そういう文脈からすると、『日本のセックス(双葉文庫)』(樋口毅宏/双葉社)は、多少異端と言っていいだろう。恋や愛、セックスを巡るもろもろを、少し離れたところから眺めてみないかと、そのタイトルが誘いかけている。

 久し振りの休日、容子は、夫の佐藤とともに、高田馬場にあるエロ本雑誌の出版社を訪れる。雑誌「リアルマニア」の看板企画、通称「マニア撮影」に参加するためだ。

 編集長が、容子にたずねる。

「なるほど。で、ご主人が自分の妻や恋人を――他人に抱かせることによって最高の性的興奮を得るマニアを、カンダウリズムって言うんですけど――ご主人がそうだと知ったのは、お付き合いするようになってから、どれぐらいですか」

 そう、容子の夫の佐藤は、ちょっとばかり偏った性癖の持ち主だった。

 とはいえ佐藤は、容子のことを愛していないわけではない。いや、「容子を除いて、世界中の女がみんな死に絶えたって構わない」と言い切るくらいには愛している。佐藤にとって、他人に妻を抱かせることは、形を変えた恋心なのだ。

「男も、女も、一番好きな相手以外ともセックスをしたいと認め合えれば、この世界中のあらゆる場所で今も起きている男女の諍いや破局はなくなります。パートナー以外に抱かれても気持ちいいと、お互いが正直に打ち明け合えれば――」
 本当だろうか、と容子は思う。

 佐藤は、最愛の妻が自分のリビドーを満たしてくれることに感謝する。容子も「そんなに喜んでもらえたなら」と、マニアの世界に足を踏み入れる。品よく穏やかな開業医夫妻が催すパートナー交換パーティー、そこでふたりが出会うのは、巨根の真正マゾ男、女郎蜘蛛のタトゥーを背負った女、容子が淡い思いを寄せるエロ雑誌出版社のバイト君と、その彼女の高慢箱入り女王様だ。そして、容子の過去からは、不貞プレイから発展したストーカー、元職場の後輩男子が、徐々に姿を現しはじめる。

 ぞろぞろ出てくるヤバい人物、めくるめく官能、過激な暴力。肉と欲とが入り乱れる狂宴に、容子と佐藤はいやおうなく巻き込まれていく。

 やがて事態は暴走し、ふたりは事件の渦中の人に。密室の恥辱は、衆人環視の法廷へと引きずり出される。容子は、自分が佐藤に絆されてきたことを否定しない。そしてひとり、考える。「人は自分のこうした行いに何と名前を付けるだろうか。贖罪。生け贄。それとも」――。

 書かれているのはセックスであり、それが巻き起こしたとある事件の顛末だ。だがしかし、麻薬のような読書体験を経たわたしたちは、ただ目を見張り、呆然とする。この、憑き物が落ちたような読後感は何だ? これは、マニアたちのセックスについて書かれた物語であったはずだ。それに続く、真剣で滑稽な法廷サスペンスがもたらす快感だけでもないだろう。ということは、わたしたちが体感したのは、この国にはびこる“愛のようなもの”を鮮やかに放り捨て、真の愛に出会った女の心情だ。これは、世界一事を荒らげたくない国民性に惑わされない、真の愛を描く物語なのだ。

 大人の恋は、軽く触れ合うだけのキスでは済まない。他者とのかかわりの中で芽生え、家族や周囲を嵐のように巻き込んで、国の精神にまで斬り込んでゆく。裸と裸で対峙する者たちに、嘘やごまかしの余地はない。わたしたちは、本のページをめくるたび、恋の素顔に迫っているのだ。

 恋とはこんなものだっただろうか、幼いころ憧れた恋愛は、もっと甘くて幸せなものだった。けれど、わたしたちは大人になった。恋に落ちた主人公たちの、大人になってなお埋められない心の隙間を知るほどに。だからこそ、最後のページを脱がせたそのとき、現れたものがどんなに醜く、愚かしい顔をしていても、わたしたちはそれを受け入れられる。やっと顔を見せてくれたねと、抱きしめることさえできるのだ。

文=三田ゆき