「君の名は。」新海誠監督の6作品を時系列で振り返る! 新海作品のテーマは「喪失」と「距離」!?

マンガ・アニメ

2019/6/28

「君の名は。」で大ブレイクを果たした新海誠監督の最新作「天気の子」が7月19日(金)より全国劇場にて上映されることが発表された。YouTubeにアップされた「天気の子」の予告映像は6月末の時点ですでに390万回という凄まじい再生数を獲得しており、その注目度の高さを窺い知ることができる。さらに、テレビ朝日系で6月30日(日)21時に「君の名は。」の地上波放送も決まっており、これから夏にかけて新海誠フィーバーは加速していくことが予想される。

 とはいえ、「君の名は。」以外の新海監督の過去作品をまだ観たことがない人も多いはずだ。ここでは、最新作をさらに楽しむために、新海監督の押さえておくべき6作品について、共通する「喪失」と「距離」というテーマに触れながら、簡単に振り返っていく。

アニメ界を震撼させたデビュー作!「ほしのこえ」(2002年公開)

 デビュー作「ほしのこえ」で、新海監督は、脚本、作画、演出、美術、編集、声優と7つの仕事を担当した。1本のアニメーションをほとんどひとりで作り上げてしまったのだ。これだけでも異例の出来事だが、本作は作品の中身もまたアイディアに富む素晴らしいものだった。

 西暦2046年、中学生の長峰美加子(ながみねみかこ)と寺尾昇(てらおのぼる)は互いのことを想い合う関係だった。しかし、宇宙の異生命体と闘う国連軍のメンバーとして美加子は選出され、西暦2047年に地球を離れることになってしまう。それでも地上の昇と宇宙の美加子は、携帯メールを使って連絡を取り合うことでつながりを保っていた。だが、地球から離れれば離れるほど時間のズレは大きくなり、メールの送受信にも時間がかかるようになっていく。互いの存在が遠くなっていくなか、美加子と昇は互いを想い続けることができるのだろうか。

 ポイントになるのは、美加子と昇の間の距離が少しずつ離れていく点だ。劇中では、空間と時間の両方において、2人はどんどん離れていく。近くにいて仲がいいのは当然のことだが、それが彼らのように遠距離になると、どんな気持ちも薄れてしまうもの。だが、だからこそ遠距離恋愛が成立したときには、2人の愛情の真実味が増すのだ。「ほしのこえ」では、離れ離れになった2人でも、互いを想い続けられるかどうか、そして2人の間に本当の愛情があるのかどうかが試されている。「距離」はこのあとの新海作品で頻出するテーマの1つ。ぜひ「距離」という点にも注目してみてほしい。

SFの設定と独特な世界観が際立つ「雲のむこう、約束の場所」(2004年公開)

 津軽海峡を境に、南北に分断された日本。ユニオンが統治する北海道には、空まで伸びる奇妙な塔が立っていた。その塔まで飛ぼうと、藤沢ヒロキと白川タクヤは、ひそかに小型飛行機を組み立てていた。彼らの憧れのヒロイン、沢渡サユリも合流し、みんなで雲のむこうにある、あの塔まで行こうと約束する。しかし、中学3年の夏、サユリは突然、東京へ転校。サユリの転校を境に、ヒロキもタクヤも別々の道を進むことになった。3年後、ヒロキとタクヤは、サユリが原因不明の病気で3年間ずっと眠ったままだという事実と、サユリの眠りとユニオンの塔が関係していることを知る。サユリを目覚めさせるのか、それとも世界を救うのか、究極の2択を迫られ、ヒロキとタクヤはついに決心を固める。

「雲のむこう、約束の場所」は、「位相変換」や「並行世界」などのSF用語が飛び交うSF色の強い作品だ。劇中では不可解なオーバーテクノロジーとして、ユニオンの塔やその周辺で起こる事象が描かれている。それはSFでありながら魔法のようにも見える。まさに「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」というクラークの三法則の1つを守っているわけだ。こうした点からSF作品としてのクオリティの高さを窺い知ることができる。

 筆者が注目しているのは、ユニオンの塔の周辺に発生する真黒な円。ユニオンの塔の周辺が半径20km以上にわたって円形にえぐられており、そこには闇が広がっている。この作品では、サユリは忘れてはいけない大事な何かを忘れることになる。その喪失とシンクロするように、ユニオンの塔の周辺も空間ごと喪失しているのだ。「雲のむこう、約束の場所」は、このように背景と人物の心情をリンクさせている点も見どころの1つとなっている。

美麗な背景と純文学的な心理描写!「秒速5センチメートル」(2007年公開)

「秒速5センチメートル」は、第1話「桜花抄」、第2話「コスモナウト」、第3話「秒速5センチメートル」という3本のストーリーで構成された映画だ。

 第1話の「桜花抄」は、東京の小学校で出会い仲良くなった遠野貴樹(とおのたかき)と篠原明里(しのはらあかり)の2人が、それぞれ転校することになり、離れ離れになってしまうところから話がスタートする。貴樹は明里に会うために、明里の住む栃木に向かうが、大雪の影響で電車は大幅に遅延。2人は無事に再会できるだろうか、というのが第1話。

 第2話の「コスモナウト」では、貴樹の転校先である鹿児島県が舞台。同級生の澄田花苗(すみだかなえ)は、中学2年のときに転校してきた貴樹に対して特別な感情を抱いていた。あるとき、貴樹が東京の大学に進学することを知り、花苗はついに告白することを心に決める。

 第3話「秒速5センチメートル」では、社会人として働きながらも、貴樹は何とも言えない空虚感に苛まれて日々を過ごしていた。彼女がいるにもかかわらず、その彼女のことを心から好きになることができず、過去の恋に想いを馳せ続けていた。

「秒速5センチメートル」は、賛否の分かれた作品として有名である。とくに、ラストシーンに対して「ハッピーエンド」と捉えるのか、「バッドエンド」と捉えるのかで、意見が大きく分かれた。作品のネタバレになってしまうので、詳しいことは書けないが、あのラストシーンには「雲のむこう、約束の場所」と同様に、「喪失」が描かれているものと推察される。

 主人公の貴樹は、最後に自分の大事にしていた気持ちを捨てることになる。人は喪失を経験することによって、リスタートすることができるという考えが背景にあるのかもしれない。みなさんは「秒速5センチメートル」のラストをどう考えるだろうか?このように多様な解釈ができるのも新海作品の魅力の1つと言えよう。

さよならを知るためのファンタジー作品「星を追う子ども」(2011年公開)

 父の形見の鉱石ラジオで不思議な歌を聴くのが好きな少女、渡瀬明日菜(わたせあすな)は、ある時、地下世界から来た少年シュンと出会う。友達がほとんどいない孤独な明日菜にとって、シュンとの時間は大切なものだった。

 しかし、シュンはまもなく遺体として発見されることになる。シュンの死を受け入れられない明日菜のもとに、シュンと似た少年シン、そして妻を生き返らせるためにアガルタの地を目指す教師・森崎竜司(もりさきりゅうじ)が現れる。アガルタの地に行けば、死者を蘇らせることができることを知り、明日菜はシンや森崎とともにアガルタの地へ踏み込む。

 注目してほしいのが、映画の終盤に出てくるアガルタの「フィニス・テラ」という円形の巨大な崖。「雲のむこう、約束の場所」で描かれていたユニオンの塔の周辺にできた真黒な円と、どこか構図が似ているようにも見える。

「星を追う子ども」に出てくる崖の底には、大量のケツァルトルと呼ばれる生き物の死体が転がっている。ここには、命の喪失が描かれているものと考えられる。「喪失」を円形のものを通して描いている点は、両作品に共通しているポイントだ。「星を追う子ども」には、「喪失を抱えてなお生きろ」というセリフまで出てくる。やはり新海作品のなかには、人物の成長過程のなかで「喪失」が不可欠なものとして設けられているようだ。

息をのむほど艶やかな雨粒が新宿御苑を輝かせる「言の葉の庭」(2013年公開)

「言の葉の庭」の一番の見どころは雨。まるでひと粒ひと粒に命が宿っているかのような雨粒の表現には、筆者も思わず息をのんだことを覚えている。新海作品は背景がいずれも美しいけれど、それは写真をトレースしたような美しさではなく、監督の風景に対する主観的な解釈を交えた美しさなので、実際の雨より何倍も美麗なのだ。

 そんな雨に見守られながら、紡がれるのは年齢差のある2人の男女の恋模様。靴職人を目指している高校1年生の秋月孝雄(あきづきたかお)は、雨の日には決まって午前中の授業をさぼり、新宿御苑で靴のスケッチを描いていた。ある日、いつものように庭園に訪れた孝雄は、チョコレート片手にビールを飲む女性、雪野百香里(ゆきのゆかり)と出会う。それからというもの、2人は雨の日に庭園で他愛のない時間を一緒に過ごすようになり、少しずつ仲を深めていく。

「言の葉の庭」の見どころの1つが、食事のシーン。雪野はまともな食生活を送っていない女性として登場する。それは、チョコレート片手にビールを飲んでいることからもお分かりの通りだ。けれど、孝雄が雪野のために食事を作るようになり、この食事を通して雪野の閉ざされていた心は少しずつ開いていく。食生活の変化によって、生きる活力を取り戻していく姿が描かれているのだ。食事の変化にともなう心の変化に注目してもらいたい。

新海誠のすべてが詰まった傑作「君の名は。」(2016年公開)

 田舎町に住む宮水三葉(みやみずみつは)は、田舎の生活に嫌気がさしていた。都会へ憧れを抱く三葉は、あるとき、東京の高校生の立花瀧(たちばなたき)になる夢を見る。一方、立花瀧もまた、田舎町の女子高生になる奇妙な夢を見た。何度も夢を見るなかで、2人はようやく自分たちが入れ替わっている事実に気づく。互いの携帯にメッセージを残し、やりとりしていくなかで、2人は心を通わせていく。しかし、突如として、繰り返されていた入れ替わりがストップ。瀧は三葉に会いに行くことを決心するが、悲しい現実と、意外な真実を目の当たりにすることになる。

「君の名は。」は、これまで新海監督が獲得してきた知見が集約されているまさに集大成的な作品である。例えば、「ほしのこえ」から使い続けている遠距離恋愛というモチーフは、「君の名は。」でも使われている。まず、瀧と三葉の間には、東京と田舎という空間的な距離がある。これはネタバレになるため詳しくは言えないが、瀧と三葉の間には空間的な距離だけでなく、もう1つ決定的に離れている要素がある。つまり、2人の間には2種類の距離があるのだ。これはデビュー作「ほしのこえ」で使われていた構造である。

 また、「君の名は。」に出てくる宮水神社の御神体が祀られている場所は、まるでカルデラのような丸い形が特徴的だ。その近くにある湖もまた円形だ。こうした巨大な円形は「雲のむこう、約束の場所」や「星を追う子ども」にも登場する。そして、それらは「喪失」を象徴するものだった。よって「君の名は。」の湖も、何かが喪失したことを暗喩している可能性が高い。ただ、御神体がある山の円は瀧と三葉をつなげる重要な場所なので、円=縁という具合に人間同士のつながりをイメージしているようにも見える。背景から様々なことが読み取れるのも「君の名は。」という作品の興味深い点だ。

 ほかにもRADWIMPSの名曲の数々や、神木隆之介の囁くようなモノローグにも注目してほしい。あらゆる点において傑作なので、未見の人はすぐにでも観るべきだ。

 ここで紹介した作品は、どれも新海監督の作家性を十分に感じられるものばかり。何かを失って落ち込んでいる人は、ぜひ新海作品を観てほしいと思う。喪失を抱えながらも生きていこうとする登場人物たちの姿にきっと励まされることだろう。

文=木島祥尭