トラウマ級の恐怖の中に想像力を養うメッセージが――親子でゾクっとできる「怪談えほん」シリーズ

文芸・カルチャー

公開日:2021/10/2

 人生で初めて出逢う書物である「絵本」を通じて、良質な本物の怪談の世界に触れてほしい――。

 そんな願いから生まれた「怪談えほん」シリーズは今、子どもだけでなく大人をもゾっとさせるホラー作品として大人気。第1作の刊行から10年が経った現在では全13作品が書店に並ぶようになり、2020年11月からはNHKのEテレで映像化もされています。

 本シリーズには宮部みゆき氏や京極夏彦氏、恒川光太郎氏など怪談文芸や怪奇幻想文学を手掛けるプロフェッショナルたちの文と実力派の絵本作家・画家たちの画力が集結。本稿では現在、刊行されている同シリーズ作を一挙紹介いたします。

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■あなたもきっと欲しくなる。この世でいちばん“悪い本”

悪い本
『悪い本』(宮部みゆき:作、吉田尚令:絵、東雅夫:編)

 思わず手に取ってしまうほど書名にインパクトがある『悪い本』(宮部みゆき:作、吉田尚令:絵、東雅夫:編)は、自分の悪心を見透かされたような気持ちになる作品。単に怖いだけでなく、「悪」とはなにかを問いかけてくるため、子どもにとっては悪というものに初めて向き合う本となり、大人は心の奥に隠している邪心と向き合わされます。かわいさと怖さが同居している悪い本は“この世の中でいちばん悪いこと”を教えてくれるのです。

■壊れた自分の右目に小さい弟を入れた少女の末路とは?

マイマイとナイナイ
『マイマイとナイナイ』(皆川博子:作、宇野亜喜良:絵、東雅夫:編)

『マイマイとナイナイ』(皆川博子:作、宇野亜喜良:絵、東雅夫:編)は、作品から溢れ出る病的な美しさに浸れる1冊。主人公のマイマイはある日、小さい弟・ナイナイを発見。マイマイは壊れた自分の右目にナイナイを入れ、そっと目を開けることに…。すると、そこには不思議な世界が広がっており、マイマイは予想だにしない末路を辿ることとなるのです。自分の行動は必ずしも幸せに繋がるとは限らない。本作は、そんな残酷な真実を知る初めての本になるでしょう。

■ネット上でも話題に! この家にはだれかいるの? いないの?――

いるの いないの
『いるの いないの』(京極夏彦:作、町田尚子:絵、東雅夫:編)

 ネット上で「怖すぎる絵本」として話題の『いるの いないの』(京極夏彦:作、町田尚子:絵、東雅夫:編)は、トラウマレベルの恐怖を与えてくれます。主人公は、おばあさんの古い家でしばらく暮らすことになった「ぼく」。家の暗がりに、誰かがいるような気がしてならない「ぼく」は、その気配に怯えるようになっていきます。誰しもに心あたりがある、暗がりへの恐怖心。ラストまで、「誰かいるの? それともいないの?」とドキドキしながら読み進められます。

■友だちに誘われ、この世ではない「ゆうれいのまち」へ

ゆうれいのまち
『ゆうれいのまち』(大畑いくの:絵、東雅夫:編)

 結末が読めないホラー作品を多数手掛けてきた恒川光太郎が生み出した『ゆうれいのまち』(大畑いくの:絵、東雅夫:編)は、この世ではない別世界を堪能できる作品。真夜中に友だちから「遊びに行こう」と誘われた主人公が家を出ると、なんと丘の向こうには「ゆうれいのまち」が…。神隠し的な展開に驚かされる本作は、日常が日常でなくなることの怖さを感じさせてくれるため、大人の心にも刺さるはず。子どもにも読み聞かせしたい1冊です。

■「きいきい」と鳴るドアにはもう近づけない――

ちょうつがい きいきい
『ちょうつがい きいきい』(加門七海:作、軽部武宏:絵、東雅夫:編)

 子どもが怖がる「おばけ」をちょっぴり違った視点から描いたのが、『ちょうつがい きいきい』(加門七海:作、軽部武宏:絵、東雅夫:編)。部屋の扉を開けると聞こえる、きいきいという嫌な音。気になって見てみると、なんとそこにはおばけが挟まっていて、痛い痛いという叫び声が聞こえてくるではありませんか。あっちこっちから聞こえる、きいきいというリズミカルな音は頭にこびりついて離れなくなるはず。読後は家のきいきい音で、この世ならぬものを連想するようになってしまうでしょう。

■身近に潜む恐怖に身震い。鏡の中のあべこべな世界

かがみのなか
『かがみのなか』(恩田陸:作、樋口佳絵:絵、東雅夫:編)

 いつの時代も、鏡には不思議な魔力が宿っているように感じられるもの。『かがみのなか』(恩田陸:作、樋口佳絵:絵、東雅夫:編)も、そう思わせてくれる怪談話です。少女と鏡をめぐる本作は、恩田氏の詩的な文と樋口氏の不気味なイラストが見事にマッチ。鏡の中のあべこべな世界が巧みに表現されています。家でも街でも、見ない日はない鏡。そんな鏡の中の世界はもしかしたらこうなっているかも…と思い、ゾクっとさせられてしまうのです。

■女の白い足の幽霊と遭遇した少年は…!

おんなのしろいあし
『おんなのしろいあし』(岩井志麻子:作、寺門孝之:絵、東雅夫:編)

『おんなのしろいあし』(岩井志麻子:作、寺門孝之:絵、東雅夫:編)なら、「おばけなんか怖くない」と思っている子どもとも一緒に涼しくなることができます。主人公の男の子は学校の古い倉庫で女の白い足の幽霊に遭遇。恐怖は、そこからじわじわと加速していきます。岩井志麻子ならではの怖さ・エロさも存分に描かれ、少年の性の目覚めを想起させる怪しい怪談といえるでしょう。

■ほら、君のそばにも「くうきにんげん」がいるかもしれないよ

くうきにんげん
『くうきにんげん』(綾辻行人:作、牧野千穂:絵、東雅夫:編)

 人は異形のものに興味と恐怖を持つもの。『くうきにんげん』(綾辻行人:作、牧野千穂:絵、東雅夫:編)は、人のそんな心理を上手く突いた作品。一貫してヒトが描かれていないのも、他の作品にはないユニークな点です。誰も気づいていないけれど、世界中にたくさんいる「くうきにんげん」。見えない魔物に襲われた人間は空気になって消えてしまう…。そう語られる本作は再読するたびに新しい発見が得られる、斬新な怪談絵本でもあります。

■恐怖を生み出す“開かない「はこ」”の仕組みは?

はこ
『はこ』(小野不由美:作、nakaban:絵、東雅夫:編)

 仄暗い表紙が恐怖心を煽る『はこ』(小野不由美:作、nakaban:絵、東雅夫:編)は、中から音がするのに開かない「はこ」と「女の子」をめぐる、静かな恐怖の物語。開かなかった「はこ」がいつの間にか開くと、今度は中身がいなくなり、また別の箱が開かなくなってしまう…。それが繰り返されて迎える、残酷で深いラストは必見。自分にとっての「はこ」は何なのだろうと考えたくなり、あなたも恐怖の世界へ閉じ込められてしまうでしょう。

■まどのそとから聞こえる「かたかた」の正体

まどのそと
『まどのそと』(佐野史郎:作、ハダタカヒト:絵、東雅夫:編)

 風が吹いてもいないのにまどのそとから聞こえる、かたかたかた…かたかたかた…という音。現実なのか夢なのかも分からない世界。その中で鳴り止まない音の正体は一体…?『まどのそと』(佐野史郎:作、ハダタカヒト:絵、東雅夫:編)は、読み進めると分かる状況に、何度もページを行ったり来たりする作品です。繰り返す音と緻密な絵は、読み返すごとに新たな恐怖を生むことでしょう。

■人間界に帰りたい! 電車に乗りこんだ少年が見た「奇妙な世界」

おろしてください
『おろしてください』(有栖川有栖:作、市川友章:絵、東雅夫:編/岩崎書店)

『おろしてください』(有栖川有栖:作、市川友章:絵、東雅夫:編/岩崎書店)には、これまでに独特な異形の世界を多数描いてきた作家・有栖川有栖氏らしい世界観が色濃く反映されています。

 本作に描かれているのは、奇妙な電車に乗りこんだ男の子が見た恐怖と幻想の世界。ローカル線に乗った少年は自分以外の乗客がみな化け物であることに気づき、仰天。目立たないように身を潜めるも、とうとう人間であることが車掌や乗客にばれてしまい…?

 化け物たちの個性あふれる容姿を楽しみつつ、主人公になった気持ちで衝撃のラストを見届けてみてください。

■犬も友達も大人もいただきます。片っ端から「なんでも」食べた少年の末路は?

いただきます。ごちそうさま。
『いただきます。ごちそうさま。』(あさのあつこ:作、加藤休ミ:絵、東雅夫:編/岩崎書店)

『いただきます。ごちそうさま。』(あさのあつこ:作、加藤休ミ:絵、東雅夫:編/岩崎書店)は表紙に描かれている子どもの顔への印象が読む前と読後で、ガラっと変わる恐ろしい怪談。

 最初の数ページは、ポップで楽しげな雰囲気。両親は、なんでも食べる食いしん坊の少年に喜んで食事を用意しています。しかし、食欲が肥大化しすぎた少年は、やがて自分の邪魔をする者を片っ端から食べていくように。

 そろそろやめないといけないのに、止まらない。そんな少年の狂気が、どこに向かっていくのか必見です。

■もし、嫌いなあいつを不幸にできる「こわいおめん」があったら…?

おめん
『おめん』(夢枕獏:作、辻川奈美:絵、東雅夫:編/岩崎書店)

『キマイラ』(KADOKAWA)、『陰陽師』(文藝春秋)などの人気作を手掛け、紫綬褒章も受章した怪奇幻想文学の名手・夢枕獏氏作の『おめん』(辻川奈美:絵、東雅夫:編/岩崎書店)は、他人の不幸を願う主人公の女の子の姿にのっけからゾっとさせられる作品。

 女の子は人を呪うことができる“こわいおめん”で他人に不幸を降らせますが、その結果、もたらされたのは目を覆いたくなる結末。言葉のないラスト1枚の絵を目にした時、あなたは誰かの不幸を願ってしまう自分の弱さと向き合いたくなるはずです。

 分からないものを正しく恐れること、理解できないものを理解しようとすること、つまり人生を豊かに生きるうえでは欠かせない想像力は、良質のフィクションによって育まれる――。そう語る監修者の東雅夫さんは同シリーズを通して、子どもたちが豊かな想像力を養い、想定外の事態に直面しても平静さを保てる強い心を育み、さらには命の尊さや他者を傷つけることの怖ろしさを知り、「人として大切なイロハ」を身につけてくれることを願っています。

 トラウマ級に怖い怪談に込められた優しいメッセージも汲み取りつつ、ぜひ親子で上質な恐怖を楽しんでみてはいかがでしょうか。

文=古川諭香

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