尼崎事件はリアル『黒い家』か

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/25

 いま、世間を震撼させている兵庫県尼崎市の連続変死事件、通称“尼崎事件”。遺体遺棄容疑で逮捕された女性の周辺で行方不明者が続出しており、全容はまだ明らかにはなっていないが、その一方で、ネット上では尼崎事件と関連して、ある2冊の本が話題となっている。

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 それは、1997年に日本ホラー小説大賞を受賞した、貴志祐介の『黒い家』(角川書店)だ。保険金殺人がテーマのこの作品は、1999年に内野聖陽・大竹しのぶらの出演で映画化され、2007年には韓国でもリメイクされるなど、いまなお「かなり怖い小説」との評価が高い。保険会社に勤める主人公が、生命保険に加入する顧客・菰田重徳の自宅で、息子の和也の首つり死体を発見することから物語は動き始めるのだが、たしかに、軒下から多数の遺体が発見される点や、首謀者が他人を精神的に追い込み、支配下におくという構図は、報道を通して伝えられている尼崎事件とダブらせて見る人が多いのもよくわかる。

 また、本作のキーパーソンである菰田重徳の妻・幸子が、和歌山県出身で京都に在住することから会話文も大阪弁で描かれているのだが、これも尼崎事件を否応なく想起させられる。息子の保険金を出さない主人公に語気を荒げ、「和也の死体はなあ、あんたが発見したんと違うんか?」と迫ったかと思えば、一転して「保険金、はよ払ってもらわんと、私ら、困るんです」と泣き落としをはじめる箇所などは、大阪弁による生々しさとともに人心掌握の術を垣間見ることができる。「他人を食い物にして生きる人間には、えてして獲物の心の弱みを嗅ぎつける独特の直感が備わっているものである」と本書にはあるが、幸子と関わる人間がどんどんと殺人の“当事者”になっていく……その恐ろしさに、ページをめくる手が震えること必至だ。現在公開中の映画『悪の教典』も「怖すぎる!」と評判の貴志作品。ぜひ、映画でハマった人はこの『黒い家』も手に取ってみてほしい。

 さらに、『黒い家』が注目されるなか、もう1冊、売り上げを伸ばしている本がある。02年に発覚した、北九州市の監禁・殺害事件を追ったノンフィクション『消された一家―北九州・連続監禁殺人事件』(豊田正義/新潮社)がそれだ。マンションの一室で、ある家族が主犯者によって支配下に置かれ、連続して起こった凶行……。こちらも尼崎事件を彷彿とさせる部分があるためか、注目が集まっているようだ。

 どうして? なぜ?――いまだ謎が多い尼崎事件。事件の特異性と不可解さゆえ、それに戸惑う人々が、糸口を探すため、この2冊をいま求めているのかもしれない。