酒の武勇伝も女性上位が進行中!? 女性作家泥酔列伝

文芸・カルチャー

2012/11/26

 ヘミングウェイや内田百閒、井伏鱒二など、酒に関する武勇伝は男性作家のものという印象があるのでは。しかし、男性文豪に負けず劣らず、現在の女性作家たちも大いに飲み、大いに後悔しているようだ。

 女性作家11名の酒話を集めた『泥酔懺悔』(朝倉かすみ、瀧波ユカリ、平松洋子、室井 滋、中島たい子/筑摩書房)は、タイトル通り、深酒エピソードを中心にしたエッセイ集。たとえば、エッセイストの平松洋子は、教会と修道院の階上にある女子寮に下宿していた大学時代、白ワインを飲み過ぎてしまい駅の改札で意識を消失。救急車に運ばれ下宿へ戻ったはいいが、普段から厳しいシスターに「お話は明日聞きましょう」と言い放たれた思い出を披露している。

 意識をなくすのも恐ろしいが、さらにすごいのは角田光代。飲み過ぎた結果、ジーンズをなくしたというのだ。いったいどこで脱いで、どのように帰ったのか……まったくわからないと述べる角田。しかし、この大いなる謎に対しても「本当にわからない。だからあきらめる」と本人は意外とサッパリ。この清々しさは武勇伝にふさわしいエピソードといえよう。

 酒好きらしく、ついつい飲んでしまうというのは、三浦しをん。大往生した祖母の葬儀のあと、酒飲み揃いの父方の親戚たちと「弔い酒なのだからと飲んで飲んで飲みまくり」、下戸である母の視線は「氷点下まで到達」していたのだそう。だが、三浦は「かまうことはねえ」と、“酒飲み部隊”とともに酒を求めて夜の町へ……。告別式のすばらしすぎるオチも見物の、酒豪らしいエッセイだ。

 また、マンガ家の瀧波ユカリは、大学の新歓コンパで出会った“放屁男”との悲劇(!?)を書き、女優でエッセイにも定評がある室井滋は、ベロベロになって留守電へメッセージを残す友人の話を紹介。なかでも山崎ナオコーラは、自立への欲望と、バーでひとり酒を飲む喜びをリンクさせており、同じようにバーの扉を押したくなる話となっている。

 しかし、どんなに失敗しても、どんなに後悔しても、なぜ酒を飲んでしまうのか。前出の角田は、「酒を飲むと、気持ちがぱーっと開く。知らない人でも話せるようになり、閉ざしていた心がスーと開き、くよくよしなくなり、しらふならまったく興味の持てない他人の話が、ものすごく意味のあるおもしろいものだと知る」と、酒飲みなら実に腑に落ちる言葉を綴っている。「たのしくなくて、つまらない、好きになれない自分は、酒が退散させてくれるのである」――多くの人にとって、これが真理ではないだろうか。

 ちなみに本書では、下戸である中島たい子が「下戸の悩み」も寄せているので、これには酒を飲まない人も快哉を叫ぶはず。もちろん、本書で描かれている多様な酒と人間の奥深さを肴に、一献傾けるのもオツだろう。ただし、二日酔いの人は後悔に感情移入しすぎてしまう恐れがあるため、ご注意あれ!