ヘタレだけど大活躍!? オヤジマンガが熱い

マンガ

公開日:2012/11/30

 『月刊IKKI』(小学館)で2007年から連載されていた人気マンガ『俺はまだ本気出してないだけ』(青野春秋/小学館)が今年の8月号で連載を終了、9月には単行本の最終第5巻が発売された。すでに堤真一主演による実写映画化が2013年公開予定で発表されているが、その際20社以上からのオファーが殺到したという。

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 物語の主人公・大黒シズオは、高校生の娘と70歳を超える実父と生活するサラリーマンだったが、40歳になって突然会社を退社後、「オレマンガ家になるわ」と宣言。元々、大風呂敷を広げては結局ヘタれる人生の繰り返しだったシズオが、周囲を巻き込みながらも何とか前に進んでいく日々がゆるりと描かれている。

 青野春秋のヘタウマな絵とシズオのヘタレっぷりが読者の苦笑と哀愁を誘う同作だが、読み進めていくとその内容は決して脳天気なものばかりではない。シズオを叱咤激励する周囲の登場人物たちも密かに「暗」の部分を抱えていることを示すエピソードが紹介され、複雑な心情の交錯によって心温まる話になることが多いのも魅力のひとつとなっている。とはいえ、主人公のシズオは、短髪、丸メガネ、無精髭、小太りで、アルバイト先のハンバーガー屋では、実際には店長でなはいのにあだ名として「店長」と呼ばれ、女子店員からはカゲで「メガネゾウアザラシ」とか「臭い」などと言われる典型的で残念なオヤジである。

 “オヤジ”が主役といえば、『LEON』(主婦と生活社)に出てくるジローラモのような「ちょいワルオヤジ」のイメージが浮かぶが、実は『俺はまだ本気出してないだけ』以外にも、44歳独身で建設会社現場監督を務めるガタイはいいが中身はヘタレのオヤジ・黒沢を主人公とした『最強伝説 黒沢』(福本伸行/小学館)や、不動産屋を営んでいた“いかにも”なおっさんが無人島での爆弾によるリアルサバイバルで22歳の主人公らと行動を共にするという、現在アニメ放送中の『BTOOOM!(ブトゥーム)』(井上淳哉/新潮社)などがある。

 これらのキャラクターに共通しているのは、どのオヤジも「まったく格好よくない」ところだ。見た目はもちろんのこと、オヤジ特有の見栄や嫉妬、甘え、打算といったエゴの部分まで丸出しになっており、若者が読んだらきっと「絶対こんな中年になりたくない!」と思ってしまうだろう。だが、実年齢が近い中年の読者にとっては逆に共感する部分も多い。どのキャラクターも一度はエゴをさらしつつも、その後脳内で真っ当な正論と葛藤し、最後には逃げ出さない自分を選択して意地を見せる部分には、ある種の憧れをも抱かせる。俺はまだ本気出してないだけ』のシズオであれば、持ち込んでいたマンガがデビュー直前になって担当編集者が知らぬ間に退社してご破算となり、新担当から一転して厳しいダメ出しを受ける逆境に陥りながらも、その後幾度かのやりとりを経て、再びデビュー直前まで歩みを進めるクライマックスに、その種の感動を覚えた者も少なくないだろう。

 今の厳しい世の中、実際には勇気ある決起が裏目に出ることも多々あるが、これらの作中においても時に同じような悲劇が起き、それでもかろうじて一矢報いたときには自分のことのようにホっとして救われる…。そうしたシンクロ率の高さが、“ヘタレ”オヤジマンガが人気となる1番の理由なのかもしれない。

文=キビタキビオ