ほんらぶインタビュー あの人のトクベツな3冊 万城目 学さん

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更新日:2013/8/13

名作本を消滅の危機から守れ! 今読んでおかないとヤバい!? 3作品

人気作家に「トクベツな」本をうかがう短期連載、第3回は、デビュー作『鴨川ホルモー』『プリンセス・トヨトミ』が映画化、奇想天外で明るい作風が幅広い層から支持を受ける万城目学さん。今回選んでいただいた3冊のテーマとは……!?

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万城目 学
まきめ・まなぶ●1976年、大阪府生まれ。2006年に「鴨川ホルモー」で第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞し、デビュー。著作に『鹿男あをによし』『プリンセス・トヨトミ』『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』『偉大なる、しゅららぼん』など。

 たいていの物事には「賞味期限」がある。それは人や文化とて例外ではない。
 毎年山のように出版される本も、一発屋芸人に負けず劣らずすぐ忘れ去られてしまうことが多い。時の淘汰に耐えうる作品は、ほんの一握りなのである。

「とはいえ、ものによって賞味期限の長短はあります。僕が今回選んだ3冊は、様々な理由で『あと5年で賞味期限が切れてしまうだろうなあ』と危機感を持っている作品なんです」

 なになに、あと5年しかもたない作品ばかりですと?
 急いでタイトルを確認すると、戦後青春小説のバイブル『麻雀放浪記』、教科書に載ることもある日本文学の佳品「清兵衛と瓢簞」(『清兵衛と瓢簞・網走まで』所収)、伝説のコラムニスト・ナンシー関のコラム集『お宝発掘!』と、硬軟取り混ぜた名作が並んでいる。これらの賞味期限があと5年、というのも、少々解せない話ではあるが……。

「それがね、そうでもないんですよ」と、嘆息交じりにつぶやく万城目さん。

「一番理由がわかってもらいやすいのはナンシー関の『お宝発掘! ナンシー関』でしょう。ナンシー関はアラフォー以上のサブカル好きなら必ず知っているコラムニストで、彼女の辛口エッセイは一世を風靡しました。コキおろすでもなく生殺しでもない、独特の鋭い切り口が高い評価を受けていた。腐臭を放つ偽善的ななにかを嗅ぎ分けるセンサーは、没後10年が経った現在でも全く色あせていません。
 だけど、話題が1990年代のテレビネタ中心なので、今読むとわからないところがいっぱいあるんです。かなりテレビっ子だった僕でもピンとこなくなっているから、今の若い人はもうチンプンカンプンでしょうね」

 確かに時事ネタ、なかんずくテレビネタは廃れるのが早い。書籍ではコラムにもかかわらず脚注がついているのだが、その脚注ですら何のことかすでに思い出せないものが少なくないのだ。

「ナンシーさんの文章って本当に素晴らしいんですよ。切れ味といい、着眼点といい。僕は大ファンでした。でもコラムの性質上、ネタの新鮮さと文章力が車の両輪になっていた面は否めない。その片側である『ネタ』という車輪が朽ち果てつつある。おそらくあと数年で『ネタ』そのものへの記憶が完全に世間から消えてしまうような気がするんです」

 同じく、時代性の強さが消滅を招くのではと危惧されるのが『麻雀放浪記』だ。

「ホント面白いんですよね、この小説。僕が最初に読んだのは高校生の時でした。当時、学校で麻雀ブームがあったんですよ。『哭きの竜』という麻雀漫画が大ブームになり、みんな主人公の得意ポーズを真似するほど人気で(笑)。僕ももちろん麻雀にはまり、その流れで『麻雀放浪記』を読んだんです。
 でも、いまや麻雀人口が減っているというのがまずあって、さらに阿佐田哲也の作品を目にする機会も少なくなっていることから、このままではとっかかりそのものがなくなるのではと危惧しています」

 阿佐田哲也、本名・色川武大。直木賞をはじめ、数多くの文学賞を受賞し、人気・実力ともに兼ね備えていた作家だったが、亡くなってまもなく四半世紀が経つ今となってはその名を聞くことはあまりない。

「この小説の舞台となった戦後の混乱期のドヤ街が持つ剥き出しのエネルギー──みんな生きるために闘っていた必死の空気は、今の若い作家には書けない。当時、渦中に身を置いていた者でしか出せないリアリティがあるんです。そして、それが面白さに繋がっている。今では『戦後』という時代そのものが生の感覚として忘れられつつあります。一方で、その時代を生きてきた人たちもまだまだたくさんいる。そういう微妙な時代は、フィクションとしては一番使いづらい。ですから、この小説が持つ味はこれを読むことでしか味わえないんです。
 また、この作品は『青春篇』から『風雲篇』『激闘篇』『番外篇』と続きます。主人公は一貫して『坊や哲』ですが、『青春篇』ではエネルギッシュだった彼が、巻を追うごとにどんどん力を失っていく。中年になって、昔のような戦いはできなくなっていく物語でもあるんです。そういう点が味わい深い。昔は永遠に主人公は戦い続けるもんだというイメージがありましたけど、今読むと『力が落ちていく、若い者に抜かれていく』という悲哀が心に沁みてきます。おそらく、昔読んだという方も再読したら絶対に違う発見があると思いますよ」

 年を重ねるごとに読み方が変わる。それこそまさに名作の証だろう。

 そして、最後に控えた「清兵衛と瓢簞」。これは学校の先生だってうなずく掛け値なしの名作なわけだが……。

「僕の中で『清兵衛と瓢簞』という作品は、短編小説の中でもSSクラスに入る作品なんです。芥川龍之介の『トロッコ』や『蜘蛛の糸』に匹敵するぐらいの。だから、とある雑誌のエッセイの題材に何の説明もなしに使いました。説明する必要などないと思っていたので。そうしたら、担当編集者が『この作品を知りませんでした。すごく面白そうです』って言ってきてびっくりしたんですよ。そこで、自分の担当の文芸編集者に片っ端から聞いてみたところ、なんと6人のうち1人しか作品を読んでなかった。その状況に驚くと同時に、これは大変よくない話だなと思いまして。プロの文芸編集者が今知らないということは、5年後10年後には、一般の読者から忘れられてもおかしくない。名作だから放っておいても大丈夫、というのはもう通じない。誰かが紹介しないと消えかねないんですよ。
 小説って、山奥の神様みたいなものなんです。詣でる人がいなくなると、神が死んでしまうように、本そのものは図書館に収められていて文字データとして残っていたとしても、読む人がいないと作品は死んでしまいます。しかし、このまま死なせるわけにはいかない作品が山のようにある。
 志賀直哉などの古い純文学は、今の時代の小説に慣れていると『だから何? オチがない!』という感想になってしまいかねない。でも、その『だから何?』な作品がいまだに生き残っている理由を考えてみるべきなんですよね。
 今回挙げた作品はどれも昨年から今年にかけて再読した作品ばかりで、改めて気づいた面白さもありました。
 僕の場合、『麻雀放浪記』を初めて読んだ時には『坊や哲』は年上でしたけど、いまや完全に年下です。そのせいでしょうか、今回は『坊や哲が持っているエネルギーが欲しい』としみじみ思いました。初読時にはそのエネルギーが自分の中にもあって、何の違和感も覚えることはなかったけれども、この年になるとすごく尊い、うらやましいものとして感じるんです。こうした楽しみ方は読書ならではのものですね。それにね、ストーリーは意外と忘れているもので、もう一回読んでも初めてのように純粋に楽しめる(笑)。
 志賀直哉に関しては、これはもう単純に優れた小説として、センスの良さに感動できますし、それは何年たっても変わらないのだと思います。逆に、ナンシー関の著作は90年代の記憶が風前の灯となっている今が、楽しめるラストチャンスです。
 新しい作品を追いかけるのも楽しいですが、一世代、さらにはそれ以上前の作品を柔軟な気持ちで読むと、案外今でも十分面白いってことに気づくと思いますよ」

取材・文=門賀美央子 写真=下林彩子

 

万城目学さんのトクベツな3冊

『お宝発掘! ナンシー関』

ナンシー関 世界文化社

消しゴム版画の似顔絵と切っ先鋭い辛口コラムで人気を博しながらも40歳前の若さで亡くなったナンシー関の書籍未収録原稿をまとめた「最後の」単行本。大手メディアの欺瞞を暴き、馬鹿げた世相を徹底的に揶揄する、共感と気付きだらけの名エッセイが勢ぞろい。

『麻雀放浪記1 青春篇』

阿佐田哲也 文春文庫

終戦直後、上野のドヤ街でドサ健と呼ばれる仕事師と出会い、一気に賭博の世界にのめり込む「坊や哲」。荒々しくもユニークな男たちに揉まれながら腕を上げ、男として一人前になっていく姿を、戦後の混沌とした社会を背景に描き出したピカレスクロマンの名作。

『清兵衛と瓢簞・網走まで』

志賀直哉 新潮文庫

端正な文章と無駄のない筆致で、市井に生きる人々の細やかな心理を見事に紡ぎだす名短編の数々。瓢簞道楽の少年をとりまく無理解な大人たちをアイロニーを交えて書いた初期の名作「清兵衛と瓢簞」、サイコ・ホラーのはしりともいえる「剃刀」など18編を収める。

『ぼくらの近代建築デラックス!』

万城目学、門井慶喜 文藝春秋
11月末に発売されたばかりの新刊はルポ対談集。近代建築を愛する2人が、大阪・京都・神戸・横浜・東京の名建築を訪ね歩きその魅力を語りつくす。博識の門井さんの薀蓄に突っ込みを入れる万城目さんのユニークな視点が楽しい。

 

3 SPECIAL BOOKS」10月からスタートした、Honya Club「ほんらぶ」キャンペーンのスペシャルサイト「3 SPECIAL BOOKS」。「トクベツな3冊」を通じて人と本がつながる、本好きのためのコミュニティだ。こちらでも、万城目学さんと、前々回、前回に登場の角田光代さん、冲方丁さんが選んだそれぞれの3冊とコメントを紹介中。ほかにも、麻生久美子さんなど新キュレーターが続々登場し、想いのこもった「トクベツな3冊」を紹介している。一般ユーザーもそれぞれの「トクベツな」本を登録可能。「本、Love」な人は見逃せないサイト、「3 SPECIAL BOOKS」にますます注目! みなさんもぜひ、「トクベツな本」を登録してみては?

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