1年に1巻のスローペース刊行! 井上雄彦『リアル』に描かれたリアリズム

マンガ

公開日:2012/12/23

 井上雄彦の人気コミック『リアル』(集英社)の12巻が2012年11月22日に発売された。1999年より『週刊ヤングジャンプ』で不定期連載され、単行本の発売はほぼ1年に1冊ずつという超スローペース。20歳からリアルタイムで読んできた読者は、32歳でようやく12巻目を読むことになる。

 井上の出世作となった『SLAM DUNK』(集英社)(1990~1996年連載)は、高校生バスケを描き、2008年に『ダ・ヴィンチ』誌にて実施された「殿堂入りコミックランキング」で堂々の1位に輝くなど、今なお心に残る名作として不動の地位を占めている。同様に『リアル』もバスケを題材とした作品だ。ただし、テーマは試合の勝ち負けに留まらない。なぜなら、障害を持った青年たちが車椅子バスケを通して自分と向き合おうとする作品だからだ。

advertisement

 『リアル』には3人の主人公がいる。まず、骨肉腫により右脚を失った天才スプリンターだった戸川清春。端正なルックスながら極度の負けず嫌いで、『SLAM DUNK』でいえば流川楓のようなタイプ。「障害にもめげず 明るく立ち向かう 一生懸命で 純粋無垢な――弱者 それが俺」と彼は車椅子バスケの選手が世間でどう見られているかを平然と言ってのける。憐れみの視線がやさしさと言えるだろうか。そんな周囲の態度など関係なく、彼は本気になって打ち込み、より高みを目指して燃焼したいのだ。負けん気の強さはたしかにピュア。だけど彼は弱者なんかじゃない。誰よりも強いハートを持っている。

 第二の主人公となるのが、元バスケ部の野宮朋美だ。名前からは想像もできないゴッツイ無骨な男で、その行動もヤンキー漫画さながらに豪放磊落。しかし、バイク事故で女子高生に障害を負わせてしまい、一転して人生と向き合わざるをえなくなる。五体満足でありながら何をやってもふがいない野宮だったが、障害を持ちながら車椅子バスケに打ち込む戸川の姿に感化され、自分の人生を本気で生きてみようと誓うのだ。

 そして、第三の主人公と言えるのが、当初は先の2人の敵役として描かれた高橋久信だ。学業優秀でスポーツ万能。その優越感に浸るいじめっ子タイプとして登場した彼だったが、自動車事故により下半身不随となったことで、物語の立ち位置は一変する。その現実をなかなか受け入れられない姿は、それこそ私たちがもし本当にそうなったらこんなふうに感じるのではないだろうか、と共感を覚えるリアルさ。フィクションの世界の住人ではなくて、本当に生きた人の心の痛みを知るような迫真性がある。彼が主役級の存在となることは、作者すら予期していなかったこと。予定調和の物語でないことが、『リアル』の、井上雄彦の魅力と言えるのではないだろうか。

 多くのマンガでは、12巻も進めば物語はかなり大きく進展している。まして12年も経てば完結しているもの。しかし、『リアル』の場合、各登場人物たちの心の変化がつぶさに描かれるため、物語はゆっくりと進む。それこそ私たちの日常と同じ密度の、少しずつ進むスピードだ。挫折と停滞を繰り返しながら、着実に前に進んでいることを最新刊を読むたびに感じる。1年に1回、「あいかわらず、こいつら頑張ってんな」と思えるのだ。

 2013年に発売されるだろう13巻を早くも心待ちにしている。

文=大寺 明