年収150万円で幸せ!“脱お金”の生き方とは

暮らし

公開日:2013/1/7

 「最近の若者はお金を使わない」と言われて久しい現在。バブル期には大学生が外車を乗り回したり、デートにシティホテルを利用するなんてことも珍しくなかったが、いまなら「それってどんな大富豪?」という感覚が多数派のはずだ。ときには「若者が上の暮らしを目指さないから景気が低迷するんだ」と嘆く年配層もいるが、しかし、お金を使わないのは、そんなにいけないことなのだろうか。

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 先日発売された『年収150万円で僕らは自由に生きていく』(イケダハヤト/講談社)は、そんな「お金持ち=幸せ」の図式を否定し、“お金がなくても十分幸せに暮らせる”という「脱お金論」を展開している本。著者は、いま働き盛りの“ハチロク世代”にあたり、ベンチャー企業で新規事業を立ち上げながらも「お金のために働いている自分」に違和感を覚えてフリーランスとなった経歴の持ち主で、アルファブロガーとしても知られる人物だ。

 まず、本書が主張するのは、「(単身者ならば)200万円もあれば余裕で生きていけるのに、年収400万円を稼ぐために毎日心身を削りながら、うつ病になりかけてまで会社に勤める、なんて働き方は望ましくない」ということ。年収150万円でも、シェアハウスや郊外の安い物件に住んだり、外食を控えて自炊、移動は自転車、外飲みより家飲みを選ぶなどの節約をすれば、借金や特殊な事情でお金がかかる人でない限り、生活するのは無理な話でもないという。「幸せは絶対的なものではなく、相対的なもの」と考えれば、生活コストを下げても、そのなかで十分楽しく暮らせるというのだ。

 だが、大事にしなくてはいけないのは、「年収半分でも、取り組みたいと思える仕事を選ぶ」こと。“死ぬまで働くのならば、お金のためだと我慢を続けるよりも、「やりがいを感じられる、いきいきと取り組める仕事」を選んだほうがいい”と著者は述べる。たしかに「ただ社畜にはなりたくない」という気持ちだけでは、仕事に「納得感」は得られないだろう。それよりも、いまの世の中に噴出している問題を解決できるような仕事に取り組むことができれば、やりがいも、納得感・満足感も得られるのではないか……というのだ。

 「若者がお金を使わないから経済が成長しない」という声に対しても、著者は“経済成長は、自分たちが金銭的に豊かな生活をするためではなく、何かの事情で働けない人たち、稼ぐことができない人たちを守ることにこそ必要なのでは”と持論を展開。そもそも、誰もが「社会的弱者」になる可能性を秘めている時代にもかかわらず、障害年金や生活保護といったセーフティネットはほころびばかり。だからこそ、「素晴らしい専門性をもったビジネスパーソン」や「厳しい時代を生き抜いたシニアたち」といったリソースを有効に使い、“僕たち自身の問題”として新しいセーフティネットをつくっていこう、と提案するのだ。さらに、そうして主体的に社会にコミットしていくことで生まれる、人のつながりによる“プライベート・セーフティネット”を持つことを薦めている。

 本書が示す“脱お金論”は、「自分だけが幸せ」ではなく、「みんなが幸せ」を目指す思想でもある。人間が社会なくして生きていけないことを考えれば、社会の豊かさがなければ個人の幸せもないといえるかもしれない。はたして、自由で豊かな人生とはどんなものなのか。とくに、「何のために働くのか」と悩む瞬間も多い就活中の学生は、本書でいま一度、生き方を考えるきっかけにしてほしい。