なぜ、彼氏は結婚を先延ばしにしたがるのか?

公開日:2013/1/23

 カップルが長く同棲生活を続けるうち、何となく結婚のきっかけを逸してしまうというのはよくある話。こういった“同棲モノ”で言えば、最近だと日暮キノコ『喰う寝るふたり 住むふたり』(ゼノンコミックス)なんてマンガが話題になった。

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 結婚をするのか、しないのか。同棲カップルにとって、この決断を下すにはしばしばタフなコミュニケーションが必要になるだろう。お互いの考えを述べ、納得いくまでキチンと話し合うことになるからだ。また、ヘタをすれば価値観の決定的なズレが浮き彫りになり、今の居心地のいい生活に終止符を打つことにもなりかねない。それゆえ、ついつい見て見ぬふりを続けてしまい、結婚のきっかけを逸してしまう。

 この状態に痺れを切らし、「この先どうするの?」と切り込んでいくのはたいてい女性の方だろう。そして、決断を先延ばしにしようとする男性に愛想を尽かし、別れ話に発展する…。綿矢りさの新刊『しょうがの味は熱い』(文藝春秋)も、そんな同棲モノの王道とも言うべき物語だ。

 結婚を迫る彼女の奈世(なよ)に、それを何とか交わそうとする彼氏の絃(ゆずる)。2人の視点で交互に語られていくこの小説では、結婚をめぐるすれ違いがこれでもかというくらい生々しく言語化されていく。

 「結婚をすれば人間としてのまっとうな人生の軌道に乗れる、婚姻、妊娠、出産と、こなしていく行事が次々とできて、その点をつなぎ合わせれば人生の見通しもつくし、忙しくて余計なことも考えなくて済む。なにより絃が自分と一生いっしょにいてくれる事実に疑いを持たず、これまでよりも安心して、強く深く彼を愛することができる」

 このように結婚をとらえ、ついには2人の名前を記入した婚姻届を突きつけて決断を迫る奈世。これに対し、絃はこのような思いを抱く。

 「婚姻届は“人生を連帯保証しよう”という強烈なメッセージを発していた。借金どころじゃない、僕の人生のまるごとを、妻になる人に賭けろと申し出ていた。二人三脚といえば聞こえはいいけれど、二本しかない足の片方がもう自分の意思だけでは動かせなくなれば、相手や自分のミスでいとも簡単に転んでしまう」

 「結婚したい」と焦る彼女に、「ちょっと重いな」と感じている彼氏──。簡単に言ってしまえばそんなすれ違いなのだが、作家・綿矢りさの手にかかると、ここまで高解像度に描き出されてしまう。本書の見どころは、まさにこの描写力に宿っていると言ってもいいだろう。

 「ほら奈世、あなたはあなたと結婚するという言葉を聞いただけで、ここまで暗い顔になる男の人と三年も同棲してきたのよ。ばかだねえ」

 奈世が自虐的にもらすこのひと言は、男性である筆者には強烈に響いた。こんな本音、リアルではなかなか耳にできないだろう。特に同棲というモラトリアム状態を引き延ばそうとしている彼氏にとっては、ギクリとさせられる読書になること請け合いだ。

文=清田代表/桃山商事