テルマエ作者 ヤマザキマリが“スキンヘッドの女子高生”だった!

マンガ・アニメ

2013/2/2

 『週刊文春』(文藝春秋)でお泊りデートが報道されたAKB48の峯岸みなみが、丸刈りで謝罪し大きな話題となっている。

 峯岸の丸刈り謝罪に対しては賛否両論巻き起こっているが、やはり若い女の子がいきなり丸坊主にするのはかなり勇気のいることだろう。しかし、峯岸よりも若い頃に自ら丸坊主にした女性人気マンガ家がいた。それが、昨年映画化やアニメ化もされ、一世を風靡した『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)の作者・ヤマザキマリだ。

 そんな彼女の衝撃的な過去が明かされたのは、『文學界』1月号(文藝春秋)での島田雅彦との対談でのこと。対談ではヤマザキは自身の高校生時代について語っているのだが、いわく「自分で言うのも変ですが、ませまくりでした」。高校に入ったころ左翼とは何かもよくわからないまま、島田のデビュー作『優しいサヨクのための嬉遊曲』(新潮社)を愛読、また「高校時代はパンクにはまってツバキハウスとかに入りびたって」いたそう。彼女の通っていた高校はミッション系のお嬢様学校だったというから、お嬢様女子高生としてはかなりぶっ飛んでいたヤマザキ。

 さらに驚くべきことになんと自らスキンヘッドにしてしまったこともあるというのだ。それに対して、そうしたはみ出しものに厳しい学校側ら「カツラ買いなさい」と注意されたのだとか。そのほかにもさんざん怒られたり目を付けられていたようだが、そのことがきっかけで「ああ、ここにはいられない」と思い、高校2年生の頃には学校どころか日本を飛び出してイタリアへ行ってしまったのだ。ちなみに自伝的作品である『PIL』(集英社クリエイティブ)にも、あまりにも厳しい校則や教師たちに反発して、スキンヘッドにしてしまった主人公の女子高生が登場するのだが、この作品を読めば、彼女が高校時代に抱いていた思いをより詳しく知れるかもしれない。

 十代にして社会や大人への反発からスキンヘッドにするほど、パンクな精神を持ち合わせていた彼女。だからこそ、古代ローマの浴場と日本のお風呂文化をテーマにした『テルマエ・ロマエ』や、ヴェネチア出身の大学教授から見た60年代の日本を描く『ジャコモ・フォスカリ』(集英社クリエイティブ)のように、型にはまらない作品たちを次々と生み出すことができたのだろう。そして、お次はどんなぶっとんだ世界を見せてくれるのか。制作が決まった映画『テルマエ・ロマエ』の続編にも、期待が高まる。