『おかんの昼ごはん』に学ぶ、親の老いを受け入れるために必要なこと

生活

2013/2/12

 近年『おひとりさまの老後』(上野千鶴子/法研)や『老いの才覚』(曽野綾子/ベストセラーズ)、『ちょっと早めの老い支度』(岸本葉子/オレンジページ)など、来るべき老後についてのエッセイや指南本が人気を得ている。しかし、多くの人は自身の老いの前に、より大きな試練を体験する。それは、“親の老い”——。

介護のハウツー本こそ多く出版されているが、親の老いを受け入れるための本は希少だ。病気などで介護が必要なわけではないが、親の老い目の当たりにし漠然とした不安を抱えている人にこそおススメなのが、『おかんの昼ごはん』(山田ズーニー/河出書房新社)だ。この本は、ウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」に掲載した山田氏のエッセイと、読者から寄せられたメールを織り交ぜながら構成されている。『おかんの昼ごはん』を教科書に、親の老いに寄りそうためにはどんな心の準備が必要なのか、その要点を見てみたい。

 まず大事なのは「自分の青春は終わった」と自覚すること。

 山田氏が実家に帰省し、母と食事の準備をしていると、「老い」が現れ始めた。料理好きで台所の主としててきぱき指示を出していたかつての母の姿はなく、人にやらせようとしたり、やってもらっているのに愚痴をいったり。山田氏いわく「『脳の体力・持久力』が衰えた」状態なのだ。そして実家から東京へと戻る道すがら、山田氏の脳裏に浮かんだのは「私の青春は終わった」という言葉だという。

 自分自身のためだけに「あこがれの人や、あこがれの仕事や、こうなりたいと思う物や、外にある光を追い求めていた」青春時代ではなく、親の老いを正面から見据える。来るべき“いつか”に怯えて現状から目を背けるのではなく、できないことが増えていく親、ささいなことでも感情をむき出しにしてしまう親を認め、“頼るべき親”はもういないと自立することが大きな第一歩だという。

 そしてもうひとつ、心にとどめておきたいのが「選択の分母を広げる」こと。親の老いは、子どもの生活を大きく変えることもある。場合によっては住処や仕事を変える必要に迫られるなど、常に“選択”が付きまとう。しかし、仕事で経済的に余裕がある人は介護のプロに任せることが可能だし、ネットワーク作りをしてきた人は人脈でカバーできる部分がある。つまり「親がまだ若く元気なときに、自分がのばせるだけのばしたものが『分母』だとしたら、親がせっぱつまってから選べるものは『分子』」であり、分母の中からしか分子は選べない。だとしたら、可能な限り、選択の幅=「分母」を広げておくことが、将来の自分や親を救う手立てになるというのだ。

 改めて要点を見てみると、特別に大きなアクションを起こすことはない。しかし、大きな“覚悟”を持って生きることが必要であり、それが“親の老い”、ひいては“自分自身の老い”を受け入れることにつながっているのだろう。