「中立ぶるのはもうやめよう」内田 樹×名越康文×橋口いくよ 勝手に開催! 国づくり緊急サミット

更新日:2013/8/6

思想家・内田樹、精神科医・名越康文、小説家・橋口いくよの三氏が語り合うダ・ヴィンチ本誌人気連載「勝手に開催! 国づくり緊急サミット」。この連載をまとめた書籍化第2弾『本当の大人の作法』がいよいよ3/1(金)に発売! そこで、書籍の発売を記念して、単行本用の書き下ろし原稿の一部を、毎週木曜日に特別公開致します!!

文=橋口いくよ 写真=川口宗道

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内田文体の秘密

名越 実はね、これ、言うたびにちょっと涙が出そうになるくらいなんですけど。内田先生の、レヴィナスに関する論文『レヴィナスと愛の現象学』の文体は、今まで本当になかったものだと思いました。それに一番近いのが『ためらいの倫理学』だと思うんだけれど、とにかく『レヴィナスと愛の現象学』は、あれこそ内田文体! 他にはないものなんですよ。

橋口 論文の文体というのは、作法みたいなものがあったり、型があったりするものなんですか? 

内田 論文の文体というのは、そこに身体を持っていって、カチャッと装着すると、そういうふうに書けるようになるの。

名越 ただ『レヴィナスと愛の現象学』だけは、その論文の作法を超えた、本当に特別なものだと思ったんです。もう、これは持ち上げるわけでもなんでもないんですよ。ほんとに、あの文体は何なのでしょう。すごい!

橋口 そのすごさの秘密が知りたい!

内田 どうも、お褒めいただいて恐縮です。あのですね、学術論文っていうのは、ふつう上から目線なの。あらゆることを知り抜いた天上の神の視点から、「レヴィナスはこう言っている」とか「ハイデッガーによれば」とか書いている。もちろん、あくまで形式上のことではあるんだけれど、自分はそれらの人たちと個人的には何の関係もないよと、利害得失何のつながりもない、彼らとは「切れた」ところにいるという前提で語るわけ。だけど、レヴィナスのような偉大な思想家については、たとえ形式上のことではあっても、「切れた」ところからは書けないわけです。先生なんだから。この先生に本の読み方も、本の書き方も教わったようなもんなんだから。だから上から目線で「レヴィナスは」とか言えないの。つい「先生はこうおっしゃった」っていう文体になってしまう。それだと学術論文にはならないんだ。空の上から風景を見下ろしているみたいな話にはならない。

名越 なるほど、そこに秘密が。あれを読んでいる時はもう、何が起こるかわからない森の中にいるような気持ちなんです。そこで、手をつないだのが内田先生なわけですよ。「先生、こっちでいいんですか?」って訊くと、内田先生が「多分こっちで行けると思う。尾根に出るような気がするんだけどね。僕はね」みたいなことを言いながら、一緒に進んでいくような体感があるんです。

橋口 そして、最後は本当に尾根に出る。

名越 出るの。でも、自信ありげに突き進んでいくわけじゃないんです。そこが、またすごく面白いの。

内田 進みながら、たまに止まって「うーん」って考え込んだりしているしね。

名越 そう!「まだ食料もあるし、もうちょっと行ってみようぜ」みたいな。

橋口 それは、やっぱり書くにあたって意識されたんですか?

内田 僕にはそういうやり方しか思いつかなかったということですね。森の中に分け入るような仕事をしているわけだから、巨大な叡智の中へ入っていく時に「俺は、俺は」って自己主張して、自分を前へと出したってしょうがないじゃない。いくつかの断片から全体の物語を推理しているわけだからさ、探偵小説と同じ構造なの。探偵と同じように手探りで動いているから。

橋口 同じ森や密林でも、例えば海外の「アニマルプラネット」みたいな番組ですごい秘境に行くのに「知ってるぜ! 俺、超知ってるんだぜ!」っていうエネルギーを出しまくっているものってあるじゃないですか。ああいう感じではぜんぜんないということですよね。

内田 全然違う。なんだか、おずおずしているの。

名越 内田の前に道は非ず! 内田先生の後に道ができていくような文体なんですよ。

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内田 樹
うちだ・たつる●1950年東京都生まれ。思想家。神戸女学院大学名誉教授。凱風館館長。専門はフランス現代思想、映画論、武道論。2007年『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)で第6回小林秀雄賞を、10年『日本辺境論』(新潮新書)で新書大賞2010を受賞。近著に『街場の文体論』(ミシマ社)、『ぼくの住まい論』(新潮社)、光岡英稔との共著『荒天の武学』(集英社新書)など。自身が運営するブログは人気サイトでもある。「内田樹の研究室」「内田樹の研究室」http://blog.tatsuru.com/

名越康文
なこし・やすふみ●1960年奈良県生まれ。精神科医。専門は思春期精神医学、精神療法。臨床に携わる一方で、テレビ・コメンテーター、雑誌連載、映画評論、漫画分析などさまざまなメディアで幅広く活躍中。近著に『自分を支える心の技法』(医学書院)、『心がフッと軽くなる「瞬間の心理学」』『心がスーッと晴れ渡る「感覚の心理学」』(ともに角川SSC新書)、内田樹&西靖との共著『辺境ラジオ』(140B)など。毎月第1・第3月曜日に「夜間飛行」(http://yakan-hiko.com名越康文メルマガも配信中。

橋口いくよ
はしぐち・いくよ●1974年鹿児島県生まれ。作家。著書に『愛の種。』『蜜蜂のささやき』(いずれも幻冬舎文庫)、『アロハ萌え』『猛烈に!アロハ萌え』『おひとりさまで!アロハ萌え』(すべて講談社文庫)、『原宿ガール』(メディアファクトリー)、『小説 僕の初恋をキミに捧ぐ』『小説 少年ハリウッド』(ともに小学館文庫)など。最新情報はオフィシャルブログ「Mahalo Air」http://ameblo.jp/mahaloair/