海外作家×日本作家の夢のコラボ 東京国際文芸フェスティバルレポート

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/25

東京国際文芸フェスティバル風景

 3月1日から3日にかけて、東京国際文芸フェスティバルが行われた。このイベントは、海外の作家や編集者、ブックデザイナーなど本に関わる作り手たちを招いて、トークセッションや朗読などを行うもので、世界中の約30カ国80都市で開催されており、日本での開催は今回が初めてだという。3日間、東京大学や六本木アカデミーヒルズ、伊勢丹新宿店、国際文化会館、ゲンロンカフェ、都電荒川線の電車内など、東京の各所で開催されるもので、綿矢りさ、池澤夏樹、谷川俊太郎、角田光代、東浩紀、平野啓一郎、古川日出男、川上未映子、円城塔、いしいしんじ等、日本の作家たちが、ニコール・クラウス、J・M・クッツェー、ジョナサン・サフラン・フォア、デイヴィッド・ピース等といった海外作家らとそれぞれの場所で、語り合ったり、朗読したりと参加者を交えて自由に交流を行った。

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・綿矢りさ「オタクの恋愛には挑戦する心が必要」

綿矢りさ他

 プログラムの最初を飾ったのは、東京大学本郷キャンパスでの綿矢りさとジュノ・ディアスによる「オタクのための恋愛入門」というトークセッション。アメリカのオタク少年であるオスカーが現実の女の子に立ち向かっていく物語、『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』を書いたジュノ・ディアスと、これまで『蹴りたい背中』『かわいそうだね?』の中で、屈折した恋愛感情を抱えた男の子たちを描いてきた綿矢りさ。それぞれがお互いの作品に触れながら、日本のオタクと海外のオタクの違いについて語り合った。ジュノ・ディアス氏の描くアメリカのオタクが現実の女の子にちゃんと真正面からぶつかっており、「日本のオタクに比べアグレッシブだと感じた」と綿矢りさは述べ、「日本のオタクに必要なことって、作中のオスカーみたいな“挑戦する心”だと思います(笑)」と語った。

 一方、ジュノ・ディアス氏は、綿矢りさ氏の小説『かわいそうだね?』を「人の本性をさらけ出すおそろしくバイオレンスな小説だ」と指摘。モデレーターからなぜ綿矢氏は一貫して失恋の物語ばかりを描くのかと質問されると、「恋愛の中で湧いてくる欠落した寂しさが好き。そこには日本的な“もののあはれ”がある。」と綿矢りさ氏は苦笑い混じりに答えた。さらにトークでは、日本のオタクとアメリカの伝統的な男性との共通点や、ディアス氏が体験した古い社会的慣習が残っているドミニカの家庭の話など多岐に渡り、参加者からの積極的な質問もあって大いに盛り上がった。

・海外作家2人が語る、紙の本の可能性

円城塔他

 最終日になる3日は、文芸フェスのプログラムディレクターである市川真人氏をモデレーターに、『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』の著者ジョナサン・サフラン・フォア氏、村上春樹のブックカバーデザインを手がけているブックデザイナー・小説家のチップ・キッド氏、日本の作家、円城塔氏をゲストに招いたプログラム、「これからの本の話をしよう」が、早稲田大学で開催された。このプログラムは電子書籍が普及しはじめた現在、紙の本は一体どのような可能性をもっているのかを探るというテーマのもと話し合うというものだ。

 はじめに、ジョナサン・サフラン・フォア氏の著作『Tree of Codes』という書籍が話題となった。これはブルーノ・シュルツの『The Street of Crocodile』の文章を切り抜いて、それをつなぎあわせて作成した全面ダイカットの書籍だ。ジョナサン氏はその印刷工程やつなぎ合わせていく過程を動画で説明しながら、「これはKindleにはできないことだね」と語り、紙の書籍という制約が読者に親密さを産み出し能動的に本を読ませようとする力を持っていることを指摘した。さらに、電子書籍であれば映像や音声などのあらゆる仕掛けが可能だが、それによって文章から得る個人的なイメージを制限してしまうと語った。

 それに対して、疑問を投げかけたのは円城塔氏だ。デジタルもまたひとつの形式に過ぎず、まだデジタルでやれることが追求されきれていないのではないかと語り、デジタルも書籍も形式の特化が重要になると話した。

チップ・キッド他

 また、ユーザーがテクスト内の文章を自由に書き換えることのできる電子書籍が生まれるという話題になると、チップ・キッド氏は「そうなってしまうとビデオゲームとなんの違いもなくなる。」と話し、ジョナサン氏と共に強い反発をもった。市川氏は、その2人の反応から、「書いてすぐ消えてしまうような文章と、書いても長く残るような文章がウェブというひとつの場所に同時に並べられた時、その差について誰かに説明することは難しくなってしまう。芸術として文章を書いている2人にとって、その差が消えてしまうことに危惧を覚えるのは当然のことで、だからこそ、これからはその差をどうやって担保できるようにするか考えなくてはならない」と語った。プログラムは最後にいしいしんじ氏が登壇し、都営荒川線の電車内で書いたという小説を披露、その場の環境がテクストにどのような影響を与えるのかについて語り、トークセッションは終わりを迎えた。

 文芸フェスの最後には、ノーベル文学賞を受賞したJ・M・クッツェー氏と、俳優の谷原章介氏が登壇し、まだ公開されていないクッツェー氏の新作を、英語と日本語訳、2人で交互に朗読した。谷原氏は朗読後、「ゆっくりと聞いている相手にもちゃんと伝わるように意識して朗読しました。このような機会をいただけたことは本当に嬉しかったです」と話した。

 今回の文芸フェスは海外の作家たちの生の声を聞ける貴重な場所だっただけでなく、それぞれの国の違い、それぞれの生まれ育った環境の違いが、どのような価値観を産み出し、作品として紡がれていったのかを知る上でも大切な機会だった。小説家の池澤夏樹氏は、文芸フェスの講演「越境する文学」の中で、「現在世界の様々な国で、他の国とも共通してわかりあえるものが増えていたり、逆にその国独自のローカルな特色が発見されたりしている。こうした状況の中でさまざな国の書き手たちが国境を越えて直接会って話すことには価値がある」と話しており、まさしく今回の文芸フェスがそのような試みとして行われたことは間違いない。今後も継続していくという文芸フェス、今度はどのような価値観が私たちを刺激してくるのかに期待したい。

文=ゆりいか