住みたい街ナンバー1の吉祥寺の光と影とは?

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更新日:2013/3/18

 SUUMO編集部(リクルート)による「2013年版 みんなが選んだ住みたい街ランキング 関東版」で、昨年に引き続き1位を獲得した吉祥寺。ただし、先月28日に起きた少年2人による女性強盗殺人事件の前におこなわれた調査のため、今後は順位の変動もあるかもしれない。

 これまで女性誌やタウン誌で盛んに吉祥寺特集が組まれ、居心地のいいカフェや個性的な雑貨屋が軒を連ねるおしゃれな街というイメージが定着している吉祥寺だが、実際に吉祥寺近郊に住む筆者からすると、それは一面にすぎず、裏通りには小規模ながらピンク街もあるし、闇市の名残りであるハモニカ横丁という飲み屋街もあって、昼と夜とではかなり表情の異なる街だ。もちろん、そうした雑多な部分も含めて、住みやすい街となっている。

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 光と影が同居する吉祥寺。この街をもっと深く知りたい方には『吉祥寺 横丁の逆襲』(桑原才介/言視舎)をオススメしたい。著者は外食コンサルタントや商業ビルなどの企画開発で活躍し、吉祥寺にある「白耳義館(べるぎいかん)」というバーやクラブなど22軒の店舗が入ったビルをプロデュースした。市街地再開発によって失われつつある情緒を新たに生み出すため、あえて複雑な設計にし、立体的な路地裏空間を創り出している。

 吉祥寺の再開発が進められたのは70年代に入ってからのこと。それ以前は、地元の生活者でごった返す庶民的な商店街だったという。それが百貨店を分散して配置することで、街に訪れた人の回遊性をよくし、買い物がしやすいおしゃれな街へと一変した。大型小売店が台頭してきたことで、営業力のない個人商店は店を閉まい、テナントに営業権を渡すようになった。人と人とが親密に触れ合う横丁的な場は、文字通り横丁や裏通りに潜んでいったのだ。

 変わりに得られたのが、大きな街特有の「匿名性」だ。頻繁に地元の知人に出くわして人目を気にすることのない気楽さ、自由さは街の魅力にもなる。

 ただし、新宿や渋谷ほどでもない、ほどよい「匿名性」が近年の吉祥寺の住みやすさにつながっていたのではないだろうか。吉祥寺には古くからの店も多ければ、ハモニカ横丁のように人と人との距離が近い酒場もある。匿名で孤独だった自分も一歩横丁に逸れれば、素顔の自分に戻れるというわけだ。

 60年代後半から70年代にかけてヒップな若者たちが集ったジャズ喫茶や、文人たちが集まった老舗の料亭など、今も吉祥寺には古くからの文化が続いている。吉祥寺名物といった名店も多く、焼き鳥屋「いせや」は本店をビルに建て替え営業しているが、常連客の「同じままのイメージで」という要望に応えたことで、昔の勢いを取り戻している。また、松坂牛の詰まったメンチカツの行列で有名な「さとう」のメンチカツの発案者は、包丁1本で全国を渡り歩く“ふーてんの寅さん”のような放浪癖のある調理人だったそうだ。

 こうした「吉祥寺らしさ」を育んできた店舗や人物が詳しく取材されているので、より深く吉祥寺の深層に触れることができる。

 一方で、おしゃれな立ち飲み屋やアジアン居酒屋などを仕掛け、新たな「吉祥寺らしさ」を打ち出していく新たな世代も多く取り上げられている。そうした街のおもしろさや魅力は、チェーン店に占拠された表側には表れず、横丁や裏通りにこそ表れるのだ。

 「住んでみたい街ナンバー1」として取り上げられる吉祥寺の解説として、「公園と一体となった商店街だから」「半径四○○メートルという歩きまわりやすい商店街だから」といった声を聞いても著者はどうも腑に落ちなかったそうだ。そんなとき、ハモニカ横丁に出会い、そのエネルギーに惹かれていった。こうした横丁の人々が醸し出す街の魅力は、都市開発の際に見落とされがちだ。

 人と人との距離が近い横丁的社会では、今回の事件のような場当たり的な犯罪は、滅多に起きないのではないだろうか。

文=大寺 明