いじめと闘う“小学生俳人”が話題

社会

2013/5/5

 “生きる希望は俳句を詠むこと”──そう綴る少年の俳句集が、いま静かな感動の輪を広げているのをご存じだろうか。

 小林凛という俳号を持った少年は、現在11歳。小学3年生のときに初めて朝日新聞の名物投稿コーナー「朝日歌壇」に応募した「紅葉で神が染めたる天地かな」という句が大人に交じって入選。その後も入選を繰り返し、“天才児があらわれた”と評判を呼んでいた。

 そんな彼が、ついに初の句集『ランドセル俳人の五・七・五 いじめられ行きたし行けぬ春の雨――11歳、不登校の少年。生きる希望は俳句を詠むこと。』(ブックマン社)を発売。本書では春夏秋冬を詠んだ瑞々しい俳句とともに、学校でいじめを受け、不登校の生活を送っていることも明かされている。

 いじめは小学1年のころからはじまった。低体重で生まれ、幼稚園の卒園時には体格も平均に追いついたそうだが、脚力や腕力は弱かった。本人のまえがきによれば、「からかわれ、殴られ、蹴られ、時には“消えろ、クズ!”とののしられた。それが小5まで続いた」という。

 たとえば、こんな句がある。

 「いじめられ 行きたし行けぬ 春の雨」「いじめ受け 土手の蒲公英 一人つむ」

 俳句で思いを表現するようになったのは、幼稚園のとき。母の史さんによれば「私や祖父母から、俳句を教えたことはない」らしく、テレビや絵本で俳句に出会ったそうだ。同級生の女の子や保護者からいじめの実態を知らされたのは、小学校に入学して間もなくの頃。家族が学校に訴えてもとりつく島もなく、2年生になってからも危険ないじめ行為が続き、「自主休学」という選択を選んだという。

 だが、そんな日々のなかでも、凛くんは俳句をつくり続けた。

 「影長し 竹馬のぼく ピエロかな」「ブーメラン 返らず蝶と なりにけり」「万華鏡 小部屋に上がる 花火かな」……いずれも朝日歌壇で入選した作品だ。
 あるとき、学校に俳句を見せたところ、教師は「俳句だけじゃ食べていけませんで」と話し、また別の教師は「おばあちゃんが半分作ってるのかと思っていました」と言ったという。

 しかし、ともに暮らす母と祖母は、出来上がった俳句がたとえ駄作でも「秀作!」と褒め、手を取り合って“喜びのダンス”を踊る。「物心つくころから他の子よりもできないことの多い自分を感じている凛には、他から認められることが何よりの教育」と考えているからだ。学校に期待できない以上、子どもを守り、感性をはぐくむのは家族しかいない。「僕を支えてくれたのは、俳句だった」と少年が綴る言葉には、家族がいじめの対応を考えるときの、ひとつのヒントがあるのではないだろうか。

 「春の虫 踏むなせっかく 生きてきた」。凛くんが8歳のときに詠んだ俳句だ。「願わくば、いつか凛が教育現場で尊敬する“師”に出会ってくれる日の来ることを願う」と母はあとがきに寄せているが、読者もきっと同じように祈っているはず。そして、凛くんの俳句が、今いじめと闘う子どもたちや親たちに届くことを願わずにいられない。