特集番外編1 2008年9月号

特集番外編1

更新日:2013/8/14

特集番外編1

 

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編集R

 

本誌のロングインタビューを読まれた方はもうおわかりでしょうが、ついに刊行された宮部みゆきさんの『おそろし 三島屋変調百物語事始』がすごいことになっています。内容も宮部さんの怪談観が如実にあらわれ、『ダ・ヴィンチ』とともに怪談専門誌『幽』に携わっている私としては、たいへん感慨深いものがありました。もちろん一篇一篇の物語も素晴らしいです。これを百話分続けるなんて……これから先、楽しみに待つ本がまた増えてしました。こんなに嬉しいことはありません!

 

『おそろし』はぜひ読んでいただきたい一冊なのですが、特集内企画で、これまで20年間の作家生活に刊行された宮部さんの著作について、『ダ・ヴィンチ』読者、書店員、書評家といった方々にアンケートをとり、オススメの3作品を選んでいただきました。しかし、紙面の都合上掲載しきれなかったコメントもたくさんあります。

そこで、アンケートにご協力いただいた書評家の方々のコメントすべてを掲載させていただきます。思い入れの深い熱烈なコメントがもりだくさんですよ!

●アンケートにご協力いただいた書評家20名

東えりか、池上冬樹、円堂都司昭、大森 望、岡野宏文、佳多山大地、風野春樹、笹川吉晴、末國善己、杉江松恋、千街晶之、巽 昌章、千野帽子、長山靖生、縄田一男、西上心太、三浦天紗子、三村美衣、東 雅夫、吉田大助(敬称略50音順)

 

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東えりかのオススメ3冊

 

『理由』

物語を作らせたら当代一の作家が、その強みを封印して作り上げたこの作品。ドキュメンタリー的な手法なのに、いつの間にか彼女の世界に絡めとられる心地よさ。社会問題を扱った作品では一番好き。

 

『ぼんくら』

本人が生まれも育ちも下町で、江戸時代に生まれたならば、おきゃんなおねえちゃんに違いない。時代は違っても彼女の身の回りにいるかのような、ぼんくら同心井筒平四郎に、美少年探偵弓之助、博覧強記おでこの三太郎、この愛すべきキャラクターの次回作はいつだ!

 

『平成お徒歩日記』

こんなに人気作家なのに、ミヤベミユキってどんな人なのかわからない。骨太の社会派小説から荒唐無稽なファンタジー、タイムスリップのSFを書き人情長屋でほろりと泣かせる。本書は数少ない彼女の本性が描かれている。意外にいぢわるなのかもしれない。

 

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池上冬樹のオススメ3冊

 

『あやし』

幽霊や鬼を恐怖の対象としてだけではなく、ときには愛情や善意の対象としても見つめている。人間が抱く不安の象徴になっている。とにかく惚れ惚れするほどの語りの巧さ、あらゆるものを許す包容力の豊かさ、いつまでも心に残る余韻の深さ。何をとっても素晴らしい傑作短篇集だ。

 

『ぼんくら』

読み切りの短篇を五本並べて短篇集かなと思わせておきながら、後半に長めの小説を配して、前半の小事件を結びつけ、大がかりな陰謀をたちあらわせる巧妙な物語。情感豊かな人情譚でありながら、『理由』と一脈通じる現代的なテーマを視野にいれた優れたミステリ。

 

『スナーク狩り』

現代の擬似家族をテーマにしたノンフィクション・スタイルの『理由』も傑作だが、やや評価の低い本書を。映像型でありながら巧みな比喩で映像以上の迫力をだす手法がすばらしい。法律の埒外にいる怪物と闘うことの是非を問うテーマも強烈。

 

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円堂都司昭のオススメ3冊

 

『火車』

カードローン破産という社会的問題を取り上げた作品。問題をただ告発するのではなく、ヒロインの周囲の状況は描きつつも、ヒロインの内面は決して書かないという特殊な手法を選んだ点が優れている。ここではテーマと技巧の結びつきによって、ヒロインの抱えた空虚がかえって浮かび上がる作品となった。

 

『R.P.G.』

家族の虚構性を描いたものとしては『理由』という傑作もあるが、今回はこの作品を推す。ネット上で疑似家族になっていた人々にかかわる殺人事件について、ほぼ取調室だけで語る舞台劇のような意欲作。そのように書くことで、家族という集団につきまとう演技性がいっそう露わになったわけだ。

 

『魔術はささやく』

悪徳商法を題材にした点は『火車』のカード破産問題、広告の手法を問題にした点は『模倣犯』のメディア批判にそれぞれつながっていった社会派的要素である。だが、それ以上にストーリーテリングの上手さが光っている。最初期の段階でこれだけ面白い作品を書いていたのだから、やはり宮部はただ者ではない。

 

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大森 望のオススメ3冊

 

『我らが隣人の犯罪』

作家・宮部みゆきの原点と言うべき第一短編集。オール讀物推理小説新人賞を 受賞した記念すべきデビュー作「我らが隣人の犯罪」をはじめ、「この子誰の 子」「サボテンの花」「祝・殺人」「気分は自殺志願」の全5編を収録する。 どれをとってもハズレなし。栴檀は双葉より芳しというか、宮部みゆきは最初 からすごかった。

 

『蒲生邸事件』

2・26事件当時の東京にはからずもタイムトラベルすることになった受験生 の視点から歴史の転回点を描く、ユニークな歴史SF長編。現代人が歴史上の 事件の目撃者になるという趣向の時間SFは珍しくないが、タイムトラベラー の造形と歴史観に宮部みゆきならではの独自性が窺える。日本SF大賞受賞作。

 

『孤宿の人』

だれからも望まれない子として江戸に生まれ、丸海に流れついた不幸な少女、 ほう。勘定方奉行の要職にありながら流罪に処せられ、丸海藩の厄介なお荷物 となった加賀様。まったく境遇の違う二人の運命が重なるとき、深い感動が生 まれる。個人のドラマと社会的な大状況とを鮮やかに重ね合わる、宮部時代小 説の真骨頂。

 

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岡野宏文のオススメ3冊

 

『火車』

このミステリが最高に素晴らしいのは、本来なら追われる側の味あうべき恐怖が、追う側に降りかかってくる点である。失踪した女性の貌が明らかになってくるほど、不気味なぬかるみに探偵は呑まれていくのだ。呑まれたまま読み手も探偵も、不意に虚空に放り出されるようなあのラストは、あれしかない見事な一手である。

 

『模倣犯』

宮部作品に刻まれているもうひとつの性質は、「悪」との葛藤だ。「悪」というものがなぜあるのか。「善」は力さえ持ってるなら、問答無用に「悪」を抹殺してもよいのか。本書は、純粋な「悪」を描き出してなんとかこの問いに答えを出したいとする、宮部の渾身の一作だったと思う。愚見ではまだ答えは出ていないはず。

 

『我らが隣人の犯罪』

少年は、宮部ワールドに欠かせないキーワードのひとつである。本短編集は、最初期のものでありながら、そこには、そのあと彼女によって描かれることになる少年たちの特徴がすべて備わっている。また、いかにも宮部らしい情感に訴えてくる作品として、珠玉の数編が収められているのもこの本なんである。

 

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佳多山大地のオススメ3冊

 

『火車』

現代における社会派ミステリーの最高峰と言ってよい傑作。休職中の刑事による執念の調査で浮かび上がる一人の女性の犯罪は、クレジット産業の構造的な問題を剔出すると同時に、とあるデータベースから“確率的に”被害者が選ばれていたという点で通り魔的な恐怖をも描き出している。

 

『蒲生邸事件』

時間旅行テーマの傑作SF。予備校受験のため上京してきた平凡な青年が二・二六事件直前の帝都にタイムスリップし、ほんのすこしだけ〈過去〉を改変する。人は“今、ここ”で、それも自分の人生しか生きることができない。ただそれを懸命にする、それだけのことが素晴らしく胸をうつ。

 

『模倣犯』

百年後の日本人も手にとるだろう、当代随一のストーリーテラーの本領が発揮され尽くした大作。これを選んだ理由は、新潮文庫版最終第五巻の巻末解説(拙稿)をお読みください、と言って済ませちゃいけないか。凶悪な劇場型犯罪を多面的に描きつつ、切実に〈家族〉の絆が見つめ直されている。

 

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風野春樹のオススメ3冊

 

『火車』

宮部みゆきのたぐいまれな人物描写の冴えと小説技巧に初めて脱帽した作品です。ヒロイン(?)の女性は、最後まで一度も登場しないにも関わらず、読者の脳裏に強い印象を残します。そして日本ミステリー史上に残る、あまりにも鮮やかすぎる結末。この抑制の美こそが作者の真骨頂でしょう。

 

『鳩笛草』

長くて派手な作品もいいけど、忘れてはいけないのが、市井の人々の喜びや悲しみを巧みに切り取った中短篇。だからあえて『クロスファイア』ではなく、その前日譚を含む中篇集を推します。はからずも超能力を手にしてしまった女性たちの背負う哀しみを描いたこの中篇集は、超能力SFの王道といえます。

 

『ブレイブストーリー』

宮部みゆきは、世界よりも人間に興味がある作家なので、世界構築が重要な部分を占める異世界SFやファンタジーには本来あんまり向いてません。この作品でも世界の描写は弱いのだけれども、それを補ってあまりあるのがキャラクターとストーリーテリングの圧倒的な力。過酷な現実と異世界ファンタジーという水と油のようなストーリーを違和感なく融合させる手腕はさすが。

 

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笹川吉晴のオススメ3冊

 

『理由』

壊れて機能を失った〈家族〉〈地域社会〉という共同体を、それでもまだ切実に希求せざるを得ない、人の哀しい性を描いたひとつの集大成。得意の〝情〟を極力排した疑似ドキュメント形式という野心的試みに、錯綜する構成の妙。最終的に〝怪談〟へと昇華する手つきには、物語に慰撫の機能を見る作者らしい視線が現われている。

 

『あかんべえ』

記憶喪失の幽霊たちが大挙して現われる理由を探り、彼らを成仏させてやろうとするのは、自らも疎外された少女。これもまた、異形の疑似共同体である。冒頭への見事な回帰なども含めて、ミステリと怪異譚が作者の中ではふたつながらに、疎外されたものの魂を慰撫する物語として機能していることをあらためて示している。

 

『ステップファザー・ステップ』

親に遺棄された、〝普通〟の子供らしい情緒を欠く兄弟と、たまたま盗みに入った泥棒との契約による疑似親子関係という、取りようによっては重いものを含んだ設定を、あくまでちょっとブラックなシチュエーションコメディとして、軽やかに展開するストーリーテリングの冴え。次第に情の滲んでいく泥棒視点もほろ苦い好篇。

 

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末國善己のオススメ3冊

 

『孤宿の人』

怪談めいた謎を通して、組織=藩を守るためなら不祥事を隠蔽し、庶民を平然と切り捨てる為政者の冷酷さを鮮やかに浮かび上がらせたところが秀逸。不正が横行する現代だからこそ、組織と個人の関係を問い掛けるテーマがリアルに伝わってくる。

 

『理由』

一家惨殺事件を取材するルポルタージュの手法を用いることで、事件に関わった人々の“真実”に迫り、バブル崩壊後の社会の変化、家族観の変容を的確にとらえている。宮部みゆきのというよりも、日本の社会派ミステリを代表する傑作である。

 

『ぼんくら』

半村良の傑作『どぶどろ』に挑戦状を突き付け、それに勝るとも劣らない作品を作り上げた手腕に脱帽。下町の人情物語が、人間の狡さや汚さによって解体されていくのだが、その先に“希望”を置いているので、甘く癒しを与えるだけの人情話よりも奥深い。

 

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杉江松恋のオススメ3冊

 

『誰か』

私立探偵が登場するハードボイルドという作品形式を、宮部みゆきが手がけるということに意味がある。古い皮袋だって、名人が仕立て直せば現代に通用するものとして蘇らせることができるんです。可能性を秘めた一篇。

 

『孤宿の人』

お家騒動という大きな「状況」を少女の視点から描いた作品。社会を揺るがすような大事件であっても必ず身近な人の立場に一度とらえなおしてから語る。そうした作者の誠実な態度を表していて、私は大好きです、これ。

 

『鳩笛草』

淋しいということを思い切り描いた作品。生まれつき備わってしまった能力という、自分の責任ではないもののために孤立してしまう主人公が、3人も登場するんだもの。こんな淋しい作品集は他にあまりないと思うのです。

 

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千街晶之のオススメ3冊

 

『理由』

ドキュメンタリー形式のリアリズム社会派小説だというのがこの作品への定評だろうけれども、随所にこの世ならぬエピソードが、それもまたリアリズムの枠内だと言わんばかりに描き込まれているのが怖い。最近再読して気づいたが、この作品の構成は百物語に似ているのでは……。

 

『震える岩 霊験お初捕物控』

超能力者のヒロインや歴史上実在の名奉行を登場させ、更に元禄赤穂事件の真相を新たな角度から解釈するという外連味たっぷりの趣向を用意しつつ、歴史の影に埋もれた名もなき人間の哀しみを描くことに主眼を置いているあたりが著者らしい作品。

 

『地下街の雨』

何の抵抗感もなくするりと作品世界に入っていけるのに、読後の余韻から抜け出すことは容易ではない。そんな宮部作品の醍醐味は、長篇よりむしろ短篇でこそ堪能出来る。ヴァラエティ豊かな作品を収録した本書は、優しさとひんやりした怖さが同居していて極上の味わい。

 

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巽 昌章のオススメ3冊

 

『魔術はささやく』

わかりやすい事件の図式と、そこからこぼれ落ちてしまうもの。こぼれ落ちるものにこそ目を向けたいという志が、このデビュー作から芽吹いていることに注意したい。

 

『理由』

『魔術はささやく』と対比すれば、ここで、図式からはみ出す人々の生へのまなざしが、ついにひとつの手法として結実したことは明らかだろう。

 

『幻色江戸ごよみ』

おそろしいほど簡潔で緻密な傑作怪談集。

 

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千野帽子のオススメ3冊

 

『初ものがたり』

今回このアンケートのために『初ものがたり』愛蔵版(PHP出版)にのみ収録されているという「糸吉の恋」をはじめて読んだのですが、人物やプロットの輪郭がくっきりしていて、期待を裏切らない出来でした。PHP文庫でも新潮文庫でもいいから、完全版を出してはいかが?

 

『蒲生邸事件』

『蒲生邸事件』はSF的お約束が物語を阻害しない程度に抑制されているのが特徴です。プロットの落とし前をきっちりつけて、安定した意味に流しこむ技は、ミステリでも異世界ファンタジーでも時代小説でも要求されるお仕事。宮部みゆきはそういう「物語」作家という意味で「ファンタジー」作家なのです。

 

『模倣犯』

この作者が世間で言われるような「おもしろさを理解するのに説明がいらない作家」であるとは限りません。『模倣犯』を一度読んでぴんと来なかった人は、二章まるまる割いて本書を論じた浅羽道明『昭和三十年代主義』(幻冬舎)を読むべし。『模倣犯』という小説の思想に賛同するかどうかはそれからの話。

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長山靖生のオススメ3冊

 

『理由』

ミステリとしても文芸作品としても、存分に細部が書き込まれており、しかも無駄がない。不動産バブルに絡め取られた人々の欲望を、単に断罪するのではなく、人間存在の深淵にまで掘り下げて追及した記念碑的作品。

 

『ぼんくら』

日本には時代小説とミステリの融合としての捕り物帖の伝統があるが、社会派の要素あり、人情家気の要素あり、さらにのほほんとした味わい深い語り口は、心に染みる。個人的に(って本はたいてい個人的に好きですが)とても好きな一冊。

 

『模倣犯』

宮部氏が描き出す世界は、ライトでユーモラスな作品から、ヘビーでダークなそれまで多様だが、これは後者の代表。虚無的で歪んだ現代人の精神に迫った力作。心の闇は、常に事件の謎よりも深い。

 

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縄田一男のオススメ3冊

 

『孤宿の人』

お家騒動という時代小説にとっては定番ともいうべきテーマの中に、さまざまな可能性を盛り込むことに成功した力作。悪霊と呼ばれる加賀殿との触れ合いの中で、無垢なる存在である少女ほうが真に人生を獲得していくさまが感動的だ。

 

『幻色江戸ごよみ』

現代もの、時代ものを問わず、宮部みゆきの全短篇中のベスト作品「神無月」が収録されている一巻。この哀切な父娘の物語は何度読んでも目頭が熱くなる。祈るような思いで作中人物に感情移入したのは久しぶりだった。

 

『初ものがたり』

作者にプレッシャーをかけるつもりはありませんが、「いつか必ず再開します」とのことばを信じて幾星霜――。今でもたまに稲荷寿司の屋台の親父の正体を考えると眠れなくなります。

 

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西上心太のオススメ3冊

 

『名もなき毒』

宮部みゆきの小説には、ご近所にいるような普通の人々が登場し、地の塩というべき彼らの目線から物語が紡がれていく。どんな大事件を描こうが、何のジャンルであろうがそれは変わらない。そうした方法を取りながら、身近な出来事が思わぬ社会問題を剔出したりもする。本書はその恒例。

 

『蒲生邸事件』

タイムスリップと二・二六事件を組み合わせたSFだ。ファンタジーを除けば唯一のSF作品かな。このジャンルに関してはシロート同然なのでそちら方面の評価はよくわからないのだが、あのラストシーンにほろっときてしまったのです。ツボでした。

 

『孤宿の人』

幕末の妖怪といわれた鳥居燿藏をモデルにした時代小説。配流された要人自身にはあまり筆を割かず、周辺の人間たちを描いていくことで、鬼か化け物と噂される要人の真の姿と、人間の本質を同時に浮かび上がらせる。時代小説の枠組みによる全体小説とも読める傑作だ。

 

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三浦天紗子のオススメ3冊

 

『火車』

掴みかけた幸福さえ振り払い、自らの存在を跡形もなく消さなくてはいけなかったヒロインの憐れさ。リセットできるかもしれないという希望が、逆に残酷に彼女の人生を追い込んでいくわけで、やりきれなさに呆然とした。なのにラストシーンで、ヒロインは女神のように輝いていると思えるあの不思議な余韻がたまらない。

 

『あかんべえ』

深川の「ふね屋」に成仏できないまま住み着いてしまった幽霊たちと交流し、絡まった運命の糸をほぐしていくおりんの成長が頼もしい。怖くないというか、愛すべき幽霊たちに対して、現世を生きる者たちに巣くう心の闇。二つのコントラストが効いているだけでなく、そうした人間の邪悪ささえどこかで許しているところが深い。

 

『幻色江戸ごよみ』

幽霊だけでなく、迷信や狂気、ときにユーモアさえ含む怪異譚だが、怖くはない。むしろ逢魔が時にほんの少しだけ開けられたアナザーワールドをのぞくような神秘的な12編。登場人物たちがはっと天啓のように抱く思いに、読むこちらも揺さぶられてしまう。個人的には「まひごのしるべ」「首吊り御本尊」「神無月」が好き

 

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三村美衣のオススメ3冊

 

『龍は眠る』

『龍は眠る』や『クロスファイア』を読むと、ステープルドン『オッド・ジョン』のジュヴナイル版(『超人の島』)を読んでぼろぼろ泣いたことを思い出す。中でも本書は慎司の少年らしい率直さが救いとなって、切なく悲しいだけでなく、爽やかな読後感を残すところが代え難い魅力となっている。

 

『ステップファーザー・ステップ』

双子もなんが、恐るべき子供たちの掌のうえで、コロコロと転がされる泥棒のお人好しぶりもかわいらしい連作短編集。まるでお伽噺のような設定に、リアルな犯罪をのせ、ちらりと切なさも滲ませる。宮部みゆきの語りの技が存分に楽しめる一冊。

 

『鳩笛草』

人と違う力を持ってしまったがための孤独、圧倒的な力に対する欲求、欲求に負けてしまうことへの恐怖、特別な力を失っしまう悲しみをコンパクトに描いた短編集。超能力者の強さではなく、そういった弱さに対する慈しみや優しいさが心に残る。

 

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東 雅夫のオススメ3冊

『贈る物語 Terror みんな怖い話が大好き』

大のホラー好きとして知られる宮部さんが、愛読してやまない欧米の名作ホラー14篇を選りすぐって成った、極上のアンソロジー。隅々にまで細やかな目配りが利いた、怪談愛あふれる好著だと思う。宮部流ホラーの本質を窺い知るために、実のところ必読必携の1冊でもある。

 

『あやし』

文庫化に際して解説を寄稿させていただいた、個人的に想い出深い1巻。もちろん内容的にも、宮部流時代ホラーの完成形と呼びうるようなハイクオリティの短篇小説集である。岡本綺堂の正系を汲む江戸怪談と、作者鍾愛の欧米怪奇小説が渾然一体となった味わいは、比類がない。

 

『あかんべえ』

3冊目に何をもってくるか。国産モダンホラーの傑作『クロスファイア』や、幽暗でよるべない抒情が胸に迫る短篇集『とり残されて』も捨てがたいのだが、ここはやはり、作品世界に魅せられるあまり実地に探訪取材まで試みた本書を。作者の描く江戸深川は、いつまでもそこに留まっていたいと思わせる妖しき別乾坤なのだ。

 

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吉田大助のオススメ3冊

 

『火車』

生まれてくる子は、文句なしに可愛い。しかし、その子が大きくなって「ろくでなし」になったら親はどうすればいい? ゼロ年代的被害者語りブームの最中で、加害者への想像力(被害と加害の入れ替え可能性)と向き合うことによって誕生した、全日本人必読の傑作。わざわざそうと言う必要もないほど、ただただ「文学」だ。

 

『おそろし 三島屋変調百物語事始』

バージョンアップ(更新)し続ける作家の時代小説最新作は、聴き手の主観が入ってはいけないなんて間違ったフェアネスを潔く放棄した百物語小説。聴き手のおちかは、自分の中にある恐怖と向き合うために、他人の恐怖を聞き、時に語り時に行動する。怪談とは何か? なぜ読むか? その答えは本作にはっきり書き込まれている。

 

『ドリームバスター4』

日本SF大賞受賞作『蒲生亭事件』によれば「時間は光だ」、現代日本社会とSF世界(テーラ)を行き来する悪夢退治人達によれば「時間はものだ」。ハリウッド的想像力は当初から爆発、3巻後半からは本格的なSFスイッチが入り、今最も注目すべき現在進行形のSFシリーズであることが確定済み。最新刊がまたすごい!