『魔女の宅急便』の原作は主人公の半生を描く壮大な物語だった!

文芸・カルチャー

更新日:2018/1/5

 児童文学作品で、宮崎駿監督によって1989年にアニメ化された『魔女の宅急便』(角野栄子/福音館書店)が、2014年春の公開予定で実写映画化されることが明らかになった。

 物語は、魔女の娘である主人公のキキが、魔女として一人立ちを果たす姿を描いたもの。魔女の娘は10歳になると自分が魔女になるかどうかを選択しなくてはならず、魔女になると決めたら、13歳の満月の夜に家を旅立ち、魔女のいない町や村を見つけて、1年間、自分の力だけで生活しなくてはならない。母・コキリの後を継いで魔女になる決心をしたキキは、その風習にならってふるさとを旅立ち、海辺の町・コリコで魔女の修行を始めるという展開だ。

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 宮崎駿によるアニメ版は、細かい部分におけるアレンジは多々なされているものの、基本的な設定やストーリーの根幹になる部分については原作が生かされている。

 そのひとつが、世界における魔女の背景だ。元々、魔女の娘が魔女のいない町に行くのは、修行をするということ以外に、魔女の存在や魔法のような“不思議”がまだ存在することを世の中に知らせるという大切な役割が含まれている。しかし、世の中が発展するとともに魔女の使える魔法は徐々に減ってきていて、キキはほうきで空を飛ぶことくらいしかできなくなっていた。キキが生家を離れ、生まれた時から一緒に育てられたパートナーである魔女猫・ジジとともにコリコの町に住むことになったときに、偶然知り合ったグーチョキパン屋のおソノさんのところに間借りしながら宅配屋を始めたのも、自分が出来るのは空を飛ぶことくらいしかないという事情によるものである。

 また、宅配屋の仕事を最初に始めた際に、預かったネコのぬいぐるみを落としてしまい、ジジが身代わりとなってぬいぐるみになりきるエピソードや、キキが空を飛ぶことに興味を示すトンボという少年と知り合うところなどは、原作に近い形でアニメ化されている。その後のクライマックスで起きる事件についてはアニメオリジナルの展開だが、キキの心の乱れによる魔法のトラブルや、それを乗り越えて大人の魔女に向かって一歩成長したところでひとつの区切りとなる筋道は、劇場公開後の1993年に刊行された第2巻『魔女の宅急便<その2>キキと新しい魔法』(角野栄子:著、広野多珂子:イラスト/福音館書店)で、まったく同じエピソードは存在しないものの、ある程度の流れは逆踏襲されている。

 とはいえ、その部分を含めても、アニメ版は原作における1~2巻がフィーチャーされているに過ぎない。角野栄子による原作児童書は、その後も続編が刊行されており、3作目の『魔女の宅急便<その3>キキともうひとりの魔女』(角野栄子:著、佐竹美保:イラスト/福音館書店)では、キキは16歳に成長。さらには、20歳となった5作目『魔女の宅急便<その5>魔法のとまり木』(角野栄子:著、佐竹美保:イラスト/福音館書店)で結婚してしまうのだ(相手については読んでのお楽しみ)。

 そして、最終巻となる6作目『魔女の宅急便<その6>それぞれの旅立ち』(角野栄子:著、佐竹美保:イラスト/福音館書店)では、キキの年齢が一気に30代となっており、双子の男女トトとニニという子どもが生まれ、彼らは11歳となっていた! キキはすっかりお母さんとなり、魔女猫のジジもヌヌという白い猫と結婚して18匹の子どもをもうけているのだから、驚きである。

 むろん、そこに至るまでには、過去の巻における数多くの小さなエピソードの積み重ねが糧となっている。キキは魔女の仕事を通じて、生きること、世の中のこと、あるいは恋など、自分の考え方や行動についての葛藤を繰り返しながらも少しずつ成長しており、決められた尺の中で急展開なアップダウンを強いられざるを得ないアニメ版とはまったく異なる時の流れを刻んでいるところは、原作の大きな魅力のひとつとなっている。

 その道のりが長かったせいか、最終巻では物語の焦点はキキよりも双子のトトとニニにシフトしており、キキはもっぱら、自分が受けていたときにはうんざりしていたはずのおせっかいな母親役を演じている。

 特に、本人の決断によっては魔女の跡継ぎとなるかもしれない女の子のニニには「物事の向こうには見えるものと見えないものがある」とか「よくばりとうぬぼれを絶対持ってはいけないのよ。魔女は」などと説いており、ニニはかつてキキがコキリに抱いていたような鬱陶しさを覚えながらも成長し、キキ自身も子どもの頃にコキリによく言われていたことに思いを馳せるシーンなどもある。ここまで来ると、単純な児童書というよりは、ひとりの人間(魔女だけど)の長い年月における成長と、親子間の伝承の輪廻を描く壮大な物語と言ってもいいほどである。

 その一方で、最終巻は2009年刊行ということで、一連のシリーズの関係上、物語の背景こそ古風なヨーロッパ基調の生活文化でありながら、旅についての会話の中には「早割り」などという単語が登場するようなサプライズも。アニメ版の存在しか知らない人は、この機会に原作をひととおり読むのもいいだろう(角川文庫版もこの4月から順次刊行)。

 気になる実写映画化の方は、アニメ版と同じくキキの少女時代にあたるエピソードに終始する模様。それはそれで、アニメと比較してどのような仕上がりになるのかが気になるところだが、その後のエピソードについても、今回紹介したように秀逸な原作が存在することから、いずれ続編として映像化されることを密かに期待したい。

 もしそうなれば、魔女版『おしん』か、あるいは大河ドラマ的な展開になっていくはず。それはちょっと見てみたい気がする。

文=キビタキビオ