【第5回】「モーニング」が本気で電子配信を始めたわけを 編集部に聞いてみた

更新日:2013/8/14

Dモーニング

 5月16日に講談社の週刊漫画誌「モーニング」が「Dモーニング」としてiOS向けに電子配信を開始しました。単なる電子化なら最近では珍しくありません。しかし、「一部作品の掲載は無いが、電子オリジナルや過去の作品が加えられ、紙(1号あたり330円)よりも圧倒的に安い月額500円」という意欲的な価格設定は、業界からも注目を集めました。電子書籍には積極的な事で知られる講談社ですが、この展開には驚いた読者も多いのではないでしょうか?

 なぜこのような思い切った事を始めたのか? 「モーニング」編集長の島田英二郎さん、デジタル第一営業部・部長の吉村浩さんにお話を伺いました。「Dモーニング」に込めた熱い想いに溢れるインタビューになっています。


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紙と電子は全く違う種類の娯楽だ

――やはりまずお伺いしたいのが、この価格設定です。どんな経緯でこの形になったのでしょうか?

島田: 2009年に1ヵ月遅れだけど「月刊モーニング・ツー」が無料で丸々一冊、Webで読める展開を始めたのがきっかけだね。そのあたりから「週刊モーニング」も電子化出来ないかなと考え始めていました。

 

週刊モーニングの増刊にあたる月刊モーニング・ツー。2009年5月号で1ヵ月遅れのWebでの無料公開を行ったところ、大変好評で「紙の売り上げも伸びた」という。一旦休止も検討されたが再開に当たっては1万人以上の署名が集まった

 

――紙の雑誌の流通をもう止めてしまって、Webだけで最新号を無料公開し、電子版も含めた単行本の売り上げで回収を図る、という取り組みも一般的になった感がありますが、そういったものとの違いとは?

島田: 発想は全く異なると思う。そういった取り組みを拝見していると新人の発掘にかなり重点があるんじゃないかな。かつては持ち込みが中心だったわけだけど、ネットの普及で作品を世に問う方法ってもの凄く増えたわけじゃない? 紙の雑誌を出さずに、大量の作品を集めてネットで公開するのは、新人賞の延長線上にあるものという風に俺は見てるけどね。もちろん「Dモーニング」でも色々な取り組みをやっていきますが。

――「Dモーニング」「モーニング・ツー」の取り組みはあくまでも紙あるいは電子の「雑誌」を買ってもらうため、ということですね。とはいえ、紙よりも格安となる「Dモーニング」の価格設定は衝撃的でした。

島田: 紙との比較じゃないんです。モノの値段の決め方って“原価の積み上げ”か“お客さんに幾らなら買ってくれるか尋ねるか”の2種類あると思うんだけど、「Dモーニング」は圧倒的に後者だね。定額制の動画や音楽配信の価格設定などを参考にこの値段に決めました。出しても買ってもらえなければ意味が無いからね。

紙と電子はたとえ内容が全く同じだったとしても、種類の違う娯楽だと思うんです。同時配信にこだわったのも条件を同じにした上で、読者の好みに応じてどちらでも選んでもらえるようにしたかったから。

――社内では異論は無かったのでしょうか?

島田: もちろんありましたよ。異論というか議論ですね。「なぜ同日配信じゃないとダメなのか」とか「なぜこの価格設定なのか?」とか。そりゃもうたくさん。

 

「面白い」だけでは売れない。「好き」になってもらってこそ。

――バックナンバーが読めるのも驚かされました。単純に考えると単行本が売れなくなってしまうのでは、と心配してしまいますが。

島田: それはないはず。紙の雑誌だって家に取っておくこともできたわけですから。もっと言えば、それで単行本が売れなくなってしまうんだったら、そこまでのものだったんだ、ということ。最近「面白いだけの事にお金は払ってくれないだろう」と考えるようになっていて。

「面白い」ということは情報に過ぎない。そして情報はどんどんタダだという風になってきている。でもこれが「好きだ」ってなると、お願いしなくてもお金を払ってくれる。面白い作品ができるか否かは最終的には作家さんの力量です。俺たち編集者はそれをサポートすることしかできない。でも、そうやって出来上がってものを「好き」になってもらうのは、俺たちの仕事なんだと。

「作品を中心とした何か」を好きになればなるほど、応援する感覚でお金をあげたくなるはずなんですよ。単行本ってそういう意味もあったはずなんだよね。音楽ならライブがそうだと思うし。そういう演出ができるかどうかが、編集者の仕事で、(電子化の時代を迎えた)これからこそが本番だと思うんだよ。

――たしかに雑誌には、単行本にはない欄外のコピーとか作品の前後に企画ページが付いたりしますよね。ああいうものが大事ということですね。

島田: 大事、大事。そもそも雑誌の存在価値ってそこにあって、「面白い」作品をさらに面白く見せ、いかに「好きに」なってもらうか、そこに価値を与えるための媒体だったんだよ。別に電子化とは関係無く、昔からまともな編集者は無意識のうちにそれこそが仕事だと認識していた。それがこれまでは流通チャンネルが単一・独占的であったために、単なる「原稿取り」でも“編集者でござい”ってツラが出来てた。これからはそうは行かない、本物の編集者以外は要らない、という時代がやってきたんですよ(笑)。

 

絶妙なタイミングのスタートだった

――吉村さんにオリジナルビューワの開発に至る経緯も伺いたいと思います。既存のビューワをそのまま採用する電子雑誌も多い中、相当凝った作りになっていますね。

吉村: そうですね。「Dモーニング」以前にも40社以上の配信事業者さんとお付き合いがあったのですが、今回は編集長、編集部にも「こんな風にしたい」という意見を求めました。それがかなり難易度も高いものでしたので、相当な数の会社さんに声を掛ける必要があり、最終的にエキサイトさんにパートナーになっていただいたという次第です。

デジタルの部署にいる私たちはこれまで沢山のビューワを見てきたので、「ここは仕方が無いか」と妥協してしまっていたところも正直あるのですが、島田はじめ編集部からは「もっと滑らかに動かないの?」「細かい部分も綺麗に表示したい」という具合に、要求が一杯出てきました。

例えば見開きの表現が象徴的で、印刷用のデータの状態では真ん中に余白(綴じ代)があるんですね。でも画面で余白があっては折角の決めゴマが活きてきませんから、それを切れ目無く表示されるようにその都度データの加工・調整を死にものぐるいで掛けてもらっています。

 

 

――準備に相当時間が掛かっていそうですが、どのくらい前からこのプロジェクトはスタートしたのでしょうか?

吉村: 先ほど島田から話があったように、今から約3年以上前ですね。

――東日本大震災前からということになりますね。震災直後に印刷・流通に支障が出たため、「週刊少年ジャンプ」などが無料配信されたのを思い出します。

吉村: そのころに比べると環境も随分整いました。タブレットの処理速度の向上やWi-Fiの普及もそうですし、iPadは高精細なRetinaモデルが登場(2012年3月)したり、LTE対応(2012年12月)も進みました。

――たしかに高精細な誌面をダウンロードする「Dモーニング」ではそのあたりが重要ですね。

吉村: ストリーミングではなくダウンロードを選んだのは、オフラインでも読めるようにするという理由の他に、ページめくりなどの処理をより自然に行いたかった、という事情もあります。そのあたりがクリアできるのであれば端末を選ばないブラウザをビューワにするという選択肢もあったのですが。

そういった私たちが実現したかったクオリティと環境が整うタイミングがうまく噛み合ったという感じです。とはいえ、最初に島田編集長に捕まって「こんなのできないかな」と話をもらったときは、正直これは大変なことになったと思いました(笑)。仮に当時この内容で実現できていたとしても、お客さんの側の環境が整っていなくてクレームの嵐だったかもしれません。

――今後のビューワの方向性としては?

吉村: 現在はiOS向けですが、Androidをはじめより多くの環境で「Dモーニング」を楽しんで頂けるように準備を進めていきます。

 

『バカボンド』『BILLY BAT』が掲載されないわけ

――『バカボンド』『BILLY BAT』の人気2作品が掲載されないことに残念という声も上がりました。

島田: 全ての作家さんに対して担当が電子化の企画を説明しに行きました。作家さんが賛同してくれないことには始まらないですからね。みなさん了承してくださった一方で、井上雄彦さんは『バカボンド』を、浦沢直樹さんは全作品について、紙で読まれることを前提に作品を作っているのでこれからも電子化することなく紙で出し続けていきたい、という意向だったんです。それはそれできっちり筋が通っているので、「よく分かりました」と。

――吉村さんの話にあった電子化のこだわりが、まだお二人の満足するものではなかった?

島田: いや、それは違う。電子はあくまで電子であって紙の読み味は再現できないし、そこにこだわった訳じゃ無いんです。1話約20ページの「2Dのエンターテインメント」を動画じゃなくて静止画で楽しんでもらうための、滑らかさ・見やすさの追及であって、紙の再現とはちょっと違うんです。

――2Dのエンタメ、なるほど。

島田: たとえば「めくる」といった身体的行為に代表される“紙にしかないもの”は大事で、それがマンガの面白さ・読み味の中の幾ばくかを担っているのは確かなんです。でもそれを抜いたら漫画が成立しないとは限らない。一方、それを抜いたら作品として成立しないと作者がお考えなら、その作品は電子化することはできないでしょう。以上、島田個人の考えですが。

 

「Dモーニング」、手応えと今後。

――電子で読むことが拡がると作品自体の作り方は変わってきますか?

島田: 変わると思います。でもどうなるかというのは俺も含めて誰にも分からない。作品は生き物だから。生き物の進化って予測できないでしょう。「培養地」は用意したので、そこに細胞を放り込めば、これからアナログな我々編集者はもちろん、スパコンだって予想不可能な進化が起こっていくはず。

――なるほど、よく分かりました。さて、スタートから1ヵ月と少しが経過しましたが現在の手応えは?

島田: 堅調に推移してますね。特に無料で試読した人の有料移行率は14%前後と高い。紙の部数も落ちていません。

――単体での販売ではなく定額契約ですから、高いですね。

島田: まだ日が浅いので離脱率がどれくらいになるかは見ていく必要があるけどね。

――読者層も紙と電子で異なっている、つまり食い合っていない、という感覚はありますか?

島田: ありますね。現在の紙のモーニングの読者はかなり固定的なファンのはずですから。でも、本来潜在的な読者層はもっといると思う。

――その潜在的な読者層をどう掘り起こしていきますか?コンビニや駅の売店で買うのとは別の導線が必要になりますよね?

島田: 「Dモーニング」にはFacebookなどへの投稿機能もあって、そういったものを活かしていきたい。

 

DモーニングからFacebookに投稿を行うと、最新号へのリンクが表示される

 

吉村: タッチポイント(顧客との接点)を増やすことができる、というのが電子の大きなメリットですね。

――いま投稿すると、読んでいる作品を知らせることもできますよね。

島田: まさにそういう改良をこれからもやっていきます。読者の反応見て配信時間も早めるということもやっていく。まだ進化の段階としては0.1%くらいだと思っているので。やりながら、やってみて初めて分かることってあるはずだから、それを発見していきたい。

雑誌って一括りに出来ないし、いわゆる青年誌だって驚く程それぞれ読者層もスタンスも異なっている。だから他誌が追随するかどうかなんて気にしていません。俺は純粋な好奇心でやっているところがあって、やればやるほどこれは面白いなと思います。「Dモーニング」だけじゃなくて、担当編集から発案があったLINEマンガでの『メロポンだし!』の最新話配信、Yahoo! で始まった『インベスターZ』の新連載なんかもその一環だね。「モーニング」って電子以前の昔からそういう新しい取り組み、実験を続けてきたんですよ。

 

 

吉村: LINEマンガについてはこれまでになく女性読者が読んでくれているという手応えがありますね。

Dモーニング」はスタートしてからまだ1ヵ月弱(※取材時)ですが、編集部はもちろん、ネット上、あるいは講談社に寄せられる意見も見ながら、もう3回アップデートしてますね。かなりのハイペースです(笑)。ハッシュタグ(#Dモーニング)を付けてTwitter投稿して頂ければ、関係者がチェックします。

――アプリをリリースしたら一段落、という訳ではない?

吉村: むしろ、ここからがスタートという感じですね。「Dモーニング」に限らず、そうやってタッチポイントを増やして、モーニングの存在をより多くの人に知ってもらいたいと考えています。

島田: 作品って本能的に「世の中に出たい、読まれたい」っていうものだからね。いま作家も読者も編集者も、もの凄くワクワクする変化の中にいる。コンテンツそのものの生命力が落ちたわけではなくて、仕組み的なところが情勢に対応しきれないで守勢になってしまって、ラインを下げているけれど、それってつまらないじゃ無いですか。

いつも言うんだけど、紙は伸びていくわけでもないだろうけど、なくなることもまた許されないでしょう。そして紙の本を大規模に流通させられるインフラって出版社にしかないんですよ。逆説的だけど、だからこそ我々は作品・作家を背負って、電子化という最前線にも出て時代と踊る義務があると思う。それでそういう感覚があるといろんなことが楽しくなってくるんだよね。それができる講談社って良い会社だと言っておきます(笑)。

【お話を伺った方】

島田英二郎氏

島田英二郎氏
しまだ えいじろう。
株式会社講談社。「モーニング」編集長。1966年東京都生まれ。90年講談社入社、
92年よりモーニング編集部、2006年にモーニング増刊
「モーニング・ツー」を創刊、10年より現職。

吉村 浩氏
よしむら ひろし。
株式会社講談社 デジタルビジネス局 デジタル第一営業部 部長。

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