本好きならば知る人ぞ知る、島根県のセレクト書店

ビジネス

2013/7/14

 島根県松江市にある「artos」は、地方都市には珍しいセレクト書店だ。「街の本屋に元気がない」といわれる昨今で、ともすれば顧客を選びそうな書店を続けるには相応の覚悟と戦略が必要だろう。『ダ・ヴィンチ』8月号の「街の本屋さん」特集では、その実態に迫っている。

――島根県松江市の「artos」と言えば、本好きならば知る人ぞ知る存在である。だが知れば知るほど「なぜこの場所で、こんなセレクト書店を?」と思うはずだ。

「これだけ注目していただけるのはありがたいことですが、きっと“松江”でやっているということが、取り上げられやすいからでしょうね」と店主の西村史之さんは苦笑いする。では、松江という地方都市で、セレクト系書店をやっていく「覚悟」はどのあたりにあるのだろうか。

 東京でサラリーマンをしていた西村さんが松江に戻ってきたのは約20年前のこと。「元々松江で本屋をやっていた父親の具合が悪くなって。店はそこそこ食えていたようでしたし、継がざるを得なかったというのが本当のところです。けど、書店の息子として生まれて、昔から本には触れていたし、違和感はまったくなかったですね」と言う。

 継いだ当初は父親の商売の延長で店を続けていた。店頭での販売はもちろん、近隣のスーパーや病院への配達などである。

「西村書店、としては配達での売上が大きかったんです。それで、僕も少しずつそこに力を入れていった。近くに高級志向のスーパーがありまして、そこでお客さんの層に合わせた独自の棚を作っていったんです。それが少しずつ話題になったんですね」。そうしていく中で、自分たちが本当に気に入った本だけを選んで、お客さんに提案していこうという想いで「artos」としてリニューアルさせた。

 お客さんの潜在意識に合わせた丁寧なセレクトは、徐々に松江の町に浸透していった。「新しく、学校との取り引きが始められたのは嬉しかったですね。artosらしい選書を心がけて、学生さんや先生にぜひ読んでほしい本をどんどん提案していきました」。もちろんお店の棚を充実させていくことも重要だった。そしてお店の存在を知ってもらうために、また、本プラスアルファの空気感を提案するために、毎月のイベントやワークショップを開催。やがて「artos」の存在は、全国の本屋好きの知るところとなっていった。

「でもまだ自分自身が満足できていないんですよね。自分が歳を重ねて成長していく中で、もっと店の力を高めていきたいです。店を大きくするつもりも、店のスタイルを変えていくつもりもないです。もっと松江の人にいろんな本の提案をしていきたい。それでもっと豊かさを感じていただきたい。それだけです」

 地方都市でセレクト書店をする覚悟。それは、生まれ育った土地に対する執着心なのかもしれない。

構成・取材・文・写真=平井和哉(140B)
(『ダ・ヴィンチ』8月号「わたしを本好きにしてくれた、わたしの街の本屋さん」特集より)