「やりたいこと探し」に疲れた人に効く 心を癒す「逃避」名言集

暮らし

公開日:2013/7/20

 とかく社会では、「逃げる」ことはよくないとされている。「現実逃避」といった言葉はほとんどの場合、ネガティブな意味合いでとらえられているが、実際のところ、これを完全に禁じられてしまったら、人生は息苦しくてしょうがないだろう。たとえば、日々ストレスフルな仕事をしている人が、映画を観て息抜きをしたり、旅に出て気持ちをリセットしたり、心のバランスをとるためには、ときには「逃げる」ことも大切になってくる。

 そうした「逃げ」をあらためて肯定してくれるのが、『特に深刻な事情があるわけではないけれど私にはどうしても逃避が必要なのです』(山口路子/中経出版)だ。それにしても長いタイトルだ。これは、フランスの作家、フランソワーズ・サガンが当時のパートナーに宛てた書き置きから引用したもの。そこにはこう記されてあった。

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「あなたへ。疲れました。疲労困憊。もう人に会うのも嫌になったので、ひとりで数日でかけてきます。どこへ行くかは決めていません。パリを離れることはないと思います。特に深刻な事情があるわけではないけれど、私にはどうしても精神的な休養が必要なの(後略)」

 この書き置きの「休養」を「逃避」に置き換えたのが本書のタイトル。フランスワーズ・サガンは、18歳で『悲しみよこんにちは』でデビューし、一躍世界的ベストセラー作家となった。多数の作品が映画化されるといった成功をおさめたが、一方で2度の結婚、2度の離婚を経験し、アルコールと薬物におぼれるなど私生活は平穏な幸福とはいいがたいものだった。

 特に深刻な事情があるわけでなくても、なんだかやけに疲れてしまって、今いる場所から少し距離を置きたいと思うことは誰しもあること。うつ病の人に「がんばれ」という励ましの言葉が逆効果なように、心が疲れているときは、やんわり心を解放してくれるような言葉がふさわしい。前向きになる偉人の名言集は数あれど、本書は心が疲れたときのための「逃避」のための名言集。それでいて、ただ絶望するのではなく、不思議と勇気づけられる。

 たとえば、作家・大庭みな子の『魚の泪』(中央公論社)からの名言では、「自分の居場所を守ろうとしたとたん、退屈人間になるのです」と語られ、「わたしは生涯放浪する魂を持ちつづけていたい」と自身の生き方を明確にしている

 また、11歳から60年以上にわたって書きつづった日記を出版したことで知られるフランスの作家・アナイス・ニンは「自分のために生きていない人は、いつか窒息します」と記した。

 家族のため、会社のため、社会のため……何かと自己犠牲の精神が称賛されるが、そこに息苦しさを感じる人もいるだろう。しかし、本書の名言の数々を見ていると、そこから「逃げる」という選択も、その人なりの決断であり、生き方なのではないかと思えてくる。

 日本が誇るアーティストの草間彌生は、自伝『無限の網』(新潮社)で「世間から逃げたい人は“自己の世界”をつくらなければいけません」と記した。この言葉に対して本書の著者は、「その場その時間だけは自分自身でいられるならば、それが“自己の世界”です。」と解説を加える。

 また、「すべきことも大切な人も、探してはいけないのです」とはピカソの言葉。「やりたいことを見つける」「夢を叶える」といったポジティブワードに駆り立てられ、それがプレッシャーになっている人も多いはず。そんなときにちょっと視点を変えてくれる言葉だ。

 こうして本書では、「前向きに生きる」「人づき合い」「良識」「夢を叶える」「運命」などの章をもうけ、そこから逃れる名言を集めながら、最後には「人生からは逃げたくない」という章で締めくくっている。なんだか心が疲れてしまって現実から逃避したくなったとき、手にとってほしい1冊だ。

文=大寺 明